夏の終わり
中学に入ったばかりの頃だったか、24時間テレビを見ながら、夜な夜な宿題の残りを片付けたことがある。
お盆の数日間をいとこたちと遊び倒し、「じゃあ、また来年ね」と見送ると残ったのは、仏壇に供えられた大量のお中元(ほとんどがビール)と半分以上が空白の、“夏休みの友”。
しんと静まり返った家にいると、寂しいのとモノガナシイのとが入り混じった、複雑な気持ちが胸を埋め尽くした。
できれば、もう少し、騒々しさの中にいたい。
せめて少しずつ日常に戻りたい。
そんな気持ちを紛らわすのに、人の気配を感じられる24時間テレビはうってつけだった。BGM代わりに流して、空白のドリルを埋めていった。それで、長い夏休みを最後まで吸い尽くした気になっていた。
***
働き始める頃には、お盆だからといって、いとこたちと遊ぶこともなくなった。というより、会うことも稀になった。20代の夏は仕事ばかりしていた。お盆休みは花火大会で始まった。
仕事が終わるとその足で特設会場に行き、屋台で買った焼きそばやアルコールを片手に花火を見るのが楽しみだった。自由席、有料席、カップルシート。現地に足を運べば、どこに座っても降ってくるような花火が堪能できた。
約2時間に及ぶ大会の最後は、グランドフィナーレ。
10分近く連続で打ち上がる花火に息をのむ。目の前の家族も、隣で一緒に観たあの人も、きっとそれぞれが思い思いに「夏」に想いを馳せていた。
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ここ数年で花火大会の開催日が8月の第3土曜へと変わると、お盆休みは花火大会で終わるようになった。その間に結婚して子どもが生まれ、特設会場で観ることもなくなってしまった。
夫の実家近くは遠目から花火が見える穴場だった。朝から場所取りをしてもらい、夕方になるとタープをたててバーベキューをする。日が沈む頃にはお腹も満たされ、夜風に吹かれながら、娘を膝に乗せてスタートを待つ。
娘が大きくなるまでは、このぐらいがちょうどいいのかもしれない。
会場に行けば、娘が人に流されないよう見張っていなくてはならいし、トイレも気にかけなくてはならないし、きっと、始まるころにはぐったりだろう。帰りは抱っこかおんぶになるのが目に見えてしまう。
ここなら、みんな穏やかに過ごせる。
「夏休みの思い出」には、もってこいだ。
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でも、いつかまた。会場で。
ドン! ドドン! と鳴るたびに、心臓を拳で叩かれるような衝撃は、興奮して叫びだしそうな心を鎮めてくれる。
音楽とともに打ち上がるデザイン花火は、日常のすべてを忘れさせてくれる。
一発、一発、丁寧に打ち上げられる花火は、未来への希望の光。
グランドフィナーレが終わると沸き起こる拍手喝采が、宴の終わりを告げる。

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