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【創作大賞2026応募作品】『リンク』第1章〜一生懸命が切り拓いた道〜 作品全編

◾️あらすじ

「自由に生きたい。」

そんな想いを抱えながら育ったボクは、バスケやスキーに夢中になり、仲間と笑い合う青春を過ごしていた。けれど、大人になるにつれ、理想と現実の壁にぶつかっていく。

サラリーマン生活。  
怒られてばかりの日々。  
そして、人生を変えようと始めたキッチンカーのクレープ屋さん。

しかし待っていたのは、赤字と孤独な車中泊生活だった。

人生を諦めかけた夜。  
一匹の野良猫との出会いをきっかけに、ボクは“もう一度だけ頑張る”ことを決める。

辿り着いた島での大行列。  
温かい人たちとの繋がり。  
そして、後に人生のパートナーとなる“りなちゃん”との出会い。

これは、一生懸命生き続けた先で、少しずつ人生の道を切り拓いていく物語。

プロローグ

「一生懸命やってれば、
応援してくれる人が現れるよ。」

――その言葉の意味を。

ボクは、
ずっと後になってから知ることになる。




高校時代。
特進クラスにいたくせに、
頭の中は毎日バスケのことばかりだった。

朝練。
放課後練習。
帰宅後の自主練。

大会や練習試合の日になると、
父と母はいつも体育館へ来ていた。

父は、ビデオカメラを回して。
母は、お弁当を持って。

当たり前みたいに、応援してくれていた。



でも、当時のボクは。
そんなことを、深く考えたことなんてなかった。

だって。
それが、“当たり前”だったから。



母はよく、
こんなことを言っていた。

「一生懸命やってれば、
応援してくれる人が現れるよ。」

でも、高校生だったボクには。
その言葉の意味が、
まだちゃんと分かっていなかった。

「まぁ、うちの親はそういう人だから。」

そのくらいにしか、思っていなかった。



今思えば。

ボクが、
何かひとつのことに夢中になる性格は、
きっと父の影響が大きかったんだと思う。

父は、
何かを始めると、
とことんやる人だった。

ボウリング。
卓球。
サッカー。
そして仕事も。

高卒で一流企業へ入り、
海外工場の立ち上げまで任されるような人だった。

母はよく、

「この人、
昔は遊んでばっかりだったんだから。」

なんて、
チクチク笑いながら言っていたけれど。

ボクにとって父は、

“何かに本気になること”

