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【家族通信】20241222 イルミネーションとグラデーション

【家族通信】とは…
 ひとりごと、思考の整理や近況報告。
 エッセイでもコラムでも日記でもないので、生産性は低い。
「それでも外面を被って書いている」と思える部分は無料で読めるようにしています。

 表参道へ行った。
 12月の表参道へは、毎年必ず行っている。

写真をきれいに撮るの難しい

 一緒に歩いていた友達が、「むかしはイベントごとがあまり好きではなかった」と言っていて、右に同じ。と頷いた。
 ただ、イルミネーションに関しては明確に分岐点があって、ライブハウスの照明の仕事を好きになったことだと思う。光るものが好き、と気づいた。イルミネーションは最高だ。

 今週は、「大学生のわたしへの手紙」ってやつを書いてみたんだけど、
「好きなものは好きなままだけど、嫌いだと思っていたものの中に好きなものがあった」というのは、自分で書きながら、なるほどな〜なんて思ったりして


 大学生くらいのわたしは、何にでも噛み付いていた。好きじゃなきゃ嫌いだった。

 今は、「好き」と「嫌い」以外にも「どうでもいい」がたくさんある。
 そして嫌いなものはもっと、濃く意志を持って憎んでいるような気がする。
 むかしは食わず嫌いだったようなものを、実際に食べてみてやっぱり不味いとか。それは、「嫌い」っていうよりも、「許せない」に近い。

 じゃあ何が、と言われるとパッと出てこないし、嫌いなものを大声で話すのはあんまり美しくないし、自分のことを棚に上げて……みたいなこともあるので、言いづらいので、これは有料部分でお話しようと思う。

 たぶん、好き嫌いのグラデーションが変わったんだと思う。世界の、白黒はっきりしない、グレイの部分も美しいと思えるようになった。そんな自分も許せるようになった。

 恥ずかしい話なのだけれど、バンドマンをやっている時代に、人間の「音楽」と「人間性」を切り離して考えることが、うまくできなかった。仲の良い友だちの音楽は全部肯定していた(しなければいけないと思っていた)し、嫌いなやつの音楽は評価できなかった……まあ、これは今も同じかもしれないけど。

 グラデーションを変えたというと、「話すこと」についてはここ十年ほど研究して、今はだいぶ楽になった。
 特に家族に対して、「彼のことを何でも知って、理解しなくては」「彼に何でも話して、知っておいてもらわなければ」という気持ちが強すぎて、傷ついたし、傷つけた。
 今では、彼のいちばんの理解者であることは諦めている。
 それと同じように、「誰に何を話すか」というのを選べるようになった。どれだけ親しい間柄でも。

 今日会った友達は、わたしの中で稀有な存在で、物書き仲間とでも言うべき存在だったので、今後の制作や試みについて話せて楽しかった。

 総じて、完璧を求めなくなった。ということのような気もしている。
 まあこのへんで、こんな感じで、だいじょうぶ。

「生きるのがへたくそ」と言ったら、友達は笑った。
 へたくそのままで、いいと思っている。



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1,779字

誰にも言えなかったこと、家族には話していいのではなかろうか。健康、家庭、お金、劣等感。人知れず消えて…

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