人を壊す加害者が残り、被害者が去っていく背景
カウンセラーとして、職場いじめやパワハラの被害者と向き合ってきた。その中で、繰り返し聞かされるセリフがある。
「また一人辞めました」
相談者の声のトーンが、そのたびに少し落ちる。同期が、仲の良かった先輩が、入ったばかりの後輩が。次々と去っていく。そして残るのは、職場の空気をずっと重くし続けてきた、あの人物だけだと言う。
私がこの仕事を通じて確信しているのは、これは偶然でも、運でも、まして被害を受けている側の問題でもないということです。構造的に起きている現象です。そしてその構造を理解しないまま「もう少し頑張ってみよう」と踏みとどまり続けることが、どれほど多くの人を追い詰めてきたかを、私は現場で見てきました。
今回はその構造を、正面から書きます。
職場にしがみつく人物の「本当の目的」は仕事ではない
相談を受けていると、問題の人物の描写にある共通点があることに気づきます。
仕事の成果について語られることが、ほとんどありません。
語られるのはこういったことです。誰かが何かミスをすると真っ先に飛んでいく。新しく入った人間を観察して、従うかどうか品定めする。誰が自分に好意的で、誰がそうでないかを常に把握しようとする。自分のやり方と少し違うことをした人間には、必ず何か言う。
これは業務の話ではありません。人間関係を通じた「影響力の維持」の話です。
被害を受けている側は、最初これを「厳しい指導」として受け取ることが多い。私のやり方がまずいのかもしれない、慣れていないせいかもしれない、と。しかし時間が経つにつれて、気づいてきます。指摘の内容に一貫性がない。自分に服従する人間には同じことをしても何も言わない。問題にされているのは業務のクオリティではなく、自分がその人物の支配の枠組みに収まっているかどうかだと。
この気づきを得てカウンセリングに来られる方に、私はこう伝えます。それはあなたが正しく現実を見ている証拠です、と。
「監視」と「圧力」が新人に集中する理由
職場に長くいる支配的な人物が、新しく入った人間に特にターゲットを絞る傾向があることは、相談を受けながら強く感じてきたことです。
なぜ新人なのか。理由はシンプルです。情報を持っていないからです。
その職場で何が「普通」で何が「異常」なのか、新しく入った段階ではわかりません。この職場ではこういう文化なのかもしれない、自分がまだ理解できていないだけかもしれない、という思考になりやすい。
その「わからなさ」の隙間に入り込むことで、支配的な人物は「ルールを教える者」として自分を位置づけます。表向きは親切な先輩であり、職場の事情を知っている人物として振る舞いながら、実際には「私のやり方に従うかどうか」を試している。
相談者のひとりは、入職して1ヶ月目にこう言われたそうです。「あなた、ここのやり方わかってないでしょ。私が教えてあげるから、まずは言われた通りにやってみて」。この言葉の表面は指導ですが、実際に要求されていたのは疑問を持たずに従うことでした。業務の習得ではなく、服従関係の確立です。
その人物が新人を「品定め」している期間に、被害を受けている側は懸命に「どうすれば正当に評価されるか」を考えています。この非対称性が、被害をさらに深くします。
「昔からいる人だから」という組織の沈黙が生む結果
相談者が口にする怒りの中に、問題を起こしている人物への怒りと同じくらいの強さで、組織への怒りが含まれていることがあります。
「管理職は知っているはずなのに、何もしない」
「人事に相談したら、うまくやってくれと言われた」
「あの人のことを上に話すと、なぜかこちらが大げさだと思われる」
なぜ組織は動かないのか。私が相談を通じて見えてきたのは、複数の力学が重なって「放置」という結果を生んでいるということです。
まず、組織は波風を嫌います。長年いる人物に強く言えば、その人物が感情的になる可能性がある。業務知識を持っているなら、退職されると引き継ぎが面倒になる。取引先との関係にひびが入るかもしれない。こういったリスク計算の中で、「今の状態を維持する」という判断が積み重なります。
