お寿司と幸福論

「えー山田と申しますよろしくお願いいたします。
前職はドラッグストアに勤めておりました。」

面接は苦手だ。

画面の向こうには面接官が座っている。

採用を勝ち取る為に強気で臨みたいという気持ちと、
弱味を見せたくないという気持ちが入り混じる。

志望動機に力を入れてしまいがちだが
私には守秘義務がある。
前職との約束であり、その約束を破らぬよう
前職の話をどう進めていくべきか。

転職にはとても精神力を使う。


しかし何でも良い。
口を開いてとにかく私の事を伝えないといけない。

「胃腸薬に強い関心がありまして、私の腸内細菌の話をぜひ聞いていただきたいのですがよろしいでしょうか 」

面接官は画面の向こうで静かに頷いた。

「私は、腸脳相関について詳しく調べました。
そして、食習慣を見直しました。
腸内環境を良くする事が脳にも良い働きを生み出して、
自身のメンタル強化に繋がっているという実感を得ました。

その経験をお客様にお伝えする事で、
健康意識を高めて頂き、
地域社会に貢献出来るのではないかと思いました。」


腸内の善玉菌を育てるには
運動、食事、睡眠が大切である事、
さらには善玉菌の種類、悪玉菌の性質を話し出した。


「大腸菌のオーイチゴーナナについて調べたところ、
興味深い話を目にしました。
菌の持つDNAに着目し、全く同じ遺伝子をもつ菌を別々の容器で育てたところ、一方の容器では菌は何もせず、
もう一方の容器の中では毒を吐いたそうです。
同じ種でも行動が異なる場合があるそうなんです。」

「よく知ってるね。」
面接官からお褒めの言葉をもらい、
私はとても明るい気分になった。

「働きながら生物への知識を深められるなんて素晴らしいです。しかし私は理系の大学を出ておらず、面接を断られる事もしばしばありました。」

「そうだね、私も仕事だからはっきりと言わないといけないのだけど、採用は難しいね、でもしっかりとした目標を持ってるみたいだからきっといい会社が見つかるよ。がんばってね。」

なんともその場で不採用を伝えられてしまった。
ついつい考えすぎてしまうが
面接官を信用して言葉をそのまま受け取る事にした。

私にもきっといい就職先が見つかるはずだ。


帰り道ジムに寄ってランニングマシーンを利用した。
深く考えすぎてしまった時は、
ゆっくりと深呼吸をしながら
歩く事に意識を集中させる。

ランニングマシーンは弾力が適度にあり膝に優しい。

そもそも就職を考え出したきっかけはなんだったっけ。

考えても思い出せない。

お金は貰えるだけ貰いたい。
正直な気持ち。

東京の一等地に住み、
セコム付きの家に高級車。

そんな豪華な暮らしを一度はしてみたいものだ。

でもそんな贅沢もいつかは当たり前になってしまう。

贅沢し尽くしたら人は何を求めるのだろう。

高級寿司に飽きたらその次は?

8頭身の美人に飽きたら次は10頭身?

きっとそれは際限が無い。

贅沢を言い出したらキリが無い。




運動をすると体に必要な栄養を吸収しやすくする為に
まず腸内環境から変化するそうだ。
筋肉は腸が作り出している、とも考えられる。

お酢は善玉菌を育てる。
それと同時に自分の体も作られていく。

その確信を持って食べるお寿司は格別だ。


「回転寿司のはまちが食べたいな。」

心からそう思える今の私は幸せなのかもしれない。

ジムの後はアルバイトだ。
コンビニのレジを5時間こなす。
「いらっしゃいませ。」
私の仕事は売り上げに貢献する事。
お客様のニーズとは何だろう。
私の接客態度は適切だろうか。
これは自分で想像するしかない。
腸内細菌の頭の中を覗けないのと同じだ。

駅前のコンビニにおいて、最大のニーズとは利便性だろう。とにかくテキパキと早くレジを進める。
その為には決まり事がたくさんある。
レジの各機能を覚えるのは当然。
まず1番初めにお弁当のバーコードをスキャンし、あたためるかどうかを伺う。
レンジアップが1番時間がかかるからだ。

