もし明日死ぬとしたら、あの旅にもう一度出かけたい。
もし明日死ぬとする。
最後にもう一度だけ好きな旅行に参加できるとしたらあの旅行がいい。
身体が小学校5年生に戻っている。
電車のボックス席には、同い年のいとこと、2つ下の弟がいる。
初めて、子供だけで泊りの旅行に出かける。
田舎に住んでいるわたしたちはふだん電車に乗らない。
ふだん電車に乗らない子供が、特急に乗り、5時間も電車に揺られる。間違いなく「冒険」だ。
大阪に住んでいる叔父さん家族が誘ってくれた。
叔父さんは昔、わたしくらいの年のころ、長距離列車に揺られ、年の離れた兄(わたしの父)の下宿を訪ねたころがあるらしい。
「その経験のお返し」がわたしたちにプレゼントされた。
慣れない電車で、知らない町へ、大好きな人たちを訪ねにいく。
こんなにシンプルなことなのに、これ以上最高の経験は存在しない。
わたしの最期の旅にふさわしい。
◇ ◇ ◇
ぼくたちはコロコロコミックを読んで、ときどき車窓から外を見て、ずっとドキドキしている。
心地よいドキドキ……。
この先、包み込まれるような安心感が待っているのがわかっているからだ。
叔父さん一家は夫婦仲が良く、4歳と2歳の可愛い子供もいる。ぼくにとって理想の家族像。
子供たちはぼくに懐いていて、一緒に遊んでいるだけで幸せな気持ちになれる。
大阪に着いて、何をしたわけでもない。
叔父さんの社宅に行って、子供たちと遊んで、ご飯を食べて、ぼくと弟といとこは一室に布団を並べて寝た。
ぼくたちは、この旅行で「ある遊び」をしていた。
楽しくて、楽しくて、楽しくて、この旅行を終わらせたくなかった。少しでも長引かせたい。
だから2泊3日のこの旅では、最初から徹底して最終日のふりをした。
「ああ、今日で楽しかった旅行も終わってしまうね」「残念だ―」「嫌だなー」
ぼくたちはもちろん知っている。
今日がまだ初日で、楽しみが十分残ってることを。
「もう帰らなきゃいけないのか、嫌だなー、嫌だなー」
この呪文を繰り返すことで、狂おしいほど幸福な気持ちになれた。
宝物のような一日がこの手に残っている。
「帰りたくないなー、嫌だなー、嫌だなー」
最期の旅でも、わたしは同じ手を使うだろう。
「ああ、特別な旅も今日で終わり。ぼくたちは眠ったら死んでしまうのか。嫌だなー、嫌だなー」
もちろん、このわたしも知っている。
本当はまだ残っている。狂おしいほどの幸福があとひと握り残っている。
そして、それをもっとも味わっているのは、「嫌だなー」と唱える今の自分だと知っている。
嫌だなー、嫌だなー、最高にワクワクする。
ぼくは生まれてきてよかったなー。
嫌だなー、嫌だなー、最後にわかっちゃうなんて。
愛に満ちた人生だったなー。
嫌だなー、嫌だなー、眠りたくないなー。
すべてのものが愛おしい。

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