『公用分例略記』とは・『訴の四』凡例・【七一】奇特筋ニ付御褒美頂戴之事
『公用分例略記』とは
江戸時代田無村の名主であった下田家に伝わる文書です。名主とは、江戸時代の村方三役のひとつで、村政をつかさどる村役人です。年貢の徴収や納入など村政全般を任されていました。
『公用分例略記』は、奉行所や代官所などに提出した文書の控等をまとめた「訴」全十巻と、奉行所や代官所などから各村宛の触をまとめた「触」全七巻からなります。嘉永六(一八五三)年、当主半兵衛(富潤)が、先代以来残されてきた文書の中から選択し、「訴」と「触」に分類し、それを年代順に書き写し始めたのが始まりです。次代の当主(富栄)により、慶応三(一八六七)年まで書き継がれました。親子二代にわたる田無村名主の編纂史料集と言えるものです。
『公用分例略記』により、近世後期の田無村をはじめ近村の様子や村人の様子を、具体的に知ることができます。そればかりでなく、地域の歴史を考える上で貴重な資料となっています。
昭和四二(一九六七)年に市の文化財に指定されました。
『訴の四』凡例
一、本冊子には、西東京市指定文化財第五号下田家文書『公用分例略記』全十七巻のうち「訴の四」を収録した。
一、翻刻にあたり、下田富宅編『公用分例略記』(図書出版東京書房社、一九六六年)と、田無市史編さん委員会編『田無市史 第一巻 中世・近世史料編』(田無市、一九九一年)を参照した。
一、史料文に使われている差別用語については、私たちはこれを容認するものではないが、その時代の差別状況を理解するための歴史的用語として、そのまま掲載した。
一、解読文中の【一】【二】【三】等の数字は、原文書にはないが、目次番号と対応させ、文書検索の便宜を図るため挿入した。番号は、「訴の一」からの連番とした。
一、原文筆写を行う。「追い込み」は行わない。返り点、読点、送り仮名などはつけない。
一、原則として常用漢字の新字体を使用する。
一、常用漢字以外の漢字については、同音同意漢字への表記の統一化や常用漢字への書き換えは行わず、常用漢字以外の漢字をそのまま使用する。その場合も旧字体は新字体に改める。
一、常用漢字以外で、「表外漢字字体表」に収録された漢字は、表に記載された印刷標準体に従う。「表外漢字字体表」収録以外の漢字については、個別に対応する。
一、異体字は、常用漢字を中心とした新字体に改める。例外的に次の漢字は異体字のまま使用する。
并(並) 抔(等) 悴(倅) 躰(体)
扣(控) 麁(麤) 尓(爾)
一、変体仮名は原則として平仮名に直す。
一、片仮名は原則として片仮名のままで記す。
一、助詞の「ニ(に)」「而(て)」「江(え・へ)」「茂(も)」「者(は)」「与(と)」「越(を)」は漢字を用い、本文よりも小さな字で右に寄せて記す。
一、「之(これ・の)」は漢字として記す。
一、并(ならびに)而已(のみ)は漢字を用い、慣用的に本文よりも小さな字で右に寄せて記す。
一、合字のゟ(より)、〆(しめ)は、慣用的にそのまま記す。
一、「」「」「」「ヿ」「」等の合字は一字ずつに直し、「トモ」「トキ」「こと」「こと」「(と)して」等と記す。
一、誤字はそのまま記し、右側に( )をつけて正しい字を記す。意味が不明確な場合は、(ママ)と記す。
一、宛字については、慣用的に用いられている宛字はそのまま記す。それ以外の宛字は誤字に準ずる。
一、脱字は、脱落していると思われる字を文中に「 」で補い、右側に(脱カ)と記す。
