【創作大賞感想】⑨『PKを蹴った花嫁』を読んで
今回読んだのはこちらのエッセイです
去年のことだ。長女の結婚式で、私は柄にもなく目頭を熱くしてしまった。
娘が新郎と一緒にピアノを弾き始めたからだ。小学校でやめてしまったはずのピアノ。曲名は思い出せないが、素人の私でもわかる難しい曲だった。きっと、二人で何度も練習したのだろう。「結婚式は、これでいいんだ」と、胸の奥が熱くなったのを覚えている。
本エッセイを読みながら、あの日の体育館……ではなく、披露宴会場の光景が鮮やかに蘇ってきた。
私は長年、エンジニアとして、「正解」や「最適解」を求めて生きてきた。
だが、こと「夫婦」や「家族」において、論理的な正解など存在しない。このエッセイは、そんな迷える大人たちに、一つの「心地よい答え」を提示してくれる。
読み始める前の私は、どこか「結婚式の形式美」や「親としての体裁」ばかりを気にしていた。しかし、著者が綴る「夫婦の形」に触れ、自分の価値観が少しずつ、しかし決定的に変化していくのを感じた。
この物語には、思わず吹き出してしまうようなユーモアと、鼻の奥がツンとするような優しさが同居している。
これまでは娘の結婚式の写真を、どこか気恥ずかしくて見返せずにいたのだが、その晩、私は妻を誘って、ビールを片手に1時間以上も当日の動画を見返した。
「この時のピアノ、実は少しミスしてたんだよ」「でも、いい顔してたよね」
そんな会話が、驚くほど自然に弾んだ。
「結婚式の楽しみなんて、冷えたビールの飲み放題に決まっている」……そう豪語していた私のような人間でも、そのグラスに注がれているのが単なる酒ではなく、これまでの「家族の時間」の結晶であることに気づかされる。
本エッセイの素晴らしい点は、その圧倒的な「情景再現性」にある。
著者の旦那様とのやり取りを通じて、読者は自分自身のパートナーシップを鏡のように照らし出すことになるだろう。
最近、家族の行事が「こなすだけのタスク」になっている方
子供の自立を前に、少しだけ心がザワついているお父さん
大切な人と、もう一度「あの頃」の気持ちを分かち合いたい方
こうした方々にとって、本書は最高のリハビリテーションになるはずだ。
がんを経験し、死生観が変わった私にとって、こうした「温かい日常の断片」は何物にも代えがたい資産だ。著者の選んだ言葉の数々は、乾いた心にスッと染み込む水のように優しい。
読み終えて、心がスッと軽くなった。
さて、今夜も妻と、次女の時の話でもしながら乾杯するとしよう。
