見出し画像

第160話 先ず自分を許すということ

前の記事です▼

私は血液透析をしながら生きてきた。
15歳からずっと。

20代後半に両親からの腎臓移植を断られている。
それがずっと許せないままだ。
親に期待してしまう気持ちを取りされない。
依存しているんだろう。

移植できていたらもっと自由に生きれたのに。
移植できていたら合併症ももっと遅く出てきただろうに。
色んな移植できていたら、、が出てくる。

そんな自分を許すとは?

両親を許せない自分。
確かに愛されてきたし、愛してもいる。
「愛と憎しみは紙一重」か。

両親はキャパシティーが狭かったということか。
治療法があるから生きていられるのだが、希望であり、なんと酷なことか。

だが思えば、小学生以下の頃は入院中に母は付き添ってずっといてくれた。
母は付き添い用の狭い折りたたみ簡易ベッドで夜は寝ていた。
母を独り占めしていた贅沢な時間だったのだ。

母と病院の売店にパジャマを買いに行ったこと。
付き添い用のお風呂に無理にも一緒に入って、母に「なんで1人で入らんの?」と言われながらも入ったこと。

あの頃、母は食事はどうしていたのか?と思い、ついこの前に48歳にして母に聞けた。

「お母さん、私の入院中付き添いの中のご飯、大変だったんじゃない?」
「そんなことない。今の方がずっと大変」
「ありがとうね」

母はにこやかに答えてくれた。

母が過去に歯磨きをしているのを見たのは、自宅で1度きりだ。無論、歯はボロボロなのに歯医者も行かない。
夏の暑い時にシャワーを浴びているのを今年は確認できた。皮膚炎も起こしている。
母は長く統合失調症で、独語(独り言)で見えない誰かと常に喋っている。

壊れたラジオが常に家に流れている状態で、かなり心理的には不快で苦痛だ。

妹と一緒に母の病院に付き添うことが増えた。
母と普通の会話が少しできる時は貴重なのだ。
妹と兄は母と会話をほぼしていない。まともな会話は続かないから。
自分の心を守るためでもある。

出かける時の「行ってらっしゃい」
帰ってきた時の「おかえり」
いつか聞けなくなる時は必ず来る。
母の声を心に染み込ませる。
亡くなった父の声も、歩き方も覚えている。

確かに愛は届いていて、互いに余裕があれば言葉を交わして伝えられる。
私は自分を許し、両親を許せる時は来るのだろうか?

お母さん、ずっといてくれてありがとう。

次の記事です▼




いいなと思ったら応援しよう!