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虹をつかもう ――走――

虹をつかもう

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

【登場人物】
■ 雨男(あまお):
 お笑い芸人にあこがれる普通の高校生
■ 七瀬隆史(なな):
 雨男のクラスメイト、人が放つ気の色が見える
■ 木原愛(あい):
 雨男のクラスメイト、武術気功の使い手
■ セイウチ・ウォルラス(じじい):
 謎のお笑い芸人
▢ 鉄男(光田光男):
 鋼の肉体を持つ学校のボス、凶暴
▢ ねずみ:
 鉄男にすり寄りナンバー2に上り詰める、狡猾

◀◀前話


43

人間に向けられた爆破予告。
その男と女とは、だれを指すのか――。

結論からいえば、ぼくらではない。しかしそれでも最後の事件は、いつものパターンではじまる。つまり、ぼくがつかまった。

分厚い雲が頭上を覆い、降りそうで降らない。そして風のある日だった。修行を終え、セイさん宅を出る。帰り道に、坂の上から灰色の雲を見上げる。

ぼくにもっと気の力があったのなら、何かの気配を感じとれたのだろうか。

不思議坂の下に、彼らは待ち構えていた。鉄男の側近、急上昇野郎と変顔ヤンキーが陳腐なチンピラファッションでぼくの前に飛び出る。

ひとりは陳腐にナイフを、ひとりは陳腐にスタンガンを持つ。目は充血し、すでにひと仕事してきたといった興奮を見せていた。その異形の表情を前に、ぼくは戦えない。

彼らは、何かしらの世界にどっぷりはまった幹部である。
こいつら出世したな……。

学内の、最終的なランクはこう。
1位 鉄男
2位 ねずみ(元、クラス2位)
3位 急上昇野郎(元、クラス5位)
4位 変顔ヤンキー(元、クラス6位)

出世がいいこととは限らない。これも後に、三田隆(17)の人生観となる。

道路脇のワゴンに乗せられる。わざわざ、ぼくのために用意してくれたのだろうか。さすがにそうは思えない。別の大きな仕事を終えたついでの気がする。

急上昇野郎が運転し、後部座席に変顔ヤンキーが、犬のように舌を出しながら、ナイフをちらつかせる。

運転中、自分の舌を刺してくれることを期待したが、急上昇野郎の運転は、無免許のくせに、職人技のような滑らさを見せた。

――ぼくは、この事態を避けることができたのだろうか。

いや、無理だろう。住所など調べれば分かるのだし、無力な高校生ひとりくらい、どうにでもなる。

だが、ぼくにしたら、こうした事態はすでに慣れっこ。

なわけがなく、恐怖は、身体の内をせり上がり、学校SNSで見た殺人の二文字がちらつく。エスカレートする行為の辿り着く先、その舞台に招待されようとしているのだ。

仮にそれが事実だとして、どれくらいの人間が関わっている?
明らかに、殺人罪の共犯である。

変顔ヤンキーに訊いてみる。
「俺は知らない! 聞いてない! ぶっ殺すぞ」
その過剰反応が、ことの重大さを語っていた……。

車は学校の裏手に止められ、ぼくは乱暴に下ろされる。ヤクザの事務所にでも連れていかれるような気分だ。

学校は現在、立ち入り禁止。不法侵入者に設備を破壊されたためだ。プール横の一件、あの破壊行為がそのように扱われているらしい。

立ち入り禁止――つまり、不良のかっこうのアジトになる。学校は、いつも鉄男にナイスアシストをする。

重々しい、扉が開く。ぼくが連れ込まれたのは、離れの柔道場だった。独特の匂いがする。あまりに縁遠い場所。まさかぼくが柔道場に足を踏み入れる日がくるとは思わなかった。

ネズミ……。そこにあいつがいた。

◇ ◇ ◇

王様にでもなったつもりだろうか。道場の中央に運びこまれた机の上に、今や学校のナンバーツーになった男が、足を組んでいた。ぼくはそいつの前に放り出される。あとの二人は入口のほうに戻って行った。

ぼくの顔を、爬虫類のような視線でねっとりと絡めたあと、ネズミはねちっこい声を出す。「殺人予告の相手は、おまえです」

ドキリとする。
「ひゃはは」
品のない笑い。変わってない。

「嘘」と言って、なぶるような視線を向け、「おまえのモトカノとその彼氏」
奈々ちゃん? なんで彼女が!
思いもしなかった展開に、驚愕する。この学校の生徒とつき合っているとは聞いていたが。

