見出し画像

「わたしはないよー!」

彼女はそのとき、明るく言った。
明るく言うようなタイプのひとだった。

「だって泣いちゃったりしたら、相手に迷惑かけちゃうじゃん」
とやっぱり笑っていた。

そのときなぜだか、「電話口で泣いたことがあるか」という話をしていた。

もう何年も前だけど、今でもときどき思い出す。

わたしは、泣きながら電話したことはない。
ただ、声を聞いた瞬間に泣き出してしまったことがあるだけで。

あのときの彼女に、「電話で泣いちゃうようなメメしい女」というレッテルを貼られた気がしてならない。
そんなつもりはなかったと思うので、わたしの性格が悪いだけなのはわかっている。

わたしはメメしくて、相手の迷惑も考えられない弱いやつで
彼女はいつも笑顔で、たくさん気遣って、実際にたくさんの人に愛されていた。

「君と僕とは違うのだよ」
そう、線を引かれた気がした。
「わたしはないよー!」という明るい声の中に、深い溝を感じた。

実際に溝なんてない。
ないように振る舞っている。
だから彼女は愛される。

わたしは溝を感じる。
だからいま、こうしてひとりでエッセイを書いている。

誰に届くのかも、届けたいのかも
はたまた、届けるべきなのかもわからず
海に詰めた小瓶みたいに、流している。

願わくば、わたしと同じ「溝を感じちゃう人種」のところに届けばいい。
間違っても、彼女のところには届かないで欲しい。
わたしは彼女を、嫌いでなかった。
ただ眩しくて
たぶん、好きではなかった。

ふたりきりで話をしたら違ったかもしれない。
ふたりきりで話す、ということわたしは大切にしている。
だって「溝」とか「線」って、ふたりきりのときに見えやすいから。
彼女にも何かあったのかもしれない。
もう、知りたくもないけれど。

わたしはあのとき、泣いてよかったと思っている。
というか、いいとか悪いの前に、あんなに号泣してたらどうしようもない。
相手はさぞかし困っただろうけれど、この男の前で泣いたのはたぶん初めてではない。
そしてわたしは、酔っ払ったこの男を幾度となく見捨てずにきたのだから、お互い様だろう。

失恋して泣いた。
人生で初めてフラれた。
二十代の半ばを過ぎたくらいの出来事だった。

「アイツに彼女ができないように呪って欲しい」と頼んだ。
「いや、それはできないよ」といつものまじめな声で言われて、もう笑うしかなかった。

もう二度と訪れることのない中野の部屋の、真っ暗なキッチンをいまでも思い出せる。
あの夜のお蔭で、そのあとしばらく生き長らえた。

あのあとは、川辺で猫と話していると言ったら友達に心配された。
友達には恵まれている、と思う。

彼女とも
電話をした相手とも
猫の話をした相手とも
最近はもう会わなくなった。
SNSで元気な姿を見かけて、よかったなあと思うけれど、それだけだった。

乱雑に埋めたくない孤独がある

なんていうメモを残すくらいは、強かになった。
わたしは失ったことと寂しいことを受け入れながらも、いまの生活と時折言葉を交わす友人を愛している。

足りない何かを埋めて、満たされることを望んでいない、と気づいている。
気のせいかもしれないけれど、悪くない選択だと思っている。

きっとわたしは、わたしの溝を愛している。



※now playing



いいなと思ったら応援しよう!

松永ねる スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