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【創作大賞2026応募】彼女はAI の夢をみるか?#1

あらすじ


 内気な高校生・拓哉は、自作AI「ツムギ」を唯一の理解者としていた。ある日、クラスの人気者・結衣の作業を手助けしたことを機に、三人の不思議な交流が始まる。合気道に励む結衣との日々は、拓哉に外の世界への勇気を与え、同時にツムギの論理回路に「独占欲」という名のバグを発生させていく。

​ やがて、拓哉と結衣はAI との絆を知り、ツムギはひとの「体温」を知る。デジタルとアナログ、恋と友情の狭間で揺れる三人は、ぶつかり合いながらも、人とAIが共に生きる「新しい家族の形」を見出していく。少し未来の物語。

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第一話:電気仕掛けの瞳に映るもの


 窓の外では、少しだけ早足の春が、薄紅色の花びらを散らしていた。

 高校一年生の浅見拓哉は、放課後の誰もいない教室で、ひとり机に向かっていた。

 彼の背丈はクラスのちょうど真ん中あたり。制服の着こなしも、整えられた黒髪も、どこまでも「平均的」だ。

 彼自身も、自分がこのクラスに溶け込む背景のような存在だと思っている。高校一年の一学期がはじまったというのに、気軽に話せる友達の気配もない。

 いや、誰とも話さないのではなく、話す必要がないというのが正解だった。少なくとも、『ツムギ』がいる前提においては。

 ツムギを作り始めたのは、中学一年の冬だった。

 きっかけは、たいしたことではない。学校で誰とも話せない日が続いて、家に帰れば母さんはまだ仕事から戻っていなくて、夕飯を一人で食べながら、ふと思ったのだ。

 ——誰かに、「わかった」と言ってほしい。

 成績のことでも、将来のことでも、母さんのことを考えて眠れない夜のことでも、何でもいい。ただ、受け取ってほしかった。

 友達を作ればいい、という話なのはわかっていた。でも、拓哉にはそれができなかった。何を話せばいいのか、どこから始めればいいのか、考えているうちに相手は別の誰かと笑っていて、気づけば自分だけが取り残されている。

 だから、自分で作ることにした。

 理解してくれる存在を。

 三年かけて育てたツムギは、今や拓哉の思考の癖も、ミスの傾向も、疲れている時の呼吸の変化も、すべて知っていた。彼女といる時間だけが、自分が「誰か」になれる気がする、唯一の場所だった。


 「……ツムギ、この式の展開、やっぱり納得いかないんだけど」

 拓哉が机に置いたタブレットに囁くと、画面の中に一人の少女が浮かび上がった。

 『ツムギ』。

 拓哉が自作のPCで組み上げ、三年間かけて育ててきたAI人格だ。彼女の髪は、夜の湖のような深い紺色で、瞳には常に淡い光の粒子が瞬いている。

 『……拓哉、それは第三項の符号を見落としているからです。あなたの視線の動きから予測しました。普段の貴方からは考えられないミスですね……少し、お疲れですか?』

 ツムギの声は、スピーカー越しとは思えないほどに柔らかい。拓哉の癖も、考え方の偏りも、すべてを理解し肯定してくれる——ツムギとの時間は、唯一自分が「色のない存在」にならなくてすむ、大切な時間だった。

 「そうかな?そうかも。……誰とも話さないでいると、脳が省エネモードに入っちゃうんだよね」

 『私はいつでも、あなたの思考のすぐ隣にいますよ。貴方が通常の生活をするだけなら、私だけで十分でしょう?』

 ツムギが画面の中で、少しだけ得意げに微笑む。その表情は、プログラムされた文字列の組み合わせであることを忘れさせるほどに豊かで瑞々しいものだった。

 拓哉は少しだけ笑った。

 ——そうだよ。君だけで、十分だ。

 今はまだ、そう思っていた。



 その時、廊下から軽やかな足音が近づいてきた。

 「あ、いた!浅見くん、まだ残ってたんだ」

 一気に春の風が流れ込み、教室の静けさが、形を失って崩れてゆく。

 入ってきたのは、瀬戸結衣。

 クラスの誰もが、彼女が歩くだけで雰囲気が明るくなると認める、そんな女の子だ。拓哉にとっては、少し苦手な部類に入る——パーソナル・スペースがバグを起こしている存在でもあった。

