beat23 仕事が暇すぎて虚構の感動エピソードが炸裂しました
仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました
「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト
【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン
◇ ◇ ◇
このひと月で、クレイジーバードのメンバーは、それぞれ見違えるように変わった。
トシの顔に生気がある。音楽に、真摯に取り組む姿勢が見られる。九月から伸ばしはじめた髪も、だいぶ長くなってきた。
怪鳥は、髪に白髪がさらに増え、その頭は、スタイリングだとはさすがに呼べないボサボサの状態になり、さらには、それが破裂寸前のエンジンであるかのように、重い頭をぶん回している。
頭のなかで、今にもなにかが弾けそうだ。狂気に似た迫力を感じさせる。もちろんそれは、仕事にもバンド練習にも関係がなく、何をしているわけでもないのだが、この狂気と紙一重の風貌は、ひろしの担う役割からすれば、歓迎されるものである。
一番変化が激しいのは、のぞみかもしれない。彼女と別れた。彼がそう話したのは、社内ライブから数日が過ぎた頃だった。人間の女に魅力を感じなくなった。そう言った気もする。画面のなかのマリーを眺める、恍惚とした表情。彼こそリアルにとり憑かれている。
ふん、ふん、ふ~ん。周囲に聞こえる音量で、彼は妖しく口ずさむ。盛んに濁音を発していた怪鳥が、黙った。あの怪鳥を押している。予想だにしなかった成長を遂げ、今ののぞみは、完全に怪鳥のお株を奪っている。
むろん、全員がよい方向に変化したわけではない。メンバーのなかで唯一苦戦しているのは、かずやだといった意外な現象が起きている。
ついこのあいだまで、たつおとの人格の入れ替えがコンプリートしてしまうかの勢いを見せていたのだが、ここにきて、たつおが猛烈な反発を示したのである。かずやは、たつおを御しきれていない。
「はあ、はあ。こいつ、欲が、性欲がハンパねえんだよ。愛人のとこに行こうとして、すげーんだ」
かずやがぜいぜい言っている。
「行かせてやればいいじゃないですか」素っ気なくトシが答える。
「練習あんのに、そんなことしてられるか」
「それはそうなんですけど……」
予選から決勝までの期間は短く、あともう、ひと月もない。かずやは帰宅後に、たつおの自宅でベースを弾いている。彼の性格からして、そうとう根を詰めて練習しているのだと思う。
「それに俺、あんなババアの裸、見たくねーよ」
「そういえば、たつおは、40以上じゃなきゃ無理とか言ってましたからね」
「勘弁してくれよ。こう見えても俺、30そこそこなんだぜ」
「ああ、それくらいのときに亡くなったんでしたっけ」
「一度はじまると、俺の力じゃ止められねえ。こいつ、ねちっこくてなが…」
「聞きたくないです」素早くトシが切る。
あまり考えたくはない。だけど、「それじゃ、たまってく一方なんじゃないんですか」
「俺だって鬼じゃねえよ。ときどき解放してやってるんだ。こいつ、毎日抜いてんだぜ」
「はあ」
「愛人とかほんと面倒くせえよ。嫁とすりゃいいのに。まあ週三でやってんだけど」
「……絶倫ですね」
「ホントこいつ、腹立つわ」
「思うんですけど、意識をしばらくの間、それか、もう少し長い時間、たつおに返してやったらどうですか。一日のうち、ほとんどをかずやさんが取っちゃってるわけですよね。こんなに調子の悪い状態がつづくんだったら……」
「それはできん。この状態に持ってくるまで、どれだけ時間がかかったと思ってるんだ。気を抜くと、一気にたつおの優位になりかねん。そんなリスクを冒すくらいなら、あとひと月耐えたほうがいい」
「そうですか」
とり憑く側も必死のようである。
「これは俺とたつおの戦いだ。いつか決着をつけようと思ってたんだ。こいつの欲望と、俺の意志の力、どちらが上かをな」
かずやVSたつお――、双子の兄弟対決。
思いがけない戦いの構図が、ここにきて現われていた。
◇ ◇ ◇
クレイジーバード、言い換えれば、ニセ業推は、今回の快挙をきっかけに、社内でも注目を集めるようになっていた。
もちろん業推は、仕事でどこの部署と接点があるわけでもなく、メンバーは、食堂や帰り際、これまで会話を交わしたことのないような社員から話しかけられて、そのことを知るのだった。
トシは、社内の選考会に出た参加者から、ときどき声をかけてもらった。
「すごいですね」「今度いっしょにバンドやりませんか」悪い気はしない。
「座談会のときにいましたよね」そんなことを言う人もいて、覚えていてくれたのかと驚いた。
特にフィッシャーズの若手の三人は、こちらを意識しているように思う。いまや、トシとのぞみは、彼らにとってライバルなのである。
なかでもアツシは、トシによく話しかけてくれた。同じドラム同士だからというわけでもなさそうだ。屈託のないその話し方は、明るくさわやかで、裏表がないように思えた。
おそらく彼は誰とでも仲良くなれる。気にかけてもらえるのを嬉しく思いながらも、そのタイプにあまり慣れていないトシは、ぎこちなく話をした。
対照的なのは、ひかるだった。トシは、食堂だったり、本社の敷地であったり、ふとした折に彼女を見かける。
そのときの距離感は変わっていないのだが、以前とは違い、ひかるにとってトシは空気ではない。視線を向けられているのを感じる。気まずさがあって、あまりそちらに顔を向けることができない。
気恥ずかしいというよりは、トシにはその視線が、敵意に見えてしまうのだ。ライバル心といったものとも違う。あくまで上から見る感じであり、胡散臭いものを見るような雰囲気すらある。トシの音楽コンプレックス、女性に対するコンプレックスが、そう感じさせるのかもしれない。
