Tension
呼吸で弾くんだ。身体の力を抜いて。深く息を吸って。
レッスンのたびにそう言われても、わたしは中々先生の言う通りに弾くことはできず、譜面をじっと睨み、いつも息を止めたままだった。おおらかに、楽器と一体となって音を紡ぎ上げるのがチェロの美しさだと頭ではわかっていても、わたしの全身は弛まず強張り続けた。たいして長くもない一曲を弾き終える頃には必ず、指がひどく疲れていた。
顎が痛いんです、噛むのが大変で、と歯医者へ行ったら「ずっと緊張しているのねえ」とおっとり苦笑された。「いまこうして診療台の上で横になっているだけでもここが硬くて緊張しているのがわかるわ」まずは噛み締めないこと、身体から力を抜くことを意識するのよ、ここでもまた同じことを指導され、ため息を殺してわたしは歯医者を出た。
とぼとぼと坂を上る。流行っているというそれだけの理由で購入したナイキのエアマックスが重い。このスニーカーにしてからふくらはぎがよく張るんだよなあと思いながら、背負ったリュックを担ぎ直した。そういえば昔、スタンスミスを買いに行って店員に相談したら、「コンバースやオニツカタイガーを履き慣れているならスタンスミスはやめたほうがいいと思いますよ」なんて真顔で言われたことがあったな。
あのときは客が履きたいって言ってんだから履かせろと思ったけれど。
坂のてっぺんまで上ったところで、疲れた足を止めた。呼吸を一つ落とし、肺を大きく動かすようにして酸素を取り込む。俯けていた視線をつと上げ──こういうときは快晴だとか雨上がりに晴れ渡っていくだとか青春小説では相場が決まっているだろうが、儘ならない普通の人生なので、生憎の果てない曇天を見る。少し先にある交差点の信号は点滅中。赤になる。
──正しく弾かねば、と考えている。左手の位置を間違え、音が狂うと気になる。左手指のことばかりを気にして、弓がギッと鳴ると、今度は右腕に緊張が走り、どうにかして力を抜こうとすると音そのものがすっぽ抜ける。息を止める。間違わないように指を置き、弓を引き、音符を必死に追い掛ける。わたしは技巧が優れるわけでも、情感豊かに奏でられるわけでもない、ならばせめて譜面通りに、間違わず、正しく弾きたいと思うから。
それがチェロの生み出せる美しさとは程遠いものだとしても。
正確であること。「とりあえず正しい」何か。誰かから見たとき、いや、内なる他人の目から見たとき、美しくはないかもしれないが間違っているとは言われないわたし。履き慣れない靴は遠くまで行けないかもね、坂の上でこうして疲れて立ち尽くしている、それでもこれは流行のスニーカーで「何でそんなダサい靴履いてんの」とは決して言われないだろう。求めているのはそういう安牌さ。深く呼吸をする? とんでもない──息をひそめるのだ。誰にも、わたしにも、様子のおかしな奴だと指差されないように。
わたしの求める「正しさ」が、わたしを緊張させる。
そんなことはわかっている。
弾き手の身体、呼吸と一体となって、深い空気を孕んで響きわたるチェロの音が好きだ。好きだ。それは本当に。交差点の信号が青に切り替わるのをぼうと眺め、エアマックスを踏みしめる。坂を下る。交差点に差し掛かる頃にはまた赤信号になるだろうが、そうしたら別の横断歩道を渡る。わたしは青信号を選ぶ。
