60代のすべての思考、感情、行動、気づき、勇気は、いつも“中”に戻るべし
本シリーズでは、人が環境に適応できる、成熟した生き方の指針として、
観 → 情 → 気 → 喜 → 形 → 水 → 遊 → 導 → 勇
という流れをお伝えしてきました。
観:「よく観てね!」
環境にどう対応すべきか ─ すべては“観”から始まる
情:「情はマグマだ!」
“情”こそが生命のエネルギー ─ 心がふるえる瞬間をキャッチしよう
気:「気が整えばOK」
仕事が失敗する老荘的理由 ─ “気”は関係と行動の「場」を整える
喜:「喜びは行動の種」
“喜”をひろげよう ─ 行動が自然と育つ老荘のメソッド
形:「形はシンプル」
成功者が必ずもっている“形”は“喜”から生まれて勝手に整う
水:「水はあなた自身」
“水”のように生きる ─ 形を固めず、自然に整える力
遊:「遊びは余白です」
一流が必ず持っている“余白”の正体 ─ “遊”びをせんとや生まれけむ
導:「導くのではない」
自然と導かれる先にこそ学びがある ─ 老荘に学ぶ「導」のあり方
勇:「動じない勇気」
打って出ない“勇”が幸運を連れてくる ─ 流れに任せるのみ
この9つの指針の真ん中に存在するのが、“中”です。
人は「道」という世界の一部として存在していますが、
私欲や思い込みによって、道とズレた振る舞いをしてしまうことがあります。
そこで、どういう姿勢でいるのが望ましいか、を表したのが “中” です。
60代で人生を再起動するとき、
あるいは晩年をどう生きるかを考えるとき、
実はこの “中” に戻る視点があるかどうかで、
その後の楽さが大きく変わります。
中心に戻る、とはどういうことか
「中に戻る」と言うと、
・一度すべてをリセットする
・余計なことを考えない
・無になる
そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
でも、老荘的な「中」は、
何もなくなることではありません。
たとえば、こんな場面です。
仕事で部下とうまく噛み合わず、家に帰ってもモヤモヤが残る。
「自分が悪かったのか」
「いや、相手の姿勢が問題だ」
頭の中で考えがぐるぐる回る。
この状態は、思考が前に出すぎています。
逆に、
感情が先走って強く言い過ぎ、あとで後悔しているときは、
感情に偏っています。
中心に戻るとは、「どちらが正しいか」を決める前に、
ああ、今の自分は少し思考に寄っているな
感情が前に出ているな
と、一度真ん中に立ち戻ること。
考えすぎた思考も、揺れた感情も、勢いで取った行動も、後から出てきた気づきも、思い切って出した勇気も。
全部まとめて、いったん“中央のテーブル”に置き直す。
それが「中に戻る」という感覚です。
60代になると、人はどうしても偏る
若い頃は、多少偏っていても勢いで何とかなりました。
多少無理をしても、多少強引でも、体力も気力もカバーしてくれたからです。
でも60代になると、その偏りを力で修正することは、以前より難しくなります。
たとえば――
・若い頃はすぐに動けたのに、慎重になりすぎて決断できず、チャンスを逃す
・若い頃はケンカしても翌日には仲直りしたのに、感情に引きずられて人間関係をこじらせる
・若い頃は流行に乗っていけたのに、経験に頼りすぎて、新しい流れを見落とす
・若い頃は時間に余裕があって冷静に判断できたのに、あせりから「今こそ動くべきだ」と勇み足で失敗する
どれも、
中心から少し外れた状態で起こりやすい。
だから60代以降は、
「何をするか」より先に、
今、自分はどこに立っているか
を確認することが、とても大事になります。
“中”に立つ、という姿勢
“中”に立つとは、何もしないことではありません。
たとえば、
長年付き合いのある取引先から、少し無理な要望を出されたとします。
すぐに
「それは無理です」と断ることもできるし、
「何とかします」と引き受けることもできる。
でも中心に立っている人は、まずこう考えます。
これは今すぐ答えを出す話だろうか?
そして、
「一度持ち帰って考えます」
と、間を置く。
押されても動かない。引かれても流されない。
進もうと思えば進めるし、留まろうと思えば留まれる。
その 余白を保った状態 が「中」です。
だから “中” にいる人は、慌てません。
詐欺にも引っかかりにくいのです。
「急がせるもの」を疑えるからです。
すぐに答えを出さなくていい。
すぐに決断しなくていい。
勇気を見せる必要もない。
「今は、ここに戻ろう」
そう自分に言える余裕がある状態です。
“中”に立った状態で、“観”~“勇”を行うのです。
“中”は順番ではなく、常に戻る立ち位置だからです。
“中”への戻り方:“勇”の場合
前回のテーマは“勇”でした。
動かない勇。
待つ勇。
信じて手を出さない勇。
たとえば、部下に仕事を任せたあと、つい口出ししたくなる場面。
「違う、そうじゃない」
「やっぱり自分がやったほうが早い」
ここでグッと踏みとどまり、何もしない勇気を出す。
この経験を一度すると、
「自分がやった」
「自分が決めた」
という感覚が、自然と薄れます。
そして、静かに中心へ戻ってくる。
本当の勇気は、自分を目立たせません。
結果が出ても、何事もなかったように、また“中”に戻る。
それが、成熟した勇です。
すべてを統合する場所としての “中”
10文字の指針で言えば、
中とは、すべてを統合する中心軸です。
思考も感情も行動も、そして気づきや勇気も、役目を終えればここに戻ります。
観も、情も、気も、喜も、形も、水も、遊も、導も、勇も。
必要なときに前に出て、また静かに中へ戻るのです。
人はつい、こう考えがち。
観ができていない=ダメ
情に流された=失敗
勇を出した=正解
こうした評価に囚われ続けること自体が、道とズレやすくなります。
観ができなかったからこそ、気づけたこともあるはずです。
その気づきを抱えて、中に戻ればいいのです。
人生後半に必要なのは、
新しい武器を増やすことより、
戻れる場所を持つことなのかもしれません。
今日からできる「中に戻る」練習
・迷ったら、結論を出す前に一晩置く
・感情的になったら、すぐ言葉にせず、まず感情を味わう
・何かしたくなったら、「本当に今か?」と自分に聞く
そして、こう問いかけてみてください。
今の自分は、中心に立っているだろうか?
それだけで十分です。
再起動とは、
何かを始めることではなく、
何度でも“中”に戻れる自分になること。
水のように流れ、
遊び心を忘れず、
導きに気づき、
必要なときだけ静かに勇を出す。
そして、また中心へ。
それが、
老荘的に考える、
60代からの人生の整え方なのだと思います。
偉そうに書いていますが、私もまだまだ未熟です。
ご一緒にこの生き方を実践してみませんか。
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