わたしは、花本はぐみにはなれない。
「君も、ものをつくる人間ならわかると思うけれど」
さっきまでは「もう眠ろうと思う」と言っていた。
それをひっくり返して「気が向いたから書く」とわたしは言った。
「夜にしか書けないものと、朝にしか書けないものがある」
それは、どちらが優れているとか、そういう話ではない。
ただの、事実だった。
「そうだね」と、君は頷いた。
深夜1時
冷蔵庫のアイスコーヒーを、タンブラーに入れてストローを刺す。
真夜中のアイスコーヒーは、毒だと思う。
毒を摂取することで、わたしの生は輝く。
皮肉にも、残酷にも
最近、執筆時に使用していた旧型のAirPodsを装着して、外す。
今日は、これではない。
ノイズキャンセル機能がついたワイヤレスヘッドフォンをつけて彷徨ってはみたけれど、マトリョーシカを選んだ。
わたしの、夜と毒のテーマソング。
さあ、真夜中を始めよう。
「最近ね、少しむりをして働いているんだ」
ようやく、そのことを告げた。
別に言わなくてもいいかな、と思っていたけれど
話の流れで、隠す必要もないかな、と思ったので話してみた。
そういう期間を、設けている。
わたしの病気は一年経っても治らず、元通りにはならず
そうなってくると「はて?元通りとはどんなものだろう」とわからなくなる。
もともと、偏頭痛持ちだし、体力はあるほうではない。とにかくよく眠る。
松永爆睡、水墨画のようなこの名前がわたしの二つ名だ。
「最近でも、週に1度くらいは仕事に行けなくて」と医者に行ったら
「だいぶよくなっているね」と言われて、なるほどそういうものかと思った。
オフィスワークをはじめて5,6年くらい経つけれど、病気になる前に仕事を休んだのは、インフルエンザと胃腸炎と、ピロリ菌撲滅の投薬に於ける副作用のとき。
それと比べると、週に1度仕事を当欠するなど、まっとうな身体ではないと思うのだけれど、1年前はエッセイを書くことができなかった。
いまより仕事を休むことがへたくそで、仕事にコミットしすぎていたり、病気との付き合い方もわかっていなかった、というのもあるけれど。
うまく言葉を紡げない身体だった。
病気の症状のひとつで、頭の回転速度が悪くなっていた。
IQがぐんと下がっていたらしい。
それも治療で、ある程度のところまでは回復している。というのが春の話で、いまのIQはよく知らない。
でも、毎日書けている。
だから、元気になっている。
そして、もともと元気なタイプではなかった。
「具合がすごく良いときのほうが稀」と、病気になる前も言っていた。
だから、いまの「ちょっとしんどい」っていうのはもともとで
病気以降に芽生えてしまった具合が悪くなることへの恐怖心で立ち止まってしまっているだけかもしれない。
そう思って、いろいろ気のせいだと思って、いつもなら「もう帰る」と言っていたそれをぐっと呑み込んで、仕事をしてみる期間を設けている。
朝は絶望的な体調も、ぼおっと働いていると回復したりもするし
なんかよいなあ、と思っていても、帰るころにはぐったりするのを繰り返している。
でも、仕事終わったらみんなぐったりするもんだろ?
「だからね、仕事終わって帰ってきてね、なんとかごはんを食べて、それで寝ちゃうの」
終電近くに帰ってきた同居人に、そう告げた。
家族だし、一応そういう事情なのだと説明しておいてもよいだろうと思えた。
そうだ、だから「ゴミ出しをできなくてごめんね」という言い訳でもあった。
*
「でも、書きたいの」
わたしは言った。
「書きたいのか」と頷くように問われた。
「書きたい」
もう一度言った。
「人生を賭して、書きたい」
*
noteの連続更新をはじめて、もうすぐ1000日。
1000日と共に、エッセイの毎日更新を辞めることは決めている。
「毎日エッセイを書く」という免罪符を失ったあとにわたしに、会いたいと思った。
会うべきだ、と思っている。
結局、毎日書き続けるという行為は、「ライブさえやってりゃ一生懸命生きている」と錯覚してしまうバンドマン時代と大差がない。というような気がしてしまった。
実際のところは、そうではないと思うけれど。
実際のところ、って、あんまり意味がないかもしれない。
気持ちの置きどころがすべてではないだろうか。
この1000日間、
序盤の数十日はピアノのみの更新で
昨年は2ヶ月程度、エッセイの毎日更新を休んでいた。
だから1000日毎日書いていたわけではないけれど、毎日書くことと向き合った結果だった。
それが、人生を賭して書くこと。
*
書きたい、という気持ちは昨年の4月くらいには湧き上がってきていた。
「最初から書きたかったんだろう?」と問われたら、少し違う。
他の何かーーー料理とか曲作りとか毎日ピアノを練習するとか、そういうことより書くことがほんの少し好きで、得意だっただけで
わたしは、書きたかったわけではない。
