車いすの息子の高校選び 〜限られていると思った選択肢の中で気づいたこと〜
我が家の選択の経過をまとめました。参考にした資料や選択肢をまとめているので、これから進学先を決めていく方に参考になる記事だと思います。
車いすユーザーの息子と進学の現実
「中3になったら、そろそろ高校のこと決めなきゃね」
うちの次男は、筋ジストロフィー(ディシェンヌ型)で生まれつきの体幹・下肢の筋力低下があり、簡易電動車いすに乗っている。知的な障害はなく、会話も学習も同年代と変わらず、私よりしっかりもの。ただ、大便時の移乗だけ介助が必要で、学校では机やロッカーの位置などに配慮が必要だ。
中学校では特別支援学級に在籍しているが、体育以外は普通学級で学び、クラスメイトや先生方の理解もあって、穏やかで充実した中学生活を送っていた。
さて、高校はどうする?
正直なところ、私は次男が特別支援学校への進学を考えていた。同病の先輩方は、特別支援学校または公立高校に通っている方が多い。体感的には半々程度。
「私立は支援員がつけられないから難しい」「特別支援学校なら手厚いサポートがあるから安心よ」という声を聞いていた。
この冊子をとても参考にしていた

https://www.ncnp.go.jp/hospital/guide/reha-MD.html
実は、高校選択について深く考えることを避けていた部分もある。いや、正確には「考えたくない」と無意識に逃げていたのかもしれない。
筋力低下の進行が著しかった小学校時代。息子は障害受容の過程で精神的に荒れていた。
今はとてお穏やかに、前向きに過ごしている。この状況が変化することを私は恐れているのだろう。
息子の希望:「普通」の毎日を求めて
まずは、特別支援学校の見学をすすめた。見学の帰り道、車の中で聞いた。 「どうだった?学校の印象は?」と聞くと、しばらく考えてから答えた。 「うーん、先生たちはすごく親切だったよ。設備も整ってるし」
「でも?」 次男は窓の外を見つめながら、ポツリと言った。
「でも、僕と話せる友達があまりいなさそうだった」
特別支援学校では、様々な障害を持つ生徒が学んでいる。車いすユーザーでも知的な障害がない次男にとって、同じ話題で盛り上がれる友人を見つけるのは難しいかもしれない。
実際、見学した際に説明してくれた教師も「知的障害のない生徒さんの場合、教科書学習はマンツーマンになることが多いです」と言っていた。
次男が話した高校生活の希望は単純だった。
「普通に毎日学校に通いたい」
「友達をつくりたい」
「今できることをやりたい」
「特別」ではなく「普通」の高校生活。クラスメイトと一緒に授業を受け、休み時間におしゃべりし、行事に参加する。
そんな「普通」の日常が、彼の描く青春だった。
次男の言葉を聞きながら、思ったこと。これまで「車いすだから」という理由で、知らず知らずのうちに彼の選択肢を狭めていたのかもしれない。
私の中には「特別支援学校の方が安心」という気持ちがあった。でも、それは誰のための「安心」だったのだろう。
「普通の高校は、いろいろ大変かもしれないよ」と言うと、次男は少し考えてから答えた。 「大変なことはあるだろうけど、それでも行ってみたい。行けるかどうかわからないけど、まずは挑戦してみたい」
その夜、私は進学についての資料を改めて広げた。特別支援学校、公立高校、私立高校、通信制高校…それぞれの特徴や課題を整理しながら、次男の希望をどう叶えられるか、真剣に考え始めた。
選択肢との向き合い方
息子の希望を実現するためには、どのような選択肢があるのか。私たちが向き合った現実はこうだった。
特別支援学校:バリアフリー設備が整い、手厚いサポートがある反面、次男が望む「友達との交流」が限られる可能性がある。
公立高校:エレベーター設置校は限られており、「前例がない」との言葉も多く聞かれた。しかし、「一緒に考えていきましょう」と言ってくれる学校もあり、可能性は見えていた。合理的配慮により支援員の配置が希望できる。
私立高校:設備面では整っている学校も多かったが、「介助する人員がいないため受験不可」という返答がほとんどだった。
通信制高校:自分のペースで学習できる。スクーリングの際にバリアフリーでない高校がほとんどだった。
支援員の配置は不可。
「毎日学校に通いたい」「友達をつくりたい」という次男の希望とは合わない面もあった。
選択肢を整理していくと、どの道にも課題があることがわかった。それでも次男は「公立高校に行きたい」と言い、受験勉強に取り組む決意を固めた。