それを、
当たり前みたいに見せてくれた人だった。



そして母は。

とにかく、
子どもに愛情を注ぐ人だった。

子どもの為なら、
自分を後回しにできる人。

何があろうと、
子どもを信じる人。

ボクが何を始めても、
いつも応援してくれていた。



兄は。

強くて、
優しくて。

子どもの頃のボクにとって、
ヒーローみたいな存在だった。



今思えば。

何かに夢中になること。
誰かを応援すること。
人に優しくすること。

ボクが大切にしてきたものは、
そんな家族の背中を見ながら、
少しずつ教わってきたものだったのかもしれない。



この頃のボクは、“自由”に憧れていた。

好きなことで生きたい。
誰かに決められた人生じゃなく。
自分で選んだ人生を生きたい。



小学生の頃にはもう。

「30歳で社長になる。」

そんなことを、
本気で言っていたくらいだ。



でも――

人生は思っていたより、ずっと不器用で。
遠回りばかりだった。

夢中で走って。
転んで。
悩んで。
また立ち上がって。

そうやって生きるうちに。
ボクは、たくさんの人に支えられながら、
ここまで来ていた。



そして今。
ようやく少しだけ、分かり始めている。

“一生懸命”は、目には見えなくても。
ちゃんと、誰かと繋がっていたんだって。

あの頃、遠回りだと思っていた時間にも。
ちゃんと意味があったんだって。



これは。
そんな、人生の答え合わせみたいな物語。


■ Episode 1 「自由になりたかった」

1-1 30歳で社長になる

ボクは小学校1年生の頃には、
『30歳で社長になる』
と決めていた。

これは、
子供らしい夢とか、
なんとなく言っていた願望じゃない。

自分の中で、
わりと本気で決めていた。

だから、
今でもハッキリ覚えている。



ただ、
その頃のボクは、
いわゆる“社長っぽい子”では全然なかった。

むしろ、
大人しくて、
人見知りで、
甘えん坊。

どちらかというと、
前へ前へ出るタイプじゃない。

でも、
昔から少しだけ、
“みんなと同じ”が苦手だった。

周りが当たり前だと思っていることを、
「なんで?」
と思うことが多かったし、

みんなと同じ流れに乗るより、
少し違うことに興味を持つタイプだった。



うちは、
ごく普通のサラリーマン家庭だった。

だから、
小学生のボクが突然、

「30歳で社長になる。」

なんて言い出したら、
普通なら「何言ってるんだ」ってなってもおかしくない。

でも、
うちの家族は、
あんまりそういう反応をしなかった。

「また変なこと言ってるなぁ。」
くらいの空気だった。

特に兄は、
笑いながらこう言っていた。

「じゃあ、お前が社長になったら、
俺を副社長にして!」



今思えば、
あの頃からボクは、
“普通の人生”よりも、

“自分で選ぶ人生”に
憧れていたのかもしれない。

もちろん、
その頃のボクはまだ、
社長が何をする人なのかなんて、
ちゃんと分かっていなかった。

でもなぜか、
「30歳で社長になる。」

それだけは、
ずっと本気で信じていた。

1-2 夢を笑わない家族

今思えば、
うちの家族って、
“夢を笑わない人たち”だったんだと思う。



普通なら、

「社長?」
「そんな簡単なもんじゃない。」
とか、

「まずはちゃんと就職しなさい。」
とか、

そういう言葉が返ってきても
おかしくなかったと思う。

でも、
うちの家では、
そういう空気になった記憶があまりない。

もちろん、
心配はしていたはずだ。

でも、
頭ごなしに否定されたことがない。

「やりたいなら、やってみなさい。」

そんな空気が、
ずっと家の中に流れていた。



特に母は、
“褒めて育てる”
をすごく大事にしていた人だった。

あとから聞いた話だけど、
母自身は、
おばあちゃんに怒られながら育ったらしい。

だからこそ、

「自分の子供や孫は、
いっぱい褒めて育てたい。」

そう思っていたみたいだ。



たしかに、
ボクは子供の頃から、
否定されるより、
「やってみなさい。」
と言われることの方が多かった。

もちろん、
悪いことをしたら怒られる。

でも、
“やりたいこと”を止められた記憶があまりない。



スキーを始めた時も。
就職しないと言った時も。
キッチンカーを始める時も。

両親はいつも、
心配しながら、
でも最後には信じてくれていた。



「心配はするけど、
あんたのやることは信用してる。」

その言葉を、
ボクは人生の中で何度ももらった。



今思う。

人って、
“信じてもらえた記憶”があるから、
挑戦できるのかもしれない。

失敗するかもしれない。
笑われるかもしれない。

それでも前へ進めるのは、

どこかで、
「大丈夫。」
って信じてくれる人がいるからなんだと思う。



そしてたぶん、
ボクはずっと、
家族に守られながら生きてきた。

1-3 自由に生きる人への憧れ

子供の頃のボクは、
“自由に生きている大人”に憧れていた。



もちろん、
その頃はまだ、
自由の意味なんてちゃんと分かっていない。

でも、
なんとなく思っていた。

好きなことをして、
楽しそうに生きている大人って、
カッコいいな。

と。



当時のボクにとって、
“社長”という言葉は、
お金持ちという意味じゃなかった。

自分で人生を選んでいる人。
好きなことを仕事にしている人。
誰かに決められた人生じゃなく、
自分で決めた人生を歩いている人。

そんなイメージだった。

だからボクは、
小さい頃からずっと、
どこかで思っていた。

「好きなことをして生きていきたい。」

と。



ただ、
ボクは別に、
勉強が嫌いだったわけじゃない。

高校も、
進学特進クラスだった。

でも、
いわゆる“安定した人生”には、
あまり興味を持てなかった。

みんなと同じ道を進むことに、
どこか違和感があった。



もちろん、
その頃はまだ、
何を仕事にしたいのかなんて分からない。

どんな人生になるのかも、
全然想像できていなかった。

でも、
ひとつだけハッキリしていた。

それは、
「自分で選んだ人生を生きたい。」

という気持ちだった。



今思えば、
あの頃のボクは、
“自由”に憧れていたというより、

“自分らしく生きること”に
憧れていたのかもしれない。

そしてその想いは、
この先の人生で、
何度もボクを動かしていくことになる。

1-4 バスケばかりの日々

高校時代のボクは、
とにかくバスケばかりしていた。

バスケ未経験のお腹の出た顧問の先生と、
バスケ大好きなヤンチャな問題児だらけ、
なのにそこそこ強くてメチャクチャ楽しい、
そんな最高のチームのキャプテンだった。

朝練をして、
授業を受けて、
昼休みも体育館へ走って行ってバスケ、
放課後は部活。

帰ってからも、
自主練をしたり、
試合のことを考えたりしていた。

昼休みをフルに使う為に、
4時間目には教科書を机に立てて、
早弁をしていたくらい。

生活の中心には、
いつもバスケがあった。



高校は進学特進クラスだった。

まわりは、
勉強を頑張って、
有名大学を目指している人も多かった。

でも、
ボクの頭の中は、
だいたいバスケだった。

担任の先生にも
「お前はバスケだけやっとればええわ。」

なんて言われるくらいだった。

補習も、
あまり出なくていいような空気だったと思う。

今考えると、
かなり自由な高校生活だった。



もちろん、
試合で勝てば嬉しいし、
負ければ悔しい。

でも、
あの頃のボクは、
結果以上に、
“夢中になっている時間”そのものが好きだった。

仲間と笑って、
本気でぶつかって、
汗だくになって。

ただひたすら、
目の前のことに集中する。

そんな毎日だった。



大会や練習試合の日になると、
父と母は、
いつも体育館へ来ていた。

父はビデオカメラを回して、
母はお弁当を持って、
当たり前みたいに応援してくれていた。

でも当時のボクは、
そんなことを深く考えたことなんてなかった。

だって、
それが“当たり前”だったから。



「一生懸命やってれば、
応援してくれる人が現れるよ。」

母はよく、
そんなことを言っていた。

でも高校生のボクは、
その言葉をちゃんと理解していなかった。

「まぁ、うちの親はそういう人だから。」
そのくらいにしか思っていなかった。



でも今なら分かる。

誰かが、
自分のために時間を使ってくれるって、
本当はすごいことなんだ。

遠くまで応援に来ることも。
お弁当を作ることも。
静かに見守ることも。

全部、
“愛”がなければできない。



そしてたぶん、
ボクはあの頃からずっと、

“一生懸命な人ってカッコいい”
と思っていた。

上手いとか、
有名とかじゃなく。

夢中になって、
全力で何かに向き合っている人が、
なんだかすごく輝いて見えた。

その感覚は、
大人になった今でも、
ずっと変わっていない。


■ Episode 2 「正義のヒーロー」

2-1 兄はヒーローだった

ボクには、
4歳上の兄がいる。



子どもの頃のボクにとって、
兄は“正義のヒーロー”みたいな存在だった。

昔から、
とにかく熱い人。

いや、“ちょっと熱い”なんてもんじゃない。
かなり熱い人だった。



母から、
何度も聞いた話がある。
まだボクが赤ちゃんだった頃の話だ。

ボクが泣きながら、
母に抱っこされていた時。

それを見た兄が、
真剣な顔でこう言ったらしい。

「俺の弟をイジめるな!」

もちろん、
母はイジめていない。

むしろ、
泣いているボクを、
一生懸命あやしている。

でも、小さかった兄には。
ボクが泣かされたように見えたんだと思う。
だから、守ろうとした。

ただ、それだけだった。



小学一年生の頃には、
こんなこともあった。

引っ越したばかりの頃。

ボクは、
上級生にイジメられて、
泣いて帰ったことがあった。

すると次の日。

兄は学校へ行って、
上級生の教室を回りながら、
犯人探しをしていたらしい。

「俺の弟イジめたやつ、
どいつだ!」

今だったら、
かなり問題になりそうな話だ。

でも、兄は本気だった。

弟を泣かせた相手を、
許せなかったんだと思う。



ボクは昔から、
どちらかというと、
大人しい性格だった。

人見知りだし。
争いごとも得意じゃない。

だからこそ、
兄の存在は、
すごく大きかった。

「何かあっても、
兄ちゃんが守ってくれる。」

子どもながらに、
そんな安心感があった。



そして今思う。

兄のあの行動って、
“強さ”だったんだと思う。

力が強いとか。
ケンカが強いとか。
そういうことじゃなく。

“大切な人を守ろうとする力”。

それが、
本当の強さなんじゃないかって。

たぶんボクはあの頃からずっと。
そういう人に憧れていた。

2-2 優しさって強さなんだ

兄には、
高校時代からずっと仲のいい親友が2人いる。

しかもその2人、
1人は後にプロボクサーになり。
もう1人は空手で全国大会へ出るくらい
強い人だった。

3人とも、
とにかく強かった。

でも。
ボクの記憶の中では、
みんな優しかった。



ある時。

兄から、
こんな話を聞いたことがある。

高校へ入学してすぐの林間学校の時。
不良2人に誰かが絡まれていたらしい。

その時。
たまたま通りかかった兄が、
不良たちにこう言ったんだって。

「俺のダチだもんで、勘弁してやって。」

でも実は、
その時まだ相手とは初対面だったらしい。

全然知らない人。

それでも兄は、
とっさに“友達”ってことにして
助けたんだって。

そして、
そのことがキッカケで、
その人とは親友になったらしい。

なんか、
すごく兄らしいなと思った。

そしてその後、
イジメられていたその人は、
プロボクサーになった。

弱かった人が。
強い人になっていた。



ボクが地元の大学へ通っていた頃。
兄たちと麻雀をしていた時のことだ。

そのプロボクサーの人が、
イカサマをした。

それを兄が指摘した瞬間、
相手が逆ギレした。

「は?ふざけんな。表出ろや!」
かなり本気でキレていた。

その瞬間、
場の空気が一気に張り詰めた。

でも、兄は全然ひるまなかった。

「おう、上等だ。じゃあ外行くぞ。」
そう言って、普通に喧嘩を買った。

ボクは内心、
『え……プロボクサー相手に普通いく?』
そう思っていた。

すると、
しばらく黙っていたその人が、
急に力を抜いてこう言った。

「……悪かった。
お前とやっても勝てる気がしない。」

すると兄は、
笑いながらこう言った。

「イジメられてたお前が、
俺に喧嘩売れるくらい強くなったんだな。
大したもんだ。」

その時の兄は、
すごく、
優しい顔をしていた。



今思えば。

兄は、
ただ強かったんじゃない。

“強さの使い方”を、
知っていたんだと思う。

弱い人を守るための強さ。

大切な人を守るための強さ。

そして、

必要のない争いを、
終わらせるための強さ。

そんなものを、
自然に持っていた。

兄は大学卒業後に消防士になり、
もちまえの優しさと強さで出世して、
地元の街を守り続けている。

今も変わらず、
兄はボクの中のヒーローだ。



たぶん。

兄たち3人みたいな、
“本当に強い人”が身近にいたからだと思う。

ボクは昔から。

不良とかを見ても、
あまり怖いと思わなかった。

「本当に強い人って、
こんな感じじゃないよな。」

どこかで、
そう思っていた。

強いって、
ただ勝てることじゃない。

誰かを傷つけることでもない。

本当に強い人って、
きっと――

“誰かを守れる人”
なんだと思う。

2-3 守れる人への憧れ

ボクは昔から、
暴力があまり好きじゃなかった。
争いごとも嫌いだったし。

自分のことなら、
だいたい我慢できるタイプだった。

でも――

誰かが理不尽に傷つけられている時だけは。

なぜか、
我慢できなかった。



高校時代。
ボクは兄と同じ高校へ通っていた。

兄がいた柔道部は、
全国常連の強豪校。

ボクが一年生だった頃には、
兄のことを知っている先輩や先生も、
かなり多かった。

「○○の弟か。」

そんなふうに、
言われることもあった。

たぶん。

知らないところで、
兄の存在に守られていた部分も、
あったんだと思う。



ただ、
ボク自身も運動だけはかなり得意だった。

体育の先生たちの間では、
「あいつは本当に運動神経がいい。」
そんな話をされていたらしい。

長距離も。
短距離も。
陸上部の速いやつ以外には、
負ける気がしなかった。

筋トレも、
かなりやっていた。

体脂肪率は、
五%前後。

県内でも珍しかった校内柔道大会では、
クラス対抗団体で優勝して、
最優秀選手にも選ばれた。

兄を知っている体育教師には、
「お前も柔道やってたのか?」
なんて聞かれたくらいだ。

もちろん、
柔道経験なんてない。
ただ運動神経が良かっただけだった。



でもそのせいなのか。

周りからは、
“喧嘩したくない相手”
みたいに見られていたらしい。

実際のボクは、
むしろ、
平和主義だったんだけど。

そのせいか、
先生たちからの要望で、
異例の二期連続で風紀委員長も任された。

今思うと、
ちょっと不思議な話だ。

だって当時のボク、
校則を無視して茶髪だったし。



ただ、
振り返ると。

あの頃のボクは、
よく誰かの間に入っていた。

上級生にイジメられている同級生。
ヤンキーにカツアゲされている友達。
喧嘩しそうな後輩たち。

そういう場面を見ると、
放っておけなかった。



実際。

高校時代のボクは、
ちょっと変な正義感が強かった。



高校生の時、
たまにこんなことがあった。

目立ちたがりの暴走族が、
二台くらいで高校の前を爆音立てながら走りに来ていた。

するとボクは、

「ああ〜!暴走族来たぁ〜!」

なんて笑いながら猛ダッシュで外へ。

石コロを拾って、
「おりゃ〜!どっか行け〜!」

って追い払っていた。

もちろん、
当てるつもりなんてない。

ただ、
なんか放っておけなかった。

あと、
地元のショッピングセンターに、
カツアゲしている不良がいるって噂を聞いた時も。

「よし!
ショッピングセンター番長退治しに行くぞ〜!」

なんて言いながら、
友達と探しに行ったこともある。

すると本当に、
同級生の友達が、
カツアゲされている場面に遭遇した。

だから普通に止めに入った。

社会人になってからも、
それは変わらなかった。

後輩が、
理不尽に上司から怒鳴られている。

そんな場面を見ると、
気づけば間に入っていた。



たぶん。

小さい頃からずっと、
“本当に強い人”を、
見て育ったからなんだと思う。



強いって、威張ることじゃない。

弱い立場の人を、
守れることなんだって。

兄たちみたいな人たちを見ながら。

ボクはずっと、
そんなふうに感じていた。



そしていつの間にか。

ボク自身も、
思うようになっていた。

「自分も、そういう人になりたい。」

って。


■ Episode 3 「波と雪の青春」

3-1 仲間が集まる人

今振り返ると、
当時のボクには、
“好きなことを始めると仲間が集まる”
みたいな不思議な流れがあった。



高校までは、
とにかくバスケばかりしていた。

そして大学へ入ってからも、
その熱はまったく冷めなかった。

むしろ、
さらに加速していた。

大学では、
自分でバスケチームを作ったり、
掛け持ちで3つくらいのチームに入ったり、
毎日どこかでバスケをしていた。

本当に、
バスケ三昧だった。

でも、
ボクが夢中になったのは、
バスケだけじゃない。

高校3年の頃、
4つ上の兄の影響で、
サーフィンを始めた。

当時のボクは、
友達の間でも、
“新しい遊びを始める役”
みたいなところがあった。

だから、
ボクが何か始めると、
自然と周りに仲間が集まっていた。



大学生になると、
夏はサーフィンばかりしていた。

海へ行って、
みんなで波を追いかけて。

疲れたら笑って、
また海へ入る。

そんな毎日だった。



そして冬。

サーフィンの帰りに寄ったスポーツ用品店で、
ボクはある映像に目を奪われた。

フリースタイルスキーだった。

雪の上を自由に滑って、
ジャンプして、
クルクル回る。

「なにこれ、
めちゃくちゃカッコいい。」

そう思った。

そして、その時。
同時に思った。

「サーフィンって、
冬めちゃくちゃ寒いな。」

と。

ウェットスーツを着ていても、
寒いものは寒い。

だったら冬は、
雪山へ行こう。

そんな軽いノリだった。

そしてその時も、
やっぱり友達を連れて行っていた。



自分で言うのもなんだけど。

ボクは昔から、
何をやっても、
わりとすぐ出来るタイプだった。

運動神経だけは、
かなり良かったと思う。

だから、
新しいスポーツを始めても、
気づけば周りより夢中になって、
どんどんハマっていった。



でも、
今思えば。

本当に恵まれていたのは、
運動神経じゃなかったのかもしれない。

夢中になれることがあったこと。
一緒に笑える仲間がいたこと。

そして、
好きなことを、
思いきり楽しめる環境があったこと。

あの頃のボクは、
毎日がただ楽しかった。

人生って、
ずっとこんなふうに続いていくんだと思っていた。

3-2 夏はサーフィン、冬は雪山

大学時代のボクは、
季節によって生き方が変わっていた。

夏は海。
冬は雪山。
そんな生活だった。



夏になると、
サーフボードを車に積み込んで、
友達と海へ向かった。

朝から波を追いかけて、
疲れたらみんなで笑って。

また海へ入る。

今思えば、
本当に自由な毎日だった。

しかも当時は、
“若さ”があった。

夜中まで遊んでも平気。
車の中で寝ても平気。
次の日また朝から海へ行ける。

そんな無茶な生活すら、
全部楽しかった。



そして冬。

雪が降り始めると、
今度は雪山へ通うようになった。

最初は、
「冬のサーフィン寒すぎるな。」
くらいの理由だった。

でも、
スキーを始めてすぐに、
ボクは雪山に夢中になった。

白銀の景色。
山の空気。
リフトに乗っている時間。
滑り終わった後の達成感。

全部が新鮮だった。

しかも、
やっぱり友達が集まった。

ボクが
「スキーやろうぜ。」
と言うと、
みんな一緒に雪山へ行った。



今振り返ると、
あの頃のボクは、
“楽しむ力”が強かったんだと思う。

好きなことを見つけると、
夢中になる。

夢中になると、
自然と人が集まる。

そして、
みんなで笑っている時間が、
とにかく楽しかった。

ボクは昔から。

“誰かと一緒に楽しむこと”
が好きだった。



そしてこの頃のボクは、
まだ知らない。

この“雪山”が、
この先の人生を大きく変えることになるなんて。

3-3 雪山へ向かう朝

事故をしたのは、
2月の寒い朝だった。

まだ暗い時間に家を出て、
友達と2人で雪山へ向かっていた。

相手は、
小学生の頃から大学まで、
ずっと一緒にバスケをやってきた
一番の親友だった。



当時のボクたちは、
高速代を節約する為に、
下道で山を抜けながら雪山へ向かっていた。

車の中では、
いつものように、
くだらない話をして笑っていた。



ただ、
その日のことを思い返すと、
ひとつだけ妙に覚えている会話がある。

親友が、
助手席じゃなく、
運転席の後ろへ乗り込んだ時のことだ。

「ブレーキのタイミングとか違うから、
助手席座ると、
ブレーキ無いのに足動くの嫌なんだわ。」

そう言って、
後ろに座った。

ボクは笑いながら、

「相変わらず変な人だねぇ。」

なんて返していた。



でも、
その“変なこだわり”が、
命を分けた。



事故を起こしたのは、
橋の上だった。

冷たい風が吹き抜ける橋は、
凍結しやすい。

でも、
雪の降らない静岡育ちのボクは、
雪国の運転の怖さを知らなかった。

気づいた時には、
車が滑っていた。

制御できなかった。

そしてそのまま、
かなりのスピードで、
ガソリン満タンのタンクローリーに激突した。

重たいタンクローリーが、
5メートルくらい吹っ飛ぶほどの衝撃だったらしい。

ボクの車は、
助手席側がほとんど潰れていた。

あとから聞いた話では、
その場にいた人たちは、
「助からない」
と思ったそうだ。



病院で目を覚ました時、
ボクは脳内出血を起こしていた。

事故直前から、
集中治療室にいた3日間くらいまでの記憶が、
まるごと無くなっていた。



でも、
後から少しだけ、
ぼんやり思い出した場面がある。

事故直後、
後部座席にいた親友へ、
ボクは声を掛けていた。

「大丈夫?」

すると親友が、

「ああ、俺は大丈夫。
そっちこそ大丈夫か?」

と返した。

ボクはそれに、

「大丈夫なら良かった。」

そう返した記憶だけ、
ぼんやり残っている。



その後は、
ほとんど覚えていない。

でも、
タンクローリーの運転手さんが、
ボクを車の外へ連れ出して、
ずっと声を掛け続けてくれていたらしい。

ボクも、
返事をしていたらしい。

何も覚えていないけど。

そして、
遠くから救急車のサイレンが聞こえた頃、
ボクは意識を失った。



警察から連絡を受けた家族は、
すぐ病院へ駆けつけてくれた。

あとから聞いた話では、
助かったとしても、
車椅子生活を覚悟していたらしい。

母は、
心配で泣き崩れていたそうだ。

でも――

奇跡みたいに、
ボクは助かった。



集中治療室には3日間いた。

ただ、
一般病棟に空きが無かっただけで、
命に別状はなかった。

病室が空いたあと一般病棟へ移り、
1週間ほどで退院できた。

親友も、
ムチウチ程度で済んだ。

本当に、
本当に良かった。

しかも、
あれだけの事故だったのに、
後遺症も残らなかった。

記憶が少し途切れたくらいだった。



あとから聞いた話では、
記憶が無い間のボクは、
何度も何度も、
親友の安否を確認していたらしい。

元気になった後は、
お互いに、

「記憶無かったくせにキモ!」

なんて笑い話になったけど。

でも、
あの時。

本当に大事なものを失わなくて良かったと、
心の底から思った。

3-4 大破した車

退院したあと、
事故を起こした車の写真を見た。

正直、
言葉が出なかった。

助手席側は、
ほとんど潰れていた。

フロント部分も、
原形を留めていない。

「……よくこれで助かったな。」

本当に、
そんな状態だった。



でも当時のボクは、
まだ事故のショックや、
身体のこともあって、
そこまで深く考えられていなかった。

ただ、
「助かって良かった。」

それだけだった気がする。



でも、
後になってから、
ひとつ強く思ったことがある。

実は事故の数ヶ月前。

ボクは、
シートベルト違反で捕まっていた。

免許を取ったばかりで、
少し調子に乗っていた頃だった。

正直、
シートベルトをしないことも多かった。

だから捕まった時は、

「あ〜あ、やっちゃった。」

くらいにしか思っていなかった。

でも、
それをキッカケに、
シートベルトをちゃんとするようになった。

そして事故の日も、
ちゃんとシートベルトをしていた。



もしあの時、
捕まっていなかったら。

きっと事故の日も、
シートベルトをしていなかったと思う。

そしてたぶん――

助かっていなかった。



その時、
初めて思った。

安全の為のルールって、
ただ縛る為にあるんじゃないんだなって。

自分の身を守る為。
未来を守る為。

そして、
自分を大切に想ってくれている人たちに、
悲しい思いをさせない為。

そういうものでもあるんだって。



当時のボクは、
まだそこまで深く考えられる人間じゃなかった。

でも、
人生って時々。

あとから意味が分かる出来事がある。

あの時のシートベルトも、
きっとそのひとつだったんだと思う。

3-5 「生きてるだけで奇跡」

事故のあと。

うちの家族の空気は、
少し変わった。

もちろん、
もともと自由な家族だったと思う。

「やりたいことをやればいい。」

そんな空気は、
昔からあった。

でも、
事故をキッカケに、
その感覚がもっと強くなった気がする。



人生って、
本当に何が起きるか分からない。

昨日まで普通に笑っていた人が、
明日も同じように笑っている保証なんてない。

当たり前の日常って、
本当は当たり前じゃない。

たぶん、
家族みんなが、
それを実感したんだと思う。

だからなのか、

事故のあとから、
両親はさらに、

「やりたいことをやりなさい。」
と言うようになった。



もちろん、
心配はしていたと思う。

でも、
止めることはしなかった。

むしろ、
“やりたい時にやらなきゃ後悔する”
みたいな空気の方が強かった。

そしてボク自身も、
少しずつ思うようになっていた。

「人生、いつ終わるか分からない。」

だったら。

やりたいことを、
ちゃんとやろう。

好きなことを、
思いきりやろう。

事故の前までのボクは、
どこかで、
人生がずっと続いていくような感覚で生きていた。

でも、
あの日を境に。

“今日生きていること”そのものが、
すごく特別なことに感じるようになった。



生きてるだけで奇跡。

今なら、
本当にそう思う。



そしてこの頃から。

ボクの人生は、
少しずつ
“好きなことを全力で生きる方向”
へ進み始めていった。

3-6 今やりたいことをやろう

実はボク、
もともと大学へ行く意味を、
あまり感じていなかった。

「別に行かなくてもいいんじゃない?」

そんなふうに思っていた。

学歴にも、
そこまで興味が無かったし。

ボクの中では、
“好きなことをして生きたい”
の方がずっと大きかった。



でも、
父も母も兄も、
みんな同じことを言っていた。

「大学は行っとけ。」

と。



ただ、
面白かったのは、
その理由だった。

うちの家族は、

「大学でちゃんと勉強しろ。」

よりも、

「大学生のうちに、
目一杯遊びなさい。」

っていう考え方だった。

もちろん、
やることをやった上で。

でも、
大学生の時期って、
人生で一番自由に動ける時間だから。

その時にしか出来ない経験がある。
その時にしか会えない人がいる。
その時にしか学べないことがある。

そういう考えだった。



実は、
大学受験も、
最初からボクが通った大学を目指していたわけじゃなかった。

当時のボクは、
ある国立大学の体育学部を単願で受けていた。

正直、
受かると思っていた。

模試でもA判定だったし、
自分でもかなり自信があった。

でも――

見事に落ちた。

なかなかショックだった。

ただ、
後期試験の早い段階で、
「ここなら大丈夫だろう」
と思って受けていた、
私立大学の経営情報学部には受かっていた。

そしてボクは、

『まぁ、ここでいっか。』

くらいの感覚で、
その大学へ進学した。



でも結果的に、
それが良かった。

大学は、
4年間で必要単位を取る仕組みだったから。

ボクは、
“遊ぶ時間”を作る為に、
1年から2年の前期まで、
かなり本気で授業を詰め込んだ。

その結果、
2年の前期が終わる頃には、
卒業単位をほとんど取り終わっていた。



そしてその後。

ボクは、
本当に“やりたいこと”へ走り始める。

アメリカ一人旅。
雪山での住み込み生活。

そして、
スキー。



今思えば、
あの頃の家族は、
“人生を楽しむこと”を教えてくれていたんだと思う。

ただ真面目に生きるだけじゃなく。

「今しか出来ないことを、
ちゃんと全力でやりなさい。」

って。



事故を経験したボクにとって、
その言葉は、
前よりもっと深く心に入ってきていた。

人生は、
いつ終わるか分からない。

だったら。

今やりたいことを、
ちゃんとやろう。

そう思うようになっていた。



そして今振り返ると。

国立大学に落ちたことも、
経営情報学部へ進んだことも。

全部、
人生に必要な遠回りだったんだと思う。

3-7 アメリカひとり旅

ボクは昔から、
ずっとアメリカに憧れていた。

理由のひとつは、
バスケだった。

小学生の頃から、
毎日みたいにバスケをしていたボクにとって。

アメリカは、
“バスケの本場”だった。

NBA。

ストリートバスケ。

テレビの向こうで見る世界が、
とにかくカッコよかった。

だから子供の頃から、

「小学校卒業したらアメリカ行く。」

とか、

「中学出たらアメリカ行く。」

とか、
本気で言っていた。

もちろん、
さすがに家族も、
そこまでは許してくれなかった。

でも、
「やりたいことをやれ。」
という空気は、
ずっと変わらなかった。



そしてもうひとつ。
アメリカに行きたい理由があった。

近所の仲良かった同級生と、
高校の同級生が、
それぞれアメリカ留学をしていた。

その話を聞いて、
ボクは思った。

『じゃあ、
ボクも行きたい。』

って。

しかも、
中学の同級生は、
アメリカでひとり旅までしていた。

その話を聞いた時、
さらに思った。

『じゃあ、
ボクもひとり旅したい。』

って。



そんな頃。

大学の廊下で、
短期語学留学のチラシを見つけた。

ボクは、
バイトをかなり頑張って、
お金を貯めた。

そして大学2年の前期が終わった頃、
3ヶ月間アメリカへ行くことにした。



ただ、
ここで問題があった。

ボク、
英語がまるっきり出来なかった。

本当に、
全然分からない。

しかも当時は、
まだ通訳アプリなんて無い時代だった。

だからボクは、
ひとつ作戦を考えた。

『語学留学に来る日本人なら、
日本語も英語も分かるはず。』

『仲良くなって、
ひとり旅に必要な英語だけ教わろう。』

という、
かなり力技な作戦だった。



そして、
1ヶ月の短期語学留学へ参加した。

でも。

授業が始まった瞬間、
思った。

『……先生、
何言ってるか全然分からん。』

内容自体は、
今思えば中学1年生レベルくらい。

でも、
全部英語。

先生の説明が、
本当に聞き取れなかった。

そして2日目。
ボクは思った。

『これ、
授業出ても意味なくない?』

そこから先は、
ほぼ授業へ出なかった。

友達とマンハッタンへ遊びに行ったり。
寮でパーティーしたり。

遊びながら、
日本人の友達に英語で何て言えば良いか聞いて、
必要そうな英語だけメモを取る。

そんな毎日だった。



でも、
不思議とまた、
たくさん友達ができた。

フランス人。
ポルトガル人。
いろんな国の人たちと、
寮で一緒に過ごした。

みんな、
自分の国のことを楽しそうに教えてくれた。

でもその時、
ボクは気づいた。

『あれ……
ボク、日本のことあんまり知らないな。』

って。

だからその時、
なんとなく思った。

『いつか、
日本各地を回ってみたいな。』

って。



そして留学後。

ボクは、
アムトラックという、
アメリカを走る長距離列車の乗り放題チケットを買った。

大きなリュックを背負って、
ひとり旅へ出た。

ニューヨーク。
フィラデルフィア。
ワシントン。
マイアミ。
ニューオリンズ。
ヒューストン。
シカゴ。

英語は相変わらず、
ほとんど分からなかった。

でも、
留学中にメモした英語だけで、
なんとかなった。



そして何より。

本当に、
たくさんの人に助けてもらった。



知らない国。
言葉も通じない。

それでも、
人は優しかった。

なんとかなる時は、
なんとかなるんだと思った。



憧れだったNBAも見た。
ストリートバスケもした。
メジャーリーグも見た。

全部、
最高だった。



そして今振り返ると。

あの旅でボクは、
“世界の広さ”よりも。

“人の優しさ”
を学んだ気がする。



そして気づけば今。

ボクは、
キッチンカーで日本各地を回る人生を生きている。

あの時、
「いつか日本を回りたい。」
と思ったことを、
ちゃんと叶えていた。



人生って、
不思議だ。

遠回りしながら、
気づかないうちに、
昔の自分の夢へ近づいていくことがある。



そして、
そんな旅へ送り出してくれた家族には、
今も本当に感謝している。

3-8 ペンション住み込み生活

大学2年の冬。

ボクは、
雪山へ“住み込み”で行くことにした。



キッカケは、
大学の友達だった。

その友達が、
大学1年の冬に、
ペンションの住み込みバイトへ行っていて。

その話を聞いたボクは、
いつものように思った。

『じゃあ、
ボクも行こ。』

って。



そして始まった、
初めての雪国生活。

静岡育ちのボクにとって、
全部が新鮮だった。

朝起きると一面真っ白。
雪かき。
凍った道。
山の寒さ。

何もかも、
知らない世界だった。



ただ、
楽しいことばかりではなかった。

ペンションの奥さんが、
なかなか厳しい人だった。

いや、
正直に言うと、
かなり意地悪だった。

でも、
同じ住み込みのバイト仲間たちと、
励まし合いながら生活していた。

「今日も頑張ろうぜ。」

そんなふうに笑い合って。

今思えば、
あの大変さが、
逆に強い絆を作っていた気がする。



そして雪山では、
他のペンションやホテルで働いている、
シーズンバイトの人たちとも、
どんどん仲良くなった。

みんな、
冬の間だけ山へ来ている。

春になれば、
それぞれ別の場所へ帰っていく。

でも、
だからこそ。

一緒にいる時間が、
すごく濃かった。

「仲間って最高だな。」
本気でそう思った。



そして、
そのペンションのオーナーが、
またすごい人だった。

モーグルのワールドカップで、
前走を滑るようなレベルの人だった。

だから、
趣味レベルだったボクにも、
いろんなことを教えてくれた。



するとボクは、
どんどんスキーにハマっていった。

そして、
どんどん上達していった。

気づけば、
インストラクター資格まで取っていた。

さらに、
初めて出場した小さな大会では、
準優勝までしていた。

でも、
この冬にボクが本当に得たものは、
スキーの技術だけじゃなかった気がする。



春が近づき、
みんなが少しずつ山を降りる準備を始めた頃。

ボクは、
なんだか寂しかった。

ワンシーズンだけの集まり。

でも、
本気で笑って、
本気で遊んで、
本気で生きていた仲間たち。

そんな人たちと、
離れたくないと思った。



そして、
ふと思った。

『ペンションやれば、
みんな毎年遊びに来るんじゃないか?』

って。

その時、
ボクの中に初めて、

“ペンションオーナーになりたい”

