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冒険者#37

 暗闇の果て

 「多次元宇宙?聞かない名前ですね」
 イヴが、どうでもよさそうな顔をしている。
 セレーナが口にした単語を聞いて、まず反応したのは彼女だった。

 おそらくこの世界に住む人間には、およそ縁遠い研究ではある……だが、今回の聖王国の魔族侵攻の件と、ロロス王国におけるザイン襲撃に関わった者には、直感的に何かが繋がる話だ。
 「……まさか、エルサーク以外に別の世界があるとかいう話ではないですよね……?」
 だとすれば、今更聞くべきものはない……イヴ自身も、エルサークの外の世界からの転生者だ。
 「今回の件で、それは多くの方が知ることになりました……これまで、エルサーク世界において外の世界が、幾つもあることを知る者はいませんでした」
 「ですが、私の一族は遥か昔からその存在を知っておりました……初めは、ある未発達な他の世界を捨て場にしていただけでした……」

セレーナ

 「捨て場?」
 レオルが怪訝な顔をする。
 なかなかに規模の大きな話の話の割に、捨て場という俗な単語が出てくる。
 「レオルさん……これ以上は、一族の秘伝。そちらがご存知のことを話していただけるなら、それは私の研究の成果になります……対等の情報交換になります。ロロス王国の戦いにおいて、貴方に訪れた変化……アメリアから聞いております」
 セレーナが、僅かに息を吸って吐く。
 「……ある方が降臨された、と……」

 「……イヴ、早々で悪いが、さっきのジャマーを頼めるか?」
 さっきの話合いで、敢えて伏せた話だ。
 闇帝の件は、おいそれと話しては良いものではない。また、当人達がその気が無くても話さざるを得ない状況になった場合、国家レベルで問題になる事案だ。
 「……分かりましたよ」
 イヴが深く聞かずに、黙々と設置していく。
 「レオル?……何、何の話?」
 「私も聞いて良い話でしょうか?」
 ミュスカとティアが、物々しい雰囲気に不安そうな表情をする。
 「この際だ……聞いてくれ。この先がどうなるか分からないが、話しておく」
 「おそらく、あちらは知らない話だ……」

 「……闇帝……レオルが、それに選ばれたってこと?
……何故、一気にやらないの?あいつら全部、食らいつくせばすむんじゃない?」
 真っ先に、ミュスカが予想されたことをレオルに追求してくる。
 「……ミュスカ、それは真っ先に、あなたが食われていた話になるんですよ……レオルお兄さん、ナルディア様が一週間ほど前、胸騒ぎがすると言ってましたよ……」
 例によって距離を詰めて、途中から耳元で囁くように告げてくる。
 ティアには位置的に聞こえるだろうが、それには頓着していないようだ。
 「……今度、姫様に怒られて下さいよ。ひどく心配してました……レオルが、おかしなことになってないか?あれだけのことがあったから、もうヒトを愛せなくなっていないか……」
 「……心が迷子になっていないか……と」
 ……ナルディアには……お見通しか……
 ……心配かけっぱなし、だな……
 
 「レオルさん、情報提供ありがとうございます……少々強引な手段を取ったこと、謝罪します」
 「魔族は、やはり次元を渡る何らかのの手段を持っているのですね……今回の生体戦艦……先程話されたザインは、おそらく単独で渡る手段がある……と」
 「あと、アルターですか……ザインの巨体もですが、そこに単独で渡る手段があるのかも……」
 「問題は、アヴソーヴですね……アルターとおそらく対になっていますね……だから、今アルターを使えないのでは?」
 セレーナが自分の推論を述べる。
 「……アメリアの知り合いだから、信用して話すが、使えないわけではない、とだけ言っておくよ……何事もやり方次第だ」
 レオルは、ここまでだと言う顔をする。

 「分かりました……先程の話ですが、我が一族は肉体に対するダメージを、次元の違う宇宙に捨てることで戦闘において、不死身に近い術式を作り上げました……『門』と呼びます、私の一族の間では……」
 「私は、それを次の段階に進めました……その何故か、不定形の力があふれるだけの、光しかない次元宇宙から僅かではありますが、力を引き寄せて、魔力に変えています……向こう側の力と、私は呼んでいます……」
 セレーナが語る……常人には想像すらしない出来事を……
 彼女は、証明したかったのだ。
 彼女の一族の守ってきた術式が、魔族の力に届く一端であることを……
 自分の発見した術式が、さらなる高みに届く可能性であることを……
 「アヴィス……何か分かるか?」
 声なき声が、ここにいる5人に伝わる。
 ジャマーでさえ、障害にならない。
 『教える必要ある、ある?……そのままいけば……消滅……破滅……己がなしていることが、いかに危ういか……知るべき、べき?』
 『それは……宇宙の魂、魂魄……まだ、星のマナ、生命のオドにも分化していない、宇宙の魂……』
 『魂をそこから魔力に変換する……存在確率エネルギーを、あちらから引き出す……それは、代償を求める……あちらに存在が引きずられる……消える、消える?こちらから、消える……』

白の領域

 『その白き領域は、白く輝く領域は……白皇の領域……宇宙の始まり、宇宙の生まれる場所……領域を侵す者には……いずれ裁きが……下る、降る……』

  黒き沈黙の闇が、降り積もる……
  洞窟の暗闇が、重さを増す……

 「そんな……ことが……?」
 セレーナのかすれた声が、宙に消える。
 「私の一族の術式が、知らず、神族に手がかかっていたんですか?……」
 その手がわななく……
 「さすが、です、レオルさん!」
 それは、喜びの震えに変わる。
 「甲斐がありました……このダンジョンに来た甲斐が……感謝するわ、レオルさん」
 嬉しそうに、レオルの手を握りしめる。
 「……アメリアの知り合いは、計り知れないな」
 ……己の消滅さえ、厭わない……飽くなき探求心……
 自身の全てを真理の探求に捧げる……それは、魔導士にとって、賞賛されるべきもの……

 「……イヴさん、ちょっと……」
 ティアがイヴの袖の端を引っ張り、少しだけ離れた場所に誘う。
 「……何です?内緒話ですか?」
 「……さっき、レオルに言っていたこと……ヒトを愛せなくなっていないか……とか、心が迷子とか……あれは、どういう……」
 躊躇い、たどたどしくなりながらも、心に引っ掛かったことを聞いてみる。以前の自分には、無かった行動に、少し驚きつつも……どうしても、はっきりさせたかったのだ。
 以前のティアは、自分のことだけで手一杯だった。明日自分がどうなっているかも分からない、他人と関わればあまり良いことにならない狭い世界で生きてきたのだから……
 そのかわり、他人を遠くから伺って、その人がどのような性格かをみる癖が自然とついてしまったが……あくまで、自分が生き延びるため……他人に関心など持つ気も、余裕もなかった……それが、ついさっきまでの自分……
 
 「……アイツにホの字にでも、なったんですか?……ティアちゃん、そういうの興味ないと思ったんですけど……」
 イヴが何処か嫌そうに、ティアから目を外す。
 ……それは、どういう感情?……面倒?……ナルディア様に関わる……プライベート?……それとも、レオルの触れるべきでない、何か……
 「……私、先程レオルに恋人が複数いて……ミュスカが傷付いた風なのをみて、つい良くないことを、言ってしまいました……あんなに、良くしてもらったのに……」
 「でも、何か、ずっと腑に落ちない……何かが当てはまらない……モヤッとした何かがここにあって……」
 「……彼は、何かと助けてくれる……けど、どこか……その歪な……このままだと……危うい気が……したんです」
 イヴが、頬を少しだけ掻いたり、宙を見上げたりと、挙句大きな溜息をつく。
 「……そんなこと、気にしなくても良いし、その余裕もないと思いますけどね……」
 「……よく分からないですけど、アイツ、姫様が言うには、恋人や自分の家族みたいに思ってた人達を、目の前で殺されているんです。それで、復讐にはしって……魔王を倒してるんですよ……」
 「……で、果たしたはいいんですが、その後少し抜け殻みたいになってた時が、あったみたいなんです……復讐を果たしたヤツの半分は、そんなもんかもしれませんが……魔王に、最後まで止めの剣を降ろさなかったらしいですよ……アイツ……情がでたのか、どうか……」
 「……まあ、その後、手紙とかでアイツとやり取りするなかで、姫様が言うには、責任というのか、元恋人とか他の連中の何かを背負ってしまったとか……どこか、自分だけ幸せになってしまわないように、いろいろと抑えこんだり、やたら見捨てないように……死んだ連中のかわりに、その数を補うように助けてないか……って、しょっちゅう心配してるんで、周りの連中もやきもきしてまして……」
 「……アイツ、恋人さんたちに、ちゃんと応えてやってるんですかね?……そこのとこが、私にはわかんないんですよ……」
 イヴにしては珍しく、レオルにどこか痛ましそうな視線を送っている。
 「……わかりました。ありがとう、ございます……」
 予想していた以上に、深刻な話……今更何ともできない部分が大半……の話……
 ……国にいる恋人さんでもなければ、何ともしょうがない……一時の関わりしか、もたない私では……

 ……ふと、思いつく……
 なぜ、そんなことを思いついたかは分からない……
 この間、メイド達の休憩室に1人いたときに読んだ本にあった記事なのか……
 母に言われた過去のことなのか……多分、そうなのかもしれない……
 
 ……良い事とは、今やるほうが良いということ……
 ……特に、私達は……今というのは、二度と来ないかもしれないのだから……

 「レオル」
 ティアが、両の手を差し出す……

ティア

 ……ティア?
 「……来てください」
 イヴとミュスカは、いきなり何が起きているのかついていけず、ただ見守る側へと流される。
 セレーナにも、それは当てはまる。
 「大丈夫です……気が触れたわけではありませんから……」

 「貴方から来てくださることに……意味があるんです」
 これまでのティアからは、考えられない行動……
 それには、有無を言わせない何かがあった……
 レオルが、ティアの前まで進む……
 自然とティアを、少し見下ろす形になる。
 ティアの腕がそっと彼の背中に回される……
 「私は、貴方の恋人ではありません……ですから、国にいる方には、貴方から謝っておいてください」
 「私、痩せていますから物足りないかもしれませんが……思いっきり抱き締めてください」
 ティアが、レオルの手を取って自分の背中に回すように手を添える。
 「……私で練習してください」
 「何を、だ?」
 「愛しかたを……貴方を愛してくれる人の求めかたを……温もりの心地よさを……」
 ティアは、回した腕に精一杯の力を込めて抱きしめてくる。
 「私も、男の人の愛し方なんて分かりません……でも、温もりは分かります……あなたは、それを知るべきなんです」
 「あなたは、助けてばかりで、自分を大切にしていないでしょう?……自分を少しは、甘やかしてあげてください」
 力を入れてください……と、ティアはレオルの胸に顔をうずめる。
 「……俺は、魔族だ」
 知らず、口から転び落ちる。
 「今さら、です」
 「俺は、数え切れないほどの人を死なせている」
 ……こんなことを何故、話す……
 「……だから、幸せになって、いけないのですか」
 「……許されるわけが、ない」
 ……こんな少女に何を、言っている……
 「何にですか?……私もあなたも、生まれ自体が、その生き方が、良識や倫理の埒外です。そんなものに、許してもらう必要はありません」
 知らずティアにかかる手に、力が籠もる。
 少女の体温を感じる……少しだけ苦しげな、息遣いも……
 「神様にだって、許してもらおうとも思いません」
 「……なぜ、だ?」
 ティアの瞳が、何かをこらえるように上を見上げる。
 「アナタは、私だからです……決して、自分を許さないから……許す涙を持たないから……」

 「……だから、ほおっておけないんです」
 
 「……ミュスカ、手伝ってください」
 ティアが、レオルの背中に回した手を振って手招きしてくる。
 彼の表情は、伏せられてわからない。
 「……その空気感は、ちょっと行きにくいんだけど……」
 ミュスカが、どこか泣きそうな顔をしている。

ミュスカ

 「本当は、アナタの方が適任なんです……二人で、ぎゅっ、としてあげるんです」
 「この際、ちゃんと助けたひとの温もりを分かってもらいましょう」
 恐る恐る近寄ってくるミュスカの手を、ティアが強引に引っ張り込んで、レオルの背中にあてがう。
 「失礼しまーす……」
 ミュスカがレオルを横抱きにくっつく。
 「……大人しいレオルって、可愛い」
 

 「はーい、お姉さんもいいですか?私も助けられてまーす!」

セレーナ


 セレーナが、レオルの頭を抱え込むように抱きしめてくる。
 こちらは、段階をすっ飛ばしてくるというか、本来の地が出て遠慮がなくなってきている。
 「こんな芯の強くて、打たれ強そうな殿方が泣くところを見てしまったら、我慢できませんよね……」
 セレーナの一部である青い衣装が、ミュスカの手に触れる。ひゃっ、と彼女が手を離す。
 「冷たいよ、セレーナさん」
 「ああ、人と触れ合うなんて、久しぶりなので……循環液の温度を上げますね」
 セレーナが、ミュスカごと包み込む。
 「……分かった……今だけは、甘えさせてもらうよ……」
 レオルの声が、その中から聞こえる。
 「まだ……分かってないです、よね……?」
 ティアの声に、ほんの少しだけ苛立ちに近い怒りが混じる。
 ……それは、アナタ以外の誰かの想いを踏みにじる……
 ……アナタだけ、犠牲になれば良いというのは、周りをいつか、不幸にする……
 「……いいです……いきなり変われないのは、私も同じ……です」
 「行けるところまで……付き合います」
 
 「ナルディア様が、あの役目やりたかったんじゃないですかね?……」
 「……それとも、分かっていたのかな……うちの姫様は?」
 ジャマーにもたれかかりながら、溜息を一つ。
 イヴが少しだけ嬉しそうに笑う。
 


 いきなり、床が落ち水面に落とされる……
 上から、 杭等が埋め込まれ機械仕掛けが落ちてくる……

仕掛け

 「少し水が内部に入りました」
 セレーナは刺さった杭をものともせずに、すり抜けてくる。身体を縦に貫いた穴が、何事もなく塞がってゆく……

 天井の一部が、外れたかの如く落ちてくる。
 通路全体に、重い震動音が広がってゆく……
床に火花が散る。巨大な刃の付いた歯車が押し潰した者を焼き切る。

歯車
 
 

 「少し、オーバーキルではないかしら?……」
 「……普通、あんな重いもの落ちてきたら、そこで即死ですよね?」
 分断され、少し焦げた身体を瞬時に再生させながら、罠の感想まで述べてくる。

 「セレーナ……その、少しも、何ともないのか?」
 レオルにしては、珍しく恐る恐ると言った風に声をかける。
 「あら、レオルちゃんに心配してもらえるなら、お姉さん、もっと罠解除がんばるからね!」
 両の拳を握り、両腕を曲げてポーズをつけてくる。
 ……こんな心臓に悪い罠解除を、そんな嬉しそうにやらないで下さい……!
 ティアが心の中で頭を抱える。
 
 「……ちゃん呼びは、やめてくれ」
 彼の声もどこかげんなりして、響きに力がない。

 そもそもこの通路は、最初幻影で隠されていたものだった。
 
 イヴが、違和感を感じて触れた壁が、手が奥まで突き抜けてしまい、彼女はその通路をそのまま突き進むことを提案してきた。
 
 この通路の最初の罠は、両側の壁が迫って潰してくる罠だった。
 だが、それはレオルとミュスカが力任せに押し返して、その機構を砕ききる結果になった……
 そこで、セレーナが提案してきた。
 私が歩くだけで、罠は全て無いも同然ですよ、と……
 私も、皆さんに少しでも仲間と認めてもらいたい、と……


 落とし穴に墜ちたセレーナに、呪が刻まれた仕掛けが狙い撃つ。穴の底が紅く染まり、爆音が辺りに響き渡る。

トラップ

 「セレーナさん!」
 「あれは、さすがに死んだんじゃ……?」
 ティアの叫びを背中に聞きながら、ミュスカがおっかなびっくり穴に近づいてゆく……
 足元にぬるっとした感触……
 ミュスカが、慌てて足をどかす。
 床の隙間から、透明なジェル状の液体が染み出して、女性の身体を形作ってゆく。
 「……死ぬかと、思いました……」
 「思わず、あっちにダメージを捨てちゃう……くらいにはびっくりしちゃった……」
 あはは、とセレーナが笑って誤魔化すに至っては、ティアが力なく座り込み、力が抜けたように息をつく。

 「これで、最後か……」
 扉がある……頑強な金属の扉……
 ……恐らく最奥の扉……
 だから、これ以上の罠は無い……

 取っ手は無い……閂もない……
 代わりに、魔術の紋様が光り、扉を硬く固く閉じている……

最奥の扉

 「呪紋の照合錠ですか……ここは、私の出番ですね」
 イヴが、袖口から箱を一つ取り出す。
 

呪紋照合器

 イヴが、箱を扉に近づけてゆく。
 中央の奇妙な紋様の細工が、幾つもの光が入れ替わり明滅し、細工そのものも組み替わってゆく。
 「これも、小型化は出来なかったのですが……」

 イヴの真横を、空気が質量をもって唸りをあげて扉に叩きつけられる。
 束ねた髪が、尻尾のように跳ね上がる。

 耳に高音の欠片が突き刺さり、一時、音を捉えられなくなる。
 扉が軋みながら悲鳴をあげ、深いひび割れが広がってゆく……
 「……おい……」
 イヴが振り返るより先に、ミュスカの拳が更に振り抜かれる。
 扉の中央が衝撃に耐えきれず、向こう側の暗闇に落ちていった。
 イヴが一つ息をつくと、箱を袖口に再びしまう。
 「……何か言った?」
 ミュスカが怪訝な顔をする。
 「……ヒトがせっかくスマートに物事を済まそうとしているのに、何でっかいノックしてるんですか……この脳筋……」
 代わりに、背中から巨大な戦斧を取り出してミュスカに突きつけてくる。
 「のう、きんって、何です、イヴさん?聞き慣れない単語ですね、よその世界の言葉ですか?」
 セレーナが首を僅かに傾けて聞いてくる。
 「脳みそまで筋肉でできてんじゃないか、ってことです……このスットコ!」
 ……すっ、とこ?……
 今度は、ティアが心の中で首を傾げる。
 「……脳みそに筋肉なんてつくわけないじゃん。アンタ、アタマ大丈夫?」
 ミュスカが、真面目に答えてくる。
 「お前にマトモに返されるのが、一番アタマにくる……」

マナビスケット

 「……セレーナ、マナビスケットを渡しておく、使ってくれ……ティア、これは使い捨ての結界石だ。もしもの時は、握りしめれば力場ができて相手をはねのけてくれる……回数は5回だ、気をつけて使え……」 
 レオルが、その傍らで手際よく手持ちの品を渡してゆく。

結界石


 「……そして、レオルお兄さん、私の怒りをないもののように、扱わないで下さい……お仕事……ご苦労さまです」
 イヴは、もう一度だけ息をつくと戦斧を予備動作抜きで扉を下から叩きつける。
 扉が遂にその役目を果たすことなく、奥へと倒れ込む。砂埃が僅かに舞う。
 
 巨大な広間……二つの人影以外、何もない。何も存在しない……伽藍洞……
 
 「ビーストⅦだ……」  
 「メガビーストⅦ、教授に捨てられた……ロストナンバー……」

アイン
ツバァイ

 くすくす、とした含み笑いが響く。
 「なにしきたの?」
 「教授なら、いないよ?」
 レオルが魔剣に手をかける。
 「……知り合いか?」
 ミュスカが、首を振る。
 「……ここは、終わり……の果て……私はアイン、ダンジョンの管理者」
 「普通は、ここまで来れない……私はツヴァイ、魔物の管理者」
 イヴが、戦斧を杖にしながら、周りを見回す。
 ……ああ、そういうことですか……
 「……でしょうね、あんな殺意高めのトラップ、選ぶ選ばないの前に死にますよ」
 「なら、私達は合格なのかしら……無事に返してもらえるのだといいけど?」
 とセレーナ。
 ……とても、そういう風じゃないわね……
 「あなた達は、イレギュラーだから……きっと、教授、欲しがるよ」
 「ビーストⅦ、協力するなら戻って来てもいい」
 
 ミュスカが一歩、前に出る。
 「どういう意味?」
 
 「こいつら、捕まえるから手伝って」
 「適度に痛めつけて、連れていくから」
 アインとツヴァイが、笑う。
 ……戻りたいにきまっている
 ……捨てられたくないに決まっている

 「そうね、少し前だったら云もすんもなく、いいよ、て言ってたかも……」
 後ろにチラリと目をやり、前をみてニヤリとする。
 「でもさ、今は教授のこと大嫌いなんだ……嫌いなヤツのためになんか、私が動くと思った?」
 「それに、記憶が戻らなくても来いって言ってくれたヤツがいたんだ……」

ミュスカ

 「……どうせ、私の帰るところなんて、もうないんでしょ?」
 アインとツヴァイは、表情を変えない。
 何も答えない。
 それが、饒舌に物語る。
 お前の帰る世界は、何処にもないと……
 「……だったら、アンタらは、私の帰るトコじゃない……そういうこと」
 くるりと身を翻して、レオルの横に並ぶ。
 「まず、アンタらをぶっ飛ばす!」
 「……私と私の仲間たちがね!」
 
 「……数に入れないでください」
 ティアがそそくさと、レオルの背中に回り込む。
 「あらあら……」
 とセレーナが、体内の陣に力を集め始める。
 「……あなたがリーダーみたいに、言わないでくれます?」
 イヴが、ニコニコと戦斧を肩に担ぐ。
 「そちらの遊びに付き合うのは、ここまでだ……」
 「……リスティのところまで、案内してもらおうか」
 レオルの魔剣が空を薙ぐ。

 「思い上がるな」
 「リスティ様にお前を会わせてなるものか」
 彼女らを載せる台座が鈍い光を帯びる。

 「翔弾、召喚」
 「魔獣、召喚」
 声が合わさる。

翔弾
魔獣

 砲台が陣より呼び出され、横に並べられていく……
 何十体もの魔獣が、一瞬で呼び出される……

 イヴが、踵を2回床に打ちつける。

 陣が次々と生まれ出づる。
 次元収納が開かれてゆく。
 「これだけ何もない広間で、それを予想しなかったとでも?」
 呪紋が幾つも刻まれた円盤が、大量の羽虫の群れが出すような音を放ち、陣から抜け出してくる。

動体追尾型爆弾

 「こんなに綺麗に並べて呼んで……この私を舐めてるんですか?」
 イヴが低く重い声を、地に這わせてゆく……
 「お兄さん達、動かないで下さいよ……行け!」
 
 円盤達が奔る!走る!……地を這うように、空を滑るように……!
 
 巨大な魔獣の脚が吹き飛ぶ……砲台が倒れこみ、他の魔獣を巻き込む……小さな魔物が、纏めて血と肉片と化す……
 砲台の一部が火球を放つが、セレーナがそれを吸い込んで消してゆく。

 「こっちは、戦争しに来てるんですよ……」
 「……魔獣程度で、怖がるとでも?」
 「……砲弾の玉ごときで、震えあがるとでも?」
 陣から、次の円盤が浮き上がる。

 「っ……火砲……」
 魔獣の群れをすり抜けて、不可視の壁を食い破り、アインの台座の一部が弾け飛ぶ。
 召喚が阻まれる。

イヴ

 「……!結界壁を……?!」
 いつの間にか、イヴの片手に奇妙な形の杖が握られていた。

集束砲杖


 「結界があれば、人間には手が出せない……」
 「再生力が強ければ、人間に斬られても大丈夫……」
 イヴの瞳が怒りに染まる……
 「結界があるなら、術を集束すればいい」
 「再生するなら、しないように細胞を潰せばいい」
 だが、その口は喜悦に歪む。
 「人間を舐めるな、魔族ども……」
 ……こんなふざけた宿命を押し付けた、ヤツら……
 「……そっちの、ツヴァイとか言ったか……
動くな!」
 ツヴァイが、新たな陣を奔らせようとして、動きを止める。
 杖の先端が、アインの頭部に狙いがつけられる。
 「動けば……コイツが死ぬぞ」
 ……全員、地獄へ……

 「……そこまでだ、イヴ」
 レオルが、杖を抑える。下に向ける。
 穏やかな声。
 「レオル、お兄さん……死にますよ」
 杖が向けられる。
 「今の私に、触れないで下さい」
 ……いくら貴方でも……
 「……殺しますよ」
 レオルが、杖を更に自分の顔に狙いをつけるように杖ごとイヴを引き寄せる。
 「血に、酔いすぎだ……頭を冷やせ」
 「あいつらを殺せば、このダンジョン自体が崩壊の可能性がある……」

 「召喚 ベヘモス!」
 隙を突き、ツヴァイが巨大な陣を完成させる。

ベヘモス

 「集え」 
 魔剣が次々と出現する。
 融合、巨大な剣と化す……
 「……後は、任せてくれ」
 レオル手を振り上げる。
 「あいつらに……殺すほどの価値ないって!」
 ミュスカが、それに続く……
 巨剣が、ベヘモスの塔の如き巨体にめり込む。
 魔獣が身体を引き締め、刃が斬り下ろされる寸前で阻む。
 「ソウル・トランス、起動……全能力向上に限定」
 尻尾の蛇頭が、魂魄の力を解放する。
 「レオル、踏ん張ってよー!」
 ミュスカが、ベヘモスの肩を飛び越え上昇、反転する。
 彼女の拳が、空を裂き唸りを上げる。
 巨剣の先端に叩き落ちるがごとく、拳を振り落とす!
 ベヘモスの巨体が、縦に引き裂かれていく。

 巨獣が、咆哮する。
 剣を身体に食い込ませたまま、再生が始まる。
 ミュスカが、距離をとる。
 背中の触腕が振り回される。部屋の壁が、削られ崩されてゆく。
 「……制御が……ここをこれ以上崩されては……」
 ツヴァイが狼狽える。
 「……怒りで、暴走している……、私では止められない!」

 「雷激の陣」
 セレーナが、巨大な陣をベヘモスの足元に奔らせる。
 通常の術式ではない……セレーナ独自のあちらの力を行使しての強力な術……上位魔族のランクの術式に手が届きかけている。
 稲妻が連続で発生、ベヘモスの身体を焼き、動きを封じ込めてくる。
 だが、これは長くは続かない。
 「レオルちゃん……ごめんなさい、そんなには、保たせられない!……っ」

 懐に手をやる。
 「そこの二人、下がれ……巻き込まれるぞ!」
 アインとツヴァイが、躊躇いつつも台座ごと下がってゆく。

召喚結晶
 

 ペンダントが落ちる。
 「アルター召喚、モデル、グレイシャ」
 ペンダントから雪が噴き出す。

グレイシャの投影

 「変生、スィン」
 影より、氷の少女が姿を現す。
 氷が、地を走り抜ける……白く濁った鏡面が、魔獣の脚のみを冷たく腐らせる……
 選別の雪の嵐が、魔獣のみを食い散らしていく。
 魔獣達も、ベヘモスも等しく、白く白く染めてゆく。空気をも白い凶器に変えて、肺を白く貫き殺す。

スィン

 「主殿……スィン、ここに参上仕った……」
 「……如何様にも、我が身をお使い下さい」 
 少女が龍を従え、レオルの足元に膝まづいた。

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