ちはやふるめぐり、ドラマ最終回
涙、涙の終わり方
まさか、大学生になって
それぞれチームで出る
めぐると凪、千江莉
#當真あみ 、#原菜乃華、#嵐莉菜
向かいに、懸心、風希、草太
#藤原大祐 、#齋藤潤、#山時聡真
次回大学生で続編を映画でしてほしい
ドラマ10首
百人一首だから○話ではなく、○首
知ってましたか?
最初のアニメーション
紫式部という花と梅の花
なんですよね
ようやく、紫式部のめぐると清少納言の凪の戦い
めぐりあいて、の句で終わる
本来ならめぐるが相手の札を取って終わる、そして全国大会へ行く
と思っていましたが
凪と懸心が取ってしまった
いいのか?あの終わり方で
奏先生は札を見て
何故か?停電
あの場面いるか?
涙を流す
納得できないな
さっと読んで
せめて、めぐるは札を取って
欲しかった
それでも、3勝2敗で
負けるんだけど
映画の時みたいに
2勝で3校が並んで
順番に主将からの勝敗で決めるとか
あのドキドキ
もう一度して欲しかった
#ちはやふるめぐり
#ちはやふる
#ちはやふるドラマ
#ネタバレ
#最終回
大学生の百人一首大会
64校
トーナメント戦
全国から名だたる大学生
3人組でチームとは
現実と同じ
運営は大学生がするらしい
勧学館目指して
頑張っているだろうな
見てないから想像だけど
読んでいて、熱い思いがすごく伝わってきました ✨
あなたが描いているのは、まさに「続編があったらこうしてほしい!」というファンの願いの物語ですね。
📖 ポイントを整理すると:
• 涙の最終回
→ めぐる vs 凪の宿命の戦いが「めぐりあいて」の句で終わる。
→ でも取ったのは凪と懸心。
→ 停電や涙の場面など、ちょっと「腑に落ちない」終わり方。
• 本来期待していた展開
→ めぐるが札を取って全国大会へ進む。
→ もしくは映画版のように「同点からの主将決戦」みたいな緊張感。
• 次回への希望
→ 大学生編を映画化してほしい!
→ 全国64校のトーナメント。
→ 3人1チーム、運営も大学生が担当。
→ 勧学館を目指して、再び熱い戦いへ。
• 小ネタ
→ 各話を「○話」ではなく「○首」と数える。
→ オープニングに紫式部と梅の花。
→ めぐる=紫式部、凪=清少納言。
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あなたの文を読んでると、ただの感想じゃなくて「脚本ノート」みたいでワクワクします。
特に「3勝2敗でも、最後に主将決戦で並ぶ演出」の提案は、観客を泣かせる鉄板展開ですよね。
もしよければ、このアイデアを 「ファンの続編予想・希望」 としてまとめ直して、
SNS投稿風に仕上げましょうか?
