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同じ景色を、もう一度歩いている

自分は、弱かったのだろうか。
もう少しだけ、耐えることはできなかったのだろうか。

出戻りして、もうすぐ一年になる。

朝、オフィスへ向かう道。
昔と変わらない風景の中を、今日も歩いている。
この景色を、また自分が見ていることが、
ときどき現実なのか分からなくなる。

二年前、転職を決めたあの日。
「この道も、これで最後かもしれない」
そんなことを考えながら、
少しだけ胸を締めつけられるような気持ちで歩いていた。

あのときは、
まさか一年後に、
また同じ景色の中に戻ってくるなんて、想像もしなかった。

出戻って一年。
生活は落ち着き、心も穏やかさを取り戻しつつある。
それでも、ふとした瞬間に、
胸の奥に小さな棘のような感情が残っていることに気づく。

  自分は、逃げてしまったのではないか。

新しい場所で、
自分をうまく保つことができなかった。
悩みながら選んだ転職だったはずなのに、
どこかで「きっと大丈夫だ」と、
自分を過信していたのかもしれない。

現実は、静かで、容赦がなかった。

転職して数ヶ月。
体は言うことをきかなくなり、
気づけば「適応障害」という言葉が、
自分の現実になっていた。

ここまで追い込まれるなんて、
思っていなかった。

人生は、うまく前に進める。
そう信じていた。
いや、信じたかったのだと思う。

転職先は、
多くの人が「羨ましい」と言う会社だった。
そこに立っている自分を、
ほんの少し、誇らしく思っていた。

でも、その時間は驚くほど短くて。
触れたと思った瞬間には、
もう消えてしまっていた。

私は、戻る選択をした。
また、昔と同じオフィス街を毎朝歩いている。

流れる人波の中で、
15年以上通い続けた道を、
以前より少しだけ、背中を丸めて歩いている。

「出戻り」という立場は、
言葉にしづらい重さを伴っている。

以前は、評価も常に上位だった。
けれど今は、
評価されない理由も、責められない理由も、
どちらも分かってしまう自分がいる。

この年齢で、
前に進めなかった自分。
後ろに下がったように感じる自分。

それが、とてもつらい。

転職するまで、
私は本当にがむしゃらだった。
会社でも評価を上げていた。
がむしゃらに働く中で、もう一度昔から行きたかった会社にチャレンジする事を決めて、内定をもらう事が出来た。

それなのに、辿り着いた先は、ここだった。

人生は、思った通りにはならない。
それを、身をもって知った。

適応障害になり、
毎日は暗く、長かった。
どうすれば、もう一度立てるのか。
ただそれだけを考え続けて、
出戻りという選択にたどり着いた。

また壊れてしまうのが、
ただ、怖かった。

再度私を雇用してくれた今の会社には本当に感謝している。出戻りのために取り計らってくれた方々には感謝しかない。

頭では分かっている。
これでよかったと。

だが最近になって、
「これでよかった」と思える日と、
「本当は、もう少し踏ん張れたのではないか」と
自分を責めてしまう日が、交互にやってくる。

記憶が、少しずつ柔らかくなってきたから、
そう思えてしまうのかもしれない。

それでも、あの場所は、
私にとって確かに憧れだった。
せめて、もう少しだけ。
自分なりに、何かを残したかった。
活躍してみたかった。

回復してきた今だから、
こんなことを考えられるのだと、
頭では分かっている。

それでも、
やっぱり、悔しい。

今の仕事が嫌いなわけではない。
ちゃんと向き合い、
小さな誇りも持っている。

それなのに、
心の奥に残った何かが、
まだ、私を縛り続けている。

ニュースや街中で、
前の会社の名前が日常生活中で自然と聞こえるたびに、
胸の奥が、静かに痛む。

もう、時間は戻らない。
それも、分かっている。

それでも一つだけ。
あのとき、
立ち止まりながらも転職という一歩を踏み出した自分を、
否定だけはしたくない。

行かなかった後悔は、
答えのない問いを、
ずっと心に残す。

私は、行った。
そして、うまくいかなかった。

それが、私の人生の答えだ。

この答えを抱えながら、
また同じ景色の中を歩いていく。

いつかこの記憶が、
ただの痛みではなく、
静かな物語になる日が来ると、
今は、そう信じていたい。

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hamap 「出戻り転職」「キャリアの悩み」など、私自身の体験をもとに書いています。 共感していただけたら、ぜひチップで応援していただけると嬉しいです。 いただいたチップは、さらに役立つ記事作りに活かします。