時と想像力について
想像力について、僕は友人と話してました。
「僕に想像力はないです」
「そんなことないでしょう?」
僕の想像力は過去に縛られてます。たとえば、僕が想像できるのは「明日、巨大隕石が僕を直撃したらどうしよう」くらいのものです。
本当に未知のものについて想像することはできません。僕が想像できるのは「実は、僕はイカだったらどうしよう」とかです。
「本当に未知のもの」これは、文章にできない完全な暗闇のことです。
僕が想像できるのは、あくまでも既知のものです。本当に未知のものについては考えることができません。想像力の限界というのはあります。もしも、限界のない想像力があるとして、それを想像したとしたら、僕はどうなってしまうのか想像できません。
思い出(過去)は書きやすいです。他人の、つまり僕の思い出話が好まれるかどうかはわかりません。
僕が幼稚園のころ……この言葉は好きでないので言い換えさせてください。プリスクールのころの話です。僕は眠っていました。夜中に目が覚めて、まだ晩酌をしていた両親のいる居間へ行き、尋ねました。
「僕には骨があるの?」
両親は絶句していたと思います。僕は自分の骨を見たことがなかったので、自分がイカだったらどうしようと不安になったのです。寝ぼけていたのかもしれないです。そして、僕は両親が僕の問いに答えてくれるとは思っていませんでした。ただ、聞きたかったのです。極端に言えば巻き込みたかったのです。僕は、少しは安心して眠るために、それを誰かに聞く必要がありました。
少し安心して眠るため。
内容は覚えてないんですけど、そのとき僕は「怖い夢」を見ていたはずです。自分の骨を見たことがない。そういう事実に基づく夢ですね。
今は、レントゲン写真で見たことありますけど。
こんな風に時を超えて、過去の自分に会いに行く。文章にはそれが可能です。現実には無理なことが可能です。
思い出の使い方について
子供は頭が良いです。なので、僕は子供の頃の僕に教えてもらいにいきます。「思い出す」というよりも「会いに行く」という感じです。僕は子供のころの自分に言葉を貸してあげに行きます。僕はこれをたまにやります。そうしないといけないからです。必要と思うのでやっています。過去の自分の方が感性が鋭いからです。
過去の自分は現在の自分に劣っているのか? そのような時間感覚を問い直すマガジンです。過去の自分の書いた文章はたくさんのことを教えてくれると僕は思います。過去ログを集めた本マガジンをのぞいてみませんか? また、ご自身の過去ログを読んで、会いに行ってみたくなりませんか?
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