見出し画像

川辺の聖剣

憧れているなら、やってみよう。

わたしは思い立って「小さいわりに荷物がたくさん入るカバン」を手に取った。
タンブラーに詰めたあたたかいお茶、ハンカチ、文庫本、リップクリーム、イヤフォン、煙草とライター、チョコレート菓子
落下させるように、放り込んでゆく。
最後に、スマートフォンをカバンの外側のポケットへ。

誰に会うわけでもないけれど、
わたしのために、いちごのピアスをして(友達が作ってくれたお気に入り。春の匂いがする)
いつもの指輪と腕時計。

冬物の分厚いカーディガンを選んだ代わりに、上着はそれだけ。
ストールも、冬物のお気に入りを持って、これで準備万端だ。

画像1

わたしが憧れていたのは「晴れた日の午後、外で本を読むこと」だった。
ときどき、そういう人を見かける。
いいなあ、と思う。
そういう人を見掛けると、熱い視線を送ってしまう。

そう、それくらいやっったらいいの。わたしにだって、できる。
この街の、そういうところが好きだった。
みんなが好きなように、この街に暮らし、景色のひとつとなってゆく。
乱雑で、自由な街だった。

画像2

少し歩いて、わたしは腰掛ける。
やっぱり、お腹が空いている。
とりあえずお茶を飲んで、さっき買ったパンをかじる。
そしてまたお茶を飲んで、文庫本を開く。

外で飲む、あたたかくてあまくないお茶って、なんでこんなに特別なんだろう。
ペットボトルの甘い紅茶も、特別だと思っているけれど。

昨日買った江國さんのエッセイを読み進める。
短い話がいくつか載っている、午後にはこういうのが似合う。

本を読み進め、パンをかじり、お茶を飲むのを、何度も繰り返した。
近くで、サックスを練習している音がして、心地いい。姿は見えないけど、音は聞こえる。
川では、何人かが釣りをしていた。

しばらくして、「おやつにしよう」とチョコレートに手を伸ばす。
なぜだか「おやつにするなら、もう少し歩こう」と思えたので、散らかしたタンブラーを文庫本をカバンに詰め込んで立ち上がった。

画像3

しばらく歩いて、「このへんにしよう」ともう一度腰掛ける。
今日のおやつは、北海道の友達が贈ってくれた「美冬」だ。
北海道銘菓「白い恋人」を作っている会社のお菓子だと、手紙に添えられていた。
「白い恋人もいいけれど、わたしはこっちが好き」と言って、バレンタインデーに贈ってくれた最後に一本をかじる。
かじって、またお茶を飲む。
大切に、少しずつかじってゆく。
わたしはきっとこれから、「美冬」を見るたびに、彼女のことを思い出すだろう。
それは、すてきな魔法のようだった。

近くでは、スケートボードの練習をしている男の子がいた。
本を見ながらしばらく眺めていたけれど、小さな虫がたくさん飛んできたので、逃げるようにこの場所を後にした。

画像4

もう少し歩いて、わたしはまた腰掛けた。
少しずつ、太陽が沈んでゆくのが見える。

わたしはまたお茶を飲んで、文庫本を開く。
少し読んで、遠くを見つめる。
これを、何度も繰り返す。
やっぱり気づくと、お茶を飲む。

この場所の近くでは、ギターの練習をしている男の子がいた。
正確に言えば、その少年はギターを持っていなかった。
でも、耳にイヤフォンをして、曲に合わせるように空を切るその手の動きは、どう考えたってギターだった。
だから、ギターの練習をしていたのだと思う。

むかし、一緒に音楽活動をしていた相方が「脳内ライブをよくしている」と言ってた。
ナニ言ってんだ?と当時は思っていたけれど、わたしは相方のそういうところが好きだったんだと思う。
うたが好きで、ライブが好きで、人が好きで、おばあちゃんみたいなやさしさで包んでくれる人だった。
少年のギターもきっと、脳内ライブみたいなものなのだろう。

わたしは、少年を好ましく思う。
君はきっと、うまくなるよ。

画像5

買ったばかりの本を読む、というのは幸福であり、読み進めるたびに、少しだけ寂しさが伴う。
「最初に読んだ感動」というのはやはり一度きりで、それが終わってしまうのが寂しい。
もちろん、二度目三度目と繰り返してゆく中で溢れ出る思いもあることを知っているけれど、やっぱり寂しい。

わたしは文庫本を半分読み進めたところで、大切にカバンにしまいこんだ。
夜がじんわりと、確かに近づいてくる。
暗闇はきっと、寂しさを際立たせるだろう。
そう気づいたわたしは、暗闇に飲まれる前に立ち上がった。

画像6

川を背にすると、急に日常が帰ってきた気がする。
冒険の終わり。良い旅立った。またね。

いよいよ終焉のとき、と覚悟したその瞬間、わたしは目を見張った。
そうしてなんだか、嬉しくなった。

長い釣り竿をまっすぐ、空に伸ばすように握りしめているその人を見つめる。

それはなんだか、物語の主人公が掲げる聖剣のようだった。
両手でしっかりと、まっすぐ握る姿が、妙に仰々しくて好ましかった。
この人にとっては、釣り竿が聖剣なのかもしれない。

そういう生き方もすてきだな、と思い
わたしはやっぱり、この街の乱雑さと自由さを愛している、と思った。




【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
https://twitter.com/hiro_57p
https://www.instagram.com/hiro.pic09/

写真は過去、アマノさんから提供してもらったもの。
挿絵みたいにたのしんでもらえたら嬉しいです。







いいなと思ったら応援しよう!

松永ねる スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎

この記事が参加している募集