わたしは今とは違う、何者かになりたかっただけだ。
いま何者かになれたかはわからない。
たぶん変わったし、でも足りないと思っている。
だから、この1000日を武器に、旅立とうと思っている。
*
昨年の4月に思い出したのは、はぐちゃんのことだった。
「あのときのさあ、はぐちゃんの気持ちが、ようやくわかったンだよね……」
新宿の、なにやらよさげなフルーツパーラーで、わたしはそう言った。
いまでも覚えている。
一緒にバンドをやらないか、と誘ってくれた。
それを断って、自分のことをそんなふうに話した。
そして、書くことでもっと挑戦したいんだと言った。
病気になったのは、それから3ヶ月後だった。

忘れられないシーン
はぐちゃんにはなれない、と思っていた。
ハチミツとクローバーに於ける花本はぐみは天才だった。
わたしも、はぐちゃんみたいになりたいと憧れたものだ。
でも、実際のところのわたしは、山田あゆみだった。
怪我をしたはぐちゃんに、あゆは寄り添う。
「みんながはぐちゃんを遠巻きに見たら、はぐちゃんはひとりぼっちになっちゃうよ」
あゆは、野宮さんに諭される。
野宮さんの言葉があったからこそ、
メジャーデビューしたギタリストの友人と
商業誌で連載をしている漫画家の友人と、変わらない付き合いを続けた。
そりゃあ、二十代の頃は悔しくて、見比べて、落ち込んだりすることもあった。
集客や販売は自分じゃない誰かがやってくれて、自分は制作に集中できるという環境が羨ましくてたまらなかった。
「変わっちゃったね」
「忙しそうだから」
そう言って離れることもできた。
でも、わたしはそうしなかった。
わたしは、あゆにもなれなかった。
あゆみたいに、愛と情熱を持って陶芸に、自分の選んだものに向き合うこともできなかったと思う。
もちろん、花本はぐみにもなれない。
天才とは、友人たちのことを言うのだ。
そして友人は、誰よりも弾き、誰よりも描いた。
誰かの期待に答え、他人の人生も背負いながら書いていた。
自分が仕事をすることで、他人に仕事を与える立場は、決して容易く羨んでいいものではない。
わたしは、そのことを知っていた。
「羨ましいって言うやつらより、わたしは絶対にたくさん描いた」
その言葉に頷くしかできなかった。
そうだと思う。
そしてわたしは、そうなれなかった。
天才とは、努めることを選べる人間の後天的な強さのことなのだ。
それは、わたしのことではない。
二十代の半ばを過ぎて、もう認めざるを得なかった。
*
足掻くことにした。
それが、noteの毎日更新だった。
何者かになろうとした。
何者にもなれなかった。
いまでも、noteでフォロワーの多い人とか、他者ときちんとコミュニケーションが取れる人には強烈に憧れる。
憧れる、というよりも、情けないコンプレックスだった。
でも、書きたいと思っている。
人生を賭して、書きたい。
この言葉に、偽りはない。
それが、1000日間の答えだった。
*
わたしは、花本はぐみにはなれない。
もちろん、誰かになる必要なんてない。そんな不毛な話をしているわけではない。
はぐちゃんみたいになるのが、夢だった。
それは、お花屋さんになるとか、メジャーデビューするとか、
そういう具体的な夢のひとつだった。と、いまようやく理解している。
はぐちゃんには、なれない。
でも、ようやくわかった。
はぐちゃんの気持ち、わかった。
書くしかない、これしかない。
なにを残せなくても、わたしは書きたい。
そして、なにを残せなくても
なにかを伝えたり残したりするために書きたい。
この書いたり弾いたりする能力を、誰かのために、世の中のために使いたい。
わたしは、世界と関わりたい。
*
ふいに気持ちに区切りがついた真夜中に、このエッセイを書いている。
そしてこのエッセイは、有料にして書くことを決めていた。
3年前のわたしが見たら、ムカついていたと思うから。
「あーはいはい、どうせ選ばれた人はそうなるんだね」と、嫌な態度で煙草を吸っていたに違いない。
態度には出さないようにしているけれど、わたしはなかなかに嫌なやつなのだ。
「書きたい」とか
「弾きたい」とか
「歌いたい」とか
そういうすべてを、憎んできた。
「描きたい」って言ったはぐちゃんは”天才”だから
わたしはあの物語の登場人物にはなれなくて
「書かなきゃ」とか「弾かなきゃ」って居場所と言い訳を求めるような生き方しかできない、と呑み込みつつあったけれど
書きたいぞ〜〜〜
だから、書くことにしました。
きちんと、時間を使って。
どうか憎んでください。
「書きたい」と、まだ思えていなかった頃のわたしよ
「書きたい」なんて思えるのは、一部の選ばれてる人だけで
いやでもそれは「選んだ人」なんだろうね。
でもわたしは「選んだ人」という肩書ですら自分で掴むことができない
