「根はいい人だから」の一言に、私は納得できない
人間関係で誰かのことを相談すると、よく返ってくる言葉がある。
「あの人、根はいい人だから。」
私は、この言葉にどうしても納得できない。
もちろん、その人に優しい一面があることも、本当は悪い人ではないこともあるのだろう。
でも、口が悪かったり、言葉にトゲがあったり、相手の氣持ちを考えられなかったり、想像力が足りなかったり……。そうした言動で実際に傷ついている人がいるのも事実だ。
「根はいい人だから」という一言で、その傷ついた氣持ちまで流してしまっていいのだろうか。
私は、この言葉を聞くたびに、「少しは我慢してあげて」「目をつぶってあげて」と遠回しに言われているような氣持ちになる。
でも、なぜ傷つけられた側が、自分の感情を押し殺してまで耐えなければならないのだろう。
もちろん、人は簡単には変わらない。
それは私自身、これまで何度も経験してきたからこそ、よくわかっている。
だからこそ、自分が変わるしかない場面もある。
関係を断てる相手なら距離を置けばいい。でも、家族や職場、恋人など、簡単には関係を切れない相手だとしたら、その苦しさは想像以上だ。
さらに難しいのは、「本当はどういうつもりだったのか」は本人にしかわからないこと。
言葉の裏にどんな意味があったのか、本当のところは本人に聞くしかない。
けれど、聞いたとしても、本音ではなく建前を話されることだってある。
結局、真実は本人にしかわからないまま終わることも少なくない。
以前、「言葉選び」について記事を書いた。
そのときも感じたけれど、人と人とのコミュニケーションは本当に難しい。
同じ言葉でも、人によって受け取り方は違う。
だからこそ、「悪氣はなかった」「根はいい人だから」という言葉だけでは片付けられない問題があるのだと思う。
私は、「根がいい人」であることと、「人を傷つけても許されること」は、まったく別の話だと考えている。
根がいい人なら、傷つけてもいいわけではない。
そして、傷ついた人が無理に我慢する必要もない。
相手の本質を信じることよりも、自分の心がどう感じたかを大切にしてもいいのではないだろうか。
