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【家族通信】20240103 できるときに、できること

【家族通信】とは…
基本的に、メンバーシップ限定で書くようなひとりごと、思考の整理。
エッセイでもコラムでも日記でもないので、生産性は低い。
「それでも外面を被って書いている」と思える部分は無料で読めるようにしています。

スターバックスに腰掛けて45分
「絶対に返す」と決めたLINEを送って
コーヒーを飲んで
タイムラインを眺めて
手帳を開いて
またコーヒーを飲んで

頭痛かもしれない
と思っていたけれど
どうやら気のせいじゃないみたい

今年は、お気に入りのタンブラーと一緒に
いろんなところに行きたいです。
遠くじゃなくても
隣町のスタバでも


「あたま痛い」って、SNSでつぶやくのは憚れる。個人的に。
でも、実際問題アタマは痛い。
差はあっても、「一緒に一度もアタマが痛くならない人」っていうのは、たぶんいない。

「できるときにできることをやる」っていうのが、人生のポイントのような気がしている。
特に、当社比で「アタマの痛い時間が長いひと」ほど、その必要がでてくる。

でも、「アタマが痛いのに頑張る」とか、「隙間時間に頑張る」とかいうのは、あんまり好きじゃない
というか、わたしの“役目ではない”と思っている。

「隙間時間に頑張れば人生は変わる」とか
「隙間時間で頑張ることでしか人生は変わらない」という人たちは、本当におっしゃる通りで
もうね、絶対にそうだと思う。
わたしだって、そうやってきたと言える部分もある。
微々を繰り返すことでしか変わってゆかないのよ。
目が覚めたらスーパーマンになったりしないのよ。

だから「頑張りましょう」って旗を振ってくれる人の存在は有り難くて、眩しくて
「眩しすぎてアタシには無理だ」と思いながらも、
「変わらずに生きてゆくことも無理だ」と、何度も何度も転んで、もはや致し方なく眩しさに身を焼かれることにしたんだけど(放っておいても灰になるだけだから)

わたしは最後まで、頑張れない人を肯定する立場でいたい。
ハイパー無責任に「だいじょうぶだよ」って言いたい。
成功体験の押し売りにならない、直前くらいなところで

六等星の光でいたい。
ほとんど見えないやつ。
元から見えなくて
おまけに、隣の星の光に焼かれて、どんどん暗くなっちゃうの。
それでいいの。

もちろん、「変わりたい」とか「上手くなりたい」と思うのであれば努力でしかないのだけれど
その時間の隙間の中でも「ダメだ動けない」ってときに
「アーあたしダメだな」っていう思うときと同じくらいに
「仕方ない!休もう!」って
それくらい開き直れなくても
「あーーーのんびりしちまったなァ……」って、ちょっと落ち込んだとしても
そのうえ、「よし、明日から頑張ろう」って思えなくても

いいよ、だいじょうぶだよ!!
っていう、無責任な人になりたい。

そのときに「でもさ、やらなきゃいけないこと進んでなくてさ」って君がいうなら
「じゃあいま、やらなきゃいけないことだけ箇条書きしてっか〜」って言いながら、まとめたりして
帰る頃には「整理してみたら大したことなかったわ!」とか、「洗濯なら今からできそうだからやるわ」とか
ケロッと笑ったりしてくれたら嬉しい。
そんなふうに君を励まして、わたしも元気になりたい。




できるときに、できることをやる。

今日、わたしはスターバックスで「ここ3日間で片付けると決めた必須タスク」のどれにも手をつけられないかもしれない。
それはわたしが弱くて、「手をつけないだけ」かもしれない。
どちらにせよ「やらなきゃいけないこと」は、いとつも減らない。
時間ばっかり過ぎてゆく。
自分の不甲斐なさに泣ける。

泣いてもいい。
もうどうしようもない。

それでもいい。
不貞寝してもい。
でも、もしほんのわずかでも「動ける」そのときには

泣きながらいこう。
必須タスクが無理でも、「いつ頑張っても褒められるタスク」に触ってみれるのならば
家にいるなら、掃除とか洗濯とか
手紙を書くとか、手帳を開くとか、ピアノを弾くとか、必須じゃない何かを書くとか

今日は、家族通信を書くことにした。
少しぼおっとしたり、あるいは一生懸命突っ走ったりすると、家族通信を置き去りにしてしまって
「ああ、また書けてない」って、焦っちゃうから。

いま、できること。
家族通信を書くこと。
前に進めなくても、ジタバタすること。



っていうのは、スターバックスだからできることだと思う。
愛しのサードプレイス
誰かのタイピングの音と、美味しいコーヒーに励まされる。
タンブラーのコーヒーを飲み終えるまで粘って、ワンモアコーヒーをおかわりして帰りたい。ただそれだけのために、ここにいる。

背中は丸く、短い足を組んで、呼吸は浅い。
ときおり、思い出したように背中を伸ばし、深く息をする。

集中しているときはダメだと思うから、書いていないときに、思い出せたら意識してみてね

そう言ってもらったことを、思い出す。
「生きるのに必死で、深呼吸も姿勢も何も意識できなかったよ」
そう言ったときも、「しんどいときはしゃーない」と言って、笑ってくれたひと。
わたしも、そんなふうに生きてゆきたい。
「できないこと」を責めるより
ときにはきちんと「仕方がない」と割り切って
「痛いときはしゃーない」って受け止めて
いつか笑えたときに、深呼吸する。
そのことを、たくさん褒められる人にいたい。

このあと、家に帰ったら痛みに耐えられず眠ると思う。
眠っても元気にならないかもしれないけれど
眠り続ければ、人は元気になるような気がしている。


2024年
ズタボロの旗を、もはや振りかざすこともできず、地べたに引いて眠っていると思う。
ランドセルを枕に寝転んだ、あのころみたいに。

そういう人が立ち寄れる、木の枝みたいになりたいと思ってる。


thanks to you


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誰にも言えなかったこと、家族には話していいのではなかろうか。健康、家庭、お金、劣等感。人知れず消えて…

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