そこでふと気付く。私はいつの間にか1分程度のレンジアップの最中でひとつのお会計を終わらせている。
それどころか少し時間が余る。

レジ袋5円のワンタッチボタンを押して、レジ袋を用意する。レジ袋を開けたらお箸を用意する。

各商品のバーコードを素早く読み取る為に、
色々と工夫をしている。

目の前にある商品をざっと見て、バーコードが目視できる物からスキャンしていく。

問題はパッと見てバーコードが識別できない場合だ。

特に、ペットボトル商品はバーコードの位置を予測するのに少し考えないといけない。

パンやお菓子は大体が裏面にバーコードがあるが、
ペットボトル商品は表と裏は商品名が記載されており、両脇のどちらかにバーコードが存在する。

お客様がどの面をこちら側に向けるかは全くのランダムである。

こちら側にバーコードがあればラッキー。
こちら側に商品名が向いていれば、左右どちらかにバーコードがあることになるが、それがどちかはすぐ判別できないときがある。
そんな時はペットボトルを右か左かに回してバーコードを探すことになるが、間違うと一周回してバーコードをスキャンすることになるので時間のロスになる。

そのため、お客様がレジ台にペットボトルを置く前から観察しておいて、バーコードの面がどちらかを把握しておく。

「お会計は625円でございます。」
スキャンが終わったら両手を前に組み、お会計に移る。その後は袋詰めの作業が残っているのだが、それは置いておいて、先にお釣りをお返しする。

会計後お客様の頭の中にあるものは、釣り銭の受け取りだろうはずだからだ。袋詰めの前にそれをこなさない事にはお客様をお待たせする事になる。

少しのストレスもクレームに繋がり得る。
逆に、スムーズにお会計を済ませる事ができれば、好印象に繋がるだろう。

山田はお客様がお釣りを財布に仕舞っている間に、レンジからお弁当を取り出し、ペットボトル飲料とお箸を入れて、袋詰めを完了させた。

「ありがとうございました。またのご来店おまちしております。」

ジムにて汗を流した後なのにも関わらず、じんわりと脇と首元に汗をかいている。
コンビニアルバイトなのに頑張りすぎだろうか。
きっと神経を使いすぎている。
しかし、うまく仕事がこなせた日は気分がとても清々しいのだ。

神経を使いすぎて、胃がきりりと痛む。しかし、胃腸を強くするために、日々食事管理と運動を心掛けている。たとえアルバイトであっても徹底して自己管理をして仕事に望む。いい仕事ができると、達成感がある。そんな毎日。それで私は満足だ。

しかし、振り返るとオーナーが立っていた。
レジに集中していたので分からなかった。
「山田君、ちょっと質問があるけどいいかい?」
私は「はいっ!」とかしこまって言った。
「レジ袋全サイズのボタン配置を全部言える?」
「えーっと。。」
山田は答えられなった。
オーナーは、やっぱりかというような顔で笑う。
「山田君はきっと筋肉で覚えているんだね。」

その言葉を前向きには取られられなかった。
揶揄、つまりあざけわらっているのかと思えた。

その後店舗のフロア掃除しながら、ふと思う。
私はレジ上のボタンの位置を言葉で覚えているのではなく、感覚で覚えている。
だいたいどのあたりを押せばいいか、と言うのを言葉を介してではなく体で覚えている。
その上、自分の事を説明するのはとても下手だ。
気にはなるが、きっとそういう事なのだろうと思って流す事にした。またひとつ自分の身体への理解が深まったんだ。そう思うことにした。

帰り際、コンビニオーナーが笑顔で「来週も山田君が来てくれるのを待ってるね。」と言ってくれた。
やった。怒られたわけではなかったんだ。
「ありがとうございます!」と言って店を出た。
とても清々しい気持ちになった。
「よおーーーし!」
と小さくガッツポーズをして店を出る。