「掲示板は見たか? これはゲームだから、よく聞けよ。一度しか言わねえからな」
「ちょっと待って!」

「おまえがダッシュで七瀬と木原のとこに行って、ここに連れて戻ってくるまでどれくらいかかる?」
聞けと言ったくせに質問だ。

「片道30分はかかるんだ。二人がいるかどうかもわからないし、2時間はかかる」
「じゃあ、1時間な。だから……、8時18分に二人を粉々にする」

「なんのために」
「んなの、おもしろいからに決まってるじゃねえか」
「そんな……」
センスがないにも程がある。おまえの笑いのレベルの低さは芸術的だ。

「二人に会っていくか? 別の場所に縛ってあるんだ。別に信じなくていいけどな」
先ほどのヤンキーたちの様子と、やけに待遇のいい大きなワゴン。冗談とは思えないリアリティがある。

「確かめてもいいけど、5分はロスするぜ」
「待ってよ。七瀬さ……、七瀬たちがぼくの頼みを聞いてくると思う?」
「なんの関係もないのに、何度も来たじゃねえか」
「それは……」

「いいか、話はシンプルなんだ。俺は勝負したいんだよ。あいつ、七瀬とケリをつける。爆破を止めたきゃ、ここで俺に勝てばいい」
「勝つって」
卑怯な手を使わなきゃ、おまえが勝てるわけないだろう。

ぼくの思考を読んだかのように、「勝負に爆弾は使わない。爆弾はゲームオーバーのときのひとつだけだ。同じタイプのものって言えば、あいつに分かるだろう。俺が万全の状態で、ある距離にいないと作動しない。ここまで教えてやってんだぜ」

もう知ってるよ、そんなこと。
いまだ動けないぼくを見て、「そうか、おまえ、俺が七瀬に勝てねえと思ってんのか。仕方ねえな。教えてやるか」

ネズミは、机から立ち上がった。
「俺はな、気の達人なんだぜ。まあ、才能ってやつ」
こいつ、能力の正体を知ってるのか。

「光田さんが、俺を片腕にしてるのもそれが理由だ。あの日……、藤沢がやられた日な。まあ、おまえは知らねだろうけど」
スリー、藤沢。今となっては懐かしいな……。

鉄男と不良軍団がぶつかったときの話だ。現場を見てはいないものの、藤沢がやられるシーンは何度も想像した。

「あのとき俺や辻堂もけっこう危なかったんだ。けど、俺が脅しに使おうとして持っていった爆弾を気に入ってくれた。なにが縁になるか分かんねえよな。それから光田さんとよく遊ぶようになってよ。結局、趣味が合うんだよな」
「最低」と「最悪」――そりゃ、合うだろう。

「光田さんが、俺の爆破能力は気の力じゃねえかって。そんで最近、光田さんに硬気功ってのを習ったんだ。本当に最近だぜ。俺、天才だから、マスターしちゃってさ。あのとき七瀬をやってもよかったんだけどな」

何を言っている。びびってたくせに。
「よし、見せてやるか。ここでおまえを走れなくしたら、ゲームにならねえしな。塩狩、こいや」

入り口近くにいた変顔ヤンキーが、俺ですかと、自分を指差し、変な走り方で寄ってきた。
「ここに立て」
変顔ヤンキーは、間抜け面で従う。

「両腕を上げてガードしろ」
ネズミが、ぎこちなくも右足を大きく振り回し、相手の防御の上からぶつけた。
両腕が弾かれる。上体が、勢いよく後ろに倒れ、身体は、柔道場の畳みの上を三メートルほど滑った。

……はったりではない。
「いでええ」
変顔ヤンキーが身をよじって苦痛に悶える。
茫然とする。

「おまえさ、こうしている間にも時間をロスしてるんだぜ。時間は厳守。それもルールだ。別に、俺はいいぜ。せっかくだから、人間でやってみたいじゃん。こんな貴重な経験って、普通あるか? なんせ、これも『事故』になるんだぜ。ひゃはっは。最高の高校生活だな、おい」

……イカレてるとは思っていたが、これほどまでとは。
どうする? どうする?