という夢が生まれた。



今思えば。

ボクは昔から、
“人が集まる場所”
を作りたかったのかもしれない。

みんなが笑って。
また会いたくなって。
帰って来たくなる場所。

そんなものに、
ずっと憧れていた気がする。

3-9 フリースタイルスキーとの出会い

大学2年の冬。

ペンションに住み込みながら、
ボクはスキーにどんどんハマっていった。

気づけば、
インストラクター資格まで取っていた。

でも――

その頃のボクが本当に夢中になっていたのは、
“教えるスキー”じゃなかった。

飛ぶ。
回る。
魅せる。

フリースタイルスキーだった。



今でこそ、
冬季オリンピックで、
スキーやスノーボードのビッグエア競技がテレビで流れている。

でも当時は、
まだ今ほどメジャーじゃなかった。

競技人口も少なかったし、
周りでやっている人もそんなに多くなかった。

だからこそ、
ボクは思っていた。

『これ、本気でやればいけるんじゃない?』

って。



もちろん、
今振り返れば、
まだまだ全然初心者だった。

小さいジャンプ台で飛んで。
なんとかクルッと一回転できるくらい。
転んでばかりだった。

でも、
とにかく楽しかった。

転んでも。
雪まみれになっても。

またリフトへ乗って、
また飛びたくなる。

「カッコいい。」
「もっと上手くなりたい。」
「これ、極めたい。」



昔からそうだった。

ボクは、
何かに夢中になると、
一気に突っ走るタイプだった。

そしてその頃のボクには、
妙な自信もあった。

運動神経だけは良かったし。

昔から、
新しいスポーツでも、
わりとすぐ出来る方だった。

だから、
『絶対プロになれる。』

本気でそう思っていた。



この最初のシーズンを過ごしたのは、
長野県の斑尾高原だった。

でも、
雪山で過ごしているうちに、
少しずつ業界のことも分かってきた。

『フリースタイルスキーの本場は、
白馬っぽいな。』

『プロもたくさんいるみたいだし。』

そしてボクは、
また次の目標を決めていた。

『よし。来年は白馬にこもろう。』

って。



ただ、
当時のボクは、
派手な技ばかり追いかけていたわけじゃなかった。

バスケを長くやってきて、
ずっと感じていたことがある。

本当に上手い選手って、
派手なプレイが目立つとしても。

結局は、
“基本”がしっかりしている。
ということだった。

だからボクは、
スキーでも、
そこを大事にしていた。

体幹。
身体の軸。

どのスポーツでも、
軸がブレない選手は強い。

力がちゃんと伝わるし。
動きも速いし。
安定感もある。

『プロを目指すなら、
派手さより基本だ。』

そんなことを、
当時のボクは本気で考えていた。



そして何より。

仲間たちと過ごす時間が、
最高に楽しかった。

飛ぶ練習をしていると、
仲間がビデオを撮ってくれる。

上手く出来ると、
「うおぉーー!!」
って、
みんなで盛り上がる。

その声だけで、
また頑張れた。

雪まみれになって笑って。
転んで笑って。
夜まで語って。

また次の日、
みんなで山へ行く。

今思えば。

あの頃、
みんなと共有した時間そのものが、
人生の宝物だったんだと思う。



そして今振り返ると。

まだ始めて2シーズン目の、
ただのヘタクソだった。

でもあの頃のボクは、
本気で夢を見ていた。

そして、
本気で楽しかった。

3-10 「ボク、就職しない。」

春が近づき、
大学3年になる頃。

ボクの中では、
ひとつの気持ちが、
どんどん大きくなっていた。

『もっと上手くなりたい。』
『白馬へ行きたい。』
『プロになりたい。』

頭の中は、
もう完全にスキーだった。

もちろん、
周りを見れば、
就職活動の空気も少しずつ始まっていた。

「大学まで出て、
何するんだ?」

そんな空気も、
世の中にはあったと思う。

でも、
ボクの中では、
もう決まっていた。



『ボク、
就職しない。』



そしてある日。
実家へ電話した。

「ボク、就職しない。」

そう伝えると、
父は少しだけ間を空けて言った。

「スキーやるのか?」

「うん。」

そう答えると。

父は、
静かにこう言った。

「わかった。」

そして続けて、

「やるなら、
一生懸命やりなさい。」

と言ってくれた。



止められるかもしれない。
怒られるかもしれない。

どこかで、
そんなことも考えていた。

でも、
うちの家族は違った。

もちろん、
心配はしていたと思う。

でも、
最後には信じてくれていた。



「あんたのやることは、
信用してる。」



その言葉を、
ボクは人生の中で、
何度ももらってきた。

今思えば。

ボクはずっと、
“信じてもらえる人生”
を生きてきたんだと思う。

だからこそ、
失敗を怖がりながらも、
挑戦することができた。



そしてこの時の決断が。

後の人生を、
また大きく動かしていくことになる。


■ Episode 4 「好きだけじゃ、生きていけない」

4-1 スキーだけでは食べていけない

大学3年の冬。

ボクは、
長野県の白馬で暮らし始めた。

本気で
フリースタイルスキーを
極めようと思っていた。

当時の白馬には、
フリースタイルスキーの環境が
かなり整っていた。

冬は朝からゲレンデへ出て、
ひたすら練習。
夕方からは、コンビニでアルバイト。

そんな毎日だった。

そして、
ボクが白馬へ住み始めた、
最初の夏。

白馬五竜に
ウォータージャンプ施設が出来た。

それまでは、
雪が無い時期に
ジャンプ練習をするのが難しかった。

でも、
ウォータージャンプが出来たことで、
ゲレンデが閉まったあとも
次のシーズンが始まる直前まで、
一年中ジャンプ練習が出来るようになった。



今思えば、
あの頃のボクほど
練習時間を確保できていた人は、
国内でもかなり少なかったんじゃないかと思う。

そしてボクは、
どんどんスキーにのめり込んでいった。

朝から滑って。
転んで。
また飛んで。

夜は、映像を見返して。
「もっとこうしたら、キレイに回れるかも。」
なんて考えながら、
また次の日山へ行く。

そんな毎日だった。



そして、
スキーを始めて3年目。

大会でも少しずつ結果が出始めていた。

ウォータージャンプの大会では
第1回・第2回大会を連覇。

冬のシーズンも
年間20戦くらい大会を回りながら、
そのうち8割くらいで
表彰台へ上がっていた。

そして、
国内で目標にしていた大会のひとつでも
優勝することが出来た。

スポンサーもついた。



昔、雪山で転びまくっていた初心者が、
少しずつ “選手” として見られるように
なっていた。


しかもボクは、ほぼ独学だった。

そんなボクのところに、
ある日、突然電話が掛かってきた。

相手は日本トップクラスの選手たちを育てている
プロチームのトップだった。

「お前、ひとりでやって今のレベルなら。
俺のところに来たら、世界を目指せる。」

そう言われた。

正直、
めちゃくちゃ嬉しかった。

自分がやってきたことを
認めてもらえた気がした。

でも――

ボクは、その誘いを断った。

理由はシンプルだった。

自分の好きなように滑る今のスキーが、
好きだったから。

すると相手は、笑いながらこう言った。

「俺の誘い断るの、
お前くらいだぞ。」

でも、
それもなんだか嬉しかった。

さらにその後、
国内の別の大きな団体のトップからも
声を掛けてもらった。

「お前は、指導力もある。」

そんなふうにも言ってもらえた。

でも、
その誘いも断った。



もちろん、
本気でスキーは好きだった。

人生を賭けるくらい、
夢中だった。

滑っている瞬間だけは、
余計なことを全部忘れられた。

でも、
白馬で3年過ごす中で、
ボクの中に少しずつ違和感が生まれ始めていた。

4-2 好きなことを仕事にする現実

白馬で暮らしながら、
ボクは毎日みたいにスキーをしていた。

朝から夕方まで滑って、
夏もウォータージャンプで飛んで。

生活の中心には
いつもスキーがあった。

本当に楽しかった。

夢中だった。

結果も出始めていた。

スポンサーもついた。

大会でも勝てるようになっていた。

プロチームから声も掛かった。

昔、雪山で転びまくっていた初心者が。
少しずつ “選手”として見られるようになっていた。

でも――

白馬での生活を続ける中で、
ボクの中に少しずつ、
ある違和感が生まれ始めていた。

それは。

『好きなことを仕事にするって、
どういうことなんだろう?』

という疑問だった。



もちろんスキーで食べていけたら、
最高だと思っていた。

でも、
現実も少しずつ見えてきていた。

当時の日本で
スポーツだけで安定して食べていける世界って、
野球かサッカーくらいだと感じていた。

フリースタイルスキーだけで
生きていくのは、かなり厳しい。

そしてもし、
スキーを仕事にしたとしても、

インストラクター。
ゲレンデ施設の仕事。
ショップスタッフ。
いろんな道はある。

でも、どの仕事も
“自分のスキーをする時間” が、
少しずつ減っていくように見えた。

滑ることが仕事になる。

すると、
好きだったはずの時間が、
少しずつ、 “義務”に変わっていく。

その感覚が、
なんとなく苦しかった。



ボクはスキーが嫌いになりたかった
わけじゃない。
むしろ逆だった。
ずっと好きでいたかった。

滑っている時の、
あの自由な感覚を失いたくなかった。

だからこそ
気づいてしまった。

『やりたいことを仕事にする』って、
単純に幸せなことだけじゃないんだって。

好きなことが、
違う形へ変わっていくことでもある。



そしてある日。
ボクは、実家へ電話した。

「ボク、スキー離れようと思う。」

そう伝えると、
父は少しだけ間を空けて言った。

「そうか。」

そして続けて、
静かにこう言った。

「でもそれも
お前が今まで一生懸命やってきたから、
初めて見える景色なんだろうな。
一生懸命やってきたからこそだ。」

その言葉を聞いた時、
なんだか救われた気がした。

そして母は、
笑いながら、こう言った。

「いいんだよ。
あんたは一生懸命やったんだもん。
良い経験できたじゃない。」

そして、こう続けた。

「絶対、
あんたの人生に必要な時間だったはずだよ。
きっと、これからに繋がるから大丈夫。」

その時も家族は、
ボクの選んだ道を否定しなかった。



今思えば、
うちの家族はずっと
“結果”よりも
“どう生きたか”
を見てくれていたんだと思う。

そしてその言葉は、
その後の人生でも、
何度もボクを支えてくれることになる。

4-3 経営者になろう

実は、スキーを本気でやっていた頃も
ボクの中にはずっと消えていない夢があった。

“ペンションオーナーになりたい。”

という夢だった。

そのキッカケは大学2年の冬。
初めて住み込みバイトへ行った
あの雪山生活の中にあった。



実は、
住み込みしていたペンションの
オーナー以外にも、
ボクには強く影響を受けた人がいた。

隣のペンションのオーナーだった。

そのペンションは
1階がバーになっていて、
夜になると
スキーヤーやスノーボーダーたちが集まり、
いつも賑わっていた。

そのオーナーは、
たしか70歳を過ぎていたと思う。

でも肌ツヤが良くて、
恰幅が良くて、
いつもニコニコしている優しい人だった。

仲間たちとテーブルを囲んでいると、
料理を運んできたオーナーが
自然に会話へ混ざってくる。

そんな空気が、
なんだか、すごく心地良かった。

そしてある日。
そのオーナーがこんな話をしてくれた。

「私はもう年だから。
若い人たちみたいに
一日中滑ったりはできない。
でもね、
歳をとったら歳をとったなりの
楽しみ方があるんだよ。」

そう言って、
オーナーは嬉しそうに続けた。

「雪が降った次の日、
晴れて天気のいい日にね。
リュックの中に
ワインとチーズを入れて、
ゴンドラで山頂へ上がるんだ。
そして、
最高の景色を見ながら、
仲間とワインを飲んで
チーズをかじる。
これがまた最高なんだよ!」

そして最後に、
オーナーは笑いながら言った。

「人生、
遊び心が大事なんだよ。」

その言葉が。
ボクの中に深く残った。

『ボクも、こんなふうに歳を重ねたい。』

本気でそう思った。



だからボクは、
スキーをやりながらも
“いつかペンションをやりたい”
という夢をずっと持ち続けていた。

でも、
白馬で暮らしながら
スキー業界を見ているうちに、
少しずつ分かってきた。

ボクが本当に作りたいのは
“スキーの世界で生きる人生”
そのものじゃない。

仲間が集まって。
笑って。
遊び心を忘れずに生きられる場所。

そんな人生だった。



そしてボクは、
少しずつ考えるようになった。

『だったら、
まずは自由を作れる人になろう。』

『お金と時間。
両方の自由を持てる経営者になろう。』

って。

今思えば
“幸せのクレープ”
の原型みたいなものは、
もうこの頃から
ボクの中に少しずつ
生まれていたのかもしれない。

4-4 「自由」を作る側へ

ずっと、
一生懸命、遊ぶように生きてきた。

バスケ。
サーフィン。
スキー。
アメリカひとり旅。
白馬での選手生活。

どれも本気だったし、
後悔はなかった。



でもその頃のボクは、
ひとつの現実にも気づき始めていた。

『ボク、社会で通用するもの、
何も無いかもしれない。』
って。

大学は出ていた。

でも、
大学卒業後も選手活動を続けていたボクは、
世間的に見れば、
ずっとフリーターみたいなものだった。

だからまず、
“社会勉強”が必要だと思った。

そして、
25歳になる頃、ボクは考えた。

『とりあえず、
5年くらいサラリーマンをやろう。』
って。

何事も石の上にも三年って言う。
まず三年、一生懸命やる。

すると、少しずつ何かが見え始める。

小さな結果だったり。
自分に向いていることだったり。
向いていないことだったり。

そして五年くらい続けると、
また違う景色が見える。

その道をそのまま進みたいのか。
別の道へ行きたいのか。
そこから先に何があるのか。

それは、やってみないと分からない。

でも、
“一生懸命やった五年”の先には、
必ず何か景色がある。

ボクはスキーを通して、
なんとなくそれを感じていた。



だから、どうせ働くなら
後々、役に立つことを学べる仕事がいい。

そう思って
求人誌やハローワークで仕事を探した。

でも、
なかなかピンと来る仕事が無かった。

いくつか面接も受けた。

でもやっぱり、
大学卒業後に普通に就職していないことは
かなり不利だった。

しかも、
いつかペンションをやるなら
お金も必要だった。

ある程度の給料をもらえないと
前へ進めない気がしていた。

そうしているうちに、
就職活動はどんどん難航していった。



そんな時。
ボクは、ある求人に目が止まった。

誰もが知っている、
大手飲料メーカーの営業職だった。

正直、営業だけは無理だと思っていた。

ボクは、人が嫌いなわけじゃない。

むしろ友達は多かったし、
人と関わるのは好きだった。

でも、しゃべりは得意じゃないし、
グイグイ前へ出るタイプでもなかった。

だから営業職だけは避けていた。

でもその時は
背に腹は代えられなかった。

それに
『経営するなら、
営業スキルは必要かもしれない。』

そんな気持ちも
どこかにあった。

ただ、
応募しながらも
どうせ受からないと思っていた。

でも――

採用通知が届いた。
正直、自分でも驚いた。

でも受かったからには、やるしかない。

自由を手に入れる為に。
未来へ進む為に。

ここでもまた、
一生懸命やろうと思った。

採用が決まった時、
家族も喜んでくれた。
たぶん、
少し安心もしたんだと思う。

好きなことばかりやってきたボクが
大企業の正社員になったんだから。

兄は笑いながら
こんなことを言っていた。

「なんでお前が、
そんな大きい会社に受かるんだ。」

でも、
それについてはボク自身も不思議だった。
だから入社後、
面接してくれた支店長へ直接聞いてみた。

「なんで、
ボクを採用してくれたんですか?」

すると。
普段はグイグイ引っ張るタイプで
少し近寄りがたい雰囲気の支店長が。

その時だけ
優しい笑顔を浮かべて
こう言った。

「お前は、人柄だな。」

その言葉が、
なんだか、すごく嬉しかった。


■ Episode 5 「怒られる仕事」

5-1 初めてのサラリーマン生活

白馬で暮らしていた頃のボクは、
好きな時間に起きて、
雪山へ行って、
仲間と滑って、
そんな生活をしていた。

でも、
サラリーマンになったボクの朝は、
まるで別世界だった。



朝6時頃に起きる。
眠い目をこすりながら準備して、
スーツを着て、
車へ乗り込み、
会社へ向かう。

白馬にいた頃は、
通勤ラッシュなんて
ほとんど経験したことがなかった。

でも街へ戻ると、
朝の道路は大渋滞だった。

信号で何度も止まって
ノロノロ進む車の列を見ながら、
『みんな毎日これやってるのか……。』
って思った。

しかも白馬では
「うぃ〜っす!」とか、
「やっほ〜!」とか、
そんなゆる〜い挨拶ばかりだったのに、

会社では、
朝から気合いの入った声が飛び交っていた。
「おはようございます!!」

最初はもう、それだけでかなり緊張した。

朝から先輩社員たちが
せっせと商品をトラックへ積み込んでいる。

上司の前へピシッと立って、
真剣な表情で指示を受けている。

いろんな声が飛び交っていて、
空気がピンと張り詰めていた。

入社初日の朝から
ボクはかなり圧倒されていた。

そんな中、
自分のデスクへ案内される。

その瞬間、
『あぁ……。本当に社会人になったんだな。』
って、少しずつ実感が湧いてきた。



そして、
朝8時15分。

「朝礼〜!!」
大きな声が響いた。

すると、
積み込み作業をしていた先輩社員たちが
一斉に手を止めて、
支店の中へ集まり始めた。

全員で朝の挨拶をする。

そして、
声を揃えて社是を読み上げる。

ピンと張り詰めた空気。
規律。
緊張感。

そこには
これまでのボクの人生には無かった、
“社会”の空気が漂っていた。



自由だった雪山生活とは
まるで別世界。

でも、
自由を作る為に自分で選んだ道だった。

だからボクは、
ここでも一生懸命やろうと思った。

5-2 営業という世界

飲料メーカーの営業の仕事は、
想像していた以上に忙しかった。



朝出社すると、
まず最初にやるのが、
3トントラックへの積み込みだった。

送られてくる発注データ。
電話注文。
自販機へ補充するドリンク。

それらを確認しながら
漏れが無いように素早く積み込んでいく。

しかも、ただ積めばいいわけじゃない。
積む順番を間違えると、
後で荷物が出せなくなる。
効率もかなり重要だった。

そして準備が終わると
それぞれ担当エリアへ出発する。

スーパーへの納品。
売り場管理。
商談。
月末の集金。
取引先企業の新店オープン準備。
自販機補充。
クレーム対応。
新規開拓。
毎日の報告。

やることは、本当に山ほどあった。

しかも、
ひとりで任される顧客数は100〜200件。
担当エリアもかなり広かった。

だから当然、
定時だけではまず終わらない。
残業しないと追いつけなかった。



そして営業の世界には
“数字”があった。

1本100円前後のドリンクを売りながら、
月に400万〜700万円のノルマが課せられる。

その数字を達成する為に、
週間目標、
日別目標、
細かく計算しながら毎日動く。

時には、
大きな売上を作る為に
お客様へ交渉し上司へも交渉する。

でも当然、思い通りにはいかない。

クレーム。
トラブル。
急な予定変更。

そんなことは日常茶飯事だった。

そして月末になると、
数字のプレッシャーが
一気に重くのしかかってくる。

毎日のように
上司の怒鳴り声が支店へ響いていた。



それまでのボクの人生は
どこか「まぁいいか。」で済んでいた。

でも営業の世界では、
それでは済まされない。

ミスをすれば誰かに、迷惑が掛かる。
数字が足りなければ、責任が発生する。
結果を出さなければ、評価されない。

気づけば、
ストレスを感じない日なんて、
ほとんど無くなっていた。



営業車の中で、
信号待ちをしながらため息をつく日もあった。

夜、真っ暗な道を走りながら
『今日も怒られたなぁ……。』
なんて、ぼんやり考えている日もあった。

白馬で雪山を飛び回っていた頃とは、
まるで別世界だった。



でも、
そんな毎日の中で、
ボクは少しずつ“社会” というものを
学び始めていた。

5-3 怒られてばかりの日々

ボクが担当することになったエリアは、
支店の中でも
“ノルマ達成が難しいルート”
として有名だった。



まず、
担当範囲が広い。
移動距離も長い。

でもその割に、
大きな売上を作れる大型店は少なかった。

つまり、
走り回るわりに数字が伸びにくいエリアだった。

でも、
本当に大変だったのはそこじゃなかった。
取引先だった。

支店内でも有名なくらい、
クセの強いお客さんがかなり多かった。

そして、
歴代の担当者たちは、
数字を作る為に
自腹でサービスを付けたり、
会社にバレたら怒られるような条件で
商品を卸したり、
なんとか誤魔化しながら回していたらしい。

