古代ギリシャ人は日本に来たのか?
新年親戚の集まりに顔を出した私は、初めてお会いしたギリシャ人の親類と挨拶をした。従姉妹と結婚したギリシャ人の方で、聞けば日本とギリシャの間には並々ならぬ類似性があるという。
①言語が似ている
初めて聞いたのだが、ギリシャ語と日本語は発音の仕方が似ているらしく、日本語で話した内容がギリシャ語でも意味がありそうに聞こえる時があるという。そういえば私がイスラエルに行ったことがあるんですが、「いまから」という日本語が彼の地では「冷たい母」と聞こえるらしく、実はギリシャ語やヘブライ語のような中近東に近い言語は日本語と発音の仕方が案外似ているのかもしれない。
②遺伝的な傾向が似ている
よく足のタイプでギリシャ足というタイプがあるが、これは日本は世界の平均と比べると多いらしい。
調べてみると下記文献があり、
アイヌ民族とギリシャ系住民の間には類似性があるという。
まとめ
さて、アイヌ民族というと日本人ではない人々のような印象を受けるかもしれないが、今の関東地方にもアイヌ民族由来の地名があるとされており、その範囲は相当広いわけです。古墳時代や奈良時代では京都や奈良の周辺しか大和朝廷の直接的な支配は及ばなかったわけなので、北海道以外の土地にアイヌが住んでいてもおかしくはないというわけです。
そのアイヌ人とギリシャ人の間に類似関係があるとすると、日本の成り立ちからして相当面白い話になると思うのですが、いかがでしょうか。古代のギリシャ人は日本に来たのでしょうか?
上記、日本にもアイヌと騎馬民族スキタイとの類似を研究された人もいるらしく、なかなか面白そうですね。スキタイの居住地とギリシャは近いわけですし、それぞれ交易をしていたそうです。
高校で習う歴史は半分以上は天皇史(天智天皇とか、後醍醐天皇とか)であり、半分くらいは幕末から続くかつての皇国史観に基づいた右翼的な思想の産物ではないでしょうか。この右翼的な発想やメガネを外して事実をありのままに見ると、これまでにない発想でものを見ることができるのではないでしょうか。もちろんこれが正しいかどうかは見る人によって違ってくるのではないでしょうか。私の一族にも歴史書が伝わっておりますが(というかネットで見れますが)、天皇中心の歴史観を持つ人々からは正当な歴史としてあまり評価されていないようです。
冷静に考えてみれば、歴史書と文学書の間には類似点もあり、その文献が半ば伝説的な事柄を描いた文学書なのか、それとも本当の歴史書なのか、どうなのかというとそこまではっきりと線引きをする必要もなければ、出来もしないということがあるのではないのでしょうか。もちろん織田信長のような歴史的に有名人や天皇の歴史を調べる時は徹底的に曖昧さをなくして研究はしていると思いますが(とはいえ、天皇の古墳を発掘することができないのは学術的な態度としては謎ではあるのですが)まだまだ日本の歴史の闇は深いと言わざるを得ないと感じた元旦でした。
