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温かなパンを召し上がれ

 寒くて、淋しい12月だった。

 淋しい、というのは少し違うけれど、心が落下してゆくような感覚の中にいて、それはきっと「情けない」というほうがしっくりくる。
 休職中だから休むことが仕事とは言うけれど、何もできないことより、何もしないことは苦しかった。体調は回復しているというか、浮き沈みがあるだけで、いやはやそんなことよりも、わたしの”気合い”が足りないだけなんじゃないかって、何度も思った。

 自分を励ますために、散歩をする。
 家にいると眠ってしまうし、昼間に外に出ると、何かを成し遂げたような気がして、安心する。
 行く先はいくつかあるのだけれど、スターバックスに向かった。コーヒーを飲もう。何もできなくても、歩いて、コーヒーを飲もう。いつもそんなちっぽけな勇気で、歩き出す。

 散歩は昼食のあと、食後の昼寝を回避するためだから、コーヒーを飲んで、のんびりして帰ってくることが多いのだけれど、その日はどうしてもお腹が空いてしまった。
 時間は夕方に差し掛かって、家に帰れば晩ごはんがあるし、それを差し置いてフィローネやマフィンを食べたいという気分でもなく、ケーキを食べるような神聖な気持ちにもなれなかった。
 するすると、モバイルオーダーのメニューを眺めてゆく。そうして出会ったのがデニッシュだった。ブルーベリー&クリームチーズデニッシュ。

 真っ白なお皿に乗って現れたパンは、温かく、ナイフとフォークが添えられていた。
 温かなパンを食べるのは、一体いつ振りだろう。
 ナイフとフォークを持って、背筋が伸びる。
 そして、「これだ」と頷いた。それから、少し泣いた。

 それは、自分が少しだけ特別になれた瞬間だった。
 日々のいくつもの選択肢が「どちらでもいい」「仕方がなく」流れてゆく中で、いまこのお皿だけは、丁寧にわたしに向き合っている。そう思わせてくれた。これはわたしのための、確かに贅沢で甘やかな一皿だと。

 パンが温められて、ナイフとフォークが添えられただけで、いったい何を言っているんだ。と言われてしまえば、何の反論もできない。
 何かに例えるならば、コンビニで買ったケーキをお皿にきちんと移すだとか、ペットボトルのコーラを、氷の入ったグラスに注ぐとか、そういうことかもしれない。
 けれども、「そういうこと」だろうと思う。
 パン、コンビニのケーキ、コーラ、それぞれひとつずつがとてつもなく贅沢で高価なものではないかもしれないけれど、ひとつずつを丁寧に味わう。
 わたしのための幸福な時間。それを与えてもらったことは、じんわり流れる涙に値する。

 ああ、これだ。
 わたしはこれを、あなたに届けたい。


 ライブで提供する、カフェのメニューを悩んでいた。
 neru cafeという、自分の名の冠するカフェで、いったいわたしは何を届ければいいんだろう。
 あれこれ考えているうちに、決めなければいけないのは品数やコーヒー豆の種類ではなく、コンセプトだと気がついた。
 わたしはこの、温かなパンのような特別で、丁寧で、幸福な一杯をあなたに届けたい。
 あなたが、あなた自身に優しくなれる瞬間の、一端を担えたら。
 そんな思いで、豆を挽いたりお湯を落としたりすることが、できたならば。


けっきょく、パンはボロボロになって、手でちぎって食べたとしても
わたしは、嬉しかったよ。
またさびしくなったとき、きっとパンを食べるくらいには


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