生き延びた魂の記録〜今とこれから
過去から今へ
私の人生は、本当に波瀾万丈でした。
この言葉を使うことに今まで躊躇がありましたが、今ではまっすぐそう言えます。
健康面だけを振り返っても・・
二十歳を過ぎてから、足の怪我、耳の病気、成人アトピー、
そして2022年4月1日に乳がんが発覚しました。
まさか自分ががんになるとは思ってもいなかったのでかなりショックを受けましたが、正直に言うと、この病気そのものよりも辛かったことは、心の痛み ―「喪失」― でした。
宣告後、親しかった友人が次々と離れ、それまでのつながりがたくさん失われました。
ここ数年は本当にひとり、孤独の中で息をひそめるように過ごしていました。
その中でも変わらずつながり続けてくれた人たち、また、この病気を機に関係が深まった人たち、そして新たにイエス・キリストを通して出会えた魂の友たちは、わたしにとって大切な宝となりました。
一方で、父親からの荒く冷たい言葉の数々、そしてそれまで丁寧に信頼関係を築いてきたつながりの消失などが続き…
正直言うと、そういった「寂しさ」に一番、心を痛めていました。
中でも、父との不和という現実の重さは、わたしの心の中でトゲのように刺さり続けていました。
それは本当に言葉にできないほどの痛みでした。
でも、その暗闇の中でも、私は時間をかけて自分自身を見つめ直しました。
そして心から、神さまの前に自分を預けました。
恨みも復讐心も、被害妄想も、自己憐憫も、悲しみも怒りも…
すべてを神さまに預け、清めていただいたことで、去年末あたりから、静かな安らぎと希望が少しずつ心に戻ってきました。
今の在り方
今の私は、日常の中で神さまと共に生きています。
日々の家事の中で、洗い物をしながら、洗濯物を干しながら、空を見上げながら、運転しながら…どんなときも一緒にいます。
特別な儀式や大袈裟な祈りも要りません。
大事なのは、“在り方”そのもの。
淡々と、日常で神さまの愛を受け取り、神さまの愛で目の前の人を愛する。それを表現する。
その在り方が、祈りであり、信仰を生きるということだと感じています。
教会での奉仕や組織の活動ももちろんとても尊いものだけれど、私にとっての重きは、そこではありません。
“ 在り方 ”、 “ 生き方 ” が先にあって、場は後から生まれる。
だから私は、信仰も、自分のペースで静かに歩んでいます。
与えられた役割・これから
私に与えられた役割は、日常の中で光を届けることかなと思っています。
そして日々、神の御心を尋ねながら歩んでいます。
ここnoteで、神さまの光や 愛の “ 入り口 ” を、少しでも開いていきたい。
そして、また別のところで “ ソウルケア ”の場を開き、心・からだ・魂を、健やかに整えるお手伝いができたらと思っています。
“ 在り方 ” が先にあり、気づいたら人が集まり、場ができる。私ががんばって切り開くのではなく、神さまが導いてくださる道。
その歩みの中で、誰かの心に少しでも安らぎや希望が届くなら…それが、私を通して与えられている役割なのかもしれません。
派手な成果や結果を追うのではなく、在り方そのものが 静かな光となっていけばいいなと思っています。
読者の皆さまへ
人生は、波瀾万丈でも、深い闇があっても、光は必ず差し込みます。
痛みや喪失も、すべては今に繋がる。
そしてそれらは、
あなたの役割へとつながっていきます。
神さまのご計画があるのです。
これからも一緒に神さまとともに歩んでいきましょう♪ 願うなら、その道をともに歩む魂の仲間とたくさん出会いたい。
その歩みが、少しでも誰かの希望の光になることを心から願っています。
これからここで綴っていく、「生き延びた魂の記録」は、わたし自身の魂の軌跡であり、人生ストーリーですが、それらが誰かの「気づき」や「希望」に繋がればと思っています。
日々、力を抜いて、平安の中で自らの役割を全うしながら歩んでいきたいと思います。
こうやって言葉にすると、少し大きなことを語っているように聞こえるかもしれません。
けれどこれは今のわたしが大切にしている、
「魂の志」です。
これからも無理をせず、日常の中で神さまとともに歩んでいけたらと思います。
そしてこのnoteの記録が、どこかで誰かの心にそっと寄り添うものになれば幸いです。
🌿聖書の御言葉
「あなたがたの光を、人々の前に輝かしなさい。
人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためである。」
― マタイ 5章16節
ここnoteで出会う方々に、
私ではなく、神さまの光が そっと届きますように✨
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