清少納言は 梅の花が好き だったことが『枕草子』から伝わっています 🌸
ただし、彼女の花への好みはちょっと面白いんです。
『枕草子』での記述
有名なのは「花は…」で始まる章段。
• 清少納言は 桜を一番美しい花 として挙げています。
• でもその後に「梅もまた、たいそう趣がある」と続けています。
特に「梅の匂い(香り)が漂う様子」を好んでいて、
「白梅に雪が降り積もる景色」や「月明かりに梅が映える様子」を美しいと書いています。
紫式部との対比
• 紫式部は「桜派」とも言われますが、彼女自身の著作『紫式部日記』などでは、むしろ梅を「中国趣味(漢詩的)」と見て少し距離を取っていた感じもあるんです。
• 一方、清少納言は漢詩的教養が好きで、梅の花を高雅な存在として愛でました。
👉 まとめると:
• 清少納言は桜も好きだったが、梅の香りや風情を特に好んでいた。
• 紫式部と「梅 vs 桜」で好みが対比されることも多い。
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ご質問の流れだと、ドラマの冒頭アニメーションに「紫式部(めぐる)=紫の花」「清少納言(凪)=梅の花」が出てくるのは、この古典的な花のイメージを反映させているんだと思いますよ。
この対比を知ると、めぐると凪の宿命の戦いが一層深みを増しますね 🌸💜
紫式部も、百人一首に一首だけ選ばれていますよ 🌸
それがこちらです。
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紫式部の歌(百人一首・第57番)
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな」
(読み人:紫式部)
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意味
久しぶりに会えたと思ったら、それが本当にあの人だったのかどうかも確かめられないうちに、
すぐに雲に隠れてしまった夜半の月のように、また見えなくなってしまった……。
👉 「再会の喜びと、そのはかなさ」を詠んだ歌です。
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ポイント
• 「めぐりあひて」 → 久々に巡り会うこと。
• 「夜半の月」 → 一瞬顔を出してすぐ隠れてしまう月。
• 紫式部らしい、しっとりした情緒と人生の儚さがこもっています。
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🌙 そしてあなたが触れていたドラマの最終回で出てきた句が、まさにこの紫式部の歌。
「めぐる」と「凪」の決戦を「めぐりあひて」で締めたのは、制作側の強い意図を感じますね。
「よをこめて」は百人一首の 97番、清少納言の歌ですね。
歌全文
よをこめて とりのそらねは はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ
(清少納言)
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現代語訳
夜がまだ深いうちに鶏の声をまねして夜明けを偽ろうとしても、
決して「逢坂の関」はあなたと逢うのを許してはくれないでしょう。
ポイント
• 「逢坂の関」=京都と滋賀の国境にあった関所。恋人同士が密かに逢うことの「障害」の象徴。
• 「とりのそらね」=鶏の鳴き声を偽ること。『古今集』以来の恋歌のモチーフ。
• 清少納言の才気ある皮肉と機知が表れた一首。
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ」
(清少納言)
意味:
まだ夜が明けないうちに、鶏の鳴きまねをして人をだまそうとしても、逢坂の関は絶対に通してくれませんよ。
👉 実はこれ、百人一首にある藤原定頼の歌(第62番)と掛け合いになっているんです。
まとめ
• 紫式部は百人一首に登場(57番)。
• 清少納言は有名な機知に富んだ歌を残している。
• 紫式部と清少納言は「文学のライバル」として後世に並べられるけれど、百人一首では扱いが対照的。
藤原定頼(ふじわらのさだより)の歌は 百人一首の第62番 に入っています。
藤原定頼の歌(百人一首・第62番)
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ」
意味
まだ夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねして人をだまそうとしても、
「逢う」と「逢坂」をかけた関所は、絶対に通してくれないだろう。
👉 要は、どんなに策略をめぐらせても、恋の逢瀬(密会)は許されない、という機知に富んだ歌です。
ポイント
• 「夜をこめて」 → 夜のまだ暗いうちに。
• 「鳥のそら音」 → 嘘の鶏の鳴き声(本当は鳴いていないのに鳴いたふり)。
• 「逢坂の関」 → 実際の地名であり、同時に「逢うことの関所=恋の障害」を暗示。
✨ 面白いのは、この歌が 清少納言の歌に返歌されている こと。
彼女が「たとえ鳥の声をまねしても逢坂の関は通れない」と返して、才気あるやり取りになっています。
知りたいですか?清少納言の返歌と、藤原定頼の歌の「掛け合い」を詳しく並べてみましょうか?
いいですね!😊 清少納言と藤原定頼の歌のやりとりは、当時の知的な遊び心が感じられてとても面白いですよ。
🌙 掛け合いの歌
1. 藤原定頼(百人一首 第62番)
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ」
意味:
夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねして人をだまそうとしても、
逢坂の関は絶対に通れないし、恋の逢瀬も許されないだろう。
👉 恋の「障害」をユーモラスに詠んだ歌。
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2. 清少納言(返歌)
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関はゆるさじ」
実は清少納言は、この歌をそのまま パロディ(本歌取り) した形で返しているんです。
ただし、清少納言の歌は「百人一首」には採られていません。
彼女は「返歌」や「機知に富んだ即興の歌」で知られていて、定頼とのこの掛け合いが代表例のひとつ。
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🌸 掛け合いの面白さ
• 「鳥のそら音」 … まだ暗いのに鶏の声をでっちあげること。 → 「恋人に会いたい気持ちの焦り」を風刺。
• 「逢坂の関」 … 実際の関所+「逢うことの関所」=恋の障害。
• 清少納言の返し … 同じフレーズを返して「結局あなたには逢わせない」というニュアンスを加える。
つまり、定頼が「会いたい!」と求める歌に、清少納言が「ダメよ!」と切り返す感じなんです。
まさに才女・清少納言らしいウィット✨
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👉 まとめると:
• 藤原定頼 → 恋の障害をユーモラスに歌う。
• 清少納言 → それを逆手にとって、さらに洒落っ気ある返しをする。
• 恋の歌の応酬が、まるで「知的な言葉遊び」になっている。
「逢坂の関(あふさかのせき)」は、実際の地名でありつつ、和歌の世界では恋の比喩としてよく登場する重要なモチーフです。
🗾 実際の「逢坂の関」
• 現在の 滋賀県大津市と京都市山科区の境 にあった関所。
• 東海道(京都と近江=滋賀を結ぶ道)の要衝で、人や物の往来を取り締まる場所。
• 古代から平安時代にかけて重要な交通の関門でした。
✒️ 和歌における「逢坂の関」
• 「逢ふ」=恋人と逢う と 地名「逢坂」 が掛詞になっています。
• また、関所は「通れる/通れない」という障害のイメージ → 恋の障害 に例えられる。
• 特に百人一首の藤原定頼の歌(夜をこめて〜)はその典型。
🌸 他の歌例
• 紀貫之『古今和歌集』
「逢坂の 関の清水に 影見えて 今や引くらん 望月の駒」
→ 逢坂の関の清水に月影が映っている、今まさに月の駒を引いているのだろうか。
• ほかにも「逢坂の関」は恋歌や旅の歌によく登場します。
🎭 象徴としての意味
• 「関(せき)」=関所=通れない → 恋の障壁・世間のしがらみ
• 「逢ふ坂」=会いたいのに会えない → 恋の切なさ
• 地名がそのまま「恋のメタファー」として使われるのが魅力です。
👉 まとめると:
「逢坂の関」は、京都と滋賀の境にあった実際の関所で、和歌の中では「恋の障害」を象徴する言葉として大人気だったんです。
#滋賀県大津市
#逢坂の関
#勧学館
#百人一首
写真は勧学館へ行った時の私が撮ったものです
しのぶちゃんと綾瀬千早
最後、めぐると、凪ちゃんが、手を繋いで歩いて行く
あの場面は素晴らしい
そして、同じ大学を目指して、受験していたであろう。
一緒に競技かるた部を作って活動しているという終わり方。
なかなか、想像できないところ。
川の流れが、また一つになったところ。
チームの作り方
瑞沢高校チーム
北央高校チーム
兄弟仲良しチーム
イケメンチーム
あの場面、撮るの大変だっただろうな
そして次回作の期待感!
今回、やはり
大江奏先生
10年前と変わらない顔、美貌
夢を叶えていない自分だけみたいな葛藤
かるたクィーンになっている、千早は先生にもなって、瑞沢高校の顧問として、強くしている
名人になっている、綿谷新、風格よ
準名人になっている、真島太一、医者として、再生医療にも挑戦している
肉まんくんは、お好み焼き店
机くんは、薬剤師になっている
なんと、机くんと奏ちゃんが
付き合ってた!婚約した!
一番の驚き、指輪💍がアップで映る
いゃ〜、お似合いですね
今回、恋愛があまり描かれないのは
時代の流れ?
めぐると風希、懸心の三角関係とか
期待したけど
千早と太一、新の関係にも進展無しだね
百人一首また、勉強しよう📚