わたしはきっと「捨てられないだけ」だと、嘆いていた頃のわたしよ
どうか憎んでください。
憎み続けてください。
やっぱりあなたはヒーローでも選ばれた人でもないから
世の中的に見たら、就職も結婚もしないでふらふら生きているオバサンだから
そんな自分を、憎み続けてください。
たったひとつ、あなたに残された感情を、大切にしてあげてください。
そして、ここまで待っています。
10月のまとめエッセイに、こんなことを書いた。
今日の物語の序章で、すべてだ。
いまの文章を、3年前のわたしが見たら憎むだろう、と思う。
憎む以外どうしていいかわからず、足掻いて、苦しいだろうと思う。
足掻いて、足掻いて
苦しくて、苦しくて
でも、やめなかった。
放り出さなかった。
できなかった。
「なりたくて正社員になるのならば、べつにいいと思うよ」
母親の声を、いまでも覚えている。
「でも、”諦めて”正社員になったりしなくていいと、思っているよ」
わたしは、諦めることができなかった。
いまでも、何を諦めていないのかわからないけれど。
いまでは病気を言い訳に、正社員にならないだけで
ほんとうは時短でもなんでも正社員になってくれていいよ、って会社は言ってくれているのに
逃げているのか諦めているのか、もうわからない。
でも、書きたいと思っている。
足掻いたすべての答えだ。
わたしは、花本はぐみにはなれない。
でも、いまようやく、はぐちゃんの気持ちがわかる。
漫画の中のはぐちゃんは、二十歳を少し越えたところだった。
わたしはもうすぐ、35歳になる。
ずいぶんと時間がかかっちゃった。
正直、もうむりだと思っていたよ。
奇しくも、「書けない」を経験したあとの出来事だった。
はぐちゃんも、怪我をして描けなくなったときに、「描きたい」と言っていた。
この感情は、失ったものにしかたどり着かないだろうか。
きっと、そうではないだろう。と思うけれど
失ってしまったから見えるものもあるのだろう。
失ったことは、強烈にわたしを強くした。
でも、そんなことよりも
「書きたい」という感情は、書き続ける中で生まれてきた。
手塚治虫先生が、「もっと描きたいものがあった」と言っていたというはなしを、聞いたことがある。
ああ、さすがの天才だな。と思った。
でも今は少し、わかる気がする。
ほんの少しだけ。まだ、ほんの先端だけ。
*
このエッセイが、3年前のわたしに届かないことを願っている。
「やっぱり自分は、書くことを選べないんだ」と言って、落ち込んで欲しくない。
そう思ってこの記事は有料公開にした。
もし、何かを選べない人がここへたどり着いたならば
信じたいものを、信じて欲しい。
変わりたいなら、変わりたいと思い続けて欲しい。
行動ができない自分を、あまり責めないで欲しい。
「憎み続けてください」とは、そういうことだ。
憎んでいるうちは、覚えている。
たったそれだけでいい。
それだけが、あなたとわたしの希望だ。
「口ばっかり」ということを悪く言うひともいるけれど
口も出なくなったら、忘れてしまったら、本当に何もなくなってしまう。
他人を攻撃したり卑下しすぎたりするのはよくないけれど、
だから、口にするだけでも、願うだけでも、憧れるだけでも、それが憎むことであっても
あなたの感情を、信じて欲しい。
わたしは、そうしてここにたどり着いた。
*
友人に、執筆の相談をした。
「あなたのことを書きたい」と、連絡した。
うまくできるかはわからないけれど、うまく楽しく書きたいと思える相手に連絡した。
失敗しても許してくれそう、という下心もあった。
「いいね、たのしそう!」
LINEから飛び出してきた彼女の声が、あたたかく響いている。
自分のためだけに、書いたり弾いたりしてきた。
次は、あなたのために紡ぐことができそうだ。
そのことを嬉しく思っている。
とても、嬉しく思っている。
そして、忘れたくないと思っている。
だから、この感情を残しておく。
未来のわたしに向けて
どうか折れないで欲しい。
折れても、忘れないで欲しい。
不甲斐なくても憎んでもいい、なかったことにしないで欲しい。
どうか未来で、「そんなこともあったね」と言って笑って欲しい。
次の作品を携えて、笑って欲しい。
どうか、
2022年の冬から、未来のわたしへ
2022年11月の真夜中より
松永ねる
2026年7月 無料で公開します。
未来に、この物語を残してくれてありがとう
ねる
※now playing
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午前3時のひとりごと
友達にしか話せないこと。家族のこと、からだのこと、やさしくないこと。午前3時に、滑らせた口元みたいな。生産性の低い個人的な作品集。
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎
