小さな世界の中で
この薬局に来るのは、初めてだった。
病院に行くのは二度目だったのに、あの日わたしは薬局に入れなかった。
PCR検査を受けていたので、薬局の手前で薬を受け取った。
病院で受けるPCR検査ってアレだね、なんかもうダメだって気持ちが溢れてきて、あの日のことはあんまりよく覚えていない。
「二度目ましての病院」から「初めての薬局」にたどり着いたわたしは、少しそわそわしていた。
ああ、中はこんな風になってたんだって、辺りをキョロキョロする。
親しげに話しているオバサンたちは、本当に知り合いなのかわからない。
なんていうか、「地元」のニオイがする。
自分からはしないニオイ。
少しずつわたしも、この街に染まってゆけるだろうか。
何はともあれ、薬だ。
扁桃腺だかリンパだか、よくわからないけれど腫れている。
たぶん、薬を飲めば治るのだ。薬をください。
それまではここに、おとなしく座っていることにする。
*
薬局っていうのは、いろんなモノが売っている。
水分補給を促すスポーツドリンク的な飲み物とか、ブルーベリーの飴とか、湿布とか
薬局ごとに少しずつ違っているので、ついつい見てしまう。
犬だった。
この薬局には、犬が売っていた。
近づいて見ると、「もうどう犬応援マスコット」と書かれていた。
*
オーちゃんという、犬がいる。
オーちゃんは、何年か前にゆみこちゃんのお家にやってきた。
ゆみこちゃんは、母の親友で、わたしにとってはもうひとりのお母さんだった。
つまりオーちゃんは、お母さんの家族である。
オーちゃんは、盲導犬のPR犬だった。
お仕事を引退して、ゆみこちゃんのおうちにやってきたのだ。

だからもう、わたしの中で「盲導犬といえばオーちゃん」であり
オーちゃんといえば、お母さんの大切な家族なわけだから、もう他人事ではなかった。
わたしの、潤沢とは言えない暮らしの、お金の使い方については日々考えている。
でもきっと、こういうことのために使うべきだ。
わたしは、犬のマスコットをふたつ手に取って、レジに向かった。
母と、ゆみこちゃんの分。
この犬のマスコットの売上が、盲導犬の役に立つらしい。
それは、いまわたしが払ったお金の一部なのか
薬局にマスコットが届いた時点で果たされているのか
そういうのはよくわからないけれど
買うことに、意味がある気がした。
そして、書くことに意味がある気がした。
オーちゃんみたいな犬たちが、しあわせでありますように。
ゆみこちゃんみたいな、すてきなママに出会えますように。
わたしは、願っている。
*
わたしの世界は狭い。
わたしはオーちゃんのしあわせを願うことができるけれど、他の犬のことは正直わからない。
ゆみこちゃんの家には、保護猫”ゆきまる”も住んでいる。
以前、友達が保護猫を引き取ろうとしたのだけれど、叶わなかったと言っていたのも記憶に新しい。
結局、引き取れなかったと言っていた。
詳しくないのでわからないけれど、保護猫を引き取るには飼い主の審査が必要で、ひとり暮らしではなかなか難しいらしいとか、そういう話だった。
世界にはいろいろな事情がある。と、みょうにしみじみ思ったことを覚えている。

そう、世界にはいろんな事情があるのだ。
でも現実として、自分ごととして捉えよう、と努められることなんてごく僅かだ。
ほんとうに、ほんとうに僅かだ。
オーちゃんのしあわせを願っている。
ゆきまるのしあわせを願っている。
世界だってしあわせであればいいと思う。
みんなが暮らしやすくあればいいと思う。
支援とか募金とか、必要な人はたくさんいるのだと思う。
子育ても介護も、仕事も結婚も
考え出したらキリがない。
みんなそれぞれ当たり前が違って、「自分らしく生きる」というために、必要な条件が違うのだ。
わたしの世界は狭い。
狭いことを、きちんと知っている。
世界の平和を願っているけれど、それよりもどうか
オーちゃんや、ゆきまるが、しあわせであればいいと思う。
わたしは、わたしの世界のために、きちんとお金を使いたい。
出会ってしまったものを、大切にしたい。
わたしは、オーちゃんと出会ってしまったから(本当はまだ会ったことはないけれど)
盲導犬、という言葉を聞くと、手助けをしたいと思う。
ほんとうはもっと、たくさん手助けが必要な場所はあるのだろうけれど
どうかどうか、わたしはわたしの世界の中を
抱きしめて、愛していけたらよいなどと、思っている。
いいなと思ったら応援しよう!
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