100万円のハズレくじ【メンバーシップはじめます】
金は返さなくていいよ。
書くことは励んでください。
この言葉を、ひとつ指針に書くことにする。
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タイトルの「100万円のハズレくじ」というのは、言葉通りの意味になる。
いいや、あまり言い過ぎると母に、家族に、友達に、叱られてしまうかもしれないけれど、ここはひとつ言わせて欲しい。
事実を、”読み物”にして昇華する手段だと思ってもらえたら嬉しい。
或いは、100万円以上の”ハズレくじ”の同志がいるならば、傷つけないために。
今からする話は、できれば永遠にフタをしておきたいような恥ずかしい話で、誰でも見られるようなところではあまり書きたくない。
少し動きやすい世の中になって、人に会うたび「実は読んでるよ」と言われると、嬉しいより前に真顔になってしまう。え、まじで?
厄介なのが、あなたが読んだ内容を、わたしは覚えていないかもしれない。というところにもある。わたしは毎日書くという能力を持っている代わりに、書いたものを忘れるという能力も備えている。
そして、あなたが「読んだよ」というのが、どのエッセイかにもよる。
ああ、ヤバイヤツかもしれないーーー
と思えば、真顔になってしまうことも赦して欲しい。
いやでもまじで、ありがとうございます。
というニュアンスで言うならば今日は、マジでヤバイというか、友達にも話せなかったことを書く。
昨日ようやく、親友に話を聞いてもらえて、わたしは、生きることと書くことを決めた。書くことと生きることかもしれない。
◆
母に、お金を送ってもらった。
病気になってから、何回目だろう。
流行り病にかかってから、”コロナ後遺症”と診察されて、もうすぐ2年。
一時休職もしたけれど、いまでもフルタイムで働くことができない。
1番調子が良かった月(今年の1月)は、欠勤なしで140時間くらい働けたのだけれど、それは一度きりの奇跡だった。
いや〜〜〜あれから元気になる予定だったんだけどな。
わたしの具合は、行ったり来たりを繰り返している。
そしていま、自分の生活費を、自分で捻出できていない。
体調も、お金も”だましだまし”だった。
あんまり考えると気が滅入るし、考えずにいて家賃が払えないと困るし。
もちろん、逆もできない。
いや、できないのになんだかまた買い物をしていて
だからそれ、オカーサンから送ってもらったお金じゃん…
「アンタは余計なものを買わないから大丈夫だよ」って、オカーサン。アタシのこと信じ過ぎだよ。
わたし、病気になってからいくつ指輪買ったと思ってンのよ
でもあなたは、「生活に必要なもの」と「生きるのに必要なもの」が別だということを、理解してくれている。
まあそんな、ガケっぷちというか、アウトな暮らしをしていると、いずれダメになる。
先月もロクに働けなくて、
信じられないことに、今月のほうが更に働けなくて、
言いづらいが言わなければいけないと思って、オカーサンに連絡した。
恥ずかしい、悔しい、情けない、
「お金を貸してください」じゃない、「お金を送ってください」と言った。
だって、返せる見込みがない。
今月より来月のほうがたくさん稼げるなんて、そんな保証はどこにもなかった。
そして、冒頭に戻る。
母と、わたしのLINEだ。
とりあえず20万円入れておいた。
少しずつ着実に生き延びよう。あなたも私も
ありがとうございます(´;ω;`)
せっかくだから、年金暮らしの母親からお小遣いをもらって生き延びるエッセイでも書くよ
若い人たちに希望を持ってもらうのが、年長者としての務め
これは、私が思うには愛情というよりは、DNAのなせる技
金は返せないかもしれないけれど、生きることと書くことはできそう。
金は返さなくていいよ。
書くことは励んでください。
◆
母親から、10万(あるいは20万)のお小遣いと呼べない金額をもらったのは、もう何回目だろうか。
世の中には10万円がお小遣いという世界線もあるかもしれないけれど、わたしは「お小遣い」などと軽々しく呼べないし、母も「お小遣い」などという名目では、軽々しく出せない金額だということはわかっている。
そう、おそらく100万円。
母親から、2年間かけて、100万円送ってもらった。
大学を卒業する春、最後の仕送りをしてもらったはずだったのに。
あのときも、なかなか大変だったはずなのに、母はいま、大変だと言いながら、わたしに100万円を送った。
返せるアテもないし、病気が治る保証もないのに、ただ、わたしの今と未来のために。
これは、100万円のハズレくじの末路だ。
30代半ばにして、年金ぐらしの母親から100万円をもらってまで、東京で生き延びようとしたハズレくじみたいな女の物語だ。
