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『波紋 - ペイフォワードの輪』

#ペイフォワード主題歌


主題歌募集の企画に、参加します

LaLaLaさんが開催されている「ペイフォワードの主題歌募集」に、開運シェルパも参加させていただきます。

企画の募集記事はこちらです。

条件にもある通り、おひとり一曲まで。投げる小石はひとつ、というルールに、なんだかこの企画らしさを感じました。たくさん並べるのではなく、一曲に氣持ちを込めて渡す。それはペイ・フォワードのバトンの渡し方と、同じ形をしていると思います。

この企画に参加するまでの経緯

少し前に、note版ペイ・フォワード プロジェクトに参加しました。

黒崎隼斗さんからバトンを受け取り、私は12人の方へつなぐ記事を書きました。「小石が波紋になるように」というタイトルをつけたのは、小さな投げかけが、やがて誰かの大きな一歩になる。この企画の構造そのものを、水の模様に重ねたかったからです。

前回の参加記事はこちらです。

そのあとで、LaLaLaさんが主題歌を募集されていることを知りました。

歌詞のタイトルを見たとき、胸の奥が、温かくなる感じがしました。

『波紋(Pay It Forward)』。

私が記事に託したイメージと、LaLaLaさんが歌詞に込めたイメージが、同じ水面を見ていた。それも、言い合わせたわけでもないのに、です。

自分が投げた小石の波紋が、企画を開いた本人の言葉と重なって返ってきた。その瞬間、私はこの企画の輪の中に、傍観者としてではなく、波紋の一部としてちゃんと入れてもらっていたのだと実感しました。参加した記事が、誰かの中で音楽になる種になっていた。そう思うと、素直にうれしかったです。

だから、これは書く側に回るより、音に乗せる側に回ってみたいと思いました。SUNOで曲を作るのは初めての試みでしたが、この歌詞になら、自分の受け取ったものをそのまま預けられる氣がしました。

歌詞を読んで、まず氣づいたこと

歌詞を最初から最後まで通して読んで、最初に氣づいたのは、この詞が「大きな物語」を歌っていないということです。

静かな水面に、小さな石をひとつ。

部屋の片隅で、孤独に書いていた言葉。

画面の向こう側で、誰かが紡ぐ想い。

どの場面も、特別な場所ではありません。noteを書く人なら、誰もが通ったことのある夜の風景です。派手な出会いや、劇的な変化ではなく、一人で机に向かっている時間の中に、この歌はずっと立っています。

しかし、その静けさの中に、決定的な一線が引かれています。

「私はちゃんと見ているよ」。

このフレーズが、この歌詞の芯だと思います。

ペイ・フォワードという企画は、応援メッセージを受け取った人が、次の三人へバトンを渡す仕組みです。一方で、仕組みだけなら、言葉はいくらでも軽くなります。この企画が軽くならないのは、バトンを渡す前に「ちゃんと見ている」という動作があるからです。私が黒崎さんの記事から受け取ったものも、まさにその「見ている」というまなざしでした。

LaLaLaさんの歌詞は、そのことを最初のヴァースでさらりと言っています。だからこの詞は、企画の説明ではなく、企画の心臓を歌っている。そう感じました。

「一人から三人へ」という数の意味

プリコーラスに、「一人から三人へ 感想の芽を届ける」という一節があります。

三人という数は、この企画の基本の形です。他方、実際には黒崎さんは十人へ渡し、私は十二人へ渡しました。ルールの数を超えてしまうことは、この企画では珍しくありません。

はじめ、私はそれを「熱量の問題」だと思っていました。氣持ちが大きいから、数も増える。そういうことだと。

でも、この歌詞を読んで、少し違う氣がしてきました。

「一人から三人へ」とは、数の指定ではなく、「一人の向こうに、複数の誰かがいる」という発見のことなのではないか。一人の言葉にしっかりと耳を傾けると、その人の周りにいる人たちのことまで、次第に見えてくる。三人というのは、広がりの最小単位であり、広がりの約束でもある。

数が三人であれ十人であれ、大切なのは「一人から」始まること。一人を雑に扱う人の紹介は、十人分あっても軽い。一人を丁寧に見る人の言葉は、一行でも重い。

曲作りの中で、このフレーズを歌いあげるとき、数字を数えるような軽さではなく、一人ひとりに手を渡すような温度で響いてほしいと思いました。

ブリッジの「二百の温もり」について

ブリッジには、こうあります。

「たとえ小さな小石でも 波紋は消えやしない 二百の温もりから 大きな海になって」

この「二百」という数に、思わず目が留まりました。

企画の募集記事を読むと、LaLaLaさんの開催記事にはたくさんの参加があり、マガジンへのピックアップも増え続けている様子が書かれていました。二百という数が正確に何を指しているのかは、私には分かりません。参加者の数かもしれないし、届いた感想の数かもしれないし、あるいはLaLaLaさんの心の中にある「これだけの人が関わってくれた」という実感の概数かもしれない。

ただ、確かなことがひとつあります。

この企画は、もう誰か一人のものではない、ということです。

小石を投げたのはLaLaLaさんです。しかし、波紋は今、たくさんの人の水面で、それぞれの形で広がっています。私の記事も、その波紋のひとつです。そして今回のこの曲もまた、同じ水面に投げる、もうひとつの小石です。

