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【ピリカ文庫】新生活を助けるAI家電シーンちゃん

 母は「これさえあれば筑前煮も唐揚げもカレーだってできるわよ」と言っていた。

 料理など手伝ったことのない私の初めての一人暮らし。調理家電を送ってくれるなんて気がきいていると思った。
 筑前煮や唐揚げを母が作ることはほとんどなかったように思う。それさえも作れるという家電。
 私はとても期待したのだが、アパートに届いた荷物は片手で持てる小包だった。
 電子レンジみたいなものが来るかと思っていたのに。

 もしかして母は、ネットで変な商品を買ってしまったのではないか?

 嫌な予感を抱きながら箱を開けてみると、出てきたのは茶筒らしき物体。
 それも気の抜けたパステルブルーをしていた。
 調理家電らしさのない見た目だった。

 やはり母は悪徳商品をつかまされたのだ。
 私は落胆の溜め息をつく。
 こんなのに騙されるなんて。
 母が時代遅れの人間であるように感じられた。

 一応手に取ってみると、スピーカーの穴やボタン、充電のコードの挿し口やらがあり、そして小さなカメラのレンズがくっついている。
 こう色々とついていると機能が豊富に見えて、それで騙されてしまうのかもしれない。

 私は試しに電源を入れてみた。
 母を騙した商品が一体どんな代物なのか、その正体を把握しないことには気持ちのやり場がなかったからだ。

 パステルブルーの茶筒はボタンをピカ、ピカ、と二回光らせて起動すると、
「初めましテ! ワタシはAIキッチン家電のシーンちゃんでス!」
 と明るい声で挨拶してきた。

「今、AIって言った?」
「ですでス。学習データをもとにあなたのお料理をきちんとサポートするAIキッチン家電、シーンちゃんでス!」

 スピーカーの音質は意外にも良かった。
 きちんとキッチンで親父ギャグを言ったことまでしっかり聞こえてしまった。
 ものの数秒で押し寄せてきた情報の濁流を呑み込みかねて私は言葉に窮する。
 AIのやつも沈黙していた。こちらの問いかけを待っているようだ。

 さて……。と私は一旦考える。
 電子レンジを想像していた私は、小さいからという理由でこの家電を悪徳商品だと決めつけていた。
 しかしAIはちゃんと会話ができる様子だった。
 まさか本当になんでも作れる家電なのか?

「あのさ、筑前煮って作れんの?」

 恐る恐る尋ねてみる。
 そうであってほしい気持ちと、そんなはずはないという疑念。二つの感情が混じって私は緊張していた。

「筑前煮のレシピですネ! ちくっとお待ちくださイ!」

 レシピ。
 AIはそう断定した。

 つまりこいつは音声でレシピを教えてくれる機械なのだった。
 理解が訪れ、気が抜ける。

 そりゃそうだ。よく考えればわかりそうなものだった。
 AIだのスピーカーだのがついている茶筒では中身に調理スペースなどあるはずがない。
 茶筒みたいな形のくせに蓋も見当たらないし。

 そしてシーンちゃんの声が私に追い打ちをかける。

「筑前煮のレシピが見つかりませんでしタ! 代わりに野菜をおいしく食べられるレシピをご案内しますカ?」

 私は首を横に振った。
 母は騙されていなかったのかもしれない。でもこいつはポンコツだ。

「唐揚げはあるの?」
「唐揚げのレシピが見つかりませんでしタ! 代わりに野菜をおいしく……」
「じゃあカレーは?」

 どうせカレーも無いだろう。でも別にカレーのレシピなんて無くても困らない。
 ルーを買えばパッケージに作り方が書いてあるものだ。
 料理をしたことがない私だってそのくらいは知っている。

 こいつがポンコツであるほど私は大人に近付くような気がした。
 誰にも依存せず一人暮らしをやっていく覚悟が、母のプレゼントによって養われていく予感。

 しかしシーンちゃんはまたも私の想像とは逆を行った。

「カレーのレシピが見つかりましタ! 材料の読み上げを開始いたしまス」

 なんでそれだけあるんだよ、という私の心の叫びを察するはずもなくシーンちゃんは食材を挙げていく。
 にんじん、なす、ピーマン、れんこん……。

「待った。そのレシピ私の嫌いな野菜ばっかだから却下。他の無いの?」
「お母様のカレーのレシピはこの一件のみでス」

 シーンちゃんから放たれたその言葉に私は固まった。
 確かに私の母はカレーを作る時、ここぞとばかりに私の苦手な野菜を入れていた。
 全部カレーの味になって食べられるから。
 だからって私に野菜を食べさせたい気持ちが露骨に出てて笑えるカレー。
 それが母の作るカレーだった。

「お母様って……私の?」

「ワタシはAIキッチン家電のシーンちゃんでス。一年間、お母様のキッチンからきっちんと家庭の味を学習してまいりましタ」

 AIとは、学習する機械だ。学んで成長する機械。
 そしてシーンちゃんはたぶん「購入した人が育てるAI」で、母は私に隠れて一年間AIを育てていたのだった。

「レシピ、どれくらいあるの?」
「ベースとなるレシピは六十件ございまス。アレンジを含めると全部で二百十二件になりまス」
「二百も!?」
「しかもワタシに搭載された嬉しぴレシピAIなら、お母様のデータを参考にして新しぴレシピを作成できますヨ」

 私は母への感謝の気持ちで胸がいっぱいになっていた。
 AIを介し、母は私に家庭の味を伝えようとしている。
 きっと筑前煮と唐揚げも基本のレシピさえ教えればAIが母っぽい味にアレンジしてくれるのだろう。
 そこまで考えてのプレゼントだと理解ができた。

「お母さんってすごいなあ……」
「これこそ母の愛ならぬ母のAIってわけですネ!」

 でも、できれば親父ギャグを言わないやつを買ってきてほしかったなあ。


【あとがき】

「新生活」をテーマに書いてみました!
企画にお誘いしてくださったピリカさんありがとうございます!

新生活と言えば家電。機械と言えばAI。
というわけでAIを搭載した家電の物語にしてみました。

現在私たちが出会うAIって多くが「作った人たちが育てたAI」だと思います。
でも将来、「使う人たちが育てるAI」も私たちの身近なものになるだろうと私は想像しています。
そういうちょっとだけ未来の物語でした。