透明レモンソーダ 第四章 第二話
第二話
好きな人が死んだ。それだけでも辛いのに、忘れないために真似をする。
それはとてもつらいことなのではないだろうか。
佐藤は透水の死を抱いて今を生きている。
その事実が前田の頭から離れなかった。
もし、ずっと透水の死に囚われて苦しんでいるのなら、少しでも力になりたいと思った。話を聞いたり、傍にいたりして、少しでも支えになりたい。
佐藤の好きな人になれないのなら、せめて近い場所で力になりたかった。
「さ、佐藤さん」
愛崎と馬場と話をした翌日。運よく四限の講義が重なっていたことに加えて、教授が席順を指定しており、それが都合よく隣だった。なんて幸運な。
講義の終わり、人々が足早に教室を出ていく。前田は愛崎と馬場に先に行くように手を振ってから、隣の席で静かに片づけをしている佐藤に声をかけた。
「何」
佐藤の声は平生より低かった。体が大きく震えたが見ないふりをして言葉を重ねる。
「今少しいい?」
「手短にどーぞ」
言葉を投げ返した佐藤は、他の人からの別れの挨拶には笑顔と手を振っていらえる。明らかに前田に対する態度が変わっていた。
これが、本当の彼女なのだろうか。教室の隅で本を読んでいた佐藤明日香の片鱗が見えているのか、はたまたただ前田と話がしたくないだけか。
一回、息を吸って吐き、体の後ろで手を握ったり開いたりを繰り返す。
「佐藤さんはさ……透水さんのことが好きなの?」
はぐらかすことなく真っ直ぐに尋ねる。
佐藤は教材を鞄にしまっていた手を止めて、顔を上げないままいらえた。
「……誰かに何か言われたの」
地を這うような低い声だった。しかし、ここで臆するわけにはいかなかった。ぐっと息をのんで拳をつくる。
「と、友達と話してて、」
「私と澄華のこと? 嫌な会話」
「ご、ごめん」
「それで?」
「友達が、佐藤さんが透水さんのこと、好きなんじゃないかって……」
「へぇ」
低い声で相槌を打つなり、佐藤は止めていた手を動かした。荷物をすべてしまい込み、鞄を肩にかける。その場かた立ち去る勢いに、前田は慌てて声をかけた。
「さ、」
「あのさ、それを知ってどうしたいの?」
「あ、」
「私が澄華を好きだとして、あなたはどうしたいの」
「……支えたい」
佐藤の身体がピクリと震える。半身だけ振り返って前田を見ていたが、その表所は垂れた茶色の髪の毛に隠れて見えなかった。
「俺は、佐藤さんのことが好きです」
気づけば口から気持ちが零れ落ちていた。ずっと言わないでおこうと思っていた思いが、口から雪崩のように落ちていく。
「辛い思いをしてほしくない。苦しい思いをしてほしくない」
まるで自分の口が自分のものではないかのような感覚を抱いた。何も考えないまま、言葉だけが体の外に飛び出していく。
「佐藤さんが嫌な思いをしているのなら、苦しんでいるのなら、支えたい、助けになりたい、ただ、それだけで、」
「やめてよ」
「だから、……え」
初め、何を言われたのか分からなかった。
「やめてって言ってるの」
明らかな拒絶だった。
垂れていた髪の毛の隙間から覗いている瞳の中には、ごうごうと燃え盛る炎のような激しい激情が宿っていた。
「私を、好き? 何の冗談」
「冗談なんかじゃ、」
「だったら罰ゲームか何か?」
「ち、がう!」
「じゃあ、自己満足だ」
「そんなんじゃ、」
まるで矢のように次々と棘のある言葉が間髪入れずに降り注いでくる。前田は佐藤の言葉を躱すので精一杯だった。
「私がいつ辛いって、苦しいって言ったの。私は辛くも苦しくもない」
息をのむ。有無を言わさぬ強い言葉をぶつけられて、返す言葉はなかった。
「あなたの友達、勘が良いんだね。……そうだよ、私は澄華が好き。愛してる。澄華を忘れないために、忘れないでって言った澄華のために、澄華の真似をしているの。私と澄華のために、私は今の私でいるの」
「やっぱり、同性愛者だったんだ」
「やめて、そんな簡単にくくらないで。私は澄華だから好きになった。女の子が好きなんじゃない。好きな人が女の子だった。透水澄華だから、私は好きになったの」
「いや、ちが、俺は佐藤さんのことを否定したかったわけじゃ、」
「ならわかったように言わないで」
「もう、うんざり」と佐藤は逃げるように走り出す。
前田はその背中を見ていることしかできなかった。
また、間違えた。
何も考えずに言ってしまったから間違えた。言葉を選べば、もっと違うことになったかもしれないのに。
「謝らないと」
ポケットからスマホを取り出す。画面のロックを解除する時間も惜しかった。
大学の講義のために好感した連絡先を検索して、電話をかける。
無機質なコール音が永遠に感じられた。
