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音 / ともしび

その日、わたしは君を思い出していた。

わたしはひとり、バスに乗っていた。
目的地は終点だから、別に何も焦ることはない。
乗換案内でおおよその到着時間も調べた。不安になることもない。

でも、知らない道をくぐり抜けてゆく。
いくつもの坂を抜けて、誰かの家のとなりをすり抜けて

電車は坂を走らないし、道や家とも一定の距離感があるけれど
バスは、迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
誰かの暮らしに、わたしの知らないところに、わたしはいる。

座れて安心していたところに、次の乗客がやってくる。
わたしの真後ろ、ふたり組。
おしゃべり声が聞こえてきて、わたしは耳をふさぐ。

ときどき、耳をふさぎたくなる。
誰かのおしゃべりが妙にはっきり聞こえて、その声に蝕まれるようなきぶんになる。
電車でもバスでも、しゃべるのは悪いことじゃないし、そんなに大声なわけじゃないから、わたしが気にしているだけ。
そっと、AirPodsを取り出す。最近はあまり使っていなかったけれど、持ってきてよかった。

数ヶ月前、思い切ってSpotifyの有料会員になってから、暮らしと音楽の距離がぐんと近くなって嬉しい。
友達が勧めてくれた音楽も、すぐに聞ける。
いままでは「いつか聞くね」だったのに。

今日は、勧めてもらった別野加奈さんを聞くことにした。

「行きつけのCD屋ですごいアーティストを教えてもらった!という切り口がもう君らしくて、まるで隣でしゃべってくれてるみたいだった。

お風呂屋で水風呂に入ったことあるかな?

あれね、最初は冷たくて身体が萎縮するほど凍えるんだけど、なぜかだんだん身体の内側が温かくなってくる感覚があるんだわ!

その温かくなってきたときの感じがこの曲から彷彿とさせるんだわ!

その日はちょうど冬の雨で、じんわりと冷え込んでいた。
もちろんわたしは覚悟を持って勇敢にひとり旅を決め込んだのだけれど
やっぱりどこか、寂しさと不安を消し去ることはできなかった。

繊細な、漂うような細やかなピアノを聞いて、少し泣いた。
ピアノの、痛いところをたっぷりと削り、まろやかに響き渡るやさしい音色だった。

その日の行き先はよみうりランドだったのに、ジブリのポストカードが売っていて思わず買ってしまった。
ポストカードって、どうしても財布の紐が緩んじゃう。
君もジブリが好きだったような気がしたけれど、気のせいかもしれない。

それでも、君を思って手に取った。

次に、手紙を書く相手は君に決めたよ。

最後に会ってからずいぶんときが流れても
頻繁に連絡を取らなくても
ときどき思い出したときに連絡したり、しなかったり
それでも、暮らしの中に君がいて

君が教えてくれた曲を聞いて、君を思い出して
君もきっと「まつながが好きそうだな」なんて、思い出してくれることがあるのでしょう。
わたしたちはそれを、もう何年も繰り返している。

友達の定義も、肩書もなんだっていいけれど
君が僕のことを今日も親友と呼んでくれることが、心の隅に、確かな明かりを灯してくれている。
そこには、僕たちの音が在るのだ。と思う。





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