つまり、
表向きは普通に回っているように見えても、
実際はかなり無理をして
成り立っているルートだった。

ボクへ引き継ぎをしてくれた先輩社員も、
いつも何かに追われていた。

「ヤバいヤバい。」
が、口癖だった。

朝から晩まで常に焦っていて。
常に何かトラブルを抱えていて。
ずっと走り回っていた。



そして実際に
ボクがルートを引き継いでからも、
毎日が本当に大変だった。

しかもボクはまだ新入社員。
取引先から見れば
若い新人だった。

だからみんな、
かなり強気だった。

「もっと良い条件出せ。」
「急な注文入ったから、今すぐ持ってこい。」
「これ期限切れたから交換しろ。」

好き勝手な要求が、
次から次へ飛んでくる。

自販機も売り切れが付けば、
すぐ補充へ呼ばれる。

しかも、担当エリアは広い。

今いる場所と真逆の方向へ呼ばれることも、
普通にあった。

だから毎日、
時間に追われながら走り回っていた。

そして会社へ戻れば、
今度は上司から怒鳴られる。

「今日落とした売上、どうすんの!?」
「自販機の管理なってねぇぞ!!」
「何時まで回ってんだ!!」

支店の中には、
毎日のように怒鳴り声が響いていた。

気づけば怒られない日の方が
少なくなっていた。

営業車へ戻って
ひとりでコンビニのおにぎりを食べながら、
『なんでこんな毎日なんだろ……。』
って、ぼんやり思う日もあった。



白馬で雪山を飛び回っていた頃とは、
まるで別世界だった。

でも、
そんな毎日の中で。

ボクは少しずつ
“社会”で通用する大切な何かが
ちゃんと育っていった。

5-4 数字で認められる

営業の仕事は、
毎日が必死だった。

怒られて。
走り回って。
失敗して。
また怒られて。

正直、最初の頃は、
自分が営業に向いているなんて
まったく思えなかった。



でも、
そんな毎日の中でも、
ボクは自分なりに一生懸命やっていた。

朝早く出社して。
売り場を整えて。
取引先へ何度も顔を出して。

とにかく目の前のことを必死にやった。

すると少しずつ、
結果が変わり始める。



1年目。
支店でも有名だった、
“曲者揃い”の難しいルート。

その売上と利益を
少しずつ立て直していった。
ノルマを達成する月も次第に増えていった。

さらに。
新規開拓でも成果を出し、
少しずつ評価されるようになっていった。

2年目になる頃には、
担当ルートの業績もかなり安定して
伸びるようになっていた。

そしてその頃。
担当エリア内に大型スーパーが
新しくオープンした。

大きな売上が動く重要案件だった。

当然、競合他社もかなり力を入れてくる。

そんな中でも、
ボクの提案や売り場作りは高く評価された。

初めて大型スーパーの売り場を作った時、
取引先の店長さんから、
「ハニちゃん、売り場作るの上手いね。」
って、言ってもらえた時はかなり嬉しかった。

3年目。
支店内で担当ルートの再編成が行われた。

その時ボクは、
支店の売上を大きく左右する
“大型スーパー専門ルート”
を任されることになった。

当然ノルマも一気に大きくなった。
プレッシャーも増えた。

でも、
ボクはそこで、さらに結果を出していった。

そして4年目、5年目。
今度は、会社として立て直しを進めている支店へ転勤になった。

そこでも、
3年目までに磨いてきた営業力を使いながら、
担当ルートの数字を伸ばしていった。



気づけば、
提案力、
交渉力、
売り場作り。

そういった部分で、
社内でも高く評価されるようになっていた。



昔、
営業なんて絶対向いてないと思っていた自分が。

いつの間にか、
“数字を作れる営業”
として見られるようになっていた。



でも、今振り返ると、
ボクが本当に身につけていたのは
単なる営業スキルじゃなかった気がする。

5-5 人と向き合う力

今振り返ると、
ボクが営業で結果を出せた理由は
“営業が上手かったから”
じゃなかった気がする。

むしろ、
ボクはずっと自分は営業に向いていないと
思っていた。

話し上手でもない。
グイグイ押すタイプでもない。

いわゆる
“バリバリのやり手営業マン”
みたいな雰囲気ともかなり遠かったと思う。

どちらかと言えば口調ものんびりしているし、
動きもどこか柔らかい。

だから昔から、
年上の人たちには可愛がられるタイプだった。



でも、
そんなボクでも
結果を出せるようになった。

その理由は、
たぶん、ひとつだった。

“人と向き合ったこと”。

競合他社の担当者より、
マメに訪問する。
挨拶を徹底する。
売り場をキレイに整える。
品出しを丁寧にやる。
発注リストを細かく作る。

そういう “当たり前” を、
誰よりも一生懸命やった。

すると少しずつ。
お店の人たちとの関係が変わっていった。

新入社員の頃
“曲者ルート”
と呼ばれていた取引先の人たちも。

ルートを離れる時には
「またいつでも遊びに来いよ。」
「ちゃんと顔出せよ。」
って。
まるで友達みたいに
言ってくれるようになっていた。

中には、異動後も
「元気でやってるか?」
って、わざわざ電話をくれる人までいた。

そして、
初めて担当した大型スーパーでも、
人間関係はどんどん深くなっていった。

担当社員さんはもちろん、
店長ともかなり仲良くなった。

店長はいつもボクを
「ハニちゃん!」
って呼んでいた。

「俺がバンバン売ってやるから、
ここドーンと商品積んでいいよ!」
とか。

「ハニちゃん、見て見て!」
そう言う店長の前には大量のドリンク。

「これ、俺が買ってスタッフに配ってるんだ。」
とか言いながら、
うちのドリンクを自腹で100本くらい
買ってくれていたこともあった。



もちろん商品力もあったと思う。
でも、それだけじゃなかった気がする。

人って、
最後は “誰から買いたいか” なんだと思った。

そして、
営業の世界でボクが本当に学んだのは
物を売る技術だけじゃなかった。

“人と向き合う力”。

それこそが、
後の人生で一番大きな財産に
なっていくことになる。



そして、5年目の終わり。

ボクは支店長との面談で
退職の意思を伝えた。

支店長はかなり驚いていた。

「本当に辞めるのか?」
何度も確認された。

でも、ボクの気持ちは決まっていた。

すると後日。

ボクを採用してくれた前の支店長が、
わざわざ会いに来てくれた。

その頃には、その人は地区部長になっていた。

部長は、
真剣で少し悲しそうな表情で
ボクにこう聞いた。

「お前、本当に辞めるのか?」

「はい、辞めます。」

そう答えると、
部長は少しだけ間を空けて、
静かに言った。

「そうか。」

しばらくの沈黙の後、
部長はこう言った。

「お前が決めたんなら、
俺は引き留めはしない。」

そして最後に。
優しい表情でこう言ってくれた。

「俺の目に、狂いはなかったな。」

そして、笑顔でこう言ってくれた。

「いいか。たまには連絡よこせよ。」

その言葉が
本当に嬉しかった。

この人に拾ってもらえて
本当に良かった。

心から、そう思った。


■ Episode 6 「自由の始まり」

6-1 キッチンカーとの出会い

退社を決めた時、
実はボクはまだ
“次に何をやるか”
を決めていなかった。

ただ、ひとつだけ、
なんとなく思っていたことがあった。

『営業の仕事でも、
結果を出せるようになってきた。』

『社会勉強も、充分できた気がする。』

『そろそろ、次の勉強に進もう。』

そのくらいの感覚だった。

だからこそ、
支店長たちを驚かせる “電撃退社”
になったんだと思う。

そして退職後。
ボクは次に何をするか探していた。



そんなある日。
ふと思い出したことがあった。

『社会勉強の為に、
5年くらいサラリーマンをやろう。』

昔、そう思っていたこと。

そして気づけば、
本当にほぼ5年で退職していた。

さらにもうひとつ、
思い出したことがあった。

『30歳で、何かの社長になる!』

子どもの頃。
そんなことを漠然と思っていた。

そしてその時、
ボクはちょうど30歳目前だった。



でも、そうは言っても、
会社を始められるほどのお金が
あるわけでもない。
特別な資格があるわけでもない。

何か明確なビジネスが
見えていたわけでもなかった。

ただ、

“経営の勉強になることをしたい。”

