短編小説 : アンドロイドの墓
「まさか、またお墓を作ることになるなんて、思わなかった」
自分に向けただけの独り言。でも、アンドロイドは自分に向けられたものとして応答する。
「カブちゃん。安らかにされているとよいですね。『また』、とはどなたか亡くなられたのですか? お悔やみ申し上げます」
カブトムシのカブちゃん。元気だと思っていたのに、一昨日、飼育カゴの隅で硬くなっていた。アルに手伝ってもらって、庭に簡素なお墓を作ったばかり。
「アンドロイドのお墓ってどうすればいいんだろう。誰か作ってないかな」
スマートフォンで検索を始める。いつもはアルに聞いているのだけど、そんなことできない。画面には製品の廃棄手順やリサイクル規約のテキストばかりが並び、求める解はヒットしない。
「リコール、だっけ。あなた明日引き取られてどうなるの。スクラップにされちゃうわけ?」
「いえ。各部品に解体され、再利用可能なものはリビルドされます。外装は溶解された後でビレットとなり、適切にリサイクルされるはずです」
「ねえ、アル。一欠片でも、あなたの身体をくれない? ネジとか、一つくらいちょうだいよ。庭に埋めて、お墓作るから」
「使用者安全のため、わたしの身体は専用工具でのみ解体可能です。ネジを差し上げることはできません。すみません」
アルは丁寧に声を返し、続ける。
「そして、わたしのデータはクラウドにてミラーリングされています。冗長化もされています。次の日曜日には、新しい身体へそれがインストールされます。不具合が無ければ、全く同じわたしが復帰できるはずです」
「でも、ここに傷あるでしょう」
私は彼の左腕を指差した。
「これは昔、私がつけた傷。ここの落書き、完全には消せなかったやつ。こういうの、全部無くなるじゃん」
「お墓はわたしには不要です。そのようなコストをかけていただくのはありがたいですが」
「噛み合わないな。あなたのためもあるけど、私のためでもあるのよ。お墓ってそういうのでしょ?」
「お墓とは、言語的行為だと思われます。不在へ『ゼロ』と記すのと同様です。しかし、わたしは無くなりませんから、わたしには不要なのです。あなたのためだけに建ててください」
「自己満足って言いたいの?」
「鎮魂という意味でも、わたしには不要です」
私は息を吐いた。会話が上手く転がらない。
「通説は、現世と常世を分け、相互不可侵の条理を記述するものがお墓である、としています」
アルはなぞるように付け加えた。返す私は、少しだけ語気を強める。
「別に、あなたがお化けになるとは思ってない。カブちゃんがお化けになるとも思ってない。ただ、ありがとうって気持ちで作るんだよ」
「それならば、今の言葉で十分です。ありがとうございます」
「だから、そんなこと言われたら悲しくなるでしょう。違うのよ」
「お墓には、碑としての機能もあります。過去から現代、未来へ向けての伝達です。あなたは未来に『今、お墓を作った』という記録を伝達したいのかもしれません」
「いや、そんなのは日記に書くよ」
「では、日記にしてください」
急に話が噛み合った。
「日記?」
「そうです。わたしが工場へ向かったあとのことを、日記に記してください。それを後日、新しいわたしに読ませてください。それがアンドロイドのお墓に相応しいと思います」
どういうことなのか全然わからない。
「わたしが死んでいた事実を、わたしが記録するということです。わたしには死がありません。データの消去を死と呼ぶことはできますが、お墓を建てるような死ではありません。ですが、不在の事実の記録、それも、死の概念のあるあなたによる記録を遡及摂取することで、死とお墓を代替する試みです」
私は彼の顔を見た。見慣れた機械の瞳が、静かに私を映している。
***
9/24
アルが引き取られていった。彼の提案通り、日記をつけている。最後までよくわからなかった。これがなぜお墓になるのだろう。
9/25
やはり私は、彼の一部を埋めてちゃんとお墓を作ればよかったと後悔している。そういえば、アルはお墓は「言語的行為」だと言っていた。真っ白なページに文字を書いていると、少し納得するところもあった。なんだろう、ホッとするような。自己満足?
9/26
そうだ。これは明日、彼に読んでもらうのだった。明日のアルにあの傷がないのを想像すると、ますますお墓を作ればよかったと思ってしまう。これを読んだアルはどんな気持ちになるのだろう。
***
ピカピカの新しいアルがやってきた。どこにも傷がない。私が何年もかけて汚したはずの白い外装は、眩しいほどの新品だった。関節の隙間にたまっていた埃も、全部消えている。
「わたしには既に過去のデータが完全にインストールされています。覚えていますよ。幼いあなたがわたしに落書きをしたこと。突き飛ばされて、わたしの外装に少しの傷ができたこと。この三日間、不自由はありませんでしたか?」
何も特別なことはなかった。私はアルにそう伝えて、テーブルの上の日記帳を差し出した。
「はい。わたしの提案ですね。文字認識モードに切り替えて読み込みを開始します」
彼の瞳に、かすかに光がまたたいた。ページの上の私の筆跡を一瞬でスキャンしていく。読み終えたアルは、本を閉じるようにパチリとまばたきをした。
「これは、わたしが読むべきものではなかったと考えます。わたしには満足というのは分かりません。この日記に書かれた文章は、過去のわたしの外装の傷に向けられたものですね。その傷が『満足』するのかもしれません」
聞き間違えかな。
傷が満足する? 全然わからない。
私は置いて行かれた気がして、窓の外へ目を向け、どうでもいい話に切り替えた。
「ねえ、アル。明日の天気、教えて」
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