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【短編小説】ハイビスカス | あの夏を忘れられない

強い陽射しが砂を白く照らし、
海は眩しいほどの青をたたえていた。
空と海の境目が溶け合うように揺らぎ、
視界のすべてが光に満ちている。

波音に紛れてかすかな風が頬を撫でる。
潮の匂いがゆっくりと運ばれ、
遠くで子どもたちのはしゃぐ声がかすかに響いていた。

にぎやかな季節のはずなのに、
その人の周りだけどこか静けさが漂っていた。
まるでその場所だけ、時間の流れがほんの少し遅くなっているかのように。

日差しを避けるように木陰に立ち、
指先でそっと花びらに触れる。
砂の上に落ちた影が、
風に揺れるたびにやわらかく形を変える。

その仕草は触れているのか、
確かめているのかも分からないほどやわらかい。
壊れてしまうことを知っているものに触れるような、そんな慎重さがあった。

鮮やかな色をしているのに、
どこか儚く見えるのは、
その一瞬に全てを差し出しているように見えるからだった。
光を受けて透ける花びらは、
今この瞬間だけを生きているようにも見える。

ふと、足音がひとつ増える。
乾いた砂を踏む音が、
規則正しく近づいてくる。

砂を踏む気配が近づき、
隣に同じ影が落ちる。
重なりきらない影が、
わずかな距離をそのまま映し出していた。
何も言葉は交わされない。

ただ、同じ方向に視線が向けられ、
同じ風を受けている。

海からの風が
二人の髪を同じように揺らし、
同じリズムで時間を刻んでいく。

「きれいだね」と、
小さく落ちた声にわずかに肩が揺れる。
その声は波音に溶けそうなほど静かで、
それでも確かに届いていた。

すぐには振り向かず、
それでも逃げることもなく、
指先だけがほんの少し離れた。
触れていた花びらが風に揺れ、
名残のようにかすかに震える。

強い光の中で、
覗いたその横顔は今にもほどけてしまいそうなほど繊細だった。
まぶしさに目を細めながらも、
その視線はどこか遠くを見ている。

波がひとつ、少し大きく打ち寄せる。
白い泡が砂浜に広がり、
すぐに引いていく。

その音に背を押されるように、
ほんの少しだけ距離が近づいた。
肩が触れるか触れないかの、曖昧な距離。

それでも、そのわずかな近さが確かな温度を連れてくる。
言葉にしなくてもいいものが、
そこにはあった。

やがて風がまた吹き、
花びらがひとつ、静かに落ちる。

それを追うように視線が重なり、
ほんの一瞬だけ、
同じものを見つめていた。

何も言葉はない。
何も約束もいない。
何も始まってもいない時間。

けれど、
その瞬間だけは確かに重なっていて、
強い光の中で、
ほどけずにそこに残っていた。


ハイビスカス
【花言葉】
繊細な美しさ、新しい恋、勇敢、
常に新しい美

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このマガジンには、花言葉をテーマにした短編小説を全32話収録しています。 1話あたり約1分で読める構成なので、ちょっとしたスキマ時間でも気軽に楽しめます。 恋やすれ違い、言えなかった想い、ほんの少しの優しさ。 誰の心にも一度はあった感情を、直接的な言葉にせず、花言葉に重ねて描いています。 また、このマガジンには通常公開していない【限定短編2話】も収録しています。 静かな時間に、そっと寄り添うような物語を。 そんなひとときをお届けできたら嬉しいです。

花言葉をテーマにした、1話1分で読める短編小説をまとめました。 内気な想い、言えなかった気持ち、すれ違い、 それでも確かにあった小さな温…

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