「俺からは以上。光田さんからも伝言があるってよ」

◇ ◇ ◇

柔道場の入り口から入ってきたものは、人なんかじゃない。正真正銘の怪物だった。入り口脇の急上昇野郎が、思わず身を引く。

鉄男は上半身に何もまとっていない。筋肉が、生きて、脈動しているようにびくびく動く。暴れていると言っていい。その動きは、彼の意思とは切り離されたかのようだった。

確信する。こいつ自体がもうひとつの爆弾なのだと。

「最高の状態だ」
怪物が笑う。

「おまえらのために、早く人間ぶっ壊してえのを我慢してんだぜ」
「光田さん、はじめてみたいに言わないでくださいよ」
「ふふ」

怖い。逃げ出したい。目の端に、急上昇野郎が逃げるのが映った。ああ、いい引き際だな。出世するよ、おまえ。

鉄男が続ける。「俺は、技術室のほうにいる。あの女が寂しがってるだろうしな。今回、俺はおまけだ。爆弾とは関係ねえが、来たほうがいいかもな」
変な含みを持たせる。

「携帯だせ。ゲームだから、インチキはなしな」ネズミが、金品をせびるような仕草で手を突き出す。手のひらには、もう二度と見たくない禍々しい火傷の跡。

ポケットから携帯を取り出し、ネズミの手に置く。それを合図に、駆け出そうとした。

「待て。約束をもう一度言ってやる。あいつらが来ないと、楽しみが減るからな。爆弾はタイムリミットの時にしか使わない。リミットは絶対だ。簡単だろ。あと45分な。行け」

駆け出した直後、「あ、別におまえが戻ってくる必要はないからな。安心しろ」
ふざけるな。

不幸中の幸いと言うべきか、毎日の走り込みにより、足腰だけは鍛えられた。全力で走れば、片道15分でいける。

往復30分として、残り15分しかない。みんなに事情を話す時間も必要だし、やつらとの対決の時間もある。この15分を絶望的ととるか、わずかな光ととるか。

ぼくのせいで人が死ぬ――。
奈々ちゃんが、クズ野郎に殺される。

ぼくの初恋の女の子。ぼくの人生を照らしていてくれた子。今ならわかる。ぼくを照らしてくれていた光が、どれだけ大切なものだったのかを。

クラスメイトの暗い顔……。木原が見せる寂しい横顔……。世の中には、多くの寂しい人たちがいる。光は、当たり前に与えられるものではない。ぼくは運が良かっただけなのだ。だから、

せめて、死なせない。

あの二人は、動いてくれるだろうか。友達だから、仲間だからと、言ってくれるだろうか。

道が暗い。角の街灯路へ、光に向かって走る。次の光、また次の光へ。

一分でも早く、一秒でも早く。
心臓がうるさい。いい、構わない。

不思議坂をのぼる。息が上がるが緩めない。
自分を叱咤する。ペース配分なんて必要ないんだ。

馬鹿のひとつ覚え。何度もぼくを助けてくれたあの人たちに、頼ることしかできない。

情けない。情けなくて涙が出る。だけど強く足を踏み出す。情けなくたっていい。

きっときっと御恩は返します。だから――。

ラストスパートをかける。最後の角を曲がる。不思議門をくぐる。明かりがともっている。

戸を引き、玄関を開けたとき、まるで、見慣れたテレビのスイッチを入れたかのようだった。そこには、セイさんの優しい笑顔があった。

テレビのなか、何度も励まされた、落ち着くいつもの笑顔。
「ぜいぜい」言葉が出ない。

絞り出す。まるで泣き声のようだった。「師匠……」
「急ぐみたいじゃな」とても優しい声。ぼくは胸が詰まる。

セイさんは家の奥に向かって、甲高くてよく通る、間延びした声を出した。「二人とも行くぞー」近所の公園に、ピクニックに行くような長閑さ。

やがてセイさんの横に、七瀬さんが現われる。

道着だろうか、藍色がよく似合っている。上着は裾口が広く、丈が膝まである。腰に黒い帯、足下にはやわらかそうな白のズボンが見えた。

「雨男」ぼくの名を口にする。

そして木原が、その横に。
……おそろい。

「これ、部屋着だから」照れた顔だ。
それから「相手は鉄男か」と訊く。

ぼくはこくこくうなずく。
「じゃあ、これでいい。よく動ける」

「ななも、愛も、強いぞ」セイさんが笑う。

ぼくの仲間にしてクラスメイト。ひとりは、「ちょうどあいつ、ぶん殴りたいと思ってたんだよね。なんかムシャクシャする」ジャイアンのようなことを言い、ひとりは、「仕事ってことでいいんだよな、じじい」相変わらずへんてこなことを言う。

「いいよ。今期はA評価やる」
その師匠もへんてこで、
「チャリがひとつしかない。じじいが乗るとして走るぞ」
どうやら一緒に来てくれるらしい。

ぼくは胸がいっぱいで、「爆弾……」と言うのが、精一杯だった。
「大丈夫。じじいの勘はすごいぞ」

彼らとなら、なんでも出来る気がした。

不思議門から外へ。
湿った夜気が肌に触れ、厳しい現実が、ぼくを襲う。
残り23分――。


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焔ふぁい|FIREの精霊 クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!