その方向性だけは、
なんとなく決まっていた。

でも、
『具体的に何をやればいいんだろう。』

ボクはずっと考えていた。



そんなある日。
食材を買いに
スーパーへ出掛けた時のことだった。
そこでボクはあるものと出会う。

キッチンカーだった。

今では街でもよく見かける。
でも17年前の当時はまだかなり珍しかった。

しかもその時、ちょうどお昼時。

キッチンカーの周りには人が集まっていて、
なんだか楽しそうな空気が流れていた。

『なんだろう、これ。』

そんなふうに思いながら近づいていく。

すると車の中から、
ジュージュー焼ける音といい匂いが漂ってきた。

『せっかくだし、ここで昼ご飯食べようかな。』
そんな軽い気持ちだった。

でも、
その出会いが後の人生を
大きく変えていくことになる。

6-2 一期一会

そこに停まっていたのは、
黄色いお洒落なキッチンカーだった。

車体には「151a」
という文字が書かれていた。

『これ、店名なのかな?』
そんなことを思いながらメニューを見る。

タコライス。
ローストビーフ丼。
いろんなメニューが並んでいた。

でもその中で、
ひときわ目を引いたのが
“おすすめ”と書かれた、
ビッグサイズのハンバーガーだった。

鉄板の上でジュージュー音を立てながら
焼かれている肉。
香ばしい匂い。
楽しそうに待っているお客さんたち。

なんだか、
その空間そのものがキラキラして見えた。

『よし、これにしよう。』

そう思って、注文した。

そして、ハンバーガーが出来上がるまで、
ボクは店員さんと話しながら待っていた。

「キッチンカーって、楽しそうですね。」

するとその人は、
笑顔でこう言った。

「いやぁ〜、本当に楽しいですよ!
もちろん、
売れるようになるまでは大変でしたけど。
今は、本当にやって良かったと思ってます。」

「それは良いですね。」

『やっぱり、楽しいんだぁ。』

するとその人は、
さらに嬉しそうに続けた。

「楽しさもいろいろあるんですけど。
何より、人との出会いが最高なんですよ!」

ハンバーガーのパティをひっくり返し、
店員さんは続けた。

「お客さんもそうだし、キッチンカー仲間も。」

その時の表情が
ものすごくキラキラしていた。
心の底からそう思っているのが伝わってきた。

そしてその瞬間。
ボクは、あることに気づいた。

「あ、もしかして……151aって。」

するとその人は、笑いながら言った。

「ああ、そうなんです。
151aって書いて、
一期一会なんですよ。」

出来上がったハンバーガーを紙で包みながら、
少し笑みを浮かべる店員さん。

「なかなか気づいてもらえないんですけどね。」

その言葉を聞いた時。
この人は、
本当に “出会い” を大事にしているんだなって。

なんだか心が温かくなったのを
覚えている。



そして、
家へ帰ったボクはハンバーガーを食べながら.
スマホでキッチンカーについて調べ始めた。

すると、
キッチンカーは
比較的低資金で始められることを知った。

しかも、
自分で全部やる。

仕入れ。
販売。
接客。
売上管理。
出店場所探し。

全部。

その瞬間、
ボクの中で何かが繋がった。

『そうだ!
キッチンカーなら1から10まで、
全部自分で経営を経験できる。』

そして、
いつものアレが発動した。

『ボク、キッチンカーやりたい!』

そこから、ボクは一気に動き始めた。

さらに調べていくと、
キッチンカーの人気商材として
クレープが出てきた。

そして、
スーパーやイベントで見かける
クレープ屋さんには、
いつも子どもたちや女子高生たちが並んでいた。

クレープを受け取る時、
みんな、なんだか嬉しそうだった。

『クレープって、
みんなを笑顔にする食べ物なのかも。』

そんなふうに思った。



正直に言うとボク自身、
それまでクレープを食べた記憶なんて
2回くらいしかなかったと思う。

でも
『まぁ、一生懸命やってれば、
なんとかなるでしょ!』

そう思い込むまでに
時間は掛からなかった。

そして、
ローンを組んでキッチンカーを購入した。

準備を整え、
ボクはキッチンカーのクレープ屋さんになった。

6-3 はじめての営業

そしてついに、
ボクのキッチンカー営業初日がやってきた。

初めての出店場所は
スーパーの駐車場だった。



朝。
まだ薄暗いうちから準備を始める。

鉄板を温めて。
材料を並べて。
発電機を回して。

でも、
当然ながら全部が初めてだった。

クレープを焼くのも。
接客するのも。
お店を運営するのも。

何もかも手探り。

しかも、
クレープ作りは想像以上に難しかった。

生地を丸く広げるだけでも一苦労。
焼き過ぎたり。
破れたり。
変な形になったり。

家で練習していた時は
『まぁ、なんとかなるかな。』
って思っていた。

でも実際は、
全然うまくいかなかった。

そして、
営業開始時間になった。

『さぁ、お客さん来るかな……。』

ドキドキしながら待っていた。

すると。
少しずつお客さんが来てくれた。

「クレープ屋さんだ〜!」
って、嬉しそうに近づいてくる子ども。

「どれにしようかな〜。」
って、楽しそうに悩む女子高生たち。

その姿を見た時、
ボクは思った。

『あぁ……クレープって、
なんか幸せな食べ物なんだな。』
って。

でも、
営業は甘くなかった。

待てど待てど
行列なんて出来ない。

むしろ
かなり暇だった。

そして、
その日の売上は――

13個で7200円。
正直、『少なっ!!』って思った。

ローンもある。
材料代も掛かる。
ガソリン代も掛かる。

『これ、大丈夫なのか……?』
不安もかなりあった。

でも不思議と、
後悔は無かった。

むしろ、
めちゃくちゃ充実していた。

自分で考えて。
自分で準備して。
自分で営業する。

全部が自分次第。

それが、ものすごく楽しかった。

しかも、
クレープを渡した時、
お客さんたちが笑顔になる。

「美味しかった!」
「また来ます!」

そんな言葉を直接もらえる。

営業マン時代とは、
また違う喜びがそこにはあった。



そして営業終了後。
片付けをしながら、
ボクは、ひとりで思っていた。

『13個しか売れてないのに、
なんでこんな楽しいんだろ。』
って。

たぶん、
あの日のボクは
“自由に生き始めた感覚”を
初めて味わっていたんだと思う。

6-4 ワクワクしていた頃

キッチンカーを始めてから、
ボクの毎日は大きく変わった。

毎月、今月はどこへ出店するか考える。

材料を仕入れて。
生地を仕込んで。
キッチンカーを走らせる。

そして営業して、
終わったら片付け。

全部自分でやる。

大変だった。

でも、サラリーマン時代とはまるで違った。

まず、
怒られない。

これがめちゃくちゃ大きかった。
会社員時代は、
毎日みたいに怒鳴り声が飛んでいた。

数字。
クレーム。
トラブル。

何かあるたびに怒られる。

だから当時は
『怒られることが、仕事なんじゃないか。』
本気でそんなふうに思う日もあった。

でも、キッチンカーは違った。

もちろん、
売れない日はある。
不安もある。

でも、
全部、自分の責任。

だから逆に、気持ちがすごくラクだった。

そして何より“自由”だった。

次は、どこへ行こう。
どんなメニューにしよう。
どうやったら、もっと喜んでもらえるかな。

全部、自分で考えられる。
その感覚が、たまらなく楽しかった。

しかも、
キッチンカーには
いろんな人との出会いがあった。

スーパーの店長さん。
出店先の担当者さん。
常連さん。
子どもたち。

そして、他のキッチンカー仲間たち。

営業を続けるうちに、
少しずつ顔見知りも増えていった。

「昨日はどこ出てたの?」
「最近どう?」

そんなふうに声を掛け合う。

なんだか、
昔の雪山生活みたいだった。

好きなことをやって。
仲間がいて。
毎日が、
ちょっとワクワクしている。

『あぁ……こういう生き方、
やっぱり好きだな。』

そう思った。



そしてその頃のボクは
まだ知らない。

この先、
キッチンカー人生が、
想像以上に過酷なものになっていくことを。

そして、
その人生の中で、
後にりなちゃんと出会うことになることも。


■ Episode 7 「車中泊の夜」

7-1 自由になるはずだった

キッチンカーを始めて3ヶ月くらいまでは
本当に楽しかった。

全部が初めてだった。
新しい世界だった。
出店するたびに学びがあった。

クレープ作り。
接客。
売り場作り。

少しずつ、成長している実感もあった。

そして何より
“自由”を感じていた。

好きな時間に働いて。
好きな場所へ行って。
自分の力でお金を稼ぐ。

ボクは、そんな生活にワクワクしていた。

しかも、
お客さんから
「ありがとう。」
「美味しかった。」
そんな言葉を直接もらえる。

そのたびに
『あぁ……これがやりたかったのかもしれない。』
そんなふうに思っていた。

そして、少しずつ、
何度も来てくれる常連さんも増え始めていた。

「今日も来ちゃった!」
「また買いに来たよ!」
そんな言葉が嬉しかった。

さらに、
他のキッチンカー仲間とも仲良くなっていった。

出店先で
「最近どう?」
「今日売れてる?」
そんな話をしながら、みんなで笑う。

なんだか、昔の雪山生活みたいだった。

好きなことをやって。
仲間がいて。
毎日が、
ちょっとワクワクしている。

『あぁ……こういう生き方、やっぱり好きだな。』
本気でそう思っていた。



でも――

4ヶ月、5ヶ月と経つ頃から、
少しずつ違和感が生まれ始めていた。

売上の帳簿を見ても
思ったほど数字が伸びていない。

もちろん、
最初のうちは儲からなくて当然だと思っていた。

サラリーマン時代の貯金を切り崩しながら
しばらく頑張るつもりだった。

でも、半年経っても、
生活費をまかなえるほどの利益には
全然届いていなかった。

少しずつ、焦りが出始めていた。

それでもボクは
自分に言い聞かせていた。

『まだまだ新人だ。』
『新商品を出せば、
爆発するかもしれない。』
『もっと売れそうな出店先を開拓すれば、
きっと変わる。』

そんなふうに
自分を励ましながら、
毎日を過ごしていた。

でも、半年を過ぎても、
状況が大きく変わる気配はまったく無かった。

むしろ少しずつ “不安” と “焦り”の方が
大きくなっていった。

自由になるはずだった。

好きなことで生きて。
自分らしく働いて。
楽しく人生を進めていくはずだった。

でも現実は.
少しずつボクが思い描いていた“自由”とは
違う顔を見せ始めていた。

7-2 赤字と長時間営業

『このままじゃ、まずい。』

焦りはいつの間にか、
“危機感”へ変わっていた。

そしてボクは
7ヶ月目から働き方を大きく変えた。

朝9時から夜21時までの12時間営業。

休みも、ほとんど取らなくなった。

実際、この時から5年目くらいまでは、
年間で5日〜10日くらいしか
休まない生活をしていた。

しかも、営業時間だけじゃない。

その前後には、
仕込み。
出店準備。
片付け。
さらにアパートと出店先の往復。

『売れそう』と思えば、
1時間以上離れた場所にも平気で出店した。

気づけば、
毎日15時間、16時間。

ほとんどの時間を
仕事に費やしていた。

手は、ずっと作業と洗い物で荒れていた。

クレープを巻き続けて、
腕も肩も痛い。

でも、止まれなかった。
止まったら終わる気がしていた。

それでも、とにかくやるしかなかった。

営業時間を延ばし。
休みを削り。
必死に働いた。

その結果8ヶ月目には、
なんとか生活費をまかなえるくらいの
売上が立った。

そして、
遠くの新しい出店先で
大きく売れた日もあった。

その時、
ボクの中に少しだけ光が差し込んだ。

『いけるかもしれない。』
そう思った。

そして9ヶ月目。

売れた場所への出店日数を倍に増やした。
他の出店も、
これまで売上の良かった場所を中心に組み直した。

『これでプラスになる。』
本気でそう思っていた。



でも――

ボクが、希望を持って挑んだ9ヶ月目。
再び、赤字に転落した。

帳簿を見ながら
しばらく動けなかった。

『なんでだよ……。』

そんな言葉だけが
頭の中をぐるぐる回っていた。

7-3 車中泊生活

プラスにできると思っていた9ヶ月目が
赤字で終わった。

その現実を前にして、
ボクは、ただ落胆していた。

でも、
立ち止まっている余裕なんて
これっぽっちも無かった。

『もう、やれるだけやるしかない。』
頭の中はそれだけだった。

この頃からボクは、
少しずつ自分の殻に
閉じこもるようになっていった。

実家の家族。
友人。
誰とも、
連絡を取らなくなった。

心配を掛けたくなかった。

それに、
今の自分を見られたくなかった。

そんな気持ちもあったんだと思う。

そしてボクは
必死に原因を考えた。

敗因は、大きく2つあった。

ひとつは
“キッチンカーという物珍しさ”という強みを
自分で殺してしまっていたこと。

初めて遠くまで出店した時、
お客さんからよく言われた。

「どこから来たの?」
「この辺、クレープ屋さん無いから嬉しい!」
その言葉を思い出した。

出店頻度を増やしたことで
その“特別感”が薄れてしまっていた。

そして、
もうひとつの敗因。

それは、
単純に実力不足だった。

見た目は、それっぽくなってきていた。
でも、中身はまだ素人の延長だった。

物珍しさが無くなれば
あとは純粋な“商品力”の勝負になる。

その時のボクのクレープには、
人を惹きつけるだけの価値がまだ無かった。

そう気づいた瞬間。
ボクは、さらに自分を追い込んでいった。

クレープ作りと
徹底的に向き合った。

お菓子作りの基本から調べる。
材料について調べる。
温度管理。
分量のバランス。

それまで、
なんとなく作っていたクレープを
“自分にしか出せない味” にしようと、
必死に磨き続けた。

接客も、一から見直した。

朝・昼・晩と、クレープを食べて研究した。

お客さんがいない時間も寝る時間も削って、
ひたすら勉強した。

でも、現実はそれでも追いつかなかった。



独立して1年が経つ頃。

ボクはサラリーマン時代に貯めていたお金を
すべて使い果たしていた。

困り果てて手を出したカードローンも
借り入れ上限まで達していた。

そして。

アパートの家賃も滞納が続き、
ついに、追い出された。



荷物を積み込みながら
ボクはぼんやり思っていた。

『……マジか。』
って。

でも、
不思議と涙は出なかった。
そんな余裕すら無かったんだと思う。

そしてその日から
ボクの生活は大きく変わった。

公園の駐車場で、
車の中で寝る。

そんな車中泊生活が始まった。

7-4 野良猫だけが話し相手だった

それからボクの
一年半にもおよぶ車中泊生活が始まった。

正直、
想像していたほど絶望だけではなかった。

実はこの時、
少しだけ気持ちを楽にしてくれた記憶があった。

ペンションに住み込みで働いていた
あの冬の終わり。

仕事が終わったあと、
ゲレンデがクローズになるまでの約1ヶ月間、
ボクは車中泊をしながらスキーをしていた。

その記憶を思い出しながら、
車で寝る生活もどこか受け入れていた。

当時は仕事が忙しくて
アパートには寝に帰るだけの生活だった。

だから、
『寝るだけの為に家賃を払うのって、
なんかもったいないな。』
そんなふうに思っていた。

そして、テレビもない静かな車の中。

それは、
お店を立て直す為に考える時間を作るには、
ちょうど良い環境だったのかもしれない。

ちなみに、お風呂は近くの銭湯へ通っていた。

それだけは、なんとかなっていた。

そしてボクは
相変わらずクレープと向き合い続けていた。

「研究の為。」
と言えば聞こえは良いけれど。

正直、お金を節約する為に
毎日のようにクレープを食べていた。

でも、ただ同じものを作るだけじゃない。
飽きないように。

そして、
より良いものを作る為に。

スーパーへ行っては新しい材料を探した。

生クリーム。
チョコ。
フルーツ。
生地の配合。

少し変えては試してみる。
そして、次々と新商品を作っていった。

オープン当初は
30種類くらいだったメニューも、
気づけば200種類を超えていた。

さらに、
サラリーマン時代に身につけた
売り場作りの経験も活きた。

たくさんあるメニューの中から
お客さんが選びやすいように
レイアウトを工夫する。

POPを変える。
見せ方を変える。
商品の並び順を変える。

そういった積み重ねが、
少しずつ、
本当に少しずつ、
お店の力になっていった。

この一年半の間に、
ボクのお店は、確実に、
“人気店”  へ近づいていった。



そして.
そんな車中泊生活の中で
ボクにはひとつの癒しがあった。

夜になると決まって現れる
一匹の野良猫。

白と黒と茶色が混ざった
三毛猫だった。

最初は、たまたま来たのかと思っていた。

でも。
次の日も。
その次の日も。

気づけば、
毎晩みたいに現れるようになっていた。

ボクが車のドアを開けると
当然みたいな顔で近くへ座る。

そして、
黙ってこっちを見ている。

ボクは毎晩
三毛猫が来ると外に出て、
その三毛猫に向かって
1日の出来事を話していた。

お店のこと。
売上のこと。
うまくいかなかったこと。
少し嬉しかったこと。

誰にも言えなかったことを。

その猫にだけ、
話していた。

猫は、
別に何も答えない。

でも、
不思議と少しだけ気持ちがラクになった。

気づけば、
ボクにとってその三毛猫は
一番の話し相手になっていた。


7-5 人生を諦めかけた夜

車中泊生活が始まって
一年半が経つ頃だった。



ある日の昼間。

お客さんが少ない時間に
ひとりの男性が店の前に立った。

70代くらいだろうか。

白い口髭をたくわえたその人は、
どこか品のある、やさしい表情をしていた。

そして、にこやかに声をかけてきた。

「何度かここで見かけてるんだがね。
いやぁ、よく頑張ってるね。」

注文をする様子ではなかった。

キッチンカーをやっていると、
たまに世間話をしに来る年配の方もいる。
最初はそんな感じかと思った。

でも、
その人は少し違っていた。

「私、こういう者でね。」

そう言って、名刺を差し出してきた。

そこには、
イベント出店の仲介業と書かれていた。

「全国の大きなイベントに、
キッチンカーや屋台を出す手配をしていてね。
君みたいに一生懸命やってる人を、
応援したくて声をかけたんだよ。」



「今なら、秋田のねぶた祭りとかも出られるよ。
どうだい?
今度、話だけでも聞いてみないかい?」

突然の話だった。

でも、
ボクの中で何かが引っかかった。



そして後日。

仕事が終わったあと、
ファミレスで会って
詳しい話を聞くことになった。

「こういう大きなイベントはね、
普通は抽選でなかなか入れないんだ。」

イベント出店は抽選で決まることも多い。
大きなイベントとなれば尚更だった。

「でもうちは、特別枠を持っていてね。
頑張ってる人に声をかけて、
優先的に出店させてあげてるんだよ。」

そう言いながら、その人は説明を続けた。

大きなイベントになると
売れる店は数人で出店し、
たった1日で
50万〜100万円の売上になるらしい。


「とにかく人だらけだからね、
 君ひとりで行ったとしても、
 30万くらいはいけるんじゃないかな。」

そう言われた。

出店料は1週間で35万円。

その時のボクの
最高売上は1日7万円。

でも、
お祭りの屋台に集まる人の多さを考えれば、
その話は現実味のあるものに思えた。



車中泊生活を始めて一年半。

少しずつ、
少しずつ立て直しながら。

キッチンカーのローンと、
カードローンの返済を続け。

わずかだけど
手元にお金も残せるようになっていた。

ギリギリ。
挑戦できるかもしれない。

そう思える状況だった。



悩んだ。
かなり悩んだ。

でも最後に、
ボクの中で浮かんだのは。

『ここで変わらなかったら、
もうダメかもしれない。』

そんな気持ちだった。

そしてボクは、
“一発逆転”を信じて、
その出店を決めた。



――数日後。

ボクは、
35万円を振り込んだ。

そして、その後。

その男性とは、
一切、連絡がつかなくなった。

詐欺だった。



……。

こんな生活を一年半続けて、
やっと貯めたお金だった。

少しずつ増えてきた常連さんたちが。
ボクを応援してくれて。

その想いと一緒に、
払ってくれた大切なお金だった。

やっと。
やっと。
軌道に乗せられると思ったのに。

それまでの努力も。
目の前に現れた希望も。

全部。

一瞬で消えた。
何も残らなかった。

そして、
ボクの中から、
お店を立て直す気力だけじゃなく、

“自分の人生を立て直す力”
そのものが。

消えていった。


■ Episode 8 「猫の神様」

8-1 「なんじゃ。もう諦めるのか?」

その夜も。

ボクは、
いつもの公園にいた。

車を停めて、
エンジンを切る。

静かだった。

街灯の明かりと、
遠くで聞こえる車の音だけ。

それ以外は、
何もなかった。



ボクは。

運転席に座ったまま、
ぼーっとしていた。

何も考えたくなかった。

でも、
考えたくないのに。

頭の中では、
同じことばかりが繰り返されていた。

お金のこと。
お店のこと。
これからのこと。


どうしたらいいのか。
何が正解なのか。

もう、
分からなかった。



「……はぁ。」

小さく、
息がこぼれた。

その時だった。

車の外から。

「ニャー。」
と、小さな鳴き声が聞こえた。

すぐに分かった。

あの猫だ。

毎晩のように、
この時間になると現れる、
あの野良猫。

ボクは、
ドアを開けて車を降りた。

少しひんやりした空気が、
頬に触れる。

猫は、
街灯の下でこっちを見ていた。

まるで、
待っていたみたいに。



ボクは、
その猫の前にしゃがみ込んだ。

そして、

ぽつりと、
話し始めた。

「ねぇ……」

少しだけ、
間があいて。

言葉が、
こぼれた。

「……ちょっと、疲れちゃったな。」

その言葉は、
誰にも言えなかった言葉だった。

でも、
この猫には、
なぜか言えた。

「頑張ってるつもりなんだけどなぁ……」

ポツリと落ちる言葉。

「なかなか、うまくいかないや。」

少しだけ、
苦笑いが浮かぶ。

「……どうしたらいいんだろう。」

そう言って、
猫の方を見る。

猫は、
じっと、こちらを見ていた。

ただ。

その目が、
いつもより、
少しだけ深く見えた気がした。



その時だった。

――声がした。

「なんじゃ。」

......。

「もう諦めるのか?」

……。

ボクは、
一瞬、
何が起きたのか分からなかった。

今の声は頭の中で、聞こえたのか。

それとも。

目の前の猫から、聞こえたのか。

分からなかった。

8-2 野良猫がしゃべった

「なんじゃ。」

「もう諦めるのか?」

……。

ボクは固まった。

今の声。

確かに、
聞こえた。

でも、
ありえない。

こんな場所で。
こんな時間に。

しかも、
目の前にいるのは、
ただの野良猫だ。

ボクは、
ゆっくりと周りを見渡した。

誰もいない。

街灯の下。
静かな公園。

さっきと、
何も変わっていない。

「……気のせいか。」
そうつぶやいて、
もう一度、
猫の方を見る。

猫は、
さっきと同じように、
じっとこちらを見ていた。

その目が、
妙に離れなかった。



「なんじゃ。」

......。

「聞こえとるんじゃろ?」

……!?

今度は、はっきりと、
ボクの耳に届いた。

背中にゾクッとした感覚が走る。

「え……?」

思わず声が漏れた。

猫は、
変わらずそこにいる。

でも、
その口は動いていない。

それなのに。

声だけが、
聞こえてくる。

「なんじゃお前さん。
さっきまで、
諦めるようなことを言っとったじゃろう。」

......。

「もう終わりみたいな顔しておるな。」

ボクは言葉が出なかった。

怖い。

でも、
なぜか逃げようとは思わなかった。

むしろ、
その言葉が。

心の奥に、
刺さっていた。

「……。」

何も言えずにいると、
猫は少しだけ首をかしげた。

「どうした。
まだ、やれることがある顔をしとるぞ。」

その一言で。

ボクの中で.
何かが、
揺れた。

8-3 理想の自分を作れ

「どうした。
まだ、やれることがある顔をしとるぞ。」

その言葉に.
ボクの中で何かが引っかかった。

「……そんなこと、ないよ。」

気づけば、
口からこぼれていた。

「もう、
やれることは全部やったし。」

少し投げやりな気持ちで出た言葉。

「これ以上、
何をすればいいのかも分からない。」

声に出した瞬間、
自分でも、
どこか諦めたような響きだと思った。



猫はじっとこちらを見たまま、
静かに言った。

「本当にそうか?」

......。

「お前さん、
“できること”をやっとるだけじゃろう。」

……。

「やりたいこと」ではなく。
「できること」。

その言葉に、
ボクは何も返せなかった。



「お前さんは今。」

......。

「うまくいかん現実に合わせて、
自分を小さくしとる。」

......。

「だから苦しいんじゃ。」

その言葉は、
まるで自分の中にあった
見ないようにしていた何かを、
そのまま言い当てられたようだった。

「……じゃあ、どうすればいいの?」

思わず聞いていた。

猫は、
少しだけ目を細めて言った。

「簡単じゃ。」

......。

「理想の自分を作れ。」

……。

「理想の……自分?」

「そうじゃ。」

......。

「お前さんが、
“こうありたい”と思う姿じゃ。」

......。

「今の自分じゃなくていい。」

......。

「うまくいっとる自分でもいい。」

......。

「全部うまくいっとる世界でもいい。」

......。

「その中での自分を、
はっきりと思い描くんじゃ。」

ボクは、
黙って聞いていた。

「そしてな。」

猫は続けた。

「その理想の自分なら、
どう考えるか。」

......。

「どう動くか。」

......。

「それを、
今のお前さんがやればいい。」

……。

そんなことで、
何か変わるのか。

そう思う気持ちもあった。

でも。

「……。」

ボクの中で、
何かが、
少しだけ動いた気がした。



「今のお前さんはな。」

......。

「うまくいってない自分の延長で、
未来を考えとる。」

......。

「だから、
どこまで行っても苦しいんじゃ。」

......。

「先に、
在り方を決めろ。」

......。

「現実は、
あとからついてくる。」



その言葉は。

どこか、
不思議と納得できた。

今のままじゃダメだってことは、
もう分かっていたから。

「……理想の自分、か。」

小さく、
つぶやいた。

その時。

初めて、
ほんの少しだけ。

前を向けた気がした。

8-4 幸せ之助誕生

「理想の自分を作れ。」



その言葉が。

頭の中で、
何度も繰り返されていた。

理想の自分。

うまくいっている自分。

全部がうまく回っている世界の中の自分。

「……そんなの、今の自分とは真逆だな。」

苦笑いがこぼれた。

でも、
それでいいのかもしれないと思った。



今の自分の延長で考えていたから、
苦しくなっていたんだとしたら。

いっそ、
全部ひっくり返してみてもいい。

ボクは、
少しだけ目を閉じた。

ゆっくりと。

理想の自分を、
思い描いてみる。



お店はうまくいっている。

お客さんが笑顔で並んでいる。

常連さんも増えている。

お金にも困っていない。

余裕を持って、
仕事ができている。

無理をしている感じもない。

自然体で、
楽しそうに働いている。



「……なんか、いいな。」

ぽつりと、
言葉がこぼれた。

その中にいる自分は、
今の自分とは違っていた。



焦っていない。

不安も抱えていない。

どこか、
余裕があって。

優しくて。

楽しそうだった。



「その自分なら、
どうする?」



猫の言葉が、
頭の中に浮かぶ。

「……。」

少し考えて、
ボクは答えた。



「ちゃんと、お客さんと向き合うと思う。」

「売ることばっかりじゃなくて。」

「もっと、喜んでもらうことを考えると思う。」

「自分が楽しむことも、忘れないと思う。」



言葉にしてみると。

なんだか、
しっくりきた。

「……あれ。」

ボクは、ふと気づいた。

それって。
昔、やっていたことじゃないか。

売上に追われて。
焦って。
余裕がなくなって。

いつの間にか、
忘れてしまっていただけで。

もともとは、
そうやってやっていた。

「そうか……。」

小さく、
息が抜けた。



その時。

頭の中に、ひとつのイメージが浮かんだ。

さっき思い描いた、
あの理想の自分。

でも、
そのままの“自分”として考えるより。

少しだけ。

別の存在として見た方が、
分かりやすい気がした。

「……名前、つけようかな。」

なぜか、
そう思った。



理想の自分に。

名前をつける。



それは、
今の自分とは違う。

でも。

確かに、
自分の中にいる存在。

「……。」

少し考えて、
ぽつりと、
口にした。



「幸せ之助。」



なんとなく、
しっくりきた。



幸せそうに生きていて。

無理をしていなくて。

周りの人も、
笑顔にしている。



そんな存在。



「……いいじゃん。」

思わず、
少しだけ笑った。

その瞬間。

さっきまで、
あんなに重かった胸が。

ほんの少しだけ、
軽くなった気がした。



「その者に、
任せてみるかの。」

猫の声がした。

「今のお前さんではなく。」

......。

「その“幸せ之助”なら、
どうするか。」

......。

「それをやればいい。」

......。

「それが、
お前さんの本来の姿じゃ。」

……。

ボクは、
何も言わずにうなずいた。



その時だった。

ふっと。

視界が、
揺れた。

「あ……。」

立ちくらみのような感覚。

体の力が、
一気に抜けていく。

「……やばい。」

そう思った瞬間。

ボクの意識は。

そのまま、
途切れた。


■ Episode 9 「もう一度だけ」

9-1 病院で目を覚ます

……。

ぼんやりと。

意識が浮かび上がってきた。



白い天井。

見慣れない景色。

どこだろう。



少し遅れて。

体の感覚が戻ってくる。

重い。

全身が、
うまく動かない。

「……。」

ゆっくりと、
目を動かす。

点滴。

カーテン。

無機質な光。

「……病院?」

かすれた声で、
つぶやいた。



その瞬間。

頭の奥で。

何かが、
引っかかった。

――猫。

――声。

「……そういえば。」

ぼんやりとした記憶が、
浮かび上がる。

「猫が……しゃべったような……。」

「……幸せ之助。」

言葉にした自分の声が。

どこか、
現実味を持っていなかった。

夢だったのか。

それとも。

現実だったのか。

分からなかった。



ただ。

胸の奥に。

ほんの少しだけ。

何かが残っている気がした。



その時。

「目、覚めましたか?」

やさしい声がした。

横を見ると、
白衣を着た看護師さんが、
こちらを見ていた。

「あ……はい。」

まだ少し、
意識がはっきりしないまま答える。

「よかった。
少し無理しすぎちゃったみたいですね。」

そう言って、
優しく微笑んだ。

......無理。

その言葉で、
少しずつ、
現実が戻ってくる。



車中泊。

仕事。

寝不足。

いろんなものが、
一気に頭の中をよぎった。



「あの……。」

声を出すと、
喉が少し痛んだ。

「家族の方、来てますよ。」

看護師さんが、そう言った。

「別室で待ってるので、呼んできますね。」

そう言って。

静かに部屋を出ていった。



……。

ひとりになった部屋。

天井を見つめながら、
ボクは、
ゆっくりと息を吐いた。

「……夢、だったのかな。」

小さくつぶやく。

でも。

“幸せ之助”

