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小さな世界の中で

この薬局に来るのは、初めてだった。

病院に行くのは二度目だったのに、あの日わたしは薬局に入れなかった。
PCR検査を受けていたので、薬局の手前で薬を受け取った。
病院で受けるPCR検査ってアレだね、なんかもうダメだって気持ちが溢れてきて、あの日のことはあんまりよく覚えていない。

「二度目ましての病院」から「初めての薬局」にたどり着いたわたしは、少しそわそわしていた。
ああ、中はこんな風になってたんだって、辺りをキョロキョロする。
親しげに話しているオバサンたちは、本当に知り合いなのかわからない。
なんていうか、「地元」のニオイがする。
自分からはしないニオイ。
少しずつわたしも、この街に染まってゆけるだろうか。

何はともあれ、薬だ。
扁桃腺だかリンパだか、よくわからないけれど腫れている。
たぶん、薬を飲めば治るのだ。薬をください。
それまではここに、おとなしく座っていることにする。

薬局っていうのは、いろんなモノが売っている。
水分補給を促すスポーツドリンク的な飲み物とか、ブルーベリーの飴とか、湿布とか
薬局ごとに少しずつ違っているので、ついつい見てしまう。

犬だった。
この薬局には、犬が売っていた。
近づいて見ると、「もうどう犬応援マスコット」と書かれていた。

オーちゃんという、犬がいる。
オーちゃんは、何年か前にゆみこちゃんのお家にやってきた。
ゆみこちゃんは、母の親友で、わたしにとってはもうひとりのお母さんだった。
つまりオーちゃんは、お母さんの家族である。

オーちゃんは、盲導犬のPR犬だった。
お仕事を引退して、ゆみこちゃんのおうちにやってきたのだ。

オーちゃん

だからもう、わたしの中で「盲導犬といえばオーちゃん」であり
オーちゃんといえば、お母さんの大切な家族なわけだから、もう他人事ではなかった。

わたしの、潤沢とは言えない暮らしの、お金の使い方については日々考えている。
でもきっと、こういうことのために使うべきだ。
わたしは、犬のマスコットをふたつ手に取って、レジに向かった。
母と、ゆみこちゃんの分。

この犬のマスコットの売上が、盲導犬の役に立つらしい。
それは、いまわたしが払ったお金の一部なのか
薬局にマスコットが届いた時点で果たされているのか
そういうのはよくわからないけれど
買うことに、意味がある気がした。

そして、書くことに意味がある気がした。

オーちゃんみたいな犬たちが、しあわせでありますように。
ゆみこちゃんみたいな、すてきなママに出会えますように。
わたしは、願っている。

わたしの世界は狭い。

わたしはオーちゃんのしあわせを願うことができるけれど、他の犬のことは正直わからない。

ゆみこちゃんの家には、保護猫”ゆきまる”も住んでいる。
以前、友達が保護猫を引き取ろうとしたのだけれど、叶わなかったと言っていたのも記憶に新しい。
結局、引き取れなかったと言っていた。
詳しくないのでわからないけれど、保護猫を引き取るには飼い主の審査が必要で、ひとり暮らしではなかなか難しいらしいとか、そういう話だった。
世界にはいろいろな事情がある。と、みょうにしみじみ思ったことを覚えている。

ゆきまる

そう、世界にはいろんな事情があるのだ。

でも現実として、自分ごととして捉えよう、と努められることなんてごく僅かだ。
ほんとうに、ほんとうに僅かだ。

オーちゃんのしあわせを願っている。
ゆきまるのしあわせを願っている。

世界だってしあわせであればいいと思う。
みんなが暮らしやすくあればいいと思う。

支援とか募金とか、必要な人はたくさんいるのだと思う。
子育ても介護も、仕事も結婚も
考え出したらキリがない。
みんなそれぞれ当たり前が違って、「自分らしく生きる」というために、必要な条件が違うのだ。

わたしの世界は狭い。
狭いことを、きちんと知っている。
世界の平和を願っているけれど、それよりもどうか
オーちゃんや、ゆきまるが、しあわせであればいいと思う。

わたしは、わたしの世界のために、きちんとお金を使いたい。

出会ってしまったものを、大切にしたい。
わたしは、オーちゃんと出会ってしまったから(本当はまだ会ったことはないけれど)
盲導犬、という言葉を聞くと、手助けをしたいと思う。
ほんとうはもっと、たくさん手助けが必要な場所はあるのだろうけれど
どうかどうか、わたしはわたしの世界の中を
抱きしめて、愛していけたらよいなどと、思っている。



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