私たち親子は、限られた選択肢の中で一歩一歩、未来への道を探り始めた。
選択の葛藤:親として考えたこと
「公立高校に行きたい」
次男の決意を聞いた夜、私は眠れなかった。彼の希望を応援したい気持ちと、現実的な不安がせめぎ合っていた。
ハード面でエレベータが付いている高校は複数あったが、通学圏内・成績を踏まえて選べる選択肢は3校だけ。それぞれの説明会に足を運んだものの、先生方の表情に浮かぶ微妙な戸惑いや「受け入れた前例がない」という言葉の重さを感じた。
特に心配だったのは三つのこと。
一つ目は、「友達ができるか」という点。中学校では理解ある友人に恵まれた次男だが、高校は新しい環境。車いすという目に見える違いから、最初は距離を置かれることもあるかもしれない。
二つ目は、「先生方は本当に受け入れてくれるか」という不安。入学後にトラブルが起きたとき、「やはり困難です」と言われないだろうか。
そして三つ目が、最も現実的な「送迎や学校での介助をどうするか」という問題。朝の送迎は夫が担当してくれるが、帰りの手配はどうするか。
ある日、同じ病気の子をもつ先輩ママから言われた言葉が心に残った。 「うちの子は特別支援学校に進学したけど、それで後悔はしてないわ。でも、子どもが本当に望むなら、その道を一緒に探ってあげてほしい。後から『あの時、もっと頑張ればよかった』という思いだけは残さないように」
その言葉に、私は背中を押された気がした。葛藤の末に出した結論。それは「次男の挑戦を、家族全員で支えよう」ということだった。
結論として、私が大切にしたことは単純なことだった。
決断の材料を得るため見学や資料集めをしたこと。 本人の決断を大切にすると決めたこと。 結局これだけだった。
考えてみると、車いすに乗っていようといまいと変わらないことだった。どんな子どもでも、進学先を決めるときには情報を集め、本人の希望を尊重するものだ。複雑に考えていたけれど、シンプルな親の役割に立ち返ることで、心が少し軽くなった。
息子の決断:公立高校への挑戦
「やっぱりA高校を受験したい」
次男がはっきりと言ったのは、出願高校提出の前日だった。彼が選んだのは、放課後デイサービスの送迎範囲内にある高校。ウエルカム感は感じられなかった高校だった。
中学校の先生方の反応も正直なところ、あまり積極的とは言えなかった。
「受けることは止めませんが、滑り止めをしっかり用意してください。成績的にチャレンジだと思います」と言われた。
「本当にそこでいいの?先生たちの反応、あまり良くなかったよね?」と尋ねると、次男はしっかりとした表情で答えた。「うん。でも、ここなら放課後デイの送迎があるから、お母さんたちの負担が少ないと思う。それに…いろいろ経験できそうだし、チャレンジできる学校に行きたいんだ」
A高校は次男にとっては学力的に少し背伸びをする選択だった。正直、私は複雑な気持ちだった。学校側の受け入れ態勢に不安があったからだ。しかし、息子の決断には理由があった。実力を試したい。そして家族の負担を考えてくれていた。そんな彼の思いを尊重したいと思った。
次男は通信制高校のB校を滑り止めにすることに同意した。その日から、次男の受験勉強が本格的に始まった。
決断後の準備と覚悟
受験する高校を決めた後、次にやるべきことは「配慮申請」の手続きだった。
車いすユーザーが受験する場合、一般的な受験生とは異なる準備が必要になる。中学校の担任の先生から説明を受けたのは、次のような配慮事項について申請できるということだった。
・別室での受験→机の配置や、生徒全員のテスト用紙確認後に終了となるため休憩時間が少なくなる可能性があるため
・車椅子のまま筆記ができる机の準備
・身障者スペースの駐車場の確保
・身障者用トイレの使用の許可
・大便時の介助が必要なため、親の待機の許可
これらの配慮を申請するには、まず中学校側が書面で申請書を作成。その内容をもとに高校側で審議が行われ、最終的には県の教育委員会に提出されて正式に許可されるという流れ。このプロセスのために、中学校での面談が2回、高校での面談が1回必要だった。
「車いすユーザーの受験には親の時間もとられる!」と私は心の中で内心でつぶやいた。仕事の調整、面談のための移動、書類作成のサポート…配慮は本当にありがたいけれど、そのプロセス自体が親の負担にもなるのは事実だった。
