300の向こう側 #八風ちゃんの50案
自分で立ち上げた企画ですが、「八風ちゃんの50案」に参加しています。
【元ネタ】↓
【企画内容】↓
「300」という数字を聞いて、連想するものを考えた。。
そう言えば、私が生まれた家の番地は「300」だった。
普通の家の形をしておらず、三角形の土地に建てられた長細い家。
商売をしていたので、玄関はシャッター。
シャッターを上げると、ガラスの引き戸。
途中で家の一部を改造して、横に勝手口を付けてもらった。
そこから家に入る鍵っ子だった。
裏は母の車を入れるためのトタン製の引き戸。
1番後ろに鉄製の引き戸があり、開くと2階へ続く鉄の階段があり、上がりきったところに、木製のドア。
開くとそこは、父の経営する珠算塾だった。
私も父に言われて、珠算を習い始めたのだが、父の指導が厳しく、本当のそろばんで計算する前の、紙製のミニソロバンで脱落💦
珠算検定3級は高校生の時に、履歴書に書く為に取った。
私は父のそろばんの部屋には裏から入らず、住居になっているスペースの階段から上がって、反対側のドアから入っていた。
私が小学校に上がる少し前ぐらいから、歩道を作る為、立ち退きの話が出た。
両親が障がい者だったので、辺鄙なところに引越し出来ないとごねていた。
話がまとまったのは、私が20代中頃の頃。
それも兄家族と2世帯住宅にするやら、いろいろあったんだけど、結局、父と母と私の3人の家となった。
もうひとつ提案された土地はここだよと教えてもらったことがある。
そこは坂道の途中にあり、家は道から一段低いところに立っていて、階段で降りないといけなかった。
母が足が不自由だったので、坂道だと危険。
だから家は坂を登り切った平坦な所に決まった。
私が玄関のある家が欲しい、対面キッチンにして、TVでお料理番組を見ながら料理がしたいなどと言ったので、そのようにしてくれた。
なのに、お料理、あんまりせず。
お母さん、ごめんなさい。。
フローリングの種類も選ばせてもらったな~
トイレの場所は寝室代わりにしていた和室下の間から近い所がいいと伝えたら、工務店の人は、和室上の間の奥を提案してくれた。
父が風水を重んじる人だったので、そこは水周りを置くべきではないと、何故か家の真ん中、玄関の前に設置されてしまった。
私はそれが嫌で、せめて入口は玄関側ではなく、階段側にして、お客さんが来た時にトイレに入っていることが分からないようにして欲しいとお願いしたけど、却下された。
その場所にトイレがあって良かったと思えたのは、父の看護を家でした時、母が一人暮らしになった時だった。
寝室の入口からトイレの入口まで、約2m。
母は最期は寝たきりになっちゃったけど、亡くなる半年前までは自分でトイレに行けた気がする。
父は母が、母は私が居たので、何とか乗り越えてこれたけど、私には血の繋がった子供は居ないので、将来が心配ではある。
間取りは、親が決めた通りで良かったのかもしれない。
『300の向こう側』
300番地の家で生まれ、引越し後、年月を経て、家族3人で暮らした家に住み、まだ経験したことのない向こう側を心配している私。
なんくるないさ~な精神で行こう!
私の好きな言葉
「なんくるないさー」は沖縄の方言で、本来は「まくとぅーそーけー(正しい行いをしていれば)なんくるないさ(自然とあるべきようになる)」という言葉の後半部分です。単なる「なんとかなるさ」という楽観的意味ではなく、努力した上で結果を天に任せるという意味。
