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無表情な相手と半日向き合った話

 日々は、季節の移ろいだけで出来ているわけではない。たまには、こういう無表情な相手と半日にらみ合う日もあっていい。

 過日、ウェブサーバーの月次保守を、仕事として初めて一人でやってみた。新米保守係、緊張のデビュー戦である。

 ウェブサーバーには、こちらが話しかければ返事をしてくれる律儀なところがある。

 ひと仕事終えた昼過ぎ、遠隔でサーバーに入った。コーヒーを片手に、"ターミナル"という名の駅に立つ。行き先表示のない黒い画面へ、ひとつずつ命令を打ち込んでいく。

 返事が返ってくる。愛想はないが、嘘もつかない。人間関係も、このくらいで済めばどれほど楽だろう。

 バックアップを取り、状態を確認する。ここまでは驚くほど順調だった。
 拍子抜けするくらいだった。いや、こういうときの拍子抜けは、だいたい伏線である。

 ここまでのわたしは、少し調子に乗っていた。保守という名の列車は、定刻通りに走っている。そう思っていたら、次の駅で改札機が無言で腕を組んでいた。

「プラグインを更新したい」
「どうぞ」

「では、更新ボタンを」
「古い方式の認証を出します」

「いや、出さなくていい」
「出します」

 押し問答のはじまりである。

 見覚えのない認証画面が立ち上がる。古い方式でのファイル転送ログインを要求してくる。設定上、使っていないはずの方式。

 なぜ。

 ファイルの持ち主を変えてみる。

「どうですか」
「だめです」

 サーバーの安全装置をのぞいてみる。

「これならどう」
「だめです」

 設定ファイルを開いてみる。

「この設定なら」
「だめです」

 裏側で動くプログラムを再起動してみる。

「今度こそ」
「だめです」

 サーバーさんは丁寧な人である。怒鳴らない。焦らない。言い訳もしない。ただ、こちらの精神力だけを、正確に削ってくる。礼儀正しい強敵ほど、手に負えないものはない。

 おやつの時間を過ぎた。

 ベランダでは、こちらの事情などお構いなしに、挿し木から育てているアナベルの葉が、涼しい顔で揺れている。

 夕方5時を過ぎたころ、ようやく頭が少し冴えてきた。

 サーバーに残された訪問記録と命令履歴を、時系列に並べ直す。前任者がこれまで、毎月どう作業していたのか。推理小説の読者になったつもりで、足跡を追っていく。

 犯人は必ず現場に戻る。 保守担当者もログに立ち戻る。

 やがて、ひとつの癖が浮かび上がった。

 ブラウザで更新ボタンを押す数分前、かならず一行、ファイルの名義をサーバー実行用にこっそり書き換える命令が走っている。そして作業が終わると、何食わぬ顔で元に戻している。

 しかも、それは作業記録を残す仕組みの外で実行されていた。納品される記録には残らない。

 いわば、秘伝のタレである。誰の目にも触れぬところで、毎月こっそり継ぎ足されていたらしい。

 真似てみたら、一発で通った。

 あっけなかった。半日の苦悶が、たった一行で成仏した瞬間である。ありがたい。ありがたいが、できれば昼のうちに成仏してほしかった。

 夜9時前、納品物を送り、報告書を閉じた。

 コーヒーを入れ直して、ふと思う。

 引き継がれるものは、手順書の中にだけあるわけではない。毎月くり返されてきた小さな工夫は、ログのすき間に、ひっそり沈んでいる。

 次の保守の日まで忘れないよう、メモ帳に一行、書き写す。

 秘伝のタレは、こうしてレシピになった。

 今回のところは、わたしの勝ちである。ただし相手は、来月も同じ場所で待っている。しかも、無表情で。

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