見出し画像

【エッセイ】産婦人科病棟で(2026/1/15)

​産婦人科病棟に勤めていた頃の話。

産休明けに私が配属されたのは、緊急の母体搬送の要請が昼夜を問わず飛び込んでくる、壮絶な産婦人科病棟だった。

ここはかつて私自身が我が子を産んだ場所であり、そしてそれ以上に、涙をのんだ場所でもあった。今でこそ3人の子宝に恵まれた私だが、不育症に悩み、幾度となくこの病棟に入院していた。繰り返された掻爬手術。絶望と痛み、そのベッドの並びを、今度は白衣を着て看護師として歩く。
なんとも不思議な巡り合わせだが、感傷に浸る暇など1秒たりともなかった。

医師や助産師が出産という大舞台を支える中、私は「間接介助」として外回りに徹する。へその緒が切られた直後の命を預かり、処置を行う緊張の時間。
医師や助産師が母体の処置をしている隣の部屋で、私は生まれたての命を預かる。すぐにウォーマーに寝かせ、「アプガースコア」という元気度の点数を記録し、計測や処置を迅速に行う。
「これぞ赤ちゃん」という真っ赤な肌色。元気に泣いてくれればいいが、そうでない時もある。逐一状態を報告し、指示を仰ぎ、場合によってはNICUと連携していく。責任の重い仕事に追われる毎日だった。

そして新生児室は戦場の中のオアシス。「今日は新生児室担当だ」と分かると、同僚と「やったー!」と喜び合ったものだ。
赤ちゃんの元気な大合唱に包まれて、癒されながら仕事をしていた。

そんな目まぐるしい勤務の中、私が情熱を注いだ仕事がある。切迫早産で入院する妊婦さんへの「洗髪」だ。

お腹の赤ちゃんを守るため、24時間の絶対安静を強いられる。自由を奪われ、不安に押しつぶされそうになっている彼女たちにとって、洗髪は単なる衛生管理ではなく、待ちに待ったイベントだ。

彼女たちが用意したお気に入りのシャンプーの香りに包まれながら、美容師さんの手つきを目指して指を動かした。行きつけの美容師さんの動きを盗み見て研究した洗髪・マッサージ、そして仕上げのアツアツの蒸しタオル。

シャワーの音に混じって交わされる会話は、他愛もないものだが最高に楽しかった。不安な表情をしていた妊婦さんが、じわーっと温められ、「あぁ、気持ちいい……」と心からリラックスしてふやけたような顔を見せる。その瞬間がたまらなく好きで、私はそこに大きなやりがいを感じていた。
ほんのひとときのことだけれど、辛く長い入院生活の中で、この時間が彼女たちにとって「楽しみの一つ」になっていてくれたなら、こんなに嬉しいことはない。

退職して数年が経ち、街中でふと「あの時、長く入院していた者です」と声をかけられることがある。「無事に生まれたあの子、もう小学生になったんですよ」。そう聞いて驚くと同時に、胸が熱くなる。

覚えていてくれてありがとう。
あの頃必死に走っていた自分が救われた気がする。看護師を離れた今、それが何よりも嬉しく、言葉にできないほどの熱いものがこみ上げてくる。


いいなと思ったら応援しよう!