という言葉だけが、
なぜか、
はっきりと残っていた。

9-2 駆けつけた家族

しばらくして。

病室のドアが、
静かに開いた。

「……!」

そこに立っていたのは、
父と。
母と。
兄だった。



その姿を見た瞬間。

胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられた。

「……大丈夫か?」

父が、少しだけ安心したような声で言った。

「……うん。」

小さく、
うなずく。

母は、何も言わずに、
ベッドのそばまで来て、
ボクの顔を見たまま、
ぽろぽろと、
涙をこぼしていた。

「……もう……。」

言葉につまる。

「本当に……心配したんだから……。」

その声は、
震えていた。

ボクは、
何も言えなかった。

ただ。

申し訳なさと。

安心と。

いろんな感情が、
一気に込み上げてきた。

「……ごめん。」

やっと、
それだけ言えた。

兄は、少し前に出ると。

「馬鹿野郎!」

と、短く言った。

「心配かけるのはいいけどな。
かけるなら、
こんなになるまで無理すんなよ。」

……。

そして次の瞬間。

兄は、
ふっと表情を緩めて、
ボクの頭をガシガシと撫でた。

「……でも。頑張ったな。」

その一言で。

胸の奥にあった何かが、
一気に、
崩れそうになった。

父は、
そんなやり取りを見ながら静かに言った。

「お前な。一生懸命やるのはいい。」

......。

「でもな。」

......。

「ダメだと思ったら連絡くらいしろ。
お母さん、ずっと心配してたんだぞ。」

……。

何も言い返せなかった。

母は涙を拭きながら、
ゆっくりと言った。

「警察の人から、
夜に連絡があってね。」

......。

「びっくりして……。」

......。

「静岡から、
すぐに飛んできたのよ。」

……。

静岡から、長野まで。

夜中に。

すぐに。

ボクは、
ただ、
うなずいた。

9-3 守られていたこと

家族が帰ったあと。

病室は、
また静かになった。

さっきまでの空気が、
まだ少し残っている。

ボクは、
天井を見つめながら、
ゆっくりと、
息を吐いた。

「……。」

頭の中には、
さっきの光景が、
何度も浮かんでいた。



母の涙。

父の言葉。

兄の手の温もり。



どれも。

ずっと前から、
そこにあったもののはずなのに。

ボクは、
ちゃんと見ていなかったのかもしれない。

「……なんでだろう。」

小さく、
つぶやく。

ひとりでやらなきゃいけない。
自分で何とかしなきゃいけない。

そんなふうに、
思い込んでいた。

だから、
家族にも、
友達にも、
連絡を取らなくなっていた。

「……。」

でも。

本当は、
ずっと守られていた。

そのことに、
ようやく気づいた気がした。



母が、
ふと思い出したように言っていた言葉。

「お父さんね。
さっきお母さんが心配してたって言ってたけど。
あんたに何かあった時に、
すぐ飛んでいけるようにって。
もうずっと、お酒やめてたのよ。
飲んだら運転できないからって。」

……。

あんなにお酒が好きで、
毎晩のように飲んでいた人が。

それをやめてまで。
“もしもの時”に備えていた。

何も言わずに。
ずっと。

兄のことも。

「何回もね。
長野に見に行くって言ってたの。
でも……
電話しても出ないし。
今はまだ、
会いたくないのかもしれないって。
きっと今、
あの子なりに頑張ってるところだからって。」

……。

兄は来ようとしてくれていた。

でも。

ボクの気持ちを考えて、
来ないという選択をしてくれていた。



「……。」

言葉が出なかった。

この一年半。

ボクは、
ひとりでやっているつもりだった。

誰にも頼らず。
誰にも見せず。

でも、違った。

見えないところで、
ずっと支えてくれている人がいた。



「……そっか。」

小さく、
つぶやく。

胸の奥が、
じんわりと、
あたたかくなっていく。

それと同時に。

どこか少しだけ、
軽くなった気がした。

9-4 もう一回だけ

病室での時間は、
ゆっくりと過ぎていった。

体は、
まだ完全じゃなかったけど。

少しずつ、
頭の中は整理されていった。

「……。」

ぼんやりと。
窓の外を見ながら。

ボクは考えていた。
これからのことを。



『もう一度、やるのか。』

それとも。

『ここで、終わりにするのか。』



正直、怖かった。

また、
同じことになるんじゃないか。

また、
苦しくなるんじゃないか。

そんな気持ちが、
消えなかった。



その時だった。

ベッドの横に置かれていた雑誌が、
ふと目に入った。

何気なく手に取り、
ページをめくる。

その中の、
ある記事に目が止まった。



「――地方の小さな島で、
人気のキッチンカー。」



……。

そこは観光としての需要はありそうだが、
決して条件が良いとは言えない場所。

工夫を重ねながら、
人に喜ばれるお店を作っている人たちの姿が、
載っていた。

写真の中の人たちは、
楽しそうに笑っていた。

その表情を見た時。

胸の奥で、
何かが動いた。



「……。」

その瞬間。

ふっと、
あの夜のことが頭に浮かんだ。



街灯の下。

あの猫。

「理想の自分を作れ。」

「その者なら、
どうするか。」



……。

「幸せ之助……。」

小さく、
つぶやいた。

夢だったのか。

現実だったのか。

それは、
分からない。

でも。

あの時感じたものだけは、
確かに残っていた。



「……もし。」

ボクは、
小さく息を吐いた。

「もう一回だけ、
やれるとしたら。」

「幸せ之助なら、
どうするだろう。」

……。

答えは、
すぐに出た。

「……行くな。」

その島へ。



条件がいいからじゃない。
楽そうだからでもない。

ただ、
“もう一度、
ちゃんと向き合える場所”

そんな気がした。



「……もう一回だけ。」

小さくつぶやく。

その言葉は、
自分に向けた、
約束のようだった。



その日の夜。

家族に、その話をした。

しばらくの沈黙のあと、
父が、静かに口を開いた。

「……そうか。
お前が決めたなら、
やってみろ。」

母は、
少しだけ心配そうな顔をしながらも。

「無理だけはしないでね。」

と、やさしく言った。

そして、
母はひとつの封筒を取り出した。

「これ……。
もしもの時のためにって、
少しずつ貯めてたの。」

……。

中を見ると、
現金が入っていた。

「……。」

言葉が出なかった。

「全部じゃないけどね。
少しでも、
足しになるなら。」

……。

ボクは、
その封筒を両手で受け取った。

重かった。

お金の重さじゃなかった。

そこに込められた想いが、
重かった。

「……ありがとう。」

それしか、
言えなかった。



その日、ボクは。
もう一度だけ、
やってみることを決めた。  


■ Episode 10 「3時間待ちの島」

10-1 島へ

退院してから。

ボクは、
すぐに動き始めた。

あの時決めたことを。

時間を空けずに、
形にしたかった。

迷っていると、
また、
元に戻ってしまいそうだったから。



「……もう一回だけ。」

自分に言い聞かせるように、
つぶやく。



まずは、
出店できそうな場所を探した。

雑誌に載っていた情報を頼りに。

役場に電話をして、
出店の可否や条件を確認する。

観光協会にも連絡を入れて、
人の流れや、
出店のタイミングを聞いた。

何件かやり取りを重ねて、
ようやく出店できそうな場所を確保した。

同時に寝泊まりする場所も探した。

長期でいられる安い宿。
キッチンカーの移動にも
無理のない距離。

条件を絞って探し、
なんとか拠点も決まった。

「……よし。」

小さく、息を吐く。

やることは、
やった。

あとは行くだけだった。



退院した後、
ボクはすぐに動き始めた。

荷物をまとめて、
必要な準備をして。

ボクはキッチンカーに乗り込んだ。

エンジンをかける。

いつもと同じ音なのに、
どこか違って聞こえた。

「……行くか。」
小さくつぶやいて、
アクセルを踏む。

見慣れた街を抜けて。
山道を越え。
海へ向かう。

港に着く頃には。
少しだけ、
空気が変わっていた。

潮の匂い。
波の音。

「……ここからか。」



フェリーに乗り込む。

ゆっくりと。
船が動き出す。

本土が少しずつ離れていく。

しばらくすると。

水平線の向こうに、
うっすらと島の影が見えてきた。

近づくにつれて、
その輪郭は、
少しずつはっきりしていく。

「……思ったより、大きいな。」

ぽつりとつぶやいた。

ひとつの島というより、
ひとつの“場所”が、
そこにあるような感覚だった。

不安もあった。
怖さもあった。

でも、それ以上に。

どこか少しだけ、
楽しみな気持ちもあった。

「……幸せ之助なら。」

ふと、
つぶやく。

「どうするかな。」

答えは、
もう分かっていた。

「……楽しむか。」

自然と少しだけ笑った。



フェリーは、
静かに、
島へと近づいていく。

ボクの新しい挑戦も。

ゆっくりと、
始まろうとしていた。

10-2 初日

島に着いた翌日。

ボクは、
朝から保健所へ向かった。
営業許可を取るためだ。

必要な設備や条件は、
事前にしっかり確認していた。

そのおかげで、
申請は驚くほどスムーズに進んだ。

書類を提出し、
簡単な確認を終えると、

「問題なさそうですね。」
担当の方が、
そう言ってくれた。

そして。

「明日から、
出店して大丈夫ですよ。」

……。

思っていたよりも、
ずっと早かった。

「……ありがとうございます。」

頭を下げながら、
ボクの中で、
少しだけスイッチが入った。

いよいよだ。

出店先は、
島民の生活を支えるホームセンター。

この場所も、
サラリーマン時代に身につけた
新規開拓の経験が活きた。

島の中でも見込みのある場所として、
自分で見つけて、
交渉して決めた場所だった。

「……ここでやる。」

そう決めていた。

そして、
ボクの人生立て直しを賭けた戦いが、
静かに始まった。



――出店初日。

早朝のホームセンターの駐車場。

キッチンカーを停めて、
準備を始めた。

その時だった。

「どこから来たの?」
「何屋さん?」

買い物に来た人たちが、
次々と声をかけてきた。

「クレープ屋さんです。」

そう答えると。

「あら、いいねぇ。」
「楽しみだね。」

そんな反応が返ってきた。

そのひとつひとつが、
ボクの中で期待となり、
少しずつ膨らんでいった。

「……もしかして。」

ほんの少しだけ、
そんな気持ちが芽生えた。



キッチンカーの中で、
最後の準備を整える。

深呼吸をひとつ。

そして。

注文口の跳ね上げ扉を開けるために、
ボクは外へ出た。

その瞬間――

ボクの目に飛び込んできたのは。

信じられない光景だった。



キッチンカーの前に、
長い列ができていた。

10-3 通用した理由

島での営業は、
想像していた以上に順調だった。



初日から行列。

その後も、
毎日のようにお客さんが並んだ。

気づけば、

「3時間待ちのクレープ屋さん」

そんなふうに、
言われるようになっていた。

でも、
ボクは浮かれてはいなかった。

むしろ、
あの失敗の日々を思い出していた。



長時間営業。
赤字。
車中泊。

そして、
“物珍しさだけで終わる怖さ”。



それを、
痛いほど知っていた。

だから、
ボクは決めていた。

「一回来て終わりの店にはしない。」
って。

どれだけ行列しても。
どれだけ忙しくても。

クレープは丁寧に作った。



実は車中泊生活をしていた頃。

あるおばあちゃんの言葉が、
ずっと心に残っていた。



その日も、
お店には行列が出来ていた。

待ち時間も長く、
後ろに並んでいた若いカップルが、
こんなことを言った。

「まだかかりそうだね。」

すると。

その前に並んでいた常連のおばあちゃんが、
振り返ってこう言った。

「あたしはね。
このお兄ちゃんが、
丁寧に作ってくれるクレープなら、
いくらでも待つよ。」



その言葉が、
ボクは本当に嬉しかった。

だから、
どんなに忙しくても、

“早く作る”より“ちゃんと作る”。

それを大事にした。



もちろん、
島で急に実力がついたわけじゃない。

車中泊生活をしていた、
あの一年半。

ボクは、
必死にお店を磨き続けていた。

クレープ作り。
材料。
温度。
生地。
クリーム。

お客さんがどうしたら、
選びやすいか。
どうしたら、
また来たくなるか。

ずっと、
考え続けていた。

メニューも最初は30種類くらいだったのが、
気づけば200種類を超えていた。

つまり、
ボクはとっくにレベルアップしていたのだ。

ただ、
長野では、それがなかなか結果にならなかった。

飲食業界ではこんな言葉がある。

「長野で3年続けば、どこでも通用する。」

それくらい厳しい土地だった。

さらに。

素人から始めた頃のお店のイメージも、
ずっと足を引っ張っていたのかもしれない。

でも、
この島には、それが無かった。

誰も昔のボクを知らない。

だからこそ、
“今の実力”だけで見てもらえた。

そして。

その結果が、
目の前の大行列だった。



「……。」

クレープを焼きながら、
ボクは思っていた。

「あの一年半、
無駄じゃなかったんだ。」

って。

10-4 三毛猫

島での営業は。

毎日、信じられないくらい忙しかった。

島での二ヶ月、
ボクは毎日12時間営業をしていた。

朝から夜まで。

クレープを作る。
材料を補充する。
また作る。

気づけば、
また行列が出来ている。

そんな毎日だった。



特に週末は、
いつも2時間待ちくらいの行列。
ピークタイムには3時間待ち。

しかも、
7月、8月の暑い時期でも、
みんな並んで待ってくれていた。

正直、
休憩しようと思っても、
休憩なんて出来なかった。

少し手を止めれば
また次のお客さんが来る。

ありがたかった。

でも同時に、
身体はどんどん疲れていった。



最初の頃のボクは、
ちゃんと意識していた。

「幸せ之助なら、どうするか。」

お客さんへの接し方。
クレープの作り方。
言葉の選び方。

理想の自分を、
イメージしながら営業していた。

でも、人は慣れる。

どれだけ嬉しかったことも。
どれだけ苦しかったことも。

少しずつ、
当たり前になっていく。



島へ来て、
一ヶ月ほど経った頃だった。

ボクは疲れていた。

身体も。
頭も。

そして、
気づかないうちに、
“幸せ之助を意識すること”を、
忘れ始めていた。

もちろん手は抜いていない。

でも、
どこか流れ作業みたいになっていた。



ある日の営業後。

片付けを終えて、
ホームセンターの駐車場でひと息ついていた。

空を見上げる。

島の夜空は、
静かだった。

その時だった。

「……あ。」

視界の端に何かが動いた。

駐車場の隅。
街灯の下。

一匹の猫が、
こちらを見ていた。

三毛猫だった。

……。

その瞬間。

ボクの頭の中に、
あの夜のことが一気によみがえった。



車中泊。
絶望。

そして、
“幸せ之助”。



「……。」

三毛猫は何も言わない。

ただ、
じっと、こちらを見ていた。

でも、
それだけで十分だった。

「……そっか。」

小さくつぶやく。

ボクは、
また忘れかけていた。

大事なのは、
売れることだけじゃない。

どんな自分で、
そこに立つかだった。

「幸せ之助なら、どうする?」

久しぶりに、
ちゃんと、
自分に問いかけた。

すると。

自然と、
答えが浮かんできた。



「もっと、
楽しむんじゃないかな。」

「もっと、
お客さんとの時間を大事にする。」

「もっと、
一枚一枚に心を込める。」



……。

気づけば、
少しだけ笑っていた。

そして、
もう一度三毛猫を見る。

でも、
さっきまでそこにいたはずの姿は、
もう消えていた。



「……。」

不思議な感覚だった。

夢みたいで。

でも、
妙に、
現実だった。



その翌日から。

ボクは、
少しだけ営業の仕方を変えた。

もっと笑う。
もっと話す。
もっと丁寧に作る。

すると、
不思議とお店の空気まで
前より柔らかくなった気がした。

そして、
常連さんたちも
さらに増えていった。



そんなある日。

島へ父と母が、
遊びに来てくれた。

佐渡には、
海沿いへ行けば観光スポットもたくさんある。

でも、
父と母はどこかへ観光に行くわけでもなく、
一日中、
ボクのキッチンカーのすぐ横にいた。

行列が出来る様子。
クレープを作る様子。
お客さんと話している様子。

ただ、
ずっと見ていた。

良く来てくれる常連さんが来ると。

「こちら、ボクの父と母です。」

そう紹介した。

すると常連さんたちは。

「息子さん、頑張ってますねぇ。」

「こんな人気店、すごいですよ。」

そんなふうに声を掛けてくれた。

そのたびに、
母は少し誇らしそうに笑って、
こう言った。



「自慢の息子です。」



……。

その言葉を聞いた時、
ボクは、
なんだか、
胸の奥が熱くなった。

そして、
少し離れた道路の向こうに、
また、
三毛猫がいる気がした。

10-5 りなちゃんとの出会い

島へ来て、
気づけば二ヶ月が過ぎようとしていた。

連日の大行列。

最初は、
二ヶ月だけの予定だった出店も。

「もう少しいてほしい。」

そんな声を、
たくさんもらうようになっていた。

そしてボク自身も。

「もう少し、ここで頑張ってみたい。」

そう思うようになっていた。

だから、
ボクは出店期間を一ヶ月延長した。



そんな頃だった。

ひとりの女の子が、
何度か、
お店へ来てくれるようになっていた。

その子が、
後の、りなちゃんだった。



ある日。

りなちゃんが二度目に来てくれた翌日。

ボクは販促用の小物を探しに、
島の雑貨屋さんへ行った。

すると。

レジにいた店員さんを見て、
ボクは思わず「あっ。」となった。

クレープを買いに来てくれた、
あの子だった。

向こうも、
気づいたみたいだった。

「……あ。」

少しだけ、
空気が止まる。

ボクは、
なんだか照れくさくなって。

「クレープ、
ありがとうございました。」

そう言うと。

りなちゃんは少し笑って。

「美味しかったです。」

そう返してくれた。



ほんの数十秒。

ただ、
それだけの会話だった。

でも。

なんだか、
少し嬉しかった。



そして。
その翌日だった。

珍しく、
少しだけお客さんが落ち着いていた午後。

りなちゃんが、
またクレープを買いに来てくれた。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

そんな、
何気ないやり取り。

でも、
なんだか、
自然と話しやすかった。



その時だった。

さっきまで、
あんなに晴れていたのに。

突然、
空が暗くなった。

そして――

ザーッ!!

