優しさと弱さを持ち合わせている人
今日、夫と自転車に乗っているとき、競輪選手のペダリングの話になった。
誰々選手のペダリングはきれいだとか、そんな他愛もない話。
その話をしながら、ふと自分自身のペダリングのことが気になった。
私はジムでスクワットをするとき、バーベルを持ち上げる瞬間に、膝が少し内側に入ってしまうことがある。
そういった骨格の特徴や体のクセ、筋力の弱さのようなものは、自転車のペダリングにも関係するのかな。
そんな疑問が湧いてきた。
そこで夫に、
「私って、スクワットのとき、膝が内側に入っているよね」
と切り出した。
すると夫は、私の話の続きを聞く前に、スクワットについていろいろとアドバイスを始めた。
私としては、その先にある、
「それって、自転車のペダリングにもつながるのかな?」
という話をしたかった。
でも、夫はどんどん話している。
なんだか、もやもやした。
私の話を遮らないで、ちゃんと聞いてから答えてほしかった。
だから、夫がひとしきり話し終えたあと、
「私が話したかったのは、そのことじゃないんだけどね」
と言った。
すると夫は、やっと気づいたようだった。
「ごめん。どういうことだったの?」
と聞いてきた。
でも、そのときには、私はもう話を続ける気がすっかり失せていた。
「もういいよ」
と言った。
すると夫は、
「話して」
と何度も言ってきた。
けれど、一度なえてしまった気持ちは、なかなか復活しないものだ。
そもそも、大した話でもない。
わざわざ話す必要もないようなこと。
それでも夫が「言ってほしい」と言ってくるので、言わなければ夫のほうがスッキリしないんだろうなと思い、
「スクワットで膝が内側に入ることと、自転車のペダリングって、つながっているのかなと思っただけ」
と話した。
すると夫は、それについてもまた、いろいろと話し始めた。
夫なりに、一生懸命なんだろうなと思った。
自分の知っていることは、何でもアドバイスしたがるのは夫のクセのようなものだ。
そして、夫は、私の機嫌を損ねることを恐れているのかもしれない。
そんな夫を見ながら思った。
夫は優しい。
そして、その優しさと一緒に、弱さも持ち合わせている人だと思う。
だから家族関係の重さから目を背けた時期があったのだと思う。