一、衍字はそのまま記し、右側に(衍カ)と記す。
一、抹消文字は、文字の左側に削除(見せ消し)記号「〻」を付ける。
一、訂正文字は訂正された文字の左側に削除(見せ消し)記号「〻」を付け、訂正後の文字を右側にやや小さく記す。
一、虫喰い、破損等で解読不可能な文字で、字数が分かる場合は□□、不明な場合は[ ]などと記す。
一、闕字、平出、擡頭は原文のまま行う。
【七一】奇特筋ニ付御褒美頂戴之事


【七一】奇特筋ニ付御褒美頂戴之事
嘉永元(一八四八)年九月三日
【解読】
差上申一札之事
私儀、奇特筋取計候ニ付、阿部伊勢守様江被 仰上候上、石河土佐守様被仰渡候段、左之通り被仰渡候、
一半兵衛義、親代ゟ奇特筋心掛ケ、天保元寅年村内貧民相続之ため、金三百両差出、御貸附ニ取計、且御林手入方、野火除等世話いたし、又者小前江申談事、稗囲為致、其身も金五拾両差出、并金七拾壱両余相懸ケ、穀櫃取建、右者稗減石不相成様詰替等迄心懸ケ、去ル巳年貯穀囲増之義、被仰付候以来、最寄村々迄、厚世話致候段、奇特之義ニ付、為 御褒美銀七枚被下置候、右被 仰渡之趣、一同難有承知奉畏候、仍御請証文差上申処、如件
当御代官所
武州多摩郡田無村
名主
嘉永元申年九月三日 半兵衛
村役人惣代
組頭
太郎右衛門
大熊善太郎様
御役所
【読み下し】
差し上げ申す一札のこと
私儀、奇特1筋取り計らい候につき、阿部伊勢守様へ仰せ上げられ候上、石河土佐守様仰せ渡され候段、左のとおり仰せ渡され候。
一 半兵衛義、親代より奇特筋心掛け、天保元寅年村内貧民相続のため、金三百両差し出し、お貸付けに取り計らい、かつお林手入れ方、野火よけ等世話いたし、又は小前へ申し談じ、稗(ひえ)囲いいたさせ、その身も金五十両差し出し、並びに金七十一両余りあい懸け、穀櫃(ひつ)取り建て、右は稗減石あい成らずよう詰め替え等まで心掛け、去る巳年貯穀囲い増しの義、仰せ付けられ候以来、最寄り村々まで、厚く世話いたし候段、奇特の義につき、御褒美として銀七枚下し置かれ候。右仰せ渡されの趣、一同有り難く承知かしこみ奉り候。よってお請け証文差し上げ申すところ、くだんのごとし。
当お代官所
武州多摩郡田無村
名主
嘉永元申年九月三日 半兵衛
村役人惣代
組頭
太郎右衛門
大熊善太郎様
お役所
【文意】
一通の文書を差し上げます。
私が、感心な行為を行った件について、阿部伊勢守様からの御指示を受けた石河土佐守様から言い渡された内容は、左のとおりです。
一 半兵衛家は、親の代より感心な行為を心掛け、天保元寅(一八三○)年に村内の貧しい村民の家々が存続できるようにするため、金三百両を差し出して、お貸付け制度の実施ができるようにしました。またお林の手入れや、野火よけ等火災対策の世話をしました。さらに小前百姓と話し合って、稗(ひえ)を囲い、貯穀させることも行いました。自分自身も金五十両を差し出しました。それとともに、金七十一両余りの費用をかけて、穀櫃(ひつ)を建設しました。右の件については、稗が減ることのないように詰め替え等のことまで考えて配慮しました。三年前の巳年(弘化二…一八四五)に貯穀を囲い増しするよう御命令があって以来、近隣の村々まで、しっかりと世話をしました。感心な行為なので、御褒美として銀七枚を下さいました。右の言い渡された趣旨を、一同有り難く承り恐縮しております。そこでお請け証文を差し上げます。以上のとおりです。
【語句説明】
1【奇特】(きとく)「きどく」とも。優れた。感心な。けなげな。めずらしく。しばしば「寄特」と書かれる。