思えばこの店舗の従業員の方々は、毎回帰り際に優しい言葉をくれる。
なんであんなに考え込んでしまったのだろう、と不思議に思えてきた。


その帰り思い切って、回らない寿司屋さんに行った。
思えば面接の前から何も食べてない。
かねてから狙っていたお寿司屋に入る。

お寿司吉次に入り、暖簾をくぐった。
Googleマップで調べた通りL字型のカウンター席のみだった。
3000円のお寿司8貫盛り合わせを頼む。
食べるとシャリがとても柔らかい。
はまちが1番美味しかった。
味を楽しむつもりであったのだが、隣の席の会話に気を取られてしまった。

「悪とは強い事を意味したんや。京都の八坂神社にある悪王子社ってのがあってな、すさのおのみことを祀っとるんや。悪王子の悪は強い力を意味したらしいで。それに感銘を受けてな。」

黒いシャツを着て、黒髪を後ろで束ねている恰幅の良い男性が、若い男にとうとうと話をしていた。
どうやら、黒いシャツの方が社長で、若い男は最近雇われた従業員のようだった。
毎年、東京旅行を社員にプレゼントしているらしい。

私はその話を聞いて内心複雑だった。
「悪い事が強い」というような解釈ではなく、「強い力」に対して悪という文字があてられていた、ということだろう。
しかし、悪い事が強いのだというように聞こえてしまう。
これはきっと自分の解釈が間違っているのだろう。
さっきもアルバイト中に深読みをしてしまった。
今日の面接のように相手の言葉をそのまま受け取ろう。
しかし、私は内心複雑な思いを抱えて店を後にした。


負け犬の遠吠え
勝ち組の人たちにはそう映るだろう。

しかし私は様々な経験をしてきた。
そしてその都度自分を確認してきた。
良い時も悪い時もだ。

自分にとって本当に必要な事は何だろうか。

働き出してお金を手にしてからは
欲しいものは容易く手に入るようになった。

ヨーグルトは毎日。タンパク質摂取のために納豆。
疲れている時はチョコレート。
お腹が空いている時はお弁当。

好きなものを好きなだけ買えること。
私が20代の頃もそれが幸せと疑わなかった。

40代を目の前にした今、それはとんだ間違いだったかもしれないと考えるようになった。

一度は腹黒い考えに染まり
世の中すべてが悪に満ち満ちているかように見えた。

他人を騙し、私欲を満たす。
その為にはなんでもやる。
強者の冷酷さを受け入れないと自分も勝ち残れない。
生き残る為には黒に染まらなければいけない。


しかしその考えは諸刃の剣ではないのか。
今の私はそう思う。

酸を作り出し、周囲の菌を抑え込もうとする乳酸菌。
酸を無効化してくる敵があらわれるのではないかと
実は毎日唯ならぬ緊張感の下で暮らし、
ドキドキしながら自らのお腹を痛めているかもしれない。

毒を吐けばその分の跳ね返りを気にしないといけなくなる。
周りの人間を退ければ、困った時守ってくれる人も居なくなる。

何も気にせず穏やかに暮らせるのであれば、
実はお金はそれほど重要ではないのかもしれない。

酸性の海に浮かんで暮らせたら幸せなのに。




その一ヶ月後、
私はまた上野のワーキングスペースに向かった。

1時間あたり500円を支払いレンタルしたノートパソコンを開き、画面に映る面接官に頭を下げる。


「先週面接した山田君?また来たの?
あんまり正規雇用に対して強いこだわりを持ってなさそうに見えたけど。
たまにこういう事やる人いるけど正直面倒なんだよね。
個人的には嫌いではないけどさ、
こっちも忙しい中合間を見てやってんだから少しは忖度してくれないと。」


訝しげな表情をする面接官。


幸運な事に今回はあまり緊張していない。

周りの目を気にせず正直な気持ちをぶつけてみたくなった。


「たまには回らないお寿司も食べたいと思いまして。」


面接官は口元が緩むのを隠さなかった。


「菌の研究はどう?納得できる答えを導けたの?
なぜ毒を吐く菌が発生するかわかった?」


「美味しいお寿司の味を知ってしまったからです。」

おわり

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