ただ、受験準備は他の受験生の家庭よりも手続きが一つ多かったけれど、これも次男の「普通」の高校生活への通過点。私たちは粛々と準備を進めていった。
見えてきた希望の光
受験当日、朝から緊張感が漂っていた。夫が次男に付き添った。配慮申請のおかげで、大便時の介助のために親の待機が許可されていたのだ。「食堂で待機させてもらって快適」という夫からのlineが届いていた。
別室での受験。車いすで使える特別な机。多目的トイレの使用許可。すべての配慮が整い、次男は他の受験生と同じように試験に臨むことができた。違うのは場所と設備だけ。試験の難易度は皆と同じだ。
試験が終わり、帰宅した彼の表情は晴れやかだった。 「どうだった?」と聞くと、 「思ったより解けたよ。でも数学は難しかったな」と、普通の受験生のような感想を述べた。
合格発表までの日々は長く感じられた。次男は普段通り中学校に通い、親は落ち着かなかった。本人は「考えないようにしてるよ。いまさら考えてもどうしようもない」と予測点数も教えてくれなかった。
そして、合格発表の日。私は仕事中のスマホ画面で合格の文字を確認した。 その瞬間、次男は「やったー」と叫び、すぐに友達とライン電話でしゃべっていたらしい。
限られた選択肢の中から、自分の意志で選んだ道。そこには確かに困難もあるだろうが、新しい可能性も開けていくはずだ。車いすに乗った息子の高校合格は、私たち家族にとって大きな一歩だった。特別支援学校という「安全」な選択肢ではなく、普通高校という「挑戦」の道を選んだ次男。
その選択を通じて、私たち親も学んだことがある。障害があっても、「できない」よりも「やりたい」を大切にすること。本人のやりたいを尊重することで、納得感がえられる結果になったこと。
高校受験を通して考えたこと
車いすユーザーの子を持つ親として、社会に対して思うことや、同じような境遇にある方々に伝えたいことがある。
「車いすに乗っているだけで、選択肢は限られる」
この現実に、私は何度も直面してきた。エレベーターがある学校が少ない。介助者の配置がない。「前例がない」という言葉で断られる。親の送迎が当然のように求められる。
バリアフリーという言葉が広まって久しいが、本当の意味でのバリアフリーは、単に物理的な障壁を取り除くだけではない。制度や人々の意識、社会の仕組みそのものが変わらなければならない。
特別支援学校という選択肢があることは素晴らしい。しかし、それが「唯一の選択肢」になってしまうことは問題だ。障害のある子どもたちが「特別」ではなく「普通」の環境を選べる社会。これは特別なことではなく、当然の権利のはずだ。
車いすユーザーの子を持つ親として、安全や安心を優先したくなる気持ちはよくわかる。私自身、最初は特別支援学校が当然だと思っていた。でも、息子の「普通に通いたい」「友達を作りたい」という願いに耳を傾けたことで、新しい可能性が見えてきた。
選択肢は確かに限られている。でも、その中でも子どもの「やりたい」を尊重することで、納得感のある結果につながると実感している。
また、諦めずに情報を集めることも大切だ。学校見学、説明会、先輩保護者からの情報…あらゆる角度から情報を集めることで、見えてくるものがある。最初は「無理」と思えたことも、調べていくうちに「可能性」に変わることもある。
車いすに乗った子どもの進学において、親は様々な役割を担うことになる。その役割は時に重く感じるかもしれないが、あなたは一人ではない。同じような道を歩んでいる家族がたくさんいる。
まとめ
「車いすで選択肢はとても限られると感じていたけど、結局車いすの子じゃなくても、学力やりたいこと等で限られるのはおなじ。すこし受験体制の構築に時間がとられるけどそれくらいだよね」
最初は「車いすだから」と特別視していた部分が多かったのですが、実際に経験してみると、どの子も自分の状況や希望によって選択肢は自ずと絞られるものです。健常児でもやりたいことや通学時間、学力など、様々な条件で高校選択をしてきます。
振り返ると車いすユーザーだからといって、特別に選択肢が狭いわけではなく、ただ「配慮申請」という一つの手続きが増えるだけなのかもしれません。そう考えると、心が少し軽くなりました。
私の場合は子どもの願いを大切にしてほしいということ。特別支援学校が合う子もいれば、普通高校が合う子もいる。大切なのは、子ども自身が納得できる選択を一緒に探していくことだと思う。
私たちの経験が、誰かの参考になれば幸いです。車いすに乗った子どもたちの選択肢が、少しでも広がることを願って。