「二百の温もりから 大きな海になって」という言葉は、この企画がすでに到達した場所を歌っています。個人の善意の集まりが、いつのまにか、潮の流れのような大きさを持っている。一人きりで書く夜が、「もう二度と迷わせない」という言葉で締めくくられているのも、この海の存在あってこそだと思います。

SUNOで曲にするとき、大切にしたこと

ここからは、曲作りについて少し書きます。

SUNOでの制作は、プロンプトで方向を伝え、生成されたものを聴き、氣持ちと違えばやり直す、という繰り返しです。思い通りにいかないことのほうが多い。その中で、私が一番こだわったのは、「この歌は誰に向けて歌うのか」という一点でした。

答えは、歌詞の中にありました。

「部屋の片隅で 孤独に書いていた言葉」を持っている人。

「届いているかなと 不安な瞳」をしている人。

この歌は、夜、一人で画面に向かっている人へ届ける歌です。ただ、届け方には悩みました。静かに寄り添う曲にするか。それとも、別の形にするか。

選んだのは、和風ネオクラシカル・スピードメタルでした。

静かな応援歌にしなかったのには、理由があります。この歌詞には、「あたたかい熱を帯びて」というフレーズと、「一人きりで書く夜を もう二度と迷わせない」という一節がある。どちらも、囁く言葉ではありません。迷っている人の夜に踏み込んで、その夜を断ち切ると宣言する言葉です。そこに込められた熱と決意をそのまま音にするなら、170BPMで駆け抜ける疾走感のほうが、この詞には似合うと判断しました。

曲は、速い三味線とギターのイントロで幕を開けます。静かな水面に小石が投げ込まれた瞬間の、あの一気に広がる勢いです。ハイトーンの男性ボーカルが歌うサビでは、「波紋はどこまでも遠く」という言葉を、水面を見渡すようにではなく、水平線の彼方まで届けるつもりで歌い上げました。

間奏の聴きどころは、和琴(箏)の高速ソロと、重厚な和太鼓のブレイクダウンです。和の音色を選んだのは、この企画が日本のnoteという場所で生まれた波紋だからです。箏の細かく速い指運びは、一人ひとりへ丁寧にバトンを手渡していく動作に似ている。太鼓の重い一打は、「私はちゃんと見ているよ」という言葉の重さに似ている。そんなことを考えながら、生成を重ねました。

ブリッジからギターと箏が掛け合うネオクラシカルなデュエルを経て、最後のサビへ駆け上がる構成は、歌詞の持つ落差をそのままなぞっています。ヴァースの静けさ、コーラスの広がり、ブリッジの決意。そしてアウトロは、太鼓のロールと箏の疾走で畳みかけながら、「バトンを手渡そう」の一言で締める。そっと置くのではなく、確かな重さとともに、次の人の手に押し渡す。完成した曲は、私のイメージにかなり近いものになったと思います。

アウトロの「私は見ているよ」について

最後に、アウトロについて書かせてください。

「波紋は広がる 次の三人へ…… 『私は見ているよ』 バトンを手渡そう」

この歌は、ヴァースの「私はちゃんと見ているよ」で始まり、アウトロの「私は見ているよ」で終わります。最初の「見ている」は、孤独な書き手への抱きしめるような言葉でした。一方、最後の「見ている」は、バトンを手渡す動作と一緒に置かれています。

つまりこの歌は、受け取る側の言葉から始まって、渡す側の言葉で終わるのです。

一曲の中で、聴き手の立場が動く。はじめは「見ていてもらえる側」だった人が、歌が終わるころには「見にいく側」に立っている。この構造こそが、ペイ・フォワードという企画そのものだと思います。応援される経験が、人を応援する人に変えていく。恩送りとは、受け取ったものをそのまま次へ手渡すこと。

曲を聴き終わったあと、誰かが「あの人の記事、ちゃんと読みにいこう」と思ってくれたら。この曲の役目は、それで果たされるのだと思います。

曲はこちらです

『波紋(Pay It Forward)』

ジャンルは、和風ネオクラシカル・スピードメタル。170BPMの疾走感の中を、ハイトーンの男性ボーカルが情熱的に歌い上げます。間奏で繰り広げられる和琴(箏)の高速ソロと、重厚な和太鼓のブレイクダウンが、この曲のいちばんの聴きどころです。静かな水面に投げられた一粒の小石が、大きな波紋となって広がっていくまでを、和の音色とメタルの熱量で描きました。

おわりに

前回の記事で、私は「小石は、大きくなくていい。大きな声でなくてもいい。それでも波紋は生まれる」と書きました。

今回、音楽という形で、もうひとつ小石を投げることができました。文字で書くことと、音に乗せることは、届き方が少し違います。文章は読む人の速度で進みますが、歌は歌の速度で聴き手の中に入っていく。どちらが優れているという話ではなく、違う水面に、同じ思いを届けられる。それが今回の参加の、いちばんの収穫でした。

LaLaLaさん、素敵な歌詞をありがとうございます。

この曲が、どこかの水面で、また新しい波紋になりますように。

@hanamiti369 開運シェルパ


〜 開運シェルパ ∕ 運命デザインラボ 〜 

本アカウント連載『運命レボリューション』 → 開運シェルパ @hanamiti369(https://note.com/hanamiti369)


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