ものすごい勢いの、
ゲリラ豪雨が降ってきた。

「うわっ!」

「すごい雨!」

ボクのキッチンカーの横には、
お客さんが雨宿りできるように、
小さなテントを張っていた。

りなちゃんは、
そのテントの下へ入り、
ボクも、
キッチンカーの注文口から顔を出して、
二人で雨を眺めていた。

バチバチと響く雨音。

駐車場から、
人の気配が消えていく。

まるで、
世界に二人だけになったみたいだった。



「あはは、
すごいタイミングですね。」

「ほんとですね。」

そこから、
いろんな話をした。

島のこと。
仕事のこと。
クレープのこと。

気づけば、
雨が止むまで、ずっと話していた。

そして、帰る頃。

「今日、夜ご飯でも行きます?」

自然とそんな流れになった。



夜。

仕事を終えたあと。
二人で、ご飯を食べに行った。

なんだか、
不思議だった。

初めて二人で会ったばかりなのに。
ずっと前から知っている人みたいに、
自然に話せた。



帰り道。

車の中でも、
ずっと話していた。

信号待ちで車が止まる。

その時。

りなちゃんが、
笑いながら言った。

「お店、すごく忙しそうだし。
時間ある時、
手伝い行ってあげよっか?」

少し間を置いて。

「......なんちゃって。」



その瞬間だった。

道路脇の暗がりから、
ひょこっと、
一匹の三毛猫が姿を現した。

「……!!」

ボクは、
思わず声を上げた。

「あっ!!
ね、ね、ねこ!!
ねこねこねこ!!
三毛猫っ!!」

りなちゃんは、
一瞬キョトンとして。

次の瞬間。

「あはははは!!」

大笑いした。

「猫なんて別に珍しくないんだから!
そんなに興奮しなくても!
変なのぉ〜!」

……。

でも、
ボクの心臓はバクバクしていた。



あの夜。

絶望の中で出会った、
三毛猫。

幸せ之助。

全部が、
頭の中によみがえる。



その日は、
そのまま別れた。

でも、
部屋へ戻ったあとも、
ボクはずっと考えていた。

「……あの時。」

りなちゃんの言葉を思い出していた。

「りなちゃん、
冗談っぽく言ってたけど……。」

そして。

静かな部屋の中で、
ボクは、
もう一度問いかけた。

「幸せ之助なら、どうする?」

すると、
答えは、
自然と浮かんできた。

「一緒に、楽しむんじゃないかな。」

……。



翌日の夜。

ボクは、
もう一度りなちゃんに会った。

そして、
少し緊張しながら、
こう伝えた。

「もし良かったら。」

ボクの目を見て耳を傾けるりなちゃん。

「お店、手伝ってもらえませんか?」



それが、
ボクとりなちゃんの始まりだった。


■ Episode 11 「ふたりで作るお店」

11-1 息ぴったりの営業

その後、
りなちゃんは、
雑貨屋さんのシフトに入る前や、
休憩時間のたびに、
毎日、お店を手伝いに来てくれていた。



りなちゃんは、
全国チェーンの雑貨屋さんの店長だった。

基本は遅番で、午後から出勤。

でも、
スタッフ不足の時は、
朝から晩まで働く日も、
珍しくなかった。

それでも、
毎日、来てくれた。

休憩時間をひとまとめにして。

「じゃあ、ちょっと行ってきます!」

そんなふうに一時間だけ抜けて、
ボクのお店を手伝いに来てくれていたのだ。

もちろん。

ボクのクレープは、
材料の配合も、
焼き方も、
巻き方も、
全部、
細かいこだわりを詰め込んでいた。

だから、
クレープ作りそのものは、
まだ任せられなかった。

りなちゃんには、
注文を聞く接客や、
簡単な材料の準備を、
お願いしていた。

でも。

それだけでも、
十分すごかった。



全国チェーンの雑貨屋さんで、
エリアリーダーも任されていたりなちゃん。

本社で行われる店長会議では、
接客指導まで担当していたらしい。

だから、
手伝い始めてすぐに。

「あ、この人すごい。」

そう感じた。

接客が自然だった。

笑顔も。
言葉遣いも。
空気の作り方も。

お客さんとの距離感が、
絶妙だった。

しかも、
料理好きのお母さんに育てられたらしく、
材料の準備も覚えるのが早かった。

でも、
りなちゃんがすごかったのは、
物覚えの早さだけじゃなかった。

慣れないキッチンカーの中でも、
ちゃんと周りが見えていた。

細かく指示を出さなくても、
ボクの動きを見ながらスッと動いてくれる。

ボクが何をしようとしているのか。
次に何が必要なのか。

それを、
自然と感じ取って動いてくれていた。

しかも、
ボクの仕事を見ながら。

「あ、それ私できそうだからやるよ。」

そんなふうに、
日に日に、できることが増えていった。

指示を出すのが苦手なボクにとって、
それは、ありがた過ぎる才能だった。

狭いキッチンカーの中。

普通なら、
ぶつかったり、
気を遣ったり、
ストレスが溜まりそうな空間。

でも、
りなちゃんといると、
不思議なくらい、それが無かった。

むしろ、自然だった。



ボクは、
ずっとひとりで営業してきた。

注文を聞いて。
クレープを焼いて。
材料を切って。
レジをして。
片付けをして。

全部、ひとりだった。

だから、
りなちゃんがいてくれるだけで、
ボクの負担はかなり軽くなった。

でも、
一番大きかったのはそこじゃなかった。

ずっと、
ひとりで立ってきたキッチンカー。

その空間に話し相手がいる。

それだけで、
お店の空気が全然違っていた。

なんだか、
心が軽くなったみたいだった。



後々。

りなちゃんと一緒に、
クレープを作るようになってから、
たくさんの人に、

「おふたりって、
本当に息ピッタリですね!」

そう言ってもらうことになる。

でも、
もしかしたら。

ボクはこの頃からもう、
そういう相性の良さを、
感覚的に感じていたのかもしれない。

11-2 一緒に働く楽しさ

一緒に仕事をするのは楽しかった。

りなちゃんもボクも、
どちらかと言えば仕事人間だった。

だからなのか、
次から次へとやることがある毎日が、
なんだか、
心地良かった。



島のお店は、
相変わらず大盛況だった。

お客さんが並び。
注文が入り。
クレープを焼き続ける。

でも、

ひとりの時とは全然違った。

忙しいのに、楽しい。

それが不思議だった。

しかも。

食べることが大好きなりなちゃんは、
試作品を食べてもらう相手としても最高だった。

「これどう?」

そう言って、
新しいクレープを渡す。

すると。

「うーん……。
ここ、もうちょっとこうした方が良いかも。」

そんな感想が返ってくる。

しかも、
ボク自身も。

「まぁ、
お客さんはそこまで気にしないかな。」

そう思って、
少し手を抜いた部分を、
ちゃんと見抜いてくる。

「あ、やっぱり分かるんだ。」

そう思うと、
もっと良くしたくなる。
もっと美味しくしたくなる。

そんなふうに。

お店のクオリティーを高めていくこと自体が、
楽しくなっていった。

しかも、
りなちゃんが手伝ってくれるおかげで、
ボクは、よりクレープ作りに集中できるようになっていた。

それもまた楽しかった。



でも、それだけじゃない。

まだ、
島のことも、
りなちゃんのことも、
何も知らなかったボクにとって、
りなちゃんの話は全部新鮮だった。

島の人の話。
おすすめのお店。
海の話。
島の冬の話。
聞いたことのない方言。

その全部が面白かった。

そして、
島の美味しいご飯屋さんの話になるたびに。

「じゃあ、今日仕事終わったらそこ行こうか。」

そんな会話が、
毎日のように続いていた。

忙しい毎日だった。

でも、
あの頃のボクは、
毎日が、
すごく楽しかった。

11-3 島の夜と、ふたりの時間

りなちゃんが、
手伝いに来てくれるようになってから、
ボクたちは、
毎日のように一緒にご飯へ行っていた。

島の定食屋さん。
海鮮のお店。
小さな居酒屋さん。
地元の人しか知らないような、
古いラーメン屋さん。

「ここ、
美味しいんだよ。」

りなちゃんは、
いろんな場所を教えてくれた。

仕事を終えて、
二人でご飯を食べながら、
いろんな話をした。

子どもの頃の話。
家族の話。
仕事の話。
将来の話。

りなちゃんは。
全国チェーンの雑貨屋さんで店長をしていた。

しかも、
エリアリーダーとして、
接客指導まで任されていた。

でも、
話を聞いていると、
会社の中は、かなり大変そうだった。

スタッフ不足。
長時間労働。
無理な働き方。

それでも、
りなちゃんは、
会社を良くしたいと思って頑張っていた。

「本当は、もっと良くできると思うんだよね。」

そう話す姿は、
どこか、昔の自分を見ているみたいだった。



実は、
りなちゃんが勤めていた会社の本社は、
ボクの地元にあった。

しかも、
ボクが通っていた高校のすぐ近くだった。

その話を聞いた時は。

「えっ!?」

「そんなことある!?」

二人でかなり盛り上がった。

しかも、

本当は、
りなちゃんは、
その本社近くの本店へ転勤する予定だったらしい。

だから、
それまで会社に内緒でやっていた、
掛け持ちバイトも全部辞めていた。

でも、
直前になって転勤の話が無くなった。

そのおかげで、
ぽっかり時間が空いた。

そして、
そのタイミングで、
ボクのクレープ屋さんへ来てくれたのだった。

「もし転勤してたら
クレープ食べに行けなかったし、
転勤の話が無かったら
掛け持ちバイトしてて
行けなかったんだよね。」

りなちゃんは、そう笑った。

……。

なんだか。
不思議だった。

人生って、
本当に、
ちょっとしたことで変わるんだなと思った。



仕事が終わって、
二人で夜道を歩く。

海風が気持ち良かった。

気づけば、
ボクの中で、
りなちゃんの存在は、
どんどん大きくなっていた。

でも、
まだその時は。

この先、
本当に一緒に生きていくことになるなんて、
思ってもいなかった。

11-4 「この人となら」

島での出店期間は、
気づけば残りわずかになっていた。

最初は、二ヶ月だけの予定だった。

でも、一ヶ月延長して、
気づけば、三ヶ月。

その間、
ボクたちは毎日のように一緒にいた。

キッチンカーの中で働いて。
夜ご飯を食べに行って。
仕事の話をして。
将来の話をして。

忙しい毎日だったのに、
不思議なくらい心地良かった。

しかも。

りなちゃんは、
ただ優しいだけじゃなかった。

ちゃんと、
仕事ができる人だった。

周りが見えて。
気が利いて。
お客さんの空気を読めて。

しかも。

ボクと同じくらい、
仕事に対して真剣だった。

だから、
一緒にいて楽だった。

変に気を遣わない。
無理もしない。

でも、
お互い、ちゃんと一生懸命。

その感覚が、
なんだか、
すごく自然だった。



ある日の営業中。

ものすごい行列ができていて、
二人とも、ずっと動きっぱなしだった。

でも。

注文を聞く声。
材料を準備する動き。
クレープを渡すタイミング。

全部が、
自然と噛み合っていた。

まるで、
ずっと前から一緒に働いていたみたいに。



その時。

ふと、
ボクの頭の中に、
ある感覚が浮かんだ。

「……この人となら。」

……。

でも、
その続きを、
ボクは、
まだ言葉にできなかった。

島での生活は、
もうすぐ終わる。

ボクは、
また本土へ戻る。

りなちゃんは、
島での生活がある。

だから、

その時のボクは。
まだ。

“この先”を、
考えないようにしていたのかもしれない。

11-5 それぞれの場所へ

島での出店、
最後の日。

その日は、
りなちゃんが仕事を休んで、
朝から一日、手伝いに来てくれていた。

三ヶ月間の、
最後の営業。

朝からずっと、
行列が途切れなかった。

しかも、
並んでいる人たちの顔は、
もう知らない人ばかりじゃなかった。

「今日で最後なんだよね?」

「寂しくなるなぁ。」

「また絶対来てね!」

三ヶ月の間に、
たくさんの常連さんができていた。

人口の少ない島。

その中で、
たくさん売れたということは、
同じ人が何度も何度も、
来てくれていたということだった。

それまでの、
キッチンカー人生には無かった。

ただの
「お店とお客さん」
じゃない関係。

そんな人との繋がりが、
この島では、たくさん生まれていた。



三時間待ちの長い行列。

やっと順番が来たお客さんが、
笑いながら言う。

「いやぁ〜!
三時間も待ったよぉ!」

でも、
その顔はみんな嬉しそうだった。

「美味しかった!」

「本当に来てくれて、ありがとう!」

「また来てね!」

次々とそんな言葉と、
笑顔をもらった。

そして、
最後のお客さんへクレープを渡したあと。

ボクは、
深々と頭を下げた。



営業が終わって外へ出る。

島の夜空には、
満天の星が広がっていた。

ボクは、空を見上げながら。

「……やりきった。」

そう思った。



次の日の朝。

ボクは、りなちゃんを助手席に乗せて、
港へ向かっていた。

ただ、
りなちゃんを連れ出すためじゃない。

たまたま本社で店長会議があるらしく、
一緒に本土へ渡ることになっていたのだ。



港へ向かう道。

三ヶ月前。

初めてこの道を走った時のことを、
思い出していた。



あの頃のボクには、
本当に何も無かった。

知っている人もいない。
本当に売れるかも分からない。
人生を立て直せるかどうか。

全部を賭けた、
ラストチャンスだった。

ただ目の前だけを見て、
必死に走っていた。



そして。

三ヶ月で売り上げた金額は、約500万円。
それまでの3倍以上だった。

経費を引いても200万円くらいは手元に残る。

でも、
ボクがこの島で得たものは
そんな金額以上のものだった。

自信。

そして、
温かい人との繋がり。

三ヶ月前、
この道を走っていた時。

ボクは、ひとりだった。

でも今は。

隣に、りなちゃんがいる。

そして島には、
また来てほしいと、
言ってくれる人たちがいる。

走れば走るほど。

いろんな想いが込み上げてきた。

泣きそうだった。

でも、
隣にりなちゃんがいたから、
必死に我慢した。



そして、
船に乗り、
ボクたちは本土へ向かった。



でも。

りなちゃんとは、
ここで、また別々になる。

伝えたい想いは、
正直、あったと思う。

でも。

まだ、島で結果が出ただけだった。

だから、
その時のボクは。

「いつか、迎えに行けるように。」

そんなことを、
思っていたのかもしれない。


■ Episode 12 「離れていても」

12-1 またひとりの営業

本土へ戻ってから、
ボクは、またひとりで営業をしていた。

朝。

出店場所へ向かい。
クレープを焼いて。
片付けをして。

夜、車へ戻る。

少し前までは、
それが当たり前だった。

ひとりで営業するのも。
ひとりで片付けるのも。

全部、
慣れていたはずだった。

でも、
佐渡での三ヶ月を経験したあとだと
同じキッチンカーなのに、
どこか、少しだけ違って感じた。

「これやっとくね。」

「次これ必要だよね?」

そんな声が無いだけで、
キッチンカーの中が前より少し静かに感じた。



本土で営業を再開した日の夜。

りなちゃんから、
電話が掛かってきた。

その日、
りなちゃんは、
本社での店長会議へ行っていた。

「……なんかね。」

なんだか元気のない声。

「会社、変わらないかもしれない。」

電話越しの声は。
いつもより少し弱かった。

話を聞くと、
現場ではみんな必死に頑張っている。

でも、
会社そのものは、
もう、どこか無理を抱えたまま走っている。

そんなふうに、感じたらしかった。

「もっと、良くできると思うのに……。」

「なんか、悔しいんだよね……。」

そして、
りなちゃんは、
電話越しに悔しそうに泣いていた。

……。

でも、
その時のボクには、
何も言ってあげられなかった。

「辞めなよ。」

そんな簡単なこと、
言えなかった。

だって、
ボク自身だって、
まだ、人生がどうなるか分からない。

これからまた、
ひとりで本土での営業をやっていく。

本当に、結果を出し続けられるかも分からない。

そんな状態だった。

だから、
その日のボクは、
ただ、話を聞いていた。



でも、
電話を切ったあとも、
りなちゃんのあの悔しそうな声が、
ずっと頭に残っていた。

そして、
静かな車の中で、
ボクは強く思った。

「……絶対、結果を出そう。」

「迎えに行けるようになろう。」



あの夏。

一緒に営業したキッチンカー。

忙しいのに楽しかった毎日。

りなちゃんとなら。
ふたりなら。

もっと、
良いお店ができる気がしていた。



だから、
ボクはもう一度前を向いた。

今度は、
自分ひとりの人生だけじゃなく、
“誰かを迎えに行ける人生”を作るために。

12-2 「佐渡だけじゃなかった」

それから、
ボクは本土で営業を続けた。

スーパー。
ホームセンター。
ショッピング施設。
イベント会場。

いろんな場所へ行って、
毎日クレープを焼き続けた。

もちろん、
佐渡みたいに毎日三時間待ちなんてことはない。

でも、
明らかに前とは違っていた。



初めて出店する場所でもお客さんが並ぶ。

そして。

次の日、また同じお客さんが来てくれる。

「昨日美味しかったから、また来ちゃった。」

そんな言葉を、
少しずつ、いろんな場所でもらえるようになっていた。



ボクは、
気づき始めていた。

「あれ……?
佐渡だけじゃなかったんだ。」

佐渡で売れたのは、
島だったから。
珍しかったから。
たまたま運が良かったから。

どこかで、
そんな気持ちもあった。

でも、違った。

ちゃんと、
積み上げてきたものがあった。



車中泊生活をしながら、
毎日、クレープを焼き続けた。

材料を研究して。
味を研究して。
接客を研究して。

お客さんの反応を見ながら。
少しずつ。
少しずつ。
お店を育ててきた。

しかも。

長野という厳しい土地で、
何年も営業してきた。

「長野で三年続けば、どこでも通用する。」

そんなふうに言われる長野で。

冬は寒い。
人口も多くない。

しかも、
地元の人たちは味にも厳しい。

そんな場所で、
ボクは何年も揉まれてきた。

そして、
独立したばかりの頃の
素人っぽいお店のイメージも、
長野では、
ずっと付いて回っていた。

だから。

誰もボクを知らない、
新しい土地へ行った時。

初めて
“今の実力”だけで、
勝負できたのかもしれない。



営業を続けながら、
ボクの中には、
少しずつ、
確信みたいなものが生まれていた。

「……ちゃんと、やっていけるかもしれない。」

それは、
自分ひとりの人生だけじゃない。

“誰かを迎えに行ける未来”を、
少しずつ信じ始めた瞬間だった。

12-3 決算書

本土へ戻ってから、
ボクとりなちゃんは、
毎日のように電話をしていた。

営業が終わって。
片付けをして。
車へ戻る。

すると、自然と電話を掛ける。

今日のお店の話。
お客さんの話。
疲れた話。
くだらない話。

そんな時間が、
いつの間にか、
当たり前になっていた。

でも、
電話の中で、
りなちゃんが会社の話をする時だけ、
どこか元気が無かった。

「また人辞めちゃってさ……。」

「最近、みんな余裕無いんだよね。」