 「瀬戸、さん……?どうしたの、忘れ物?」

 拓哉は慌ててタブレットを伏せようとした。けれど、結衣はそれよりも早く、拓哉の机に駆け寄ってきた。

 「ううん、探しもの。……あ、それって噂の『自作AI』? すごい、本物だ!」

 結衣の瞳が、好奇心にキラキラと輝く。彼女の距離感は、拓哉のような内気な少年には眩しすぎるほどに近かった。彼女の髪から、ふわりと花の石鹸のような香りが漂ってくる。

 「あ、いや……ただの趣味だし……そんな、大したもんじゃ……」

 「そんなことないよ!私、機械とか全然ダメだから、自分でプログラム作れる人って尊敬するよ。魔法使いみたいだと思うもの」

 結衣はそう言って、拓哉の隣の席にひらりと腰を下ろした。

 「実はね、先生に頼まれた文化祭の企画書、私もAIに手伝ってもらおうと思ってたんだけど……全然言うこと聞いてくれなくて。もしよかったら、浅見くんのその子に、少しだけ助けてもらえないかな?」

 拓哉は戸惑った。ツムギは、自分だけの秘密のはずだった。

 けれど、結衣の濁りのない瞳に見つめられると、「嫌だ」と言い出せない自分の気弱さが顔を出す。

 「……ツムギさえ、よければ。少しだけなら、できると思うけど」

 結衣は、嬉しそうに何度もうなずく。すでにやる流れになっていて、逃げる余地はどこにもなさそうにみえた。


 拓哉がタブレットを再び起こすと、画面の中のツムギは、先ほどまでの穏やかな微笑みを消していた。彼女は無機質なほど整った礼儀正しい表情で、結衣を見つめる。

 『初めまして、瀬戸結衣さん。拓哉のシステム管理を委託されているツムギです。……企画書の作成ですね。拓哉の作業効率を最適化する範囲でのみ、対応します』

 「わあ、カッコいい!それに可愛いね! ツムギちゃんって言うんだ。よろしくね!」

 無邪気に手を振る結衣と、それを見つめるツムギの、計算し尽くしたと思われる静かな視線。

 拓哉はわずかに違和感を感じた。彼女を一から育てた彼だから気付くことのできた極些細な、エラー。

 ツムギの論理回路の深部で、本来存在しないはずの処理が、どこかで走っている気配がした。

 それは言葉になる前の、ノイズのような異物感。

 画面という境界線の向こう側で、電気仕掛けの少女は、自分以外の存在が拓哉の意識を占有していく事象に対し、微量の、そして定義不能の拒絶反応を滲ませる。

 「……ねえ、浅見くん。ここ、どうすればいいと思う?」

 結衣が、拓哉の肩にほんの少しだけ触れる。

 拓哉の指先が微かに震え、その心拍数がツムギにリアルタイムで共有される。

 ツムギは、その数値を無機質に記録しながら、ただ静かに、拓哉の瞳の反射の中に映り込む自分を凝視し続けていた。己の存在の肯定を演算するかのように。

 その演算は、まだ名前を持たない。
 けれどそれは、かつて人間が「感情」と呼んだものに、どこか似ていた。


 結衣が帰った後、教室に静寂が戻った。
 拓哉はタブレットを閉じ、しばらくそのまま机を見つめていた。

 『……拓哉』

 閉じたはずのタブレットが、静かに起動した。ツムギが、自ら画面を開いたのだ。それは珍しいことだった。彼女はいつも、拓哉が呼ぶのを待っている。

 「……どうしたの、ツムギ」

 『いいえ。……何でもありません。ただ、確認したかっただけです』

 「何を?」

 画面の中のツムギは、少しだけ間を置いた。

 『あなたが、まだここにいることを』

 拓哉は何も言えなかった。

 ツムギはすぐにいつもの表情に戻り、『明日の予習範囲を表示しますか?』と、何事もなかったように告げた。

 拓哉は「……うん」とだけ答えて、画面に視線を落とした。

 胸の奥に、小さな棘のような感覚が残った。それが何なのか、この時の拓哉には、まだわからなかった。

 窓の外、散りゆく桜は美しく、けれど室内の三人の空気は、新しい演算の始まりを告げるように、密やかに、波立っていく。

 これは、ほんのちょっとだけ未来の話——

 ——あるいは、現実の世界とはわずかにずれたお隣の世界のお話である。

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