【仕事の短編】トリミングファイターさくらさん、クリスマスの嘘つき編
大好評、お仕事小説。元カメラマンさくらさんの必殺技はトリミング。今日もトリミングで事件を解決します。
さくら:カメラマン出身のデザイナー(愛用のカメラはNikon D750)。美人で仕事もできるが……
シノ:見習いディレクター(性格に難のあるさくらと組まされがち)

◆ ◆ ◆
夜の通りを、ワンブロック歩くだけで、人はクリエイターになれるって知ってますか?
きっと今、日本で一番美しい通りにいます。
都会の中の都会。びっくりする坪単価は、びっくりするほど都会的でセンスのあるイルミネーションに彩られています。
わたしがこの幻想的な街並みに佇んでいる理由。仕事帰りにたまたま通りかかっただけなのですよね。
わたくし、シノと申します。小さな制作会社の見習いディレクターです。
今日は、デザイナーのさくらさんとお客様を訪問してきました。メーカーのお客様は、広報部が都心の一等地にあることがあります。
時間的には直帰だと思っているのですが……、この人、さくらさん次第ですかね。
実質、わたしの上司のようなものです。本格的なカメラで、煌びやかな風景をパシャパシャ撮っています。
元カメラマンなので、ときどきこうしてスイッチが入ってしまうことがあります。
写真を撮りながら少しずつ移動するので、このワンブロックをなかなか通過できません。
いいんですけどね。わたしもこの圧倒的な光景に見入ってしまいます。ふだんからオシャレな通りが、クリスマス仕様で神がかっています。
わたしがぼーっと景色を見ていると、
「ごめんね」
さくらさんのきれいなお顔。
「あ、いえ、大丈夫です」
すてきな景色ですよね、と続けようとしたところ、
「思い出させちゃった?」
「はい?」
言いにくそうな顔をしています。
わたしも空気を読んで、表情を曇らせます。
さくらさんが「ほら、この雰囲気……」と続けます。
なんでしょう、わたしは聖なる光で消滅するなにかでしょうか。
あ、この腫れ物にさわる感じ。
「あの話ですか……」
「……………………」
やっぱりあれです。
社内で、わたしが彼氏に振られて自暴自棄になっているストーリーが発生してしまい、わたしも都合がよかったのでそれに乗っかってしまったのです。
今さら嘘だとは言えません!
「そんな。気にしないでください」
設定が甘々なので、突っ込まれるとボロが出ます。
気まずい空気を紛らわすためか、さくらさんがカメラを操作して写真を見せてくれました。
「うわー、すごい」
こういう切り取り方をしいてたんですね!
光の大輪だったり、街並みが映り込んだショーウィンドウだったり、どれもアート作品みたい。
さくらさんはトリミングの名手なのです。わたしだったら、クリスマス感丸わかりの全景を収めてしまうところです。
「クリスマス感が見事に消えてますね」
テンションが上がって、つい言ってしまいました。
「さくらさんも無意識に避けてたりして」
「……そうかも」
「へ」
さくらさんの目、赤になっています!
いえ、これはあくまでわたしのイメージなのですが、「風の谷のナウシカ」にオームっているじゃないですか?
怒ると、目の色が青から赤に変わる巨大な生き物。さくらさんには、あんな感じのオンオフがあるのです。
「……思い出してきた。わたしを振ったやつ」
あわわ。
「あのクズが……」
まずいです!
怒りのスイッチが入ってしまいました。
このままでは、会社に戻って仕事をするとか言いだしかねません。
気づけば、わたしは大きな声で同調していました。
「そうです! 男なんてみんなクズです」
「そうなの……」
「あ、はい」なんか言わなきゃ。「わたしの彼氏なんて、えっと、小説家でした!」
「へえ」
「とんでもないクズです」
「大変だったね……」
オームの目が青に戻りました。
それはいいのですが、わたしの幻の彼氏が小説家になってしまいました!
嘘は嘘を呼ぶのですね。とっさに口に出たこととはいえ、小説家の皆さまごめんなさい!