「頑張ってる人はいるんだけどなぁ……。」

そんな話を、よく聞いていた。



そして、
本土へ戻ってから、
一ヶ月くらい経った頃。

ボクの中には、
ある程度の自信が生まれていた。

「ちゃんと、やっていける。」

「ひとりでも、結果を出せる。」

そんな感覚だった。



だからなのか、
ある日。
ふと、気になった。

「……りなちゃんの会社、
今どうなってるんだろう。」

ボクは、
雑貨屋さんの会社のホームページを開いた。

そして、
IR情報の中にあった、
決算書を見る。

大学で経営情報を学んでいた頃、
決算書の見方も一通り勉強していた。

だから、
数字を見れば、
なんとなく空気が分かる。

表面的にはギリギリ利益は出ていた。

でも、
中身を見ていくと。

「あれ……?」

違和感がどんどん増えていった。

利益率。
人件費。
店舗運営。

無理をしながら回している感じ。

そして、ボクは思った。

「……これ。二年くらいで潰れるかもしれない。」

もちろん、
絶対なんて分からない。

でも、あの時。

本社へ行ったりなちゃんが。

「会社、変わらないかもしれない。」

そう言って泣いていた理由が、
数字を見て少し分かった気がした。



そして。

その瞬間、
ボクの中で何かが決まった。

12-4 迎えに行く決心

決算書を閉じたあとも。

ボクは、しばらく考えていた。



静かな車の中。

頭の中には、
いろんな景色が浮かんでいた。

佐渡の夏。
三時間待ちの行列。
忙しいのに、笑いながら働いていた毎日。

「これやっとくね。」
「あ、それ私やるよ。」

狭いキッチンカーの中で、
自然と息が合っていた、
あの感覚。

そして、
電話越しに聞こえた、
りなちゃんの悔しそうな泣き声。

……。



その時だった。

車の外で。

「ニャー。」

猫の鳴き声がした。

「……え?」

外を見ると、
少し離れた場所に、
一匹の三毛猫が座っていた。



ボクは、
思わず笑ってしまった。

「またかよ……。」

でも、
その姿を見た瞬間。

頭の中に、
幸せ之助が浮かんできた。

そして。

自然と問いかけていた。

「幸せ之助なら、どうする?」

すると、
答えはすぐに浮かんだ。

「一緒に、やるんじゃないか。」

……。



もちろん、不安はあった。

まだ、
ボク自身の人生だって、
どうなるか分からない。

カッコよく。

「全部任せろ。」

なんて言えるほど、余裕も無かった。

でも、
ひとつだけ、確信みたいなものがあった。

「……ふたりなら。」



あの夏。
りなちゃんと一緒に営業した時。
ボクは、初めて思ったのだ。

「もっと、
良いお店ができる。」

「もっと、
楽しく働ける。」

って。



だから、
ボクは電話を掛けた。

そして、
少し緊張しながら、こう伝えた。

「たぶん。
その会社、二年くらいで厳しくなると思う。」

......。

「だから……。」

......。

「もう、辞めた方がいい。」

少しだけ、間が空く。

ボクは、息を吸って。
もう一度、言った。

「また、そっち戻るよ。」

そして。

「一緒に、
クレープ屋さんやろう。」

12-5 三ヶ月後の約束

電話の向こうで、
しばらく、沈黙が続いた。

そして。

りなちゃんが、小さな声で言った。

「……うん。」

その声は少し泣きそうで、
でも、
どこか、ホッとしているようにも聞こえた。



それから。

りなちゃんは、退職の手続きを始めた。

もちろん、
簡単には辞められなかった。

店長という立場。
人手不足。
引き継ぎ。

いろんな事情があった。

でも、
りなちゃんは、ちゃんと前を向いていた。

そして。

ボクもまた、
本土で営業を続けながら、
少しずつ、準備を進めていた。

「また、佐渡へ戻る。」

その未来を、
自然と、当たり前みたいに考えていた。



そして、三ヶ月後。

ボクは、
もう一度佐渡へ向かった。



初めて島へ渡った時とは、
違っていた。

あの頃は、
人生を立て直せるかも分からないまま。
ただ、必死だった。

でも今は。

島で結果を出した自信がある。

そして、
迎えに行きたい人がいる。

その違いは大きかった。



港へ着くと、
りなちゃんが待っていた。

「おかえり。」

そう言って、笑った。

ボクも、笑った。

「ただいま。」

その瞬間。

なんだか、全部が自然だった。

まるで、
最初から、
こうなることが決まっていたみたいに。



そして、
ここから。

ボクとりなちゃんの、
本当の意味での挑戦が始まった。


■ Episode 13 「次の旅へ」

13-1 本格的にふたりで

りなちゃんが仕事を辞めてから、
ボクたちは、
本格的にふたりでクレープ屋さんを始めた。

もちろん、
最初から順風満帆だったわけじゃない。

相変わらず、毎日忙しい。

朝から準備して。
営業して。
片付けして。
また次の日の準備。

やることは山ほどあった。

でも、
ひとりだった頃より、
明らかに楽しかった。



りなちゃんは、もう接客だけじゃなかった。

クレープ作りも、
少しずつ覚えていった。

最初は、生クリームを絞るのもぎこちなかった。

でも、

毎日、横でボクの仕事を見ていたりなちゃんは、
覚えるのがとにかく早かった。

しかも。

りなちゃんが入ると、
お店の空気が柔らかくなる。

お客さんも、
なんだか楽しそうだった。

「おふたり、息ピッタリですね!」

そんなふうに、
言われることも増えていった。



でも、
ボクが一番驚いていたのは、
“働くこと”そのものが、
前より楽しくなっていたことだった。

ひとりで必死に走っていた頃は。

「売れなきゃ。」
「失敗できない。」

そんな気持ちの方が、ずっと強かった。

でも、
りなちゃんと働いていると、
忙しいのに笑っている時間が増えた。

仕事なのに。
どこか、毎日を一緒に作っているみたいだった。

営業が終わったあと。

「今日めちゃくちゃ忙しかったね〜!」

なんて笑いながら、ご飯を食べに行く。

そんな時間まで楽しかった。



そして、
佐渡での営業は、
再び大盛況だった。

新しく出店先になった企業を回っても、
どこへ行っても行列ができる。

「また来てくれた!」

そんな声を、何度ももらった。



でも、
その頃のボクたちは、
売上だけを見ていたわけじゃなかった。

「せっかくだから。
日本中、回ってみたいね。」

営業を続けながら、
そんな話を、少しずつするようになっていた。



その頃にはもう、
クレープ屋さんは、
ただの仕事じゃなくなっていたのかもしれない。

ふたりで、
未来を作っていく場所になっていた。

13-2 ふたりの船出

しばらくして、
ボクたちは、一緒に佐渡を出た。

本土へ戻り、
また、いろんな場所へ出店していく。

でも、
そこでも結果は変わらなかった。

どこへ行っても、
お客さんが並ぶ。

リピーターが増える。

「また来てくれた!」

そんな声を、何度も聞いた。

そして、
ボクは改めて思った。

「やっぱり、
佐渡だけじゃなかったんだ。」

車中泊生活をしながら、
毎日、積み上げてきたもの。

クレープの研究。
接客。
お店作り。

その全部が、
ちゃんと形になっていた。

しかも。

ふたりで営業するようになってから、
お店はさらに変わっていった。



りなちゃんが、
よく言っていた言葉がある。

「これまで忙し過ぎて、
形にできてなかった事あるでしょ?」

ボクひとりでは、
忙しくて手をつけれていなかったアイデアが
たくさんあった。

「私は、それを実現する為の時間を作りたい。
みんなが喜ぶ新しい事考えるの、得意でしょ?」



「私はそういうの苦手だけど。
黙々と作業するのとか、効率化するのとか。
そういうのは得意だから任せて!
あと接客も!」

……。

実際、ボクは、
新しいものを考えることが好きだった。

クレープの新しいメニューも。
お店作りも。
経営も。

「もっとこうしたら面白い。」

「こうしたら、みんな喜ぶかもしれない。」

そんなことばかり考えていた。

でも、
細かな作業管理や効率化。
人に仕事を振ること。

そういうのは、
正直苦手だった。

逆に、りなちゃんは、
新しいことをゼロから考えるのは、
あまり得意じゃない。

でも、
目の前の仕事を整理して、
効率良く回して、
周りを見ながら、
支えるのが抜群に上手かった。

つまり。

お互いの得意と不得意が、
びっくりするくらい違っていた。

でも、
それが不思議なくらい、
綺麗に噛み合った。

まるで、
パズルのピースがカチッとはまるみたいに。

しかも。

元々お互い、
仕事では評価されていた人間だった。

だから、
それぞれが得意なことを担当すると、
お店がどんどん良くなっていった。

ボクひとりだった頃には、
忙し過ぎて形にできなかったアイデアも。

少しずつ、
実現できるようになっていく。

そして、
それがまた、
お客さんの笑顔に繋がっていった。



行列ができても。
お互いの動きが分かる。

次に何が必要か、
言葉にしなくても分かる。

どれだけ忙しくても、
お客さんへの丁寧さだけは、
絶対に崩さなかった。

「お待たせしました!」

「ありがとうございます!」

そんな声が、
毎日キッチンカーの中に響いていた。



そして。

ボクは、
少しずつ思うようになっていた。

「……ふたりなら、もっといける。」

それは、
売上だけの話じゃなかった。

仕事も。
人生も。

ひとりでは辿り着けなかった場所へ。

ふたりなら、
行ける気がしていた。

13-3 導かれた道

本土での営業にも、
少しずつ慣れてきた頃。

ボクたちは、
次の出店先の話をよくしていた。

「次、どこ行こうか?」

そんな会話が、
毎日のように増えていく。

せっかくキッチンカーなんだから、
もっと、いろんな場所へ行ってみたい。

そんな気持ちが、
ふたりの中でどんどん大きくなっていた。

「沖縄とか、面白そうじゃない?」

「いいねぇ〜。」

「でも、秋田とかも行ってみたいよね。」

そんなふうに。

未来の話をしながら、
営業を続けていた。



そして、
十二月に入った頃。

ボクは、
出店先企業の資料を見ていた。

その会社は、
佐渡だけじゃなく、
本土にもたくさん店舗を持っていた。

そして。

何気なく、店舗一覧を見ていた時。
ある場所が目に入った。

「……え?日光東照宮前?」

栃木県。

しかも、
観光地ど真ん中。

年末年始なら、かなり人も来るはず。

「……ここ、面白いかもしれない。」

そう思って、
ボクは、なんとなく日光東照宮を調べてみた。



すると。

スマホの画面に、
一枚の写真が出てきた。

「あっ!!」

思わず大きな声が出る。

「え?どうしたの?」

りなちゃんが、不思議そうにこっちを見る。

「りなちゃん!これ見て!」

ボクは、慌ててスマホを見せた。

「ああ、これって日光東照宮の眠り猫?」

「そう!
しかも、ほら!」

ボクはスマホの画面を見せながら叫んだ。

「三毛猫!!」

りなちゃんは、
もう一度画面を見直して。

「え〜っと……。」

......。

「これ、三毛猫じゃなくて黒ブチじゃない?」

「……え?」

その瞬間だった。

「ニャー。」

外から、
猫の鳴き声が聞こえた。

りなちゃんは、
吹き出しながら笑う。

「ほら〜。猫に笑われてるよ!あははは!」

ボクは、思わず窓の外を振り向いた。

すると。

少し離れた場所から
一匹の三毛猫がこっちを見ていた。

「……!!」

しかも、
その三毛猫は、
前足を、
ちょいちょいっと動かした。

まるで。

「こっちだよ。」

そう言ってるみたいに。

そして、
クルッと向きを変えると、
一メートルくらいある塀を軽やかに飛び越えて、
そのまま姿を消した。



「……。」

ボクは、しばらく動けなかった。

そして、
次の瞬間。

「これ、絶対そうだ!!」

「え?」

「猫の神様が、
ボクたちを呼んでる!!」

「えぇ〜!?」

「だって!」

「ボクの地元の浜松城も、
徳川家康と関係あるし!
日光東照宮もそうでしょ!?」

ボクは一呼吸して叫んだ。

「絶対、導かれてるって!!」



りなちゃんは、
大笑いしながら言った。

「猫の神様って何それ〜!
変なのぉ〜!あははは!」

でも、
笑いながらも、
りなちゃんは最後にこう言った。

「私は、
どこでもくっついて行くだけだから。」

急にドキッとして、
ボクは固まった。

「別に、どこでもいいよ。」

……。

その言葉が、
なんだか、
すごく嬉しかった。

ボクは、
笑いながら頷いた。

「うん。」

そして、

「じゃあ、
一緒に日光へ行こう。」



そして。

それが、
ボクたちの人生を、
大きく変える旅の始まりになることを、
この時のボクたちは、
まだ、知らなかった。


エピローグ 幸せのクレープ

日光へ向かうことが決まってから、
ボクたちは、
毎日ワクワクしていた。

「どんな場所なんだろうね。」

「めちゃくちゃ寒そう。」

「でも、楽しそうじゃない?」

そんな話をしながら、
ふたりで、
次の出店準備を進めていく。

気づけば。
人生の景色は大きく変わっていた。



少し前までのボクは。
車中泊をしながら、
ひとりで必死に走っていた。

本当に、
人生を立て直せるのか。

未来なんて、
全然見えていなかった。

でも今は。
隣にりなちゃんがいる。

応援してくれる、
お客さんがいる。

また来てほしいと、
言ってくれる人たちがいる。

そして。

ふたりで、
次の未来の話をしている。

もちろん、
この先どうなるかなんて、
まだ分からない。

成功する保証なんて、
どこにも無かった。

でも。

不思議と、
怖くなかった。

「ふたりなら、
なんとかなる気がする。」

そんな感覚が、
確かにあった。



そして。

ボクは、
少しずつ気づき始めていた。

人生って、
何かを手に入れた瞬間に、
幸せになるんじゃなくて、

誰かと笑いながら、
一生懸命、
同じ方向を向いて進んでいる時に、

もう、
幸せは始まっているのかもしれないって。



あの頃のボクは、
まだ、
その意味を全部理解できていたわけじゃない。

でも、
確かに、人生の何かが変わり始めていた。



そして、
その先で。

ボクたちのお店は、
たくさんの人から、
こう呼ばれるようになっていく。

「幸せのクレープ、食べに行こうか。」

そんな言葉が生まれる未来を。

この時のボクたちは。
まだ、
知らなかった。



『リンク』第1章〜一生懸命が切り拓いた道〜


著者からのメッセージ

ここまで『リンク』第1章を読んでくださり、
本当にありがとうございます。

今回の作品は、
例えるならパズルのような作品です。

前半では、
たくさんのパズルのピースを拾い集めていきます。

そして後半になるにつれて、
少しずつピースが繋がり始め、
描かれている絵が見えてくる。

そんな構成を意識して書きました。


前作『心の余白』は1話ごとに気づきや答えを見つけやすい作品でしたので、
今回の作品は前半で途中離脱されてしまう不安も少しありました。

実際、
『リンク』のスタート時はスキ率も20%前後。
「心の余白」の平均だった26%を、
大きく下回っていました。


でも、
この作品は後半に向かって繋がりが見え始める物語です。

話が進むにつれて少しずつ評価も上がり、
気づけばスキ率も25%前後まで伸びていました。

そして何より、
日に日に増えていくコメントが
本当に励みになりました。

読者の皆さんからいただく反応のおかげで、
最後まで投稿を続けることができました。

本当にありがとうございます。



振り返ってみると、
ボクの人生は、
ずっと「一生懸命」の連続でした。

部活。
仕事。
挑戦。
失敗。
出会い。

その時は必死すぎて
前しか見えていなかったけれど、

あとになって振り返ると、
ひとつひとつが、
ちゃんと今に繋がっていたんだなと思います。



そして。

その道のりの中で、
たくさんの人が応援してくれました。

家族。
仲間。
お客様。

「一生懸命やってると、
応援してくれる人が現れるよ。」

母が昔、ボクによく言ってくれた言葉です。

でも実は母はこうも言っていました。

「お父さんとお母さんは、
一生懸命やってるから応援してるんだよ。
もし一生懸命じゃなかったら、
大学まで行かせて、
こんな好きにはさせてあげられないよ。」

そして、

「好き勝手させてもらってるって
思ってるだろうけど、
それはあんたの力なんだよ。
ちゃんと一生懸命だから、
応援したいって思う人が集まるんだよ。」

学生の頃は、
よく分かっていませんでした。

でも今は、
少しだけその意味が分かる気がしています。

お店を続けてこられたことも。
たくさんの出会いに恵まれたことも。
ここまで歩いてこられたことも。

全部、
誰かとの“繋がり”の中にありました。

だからボクは、
これからも一生懸命に生きていきたい
と思います。



そして。

今回の作品では、
たくさんの温かいコメントもいただきました。

「涙が溢れてきました。」

そんな感想をいただくたびに
ボク自身も胸が熱くなりました。


家族のことを書いた回では、
お父さんやお母さん、
お兄ちゃんのことまで褒めていただきました。

それが、ボクは本当に嬉しかった。

だって、
この物語はボク一人の物語じゃないからです。

ここまで歩いてこられたのは、
家族のおかげであり、
仲間のおかげであり、
お客様のおかげでした。

だから、
読者の皆さんからいただいた言葉は
ボクだけじゃなく、
みんなへの贈り物のように感じています。

本当にありがとうございます。



そして。

もし今、
何かに一生懸命になっている人がいたら。

仕事でも。
部活でも。
勉強でも。
子育てでも。
介護でも。
夢でも。

結果が出ていなくても大丈夫です。
遠回りしているように見えても大丈夫です。

その一生懸命は、
きっと誰かが見ています。

そして、きっといつか、
今はまだ見えていない何かと繋がります。

ボクの人生がそうだったように。

だから、
どうか自分の一生懸命を信じてください。


今回この作品を書きながら、
ボク自身もたくさんの応援をいただきました。

読者の皆さんからいただいた言葉に
何度も励まされました。

だから今度は、
ボクも誰かを応援できる人でありたい。

今まさに頑張っている誰かのことも
応援できる人でありたい。

noteを始めてからたくさんの出会いがあり、皆さんの "一生懸命“を文章で読ませていただいて、ボクはそう思っています。

『リンク』第1章は、
そんなボクの「これまで」の物語でした。



ここから先。

ボクはまた少しずつ。

別の“繋がり”や
“幸せ”の意味を
知っていくことになります。

その話は、
また第2章で。

最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございます。



🌿『リンク』第1章〜一生懸命が切り拓いた道〜
この作品のご感想をいただけたら嬉しいです。

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