わたしなんかより、誰かの援助が必要な人を、わたしは決して「ハズレくじ」なんて呼ばないよ。
そんなふうに思わないよ。
生きていてエライよ。
だけどもう、自分のことは「ハズレくじ」なんて言って、書くしかないじゃないか。
書いているうちに働けよ、それで解決だよ、って思われるかもしれないけれど、それで解決できなかったから、ハズレくじなんだよ。ごめんな。
◆
100万円のハズレくじ女
noteの【メンバーシップ】始めます。
月額500円、会員様向けのエッセイを2本読めます。
この流れでいうと、「お金を稼ぐこと」が目的のようだけど、そうではなくて。
病気になってから、わたしはずっと苦しかった。
先が見えないこと、そしてお金を稼げないこと。
苦しくて、悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、生きる意味を何度も考えた。
その中で、希望を紡いできた。
できるだけ自分と、誰かを傷つけない言葉で、「大丈夫だ」というエッセイを書いてきたつもりだ。
仕事に行けなくても映画を見に行っていい
貧乏でもコーヒーは飲む
味と臭いがわからくても、花はわたしを裏切らない
だから、大丈夫だって、ずっと言ってきたけれど。
「だいじょばない」って言うのを忘れていた。
それは家族にも、友達にも、いちばんしんどいところは隠して、笑って、浮上した瞬間に、「大丈夫だ」と伝えてきた。
これはわたしの人生である。
わたしに金銭的な援助をしてくれる可能性がある人物は、母・兄・同居人の3人であるということは理解している。
でも、この3人だって裕福ではないし、家族だけど別の個体なんだ。
これは、わたしの人生なんだ。
わたしが、わたしがなんとなしなくちゃ。
たぶん、ずっとそう思っていた。
いまでも、そうだと思う。
でもそれは、「ひとりで抱える」っていうのとは違う。
わたしはもっと、話すべきだった。
だいじょばないときに、「大丈夫じゃない」って言ってもよかった。
言うことで救われるかどうかはわからない、うそだ本当はわかっている救われる。
魂が救われて、生きようとした先に、働くことができる健全な身体があるんだと思う。
だいじょばないことを書くための、メンバーシップ。
希望の残骸、薄明かりの中、照らし続けてきたわたしの紡ぐ、地獄でしか救えない地獄の物語。
その名を、「家族通信」としました。
「だいじょばないこと」を書こうと思ったときに、母・兄・同居人のグループLINEにエッセイを投下しようと思ったんだけど、
せっかくだから、「メンバーシップ」に挑戦してみます。
このアタシが、誰かからお金をもらって、それも”好き勝手”に書くだなんて
いやはや、一億年早いと思うのだけれど。
家族に宛てて、手紙を書きます。
情けなくて、恥ずかしいような話です。
何年か経ったら表に出すかもしれませんが、いまのところはリアタイすぎるので、ひっそりと書きます。
本当に恥ずかしいことを書くので、無料・お試し期間などは設けませんが、好きなだけいて、違うなと思ったら去ってください。
本来、ずっといるような場所でもないような気もする。
書けなかったわたしのこと
お金のこと、仕事のこと、生き方のこと、家族のこと
わたしのために書くことが、誰かの救いになるかもしれないなんて、夢見がちが過ぎますか?
わたしも、そう思います。
でも、宝くじも買わなきゃ絶対に当たらない。って、これ母が言ってたんですけど
そういう気持ちで、有料ではありますが、言葉たちを世界に放ちます。
苦しい中、わたしの痛みを否定しないでくれた家族と友達、会社のみんなに感謝を
(これだけお金の話をしたけれど、会社は本当に理解があって、当欠も早退もリモートも、ぜんぶ赦してくれてありがとうございました。この会社じゃなかったら、仕事やめなきゃいけなかったです)
そして、インターネットの広い海の中、ここまで来てくれたあなたへ
表では、これからも変わらずへらへらと書き続けるので、よかったらまた遊びに来てね。
わたしを好いてくれる人には、やさしい人が多いです。
わたしの自慢です。ありがとう。
やさしいあなたに、今日もやさしい夜が訪れることを願ってやまないです。
こんなわたしだけど、役に立てることがあったら言ってね。
今日は、なんだかナーバスな話でごめんよ。
でも、書けてよかった。書かせてくれてありがとう。
それじゃあまた、明日の夜に。
いつものわたしで会いましょう。
2023年8月3日 ねる
”希望の末端”として
このエッセイにも、応援の言葉やたくさんのハート、ありがとう。
救われました。
わたしはずっと、書くことと友達に、救われてばっかりだね。
ありがとう、ありがとう。
次も書くね。
下記、家族へのご挨拶。
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