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明滅の先

あのときはどうかしていた、と思う。
でも、振り返ってみれば
「あのときはどうかしていた」というのを繰り返すことそれが
人生そのものかもしれない。と思う。

それはそれとして、やはりどうかしていたと思う。
患っている病のせいで、1週間ほど38度の熱を出し続けていた。
いま思い出しても、ふつうではない経験だったと思う。

遊びに行けたのは奇跡だった。
その高熱はいつ襲いかかってくるのか、検討がつかなかったから。

それでも12月の終わり、わたしは池袋にいた。
プラネタリウムを見て、ポケモンセンターに行った。
ポケモンセンターで、なにかどうしても欲しいものがあったと思うのだけれど、もう思い出せない。
もしかしたらいつもの「池袋に来たし、とりあえず寄っとく?」みたいなノリだったのかもしれない。

覚えているのは、ジラーチのことだった。
あの夜わたしは、ジラーチのマスコットキーホルダーを買ってもらった。

ぬいぐるみはもう部屋にたくさんある。
「買ってあげるよ」と言われたけど、そうすべきかもわからなかった。
カバンに付けたら落としちゃうかもしれない。
きっと落とす。そしてそれはとても悲しい。

でも、ジラーチが気になっていた。
星を抱えたジラーチ。

そうして、最後には買ってもらった。
それは星と七夕を模したポケモンで、「ねがいごとポケモン」と分類されている。

わたしはあの夜、ジラーチに願ったんだ。
どうか、身体が元気に動くようになりますように。
もとに戻る、という言葉が適切かもわからない。
病が消え去っても、あのころよりひとつ年齢を重ねてしまったわけだし
元々がどれくらい健康で、動ける身体だったか。
それが年齢に見合って適切だったのか。
もうなにもわからない。
でも、すがるように
ジラーチに、願っていた。

冬と春を越えて、梅雨が訪れた夜
わたしは、カバンにつけたジラーチをぎゅっと握っていた。
まだ落としたりせず、ずっとカバンにくっついている。
「かわいいね」なんて言ってもらえてよかったね。

あれから、身体はもう一度ぐんと悪くなった。
また1週間ほど仕事に行けない日々を過ごして、いまに至っている。
今日はようやく、久し振りに友達に会ってきたところ。

ジラーチ、これからも頼むよ。
身体、よくなるといいね。



身体がよくなったらどうしよう、と時々思う。

これは今までの経験則で、「元気になったらアレコレしよう」と考えないようにしている。
いままで何度も前向きな妄想をして、結局元気にはなれなくて、「やっぱりむりじゃねぇか」と紫煙と一緒に吐き出してきた。
そんな思いはもうしたくない。
「○○になったらアレコレしよう」ってときには、自分の手で実現可能な目標を入れておくのがいいと思う。

身体が元気だったら、何を願っただろう。

今日は、そんなことを考えている。

そして、答えがないことに気づいた。

「気づいたんだ なぜ迷うか 地図がないからじゃない オレに無いのは目的地なんだ」

羽海野チカ「ハチミツとクローバー」

いまでも、竹本くんの言葉にぐっとくる。
十余年経っても、きっちりと首を絞めてくる。
今宵はまた、今までにない強い力で握られたと思う。
たぶん、手を。もしくは、腕を

そしてそれは”どこか”を経て
目的地の存在を、明滅させていたような気がしている。

いまはもう少し眠ろう、と思う。
焦ったり調子に乗ったりを繰り返して、身体を悪くさせたことにもう気づいている。
霧はもうだいぶ薄くなったのに、晴れない。
晴れなければ走れない身体なのだ。
だからいまは、眠る。

でもあまり遠くならない未来で
わたしは、ジラーチに次の願いごとをしようと思っている。

それは願いごとではなくて、他愛のないおしゃべりの果てにあるのかもしれない。
掲げたあとにも、少しずつ濃さを変えてゆくものかもしれない。
言葉にすると安っぽく、曖昧なものになるかもしれない。

それでもわたしは
目的地に、印をつけたい思っている。






※now playing





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