次に、管理職が直接的な被害を受けていないことが多い。支配的な人物は、自分より立場の強い人間には従順に振る舞うことが少なくありません。上に対しては問題なく、下に対しては支配的。この落差を、上の立場の人間は見えにくい位置にいます。
そして、「仕事はできる人」という評価が盾になります。業務上の能力と、人間関係の問題を切り離して考える習慣が、「仕事はできるのだからある程度は仕方ない」という結論を生みます。しかしその「ある程度」を引き受けさせられているのは、現場で被害を受けている人間です。
この構造を放置することの代償を、組織は長期的に払うことになります。ただしその代償を直接引き受けるのは、辞めていった人たちです。組織はしばらくの間、何も失っていないかのように見えます。
心理的に健全な人ほど、先に限界を迎える
私には、何度でも言い続けたいことがあります。
「先に辞めていくのは、弱い人ではありません」
理不尽に対して「おかしい」と感じる感覚が正常に機能している人が、先に限界を迎えます。自分の感覚を信じて、これ以上ここにいることが自分を傷つけると判断できる人が、先に動きます。
逆に言えば、長く残ることができるのは、二通りの人間です。支配的な人物に完全に服従することで「保護」を受けている人間と、感覚が麻痺するほど長期にわたって消耗し続けてきた人間です。どちらも、健全な状態ではありません。
「あの人は辞めなかったのに、自分は辞めてしまった」という後ろめたさを持って相談に来られる方がいます。私はそのたびに聞きます。その人は今、どういう状態ですか、と。多くの場合、「なんか変わった」「別人みたいになった」「笑わなくなった」という言葉が返ってきます。残ることができたのではなく、残ることで何かを失ったのです。
辞めた側が失ったのは職場です。残った側が失ったのは、もっと取り戻しにくいものかもしれません。
「人災」と呼ぶべき理由
台風は防げません。地震も止められません。しかし、特定の人物が職場の空気を支配し、一人また一人と追い詰めていく状況は、自然現象ではありません。
その人物が、監視する、圧力をかける、服従を求めるという行動を繰り返し「選んでいる」結果です。そして組織が、それを知りながら放置することを「選んでいる」結果です。
被害を受けている側には、一切の責任がありません。これは強調しすぎることのない事実として、私はカウンセリングの場で何度でも伝えます。あなたのやり方が悪かったのではない。あなたが鈍感であれば傷つかずに済んだのでもない。あなたが服従していれば解決したのでもない。加害の責任は、加害を選んだ側と、それを止めなかった組織にあります。
この事実を内側から確認することが、消耗した心を回復させる最初のステップになります。
今いる場所から、一歩踏み出すために
状況を正確に見ることができると、次の行動が見えてきます。
まず、起きていることを記録してください。感情ではなく、事実を。いつ、どこで、誰が、何を言い、何をしたか。これは将来的に相談や手続きをする際に役立つだけでなく、「自分の感覚は正しかった」という確認を継続的に自分に与えます。記録することで、現実をぼかそうとする力に対抗できます。
次に、組織の外に相談できる場所を持つことです。社内での相談が、支配的な人物の耳に届くリスクは常にあります。外部の相談窓口、キャリアコンサルタント、カウンセラー、または信頼できる専門家。そこに話すことで、組織の力学に染まっていない視点から現状を見ることができます。
そして最も重要なことを書きます。「ここで続けることが正解かどうか」を、定期的に問い直してください。
我慢することを美徳のように感じさせる空気の中にいると、その問い自体が持てなくなっていきます。でもその問いを持つことは、逃げることでも弱さでもありません。自分の人生の時間をどこに使うかを、自分で考えることです。
今日できることは一つだけでいい。あなたが職場で感じてきたことを、誰か一人に話してみてください。送らなくてもいいメールを書くだけでもいい。言葉にすることで、自分が何を経験してきたかが輪郭を持ちます。その輪郭が、次の判断の土台になります。
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