感情ではなく事実を~ハラスメント加害者を追い詰めるために必要なこと~
Aさんは、灯りの落ちた経理部のフロアで、一人パソコンの画面を見つめていました。時刻はすでに22時を回っています。上司から渡されたのは「今日中に」という指示でしたが、その資料は、どう考えても一人で仕上げられる分量ではありませんでした。締切の理由も、必要な人数も、誰も説明してくれません。ただ「今日中に」という言葉だけが、Aさんの肩にのしかかっていました。
こうした日は、この一日だけではありませんでした。急な差し戻し、根拠のない叱責、他の人の前での指摘。積み重なった出来事は、Aさんの中で溶け合い、いつ何があったのかさえ、次第に曖昧になっていきました。覚えているのは、胃のあたりが重くなる感覚と、朝、会社に向かう足取りが日に日に重くなっていくことだけでした。何がどうつらいのかを説明しようとすると、言葉よりも先に涙がこみ上げてくる。そんな状態が、数か月続いていました。
翌週、Aさんは思い切って人事に相談に行きました。「上司からずっと詰められていて、精神的につらいんです」。震える声でそう伝えました。人事の担当者は静かにうなずきながら聞いてくれました。表情から、決して無関心ではないことは伝わってきました。けれど最後に、こう尋ねられたのです。「お気持ちはよく分かります。ただ、具体的に、いつ、何があったか教えていただけますか」
Aさんは言葉に詰まりました。つらかった出来事は数えきれないほどあるのに、いざ「具体的に」と問われると、何一つ、日付も時刻も言葉として出てこなかったのです。頭の中にあったのは、積み重なった疲労と、行き場のない怒りだけでした。面談は「また詳しい状況が分かったら教えてください」という言