溝
「わたしはないよー!」
彼女はそのとき、明るく言った。
明るく言うようなタイプのひとだった。
「だって泣いちゃったりしたら、相手に迷惑かけちゃうじゃん」
とやっぱり笑っていた。
そのときなぜだか、「電話口で泣いたことがあるか」という話をしていた。
*
もう何年も前だけど、今でもときどき思い出す。
わたしは、泣きながら電話したことはない。
ただ、声を聞いた瞬間に泣き出してしまったことがあるだけで。
*
あのときの彼女に、「電話で泣いちゃうようなメメしい女」というレッテルを貼られた気がしてならない。
そんなつもりはなかったと思うので、わたしの性格が悪いだけなのはわかっている。
わたしはメメしくて、相手の迷惑も考えられない弱いやつで
彼女はいつも笑顔で、たくさん気遣って、実際にたくさんの人に愛されていた。
「君と僕とは違うのだよ」
そう、線を引かれた気がした。
「わたしはないよー!」という明るい声の中に、深い溝を感じた。
実際に溝なんてない。
ないように振る舞っている。
だから彼女は愛される。
わたしは溝を感じる。
だからいま、こうしてひとりでエッセイを書いている。
誰に届くのかも、届けたいのかも
はたまた、届けるべきなのかもわからず
海に詰めた小瓶みたいに、流している。
願わくば、わたしと同じ「溝を感じちゃう人種」のところに届けばいい。
間違っても、彼女のところには届かないで欲しい。
わたしは彼女を、嫌いでなかった。
ただ眩しくて
たぶん、好きではなかった。
ふたりきりで話をしたら違ったかもしれない。
ふたりきりで話す、ということわたしは大切にしている。
だって「溝」とか「線」って、ふたりきりのときに見えやすいから。
彼女にも何かあったのかもしれない。
もう、知りたくもないけれど。
*
わたしはあのとき、泣いてよかったと思っている。
というか、いいとか悪いの前に、あんなに号泣してたらどうしようもない。
相手はさぞかし困っただろうけれど、この男の前で泣いたのはたぶん初めてではない。
そしてわたしは、酔っ払ったこの男を幾度となく見捨てずにきたのだから、お互い様だろう。
失恋して泣いた。
人生で初めてフラれた。
二十代の半ばを過ぎたくらいの出来事だった。
「アイツに彼女ができないように呪って欲しい」と頼んだ。
「いや、それはできないよ」といつものまじめな声で言われて、もう笑うしかなかった。
もう二度と訪れることのない中野の部屋の、真っ暗なキッチンをいまでも思い出せる。
あの夜のお蔭で、そのあとしばらく生き長らえた。
あのあとは、川辺で猫と話していると言ったら友達に心配された。
友達には恵まれている、と思う。
*
彼女とも
電話をした相手とも
猫の話をした相手とも
最近はもう会わなくなった。
SNSで元気な姿を見かけて、よかったなあと思うけれど、それだけだった。
乱雑に埋めたくない孤独がある
なんていうメモを残すくらいは、強かになった。
わたしは失ったことと寂しいことを受け入れながらも、いまの生活と時折言葉を交わす友人を愛している。
足りない何かを埋めて、満たされることを望んでいない、と気づいている。
気のせいかもしれないけれど、悪くない選択だと思っている。
きっとわたしは、わたしの溝を愛している。
※now playing
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