なんとなく「これでいい」と思った
旅といえば、移動、荷物。目的よりも行程にぐったり億劫になりがちだ。
なるべく荷物は少なく身軽にしたい。とはいえ、何がいるのかいらないのか、どこまで「快適」を求めるのかの選択が難しい。難しいと思う時点で身軽にはなれないのだと悟る。
今回、たった一泊の旅でさえ、悩んだ。まあ、致命的なことなど何もないのだけれど、あったらよいもなくても良かったも、後付けであり、それも込みで「旅」なのだろう。
例えば今回、出かける時はどしゃぶりだった。結構しっかりと降っていて、足元もパンツの裾が色が変わるほど濡れていた。
梅雨入りしていたし、明日も雨が降るだろうと長い普通の傘をさして出かけた。豪雨の予報も出ていたけれど、意外と緩やかに降ったりやんだりながら、一日目は傘があって良かった。
しかし、2日目は、曇りとはいえ時々日が出て暑い。むしろ日傘が必要なくらいだ。傘は邪魔になる。折り畳みの晴雨兼用傘を選択すればよかった。まあこれも、その日になってみないとわからない。雨じゃないから歩いての移動も苦じゃなかったと考えれば喜ばしいことだ。
そういう小さな選択の一つ一つに、良いとかダメとかジャッジしてしまう小さい自分を発見する。
そもそも、「予定」を立てられない。時間通りに行動するとか、「予定」があるとか、すごくプレッシャーなのだと気づく。それでも、電車の時間やルートを検索したり、立ち寄り先を考えたり、結果的に「時間通り」に辿り着けるとか、今までだったら「それくらい当たり前」と思うようなことでも、「成し遂げた」自分が優秀に思えた。
「何となく」の「行きたい」気持ちを叶えることができる。そういえば、成し遂げてきたことがたくさんある。
自分には何もないとなぜか「ない」にフォーカスして不安を感じていたけれど、結構「ある」し、「できる」のだった。
今回の旅の一番のというかたった一つの目的は「運を超えていく」の出版記念講演会に参加することだった。
「何となく」ではあるけれど、これでいいんだな、やってきたことが繋がっているんだなと思った。これを「きちんと」言語化できたらカッコいいのかもしれないけれど、外側に答えはないのだから、じっくりと自分がなっとくしているのなら、そう「感じた」のならばそれでいい。
