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【開戦前】「エクリチュールが戦争を欲望する」(人はそれを欲望しない)

人は戦争を欲望しない。ここでの人は「一人の人間」という意味です。

あたりまえの話なんですけど、動員なんてできないと思うのです。友達や親類が100人いたとして、その人たちを説得して「戦争するから手伝って」とできないし、やらないし、望まない。じゃあ、なにが戦争を欲望するのかと考えると「エクリチュールが戦争を欲望する」としか言えないと思います。

エクリチュール、それは書かれた文字です。

紙や石に刻まれた文章、記号、戸籍、動員指示、命令。大地に境界線として引かれた河川。人々をそこに担ぐ儀式の条理。これら文字や線が、戦争を欲望し、人間はその欲望の忠実な代理執行者になってしまうのではないか。私にはそのように思えてしまいます。




大河の彼岸には、そうして記号となった兵士たちが1,000の隊列を組んでいた。彼らの後方に鎮座するのは意外にも無能な女王。しかし、一人の魔術師が彼女に膝を屈することで、雪崩を打って国家が立ち上がったのだ。

***

「女王、恐れながら忠言いたします」
魔術師が皆を代表して紡ぐ。
「川の向こうでは、人々には忠義もなく、ただ怠惰のなかに豊かな実りを貪っております」
「比して我が国では、明日の食にもありつけない」
「このような不正があるでしょうか」
「労苦を厭わない我ら臣民は、御言葉を賜りたく伏しております」
「どうか、慈悲の御心でもって、我らにかの地をお与えください」

女王は首を縦に振り、良きようにせよと下す。

そのとき、将軍たちの眼に一斉に涙が浮かんだ。待ちわびた至上の言を得て、母を前にした子供のような歓喜が起こり、彼らは女王の脚に恭しく口づけした。瞬く間に10人隊、100人隊が羊皮紙に記され、隊長たちに配られる。そこに書かれた明瞭さは、兵士たちに1,000の歯車の一つとなることを固く誓わせた。

***

「私は川向こうの地を見たことがある」
地形図を手にして一人の将軍が話す。
「そこでは、少数の未開な部族が、朝に釣りと果実採りをしただけで三日分の糧を得ていた」
「だから昼は歌い、夕には踊り、夜に寝て、次の朝を迎えるというありさまだ」

「なんという」
「私たちの子は、飢えて声も上げられずにいるというのに」

将軍たちは一斉に眉をひそめ、拳を握った。誰ともなく声があがり、怒りと恍惚がその場に広がる。

「わが女王のために、かの地を!」「女王のため!」
「女王の忠義者たる名誉にかけて!」

***

「何が女王のためだよ、顔真っ赤にするなよ、恥ずかしい」
独り言ちたのは、羊皮紙の端に記された一人の兵士。

「羨ましいじゃないか」
「むしろ仲間に入れてもらいたいね」

隊列が次の指示を待って硬直している夜、へそ曲がりの青年だけがそっと川向こうへ漕ぎ出した。

青年は拍子抜けするほどすんなりと部族の歓迎を受けた。青年は彼らの歌の輪に入った。そして族長に危機を告げ、助言と約束を交わし、晩のうちに静かに去った。

***

1,000の兵士たちが女王の号令で進軍する。川の中腹に差し掛かると、上流で堰が切られ、濁流は兵士たちの境界をさらに曖昧にするように、全て飲み込んでしまった。

残されたのは高貴の証しを剝がされたただの女と、呪文の刻む場を失った元魔術師。

そこへ一人の青年が姿を現して、美味そうな果実を一口かじってみせた。

「まさか貴様、女王を裏切るとは! なんたる恥知らずか。この大罪をなんとする!」

青年はただの気まぐれで女の手をとり、水の引いた川を渡っていく。
振り返って、彼は元魔術師へ叫んだ。

「おまえのような者が、近い将来には、きっとこの世を支配するはずだ」
「だから、それまではいいじゃないか。お許しを!」


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