神さまの時と、思いがけないストップ
梅雨ですね。お久しぶりの投稿です。
前回、「時がきたら、動き出す」という記事を書きました。
やっぱり神さまの時というものがあるんだな、と感じていたからです。
実際、その頃からお仕事の話も進み始め、色々なことが動き出していました。
動き出したと思った矢先に
ところが、その直後にぎっくり腰になりました。
そして腰が回復し、いよいよそのお仕事が始まるという直前、今度は足指に怪我をしてしまいました。
結果として、その仕事はやめることになりました。
正直なところ、「やっと動き出したと思ったのに、なぜ?」
という気持ちもありました。
これも神さまのタイミング?
でも今は、これもまた神さまのタイミングの中にあるのかもしれないと思っています。
私には見えていないけれど、
今は進む時ではなく、立ち止まる時なのかもしれない。
あるいは、神さまが何かを修正してくださっている途中なのかもしれない。
そんなことを考えています。
私は昔から、自分で何とかしようとしてしまうところがあります。
でも最近は、
「無理に動かなくてもいい」
「神さまの時が来たら、本当に必要な扉は開かれる」
そんなことを少しずつ学ばされている気がします。
一つ、考えが変わったこと
そしてもう一つ。
以前、このnoteで「魂の記録シリーズ」を書いていくとお話していました。
自分の人生を振り返り、イエス様と出会ってどのように変えられてきたかをお伝えすることで、それが証になればと思っていたのです。
けれどここ最近、その気持ちに変化が起きています。
過去の出来事を一つひとつ思い出し、言葉にしていくことが、今の私にとっては想像以上に大きなエネルギーを必要とする作業になっていました。
以前は書きたいと思っていたのに、今はそうではありません。
無理に書こうとすると、どこか苦しくなってしまう自分がいます。
もしかしたら、今は過去を掘り起こす時期ではないのかもしれません。
だから、「魂の記録シリーズ」はいったん手放してみようかなと思っています。
また神さまがその時を与えてくださるなら、再び書き始めるかもしれません。
でも今は、今与えられている日々を歩きながら、その中で感じたことを書いていきたいと思っています。
神さまの時は、前に進む時だけではない
神さまの時は、前へ進む時だけではなく、立ち止まる時にもある。
そんなことを感じている今日この頃です。
進むことも、止まることも。
どちらも神さまの御手の中にあるのだと信じながら、今は与えられた時間を大切に過ごしていこうと思います。
🌿聖書の御言葉
「何事にも時があり、
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」
— 伝道者の書 3:1