だが彼女の表情からは、「どんな手を使ったんだか?」
どうしても、そう言っているように見えてしまうのである。
どんな手――どうだろう。あれからのクレイジーバードは、はっきり言って演奏力が段違いに上がった。やはり伸びる余地は充分に残っていたのだ。
これまでのかずやは、リハビリをしていたようなもので、たつおの指先を完全に自分のものにしてからは、プレイの迫力が、まるで違った。鬼、と言ったほうがいいだろうか。
かずやの性格からして、生前も相当練習をしていたのだろうが、今の熱の入れ方は、鬼気迫るものがある。なぜなら、期限付きだからだ。残されたわずかな時間で、灰になるまで、その魂を燃やし尽くそうとしている。
自分はたしかに、この世にかずやとして生まれたのだ、生きたのだ。その証を残したい、と。
のぞみも凄かった。レスポールに抱く禍々しいほどの愛が、彼を表現者にした。なんと言ったらよいのだろう、時々ジミヘンのようになる。
会社では画面の中でしかマリーに会えないことが、彼の想いを募らせた。切なくさせた。彼女に対する情念を、余計にかきたてた。
おそらく今の帰宅後の練習量は、10時間を超える。年上の彼女に代わり、マリーが恋人となったその日から、夜は一睡もしていないようである。のぞみは午前中、ずっとうつらうつらしている。ひろしは何も言えない。
平日でこれだ。土日の過ごし方など、ちょっと想像できない。
この二人を前にしてトシは、自分がお荷物になっていると感じざるを得ない。もちろんトシだって情熱を持って練習している。上手くなった。今やドラムを叩きながらのボーカルスタイルも様になっている。だが、あの二人は異常である。毛穴という毛穴から妖気を発している。
なお、これは小さなことなのかもしれないが、トシが遅れをとってしまった理由として、一時期、練習に徹しきれなかったという事情もある。バンドの事務担当者でもある彼は、バンド結成のエピソードを考えていたのだ。
申し込み期日までの一週間、会社での時間はほぼこれに費やしていたといっていい。演奏と直接関係ないとはいえ、予選を勝ち抜くためには、それくらい大事なものだ。
かずやの徹底したチェックを受けながら、トシは何度も書き直しをした。そうやって仕上がった最終版がこれである。
===
ひろしさんとは、父の入院している病院で出会いました。最初に見たときは、ちょっと鳥みたいだな、と思いました。失礼な話ですよね(笑)
たまに病棟で見かけるというだけで、面識はなかったんです。なのにどういうわけか、僕はひろしさんに心を惹かれました。その理由が知りたくて、ある日思い切って話しかけてみたんです。
けれど、返事は返ってきませんでした。それもそのはず、ひろしさんはすっかり心を閉ざしていたんです。
病名は伏せますが、ひろしさんは、楽器の弾けない身体です。その界隈では名の知れたミュージシャンだったというのに、突然の不幸が彼を襲ったのです。
もう音楽ができない……。
僕も、ひろしさんには到底及びませんが、真剣にベースを弾いている人間です。だから分かるんです。さぞつらいだろうなと思いました。
思い上がりかもしれません。だけど、ひろしさんの心の傷を、すこしでも癒やすことができたらと思ったんです。
病院に許可をとり、インターネットで知り合った仲間と共に、中庭でささやかな演奏会を開きました。観客はひろしさん一人。車椅子に座って、うつろな目をしていました。
四曲をやりました。ひろしさんはまるで反応を示しません。僕たちはあきらめかけましたが、最後にだめ元で、病院だからということもあって控えていた、ロックナンバーを演奏することにしたんです。
そのときのことです、ひろしさんが……、ひろしさんが立ち上がり、突然踊り出しだんです。
僕たちは、感動しました。ギターののぞみを見ると、彼は鼻水を垂らしながら大泣きしていました。今でもその感動は忘れません。のちにそれは、曲になります。
人は、何度でもやり直せるんだ。「大切なもの」は、決して変わらないんだ。ひろしさんに教わったことです。
あの日から、ひろしさんは僕たちのバンドメンバーになりました。
ダンサーも、音楽を表現していることに変わりはありません。僕たちは、ひろしさんのリズムで演奏しているんです。ひろしさんは、僕たちの指揮者なんです。
ひろしさん――僕たちは彼のことをこう呼びます。熱きロック魂をもった、クレイジーバードと。(by ベースたつお)
===
ゴーストライターのトシは複雑な気持ちだ。予選突破の快進撃には、この作り話も確実にひと役かっている。ひかるの視線をまともに受けられないのは、こうした後ろめたさのせいかもしれない。
「どんな手を使ったんだか」
脳裏に浮かぶひかるの顔が、そう話しかける。
こんな後ろめたさを吹き飛ばすくらいの、完璧な演奏ができたなら、自信を持って胸を張れたなら、彼女の視線を、流さず受け止められるのだろうか。そしていつか、振り向かせることができるのだろうか。
今はとにかく練習に励むことにする。
【作者コメント】
あとはひたすら決勝戦に向けてGO!
Interview with クレイジーバード
《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」
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わたくし、こういう者です。お名刺を置いておきますね。会社員です。絶賛遅刻中です⚡️
— ロックスター (@rockstar_narite) August 1, 2024
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