見出し画像

短編小説 : チキンにチキンはしつこいのに

グラスの外側はびしょびしょに濡れている。智美はそんなの構わずにがしりと掴み、いくつかの氷と一つの水を喉に流し入れた。

「水うめー、夏あちい、チキンうめえ」

プールで泳いだ帰り、いつものように智美と私は Suage+ に寄る。そして智美はパリパリ道産鶏と野菜カレーをいつも必ず絶対に頼む。毎回毎回同じメニューで飽きないのかなと思ったそこのあなた。違うのです。

「麗子の特製ザンギカレーもサイコー」

私が、彼女の代わりに、毎回違うメニューをオーダーする。今日も「いつものパリパリと特製ザンギ食べたいな。麗子お願い」というわけ。

「羽ある動物の肉は美味い。ビーフもポークも好きよ。でもチキンだね、羽あるんだもん」

訳のわからない理屈を振り上げて、次にフォークを振り下ろす。雑なようでいて智美は気を遣える娘でもある。食事の速度は私に預けてくれている。

「どう? タイム、あと1切ってるんだっけ? 縮まる?」

「わたしに羽があればな。はっきり言って縮まらない。わたしは麗子の応援にまわるよ」

100m自由形は、自由であるだけに門は広くドアは狭い。智美はそこに絞って練習を重ねていたけど、足切りタイムをクリアできていなかった。彼女が縮められないというなら、そうなのだろう。余計な励ましはいらない。

「そう、じゃあ応援よろしく」

「あいよ。100も200もレイコなら勝ち負けになる。もう応援を始めた。あんたは泳げる。泳げない、わたしみたいなのの代わりに泳げるよレイコは」

「別にトモの代わりで泳ぐわけじゃないけど」

「知ってる。でも、観てる人はそう思ってるよ」

「ホントかな。ちょっとパリパリチキンちょうだいよ」

私は彼女のチキンを一口頬張る。ザンギを食べたあとにパリパリチキン。鶏肉に鶏肉はやはりしつこいと思った。不思議だな。鶏肉はしつこいと思うのに、カレーのことをしつこく思ってはいない。カレーは私たちにとって何者なのだろう。キャラメリゼされたブロッコリーをスープの海に泳がせながら、私はそんなことを考え、トモに問う。

「ちょっと聞いてよ」

「なに」

「カレー、飽きなくない?」

「飽きんな」

「なんでだと思う?」

智美はスプーンを置いて、水を飲んだ。私はグラスの結露を指先で掬い取ると、その人差し指を立てて、頭に浮かんだばかりの考えを言葉にしてみる。

「なんていうか、繋ぎ? 接木だっけ? チキンと野菜を、空と陸を繋いでない? カレーって。なんでも繋げられるから飽きないんじゃない?」

「いいね、それ。ついでに、カレーはわたしたちの接着剤ってことだ」

トモは喉の奥が丸見えになるくらいに笑った。まったく、下品な笑い。他のお客さんに変な目で見られたらどうすんのよ、と呆れながらも、私の口元も勝手に緩んでしまう。スープの中の特製ザンギは、あと一口だけ、食べられるのを待ち構えている。



#創作大賞2026
#オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!

HALWRD よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!