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書き出すは、掻き出す。

これ、川口真目センセイが言ってたんです。
名言が過ぎる。

書き出すは、掻き出す。

言葉に限らず、生み出された諸々って、「湧き出た」ように錯覚することが多い。
実際に湧き出ていることもあるけれど、多くは掻き出している。
絞り出した最後の一滴、
血肉を切り裂いて生まれてきた、とまで言うと言い過ぎなこともあるかもしれないけれど。

声を大きくして言いたい。
いつでも、湧き出てくると思うなよ。

今日は、友達とたくさん話した。

共通の趣味が多いので、みんなで遊んだり遊びに行ったり、アニメや映画を見たりゲームをしたり、やりたいこともたくさんあるのだけれど
ふたりでいると、いろいろな話をする。

付き合いが長いので、思い込みのタブーみたいなのがあったんだけど(20代のトゲトゲしていた頃のの名残だな)、今日は思い切って家族の話を聞いてみた。
そこに、知らないルーツがあって
「話せてよかった」と君は言って
「聞けてよかった」とわたしは言った。

今更、時効だけどさ。という切り口で話したのはわたしで
いやあ、当時は気にしていたし後ろめたかったけれど、もう昔の話だから、実はねって言った。
そうしたらまさかの、「ウチとまったく同じだ…」と返ってきて驚いた。
大学4年のあのとき、我々は同じ家庭の事情を抱えて悩み、そのことを誰にも打ち明けられなかったのだ。

実はこんなことがね、と話が止まらなかった。
誰にも言えなかったんだけどね、なぜだか君に話せる。
聞くのと話すのと、なぜだかバランスよくできる相手や時間というのは、本当に稀有なものだと思う。

そして、わたしたちは掻き出していた。
感情を、過去を、「こんなふうに思ってはいけない」という勝手な戒めを
ひとつずつ引きずり出して、触れて、形や色を確認した。

わたしたちは、自分に厳しく、他人には優しかった。
こういうと、我々はスゴイ良いヤツみたいだけど、決してそうではなくて
「自分は融通がきかないんだよ」と片方が言うと
「責任感が強いんだよ」と片方が言う。

「自分はまだまだだよ」と片方が言うと
「そんなことはない」と片方が断言する。

わたしたちは優しさ(もしかしたら甘さかもしれないけれど、それでも構わない)を投げ合って、大切に抱えて
わたしたちの天秤に乗せて、同じ重さになればいいのかもしれない。
どうか、自分のほうだけを軽くしないで欲しい。
わたしも、そうしたい。

いろいろおしゃべりして、心を穏やかにして、
「また一緒にいよう」なんて、いやはや良いおとなが恥ずかしいのだけれど、わたしたちは一緒にいると本当にいろいろな話をする。
だから用がなくても、同じ空間にこれからも座っていたい。

それが、その言葉や時間をどう例えようかと思ったけれど、
「掻き出す」なんだかぴったりなような気がした。

わたしたちはふたりで暴いて、掻き出して
わたしは書くことが好きなので、それを書き出す。

今までとこれからの言葉の端々が
誰かの希望になればいい。
夢は大きく、本当にそう思っている。

いやはや、人生は険しいが優しくもあるのだ。

だからわたしは今日も、掻き出して、書き出している。




※わたしが書いた、川口先生のはなし






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