兄との思い出-猫ふんじゃった
※壁のように何行にもわたった文章は、
「1文字ずつ」や、「1行ずつ」読むと、自分に合う文章なら、スイスイ読めちゃうものです。
分からない所は飛ばしだり、辞書ひくのもありです。

幼少期、父母より厳しい存在は7つ年上の兄だった。
兄が小1で私が生まれ、私が中学生に上がると、就職して先輩と住むからと、家を出た。
ヤッター!おにぃちゃん、おらへんようになったーとバンザイしたんだ。兄よ許せ…。
私が中2で兄が結婚、私が17歳で甥っ子が、21歳で姪っ子が生まれた。
私はその時、眼科で働いてたかな~

話は小学生の頃に遡る
私は友達になんか言われたらすぐにビービー泣いて帰ってくる子だった。
周りの人から良い子に見られたくて、10円ハゲが頭に常に10個あった💦
兄に「10円ハゲ」の歌を歌われて、からかわれたものだ。
不思議なことに、髪の毛に手を入れたらツルっ禿げ。お酢とか、化粧品や脱毛剤を母と一緒に試したが、ハゲは減らず、常に10個。
なんか痒いなと思ったら、ハゲる前兆だったと思う。
学校では仲良い女の子Sちゃんとすぐに口喧嘩になる。弱いのに、ムキになるから、すぐ泣かされて、
はーい、学級会始めまーす。
私はいつも学級会の議題だった。
担任の先生は、多分クラスの皆に考えて欲しかったんだと思う。
クラスメイトがこんな風になった時、自分だったら、どんな風に接するか。

兄との思い出はいっぱいあるのだか、その内の1つをチョイスして話す。
同じことを言うが、小学生の頃、私は友達に何か言われたら、すぐにびーびー泣いて帰る子だった。
兄はやんちゃな性格で、私とは正反対。
毎日泣いて帰ってくる妹が歯がゆくて仕方なかったと思う。
「お前なんで泣いて帰ってくるねん!」
とドヤされたものだ。
ある日の放課後、女子達がオルガンの前に群がって、「次、わたしー。」とオルガンの順番待ちをしている。
「Tちゃん、ひかへんの?」
「よーひかんから。」
何となく卑屈な気持ちで帰宅し、家でしくしくと、
「皆が、猫ふんじゃった弾けるのに、私だけひかれへん。」
と泣くのだ💦
数日後、兄が「行くぞ!」というので、
「どこへ?」
2階の父の部屋(そろばん塾の教室)にオルガンが置いてあり、猫ふんじゃったを教えてくれるというのだ。
「兄ちゃんが教えたろ。」
私がどこまで弾けるのか確認した後、少しづつ教えてくれた。
なんでお兄ちゃん、猫踏んじゃった弾けるんやろ…と思いながら習っていると。。
チャラ、ラーチャッチャ
チャラ、ラーチャッチャ
チャラ、ラー
あー音外したーっっ‼️
何やっとんねーん❗️
という声と共に頭をはたかれるのだ。
痛いーーー!(´;ω;`)

もう、猫踏んじゃった弾けなくてもいい…とまた泣くのだが、兄は、
あかん!弾けるようになるまでやるんや!
と超スパルタの特訓法なのだ。

何度も頭をはたかれ、タンコブは出来てないのだが、鼻声でグズりながら、それでも猫ふんじゃったをマスターした。
よそへ通っている習い事の教室で、卒業する時に、お寿司をよばれた後、先生のピアノをひいてもよいということになった。
みんなはピアノを習っていたから、バイエル?の練習曲などを弾いていた。
私はこれしか弾けない。
お兄ちゃんに教えてもらった。
『猫ふんじゃった』
なかなか楽譜は難しいのでは?
見ても分からんのでは?w
と思う。
兄は中学校の担任が音楽の先生で、多分教えてもらって、覚えてくれたんじゃないかな。
ずっと怖いと思ってたけど、本当は優しい兄なのだ✨️
おにぃちゃん、ありがとう!