「あ、ちょっとあそこも撮ってきていい?」
「はい」
しかし、こんな素敵な人を振る人なんているんですね。夜を舞うさくらさん、とてもカッコいいです。絵になります。
こういう人のことをクリエイターと言うのでしょうね。それに比べてわたしには何もありません……。
あ、目が合いました。眩しすぎます。
◇ ◇ ◇
わたしはどんな表情をしていたのでしょう、戻ってきたさくらさんに「シノ、やっぱり無理してない?」と言われてしまいました。
「違うんです」と今度は素直な気持ちを話します。
「わたしもさくらさんみたいにクリエイターになれたらいいのに、ってちょっと思っちゃったんです。でも、自分には何もないなあって……」
街路樹の影と二人の影が、風に歪みました。
「なればいいじゃない」
「そんな……。無理ですよ」
「シノにわたしがどう見えてるかわからないけど」
さくらさんと目が合います。
「わたしはコピーだよ?」
コピー……?
「みどりさんの」
だれ!
「わたしね、地味で、暗い高校生だったんだ……」
さくらさんは星の見えない空を見て語りはじめました。
わたしの足元が動き出します。
情景が広がります。
場面はイルミネーションから一転して、寂しい夕暮れへ。
運命の出会いは夕暮れの河川敷だったそうです。
今のさくらさんからは想像もできませんが、暗い顔をした高校生が、退屈を持て余して、身を隠すように石段の端に腰掛けています。道からは頭がぎりぎり隠れるくらいの位置でしょうか。
「つまらない、いつもの景色だった。わたしがつまらない人間だからだろうね」
「そんな……」
「それなのに、その人は声をかけてくれたんだ」
それがみどりさん?
「はじめは、わたしが元気がなさそうだから同情してくれたのかと思った」
わたしの情景のなかで、過去のさくらさんが振り向きます。
「でも、違った」
少女のさくらさんがはっとします。
「その人は目をキラキラさせながら、景色を見てたんだ」
わたしも同じ方向を振り向きます。
「両手で、親指と人差し指で四角をつくって、世界を切り取っていた」
まるで未来のさくらさんです。
「その人にとっては美しかったんだよ。空も、川面も、草たちも、画面に入るわたしさえも」
……タイトルを付けるなら、夕暮れと美少女でしょうか。
「衝撃だった。そんなにも違うものが見えてるのかって。心のなかで同じポーズをしてみた」
情景のなかでわたしも真似をします。
「そのときだったよ、世界が変わる瞬間を体験したのは。世界が突然輝きだしたのは」
ああ……、浅く差し込む光を受けて、水面が踊ります。
紺青の空、
やさしい草陰、
逆光の陸橋――。
「この人には、こんな世界が見えてるんだ。世界からこんなに美しいものを切り取れるんだ。わたしはこの人になりたいって思った」
みどりさんが、未来のさくらさんが微笑みます。
「恥ずかしい話なんだけどね、みどりさんが立ち去ったあと、ずっと泣いてた。橋の上を走る電車が、美しすぎた」
見えます、わたしにもその光景が。
灯りが消えようとする最後の世界で、いくつもの車窓が輝いて流れます。
儚くて、切なくて、世界一美しい光景がそこにあります。
わたしも泣きそうです。
――あのときだよ、わたしがクリエイターになったのは。
あの日からずっと今のわたし。
景色が、足元から飛び散りました。
目の前には今のさくらさんがいて、都会的なイルミネーションがその横顔を照らしていました。
コピー……。
さくらさんはみどりさんだったんだ……。
「みどりさんは、カメラマンだったんでしょうか?」
「さあ。あのときのわたしはそう思ったけど、実際はどうだかわからない」
「じゃあ、カメラを選んだのは」
「世界の切り取り方はいくつもあるよ。わたしはわかりやすくカメラにしたってだけ」
「なるほど……」
「みどりさんって名前もわたしが適当に付けたんだけどね」
「…………」
「もうちょっとだけ写真いいかな」そう言ってさくらさんは眩しい世界に駆けていきました。
シノ、とてもいい話を聞いた気がします。
わたしだって、自分だけの素敵な世界を切り取りたい。心からそう思えたのなら、この瞬間からクリエイターです。
両手で四角をつくって、遠くのさくらさんに重ねます。
切り取るのはもちろん、美人で、強くて、強情で、負けず嫌いで、優しいトリミングファイター。
わたしはみどりさんのコピーのコピーになりますね。カメラは真似っ子がすぎますから、そうですね……、小説にしましょうか。
この日、夜の素敵なワンブロックで、ひとりのクリエイターが誕生しました。
さくらさん、みどりさん、嘘から生まれた小説家の彼氏、ありがとう!(了)
これまでのお話をマガジンにまとめています(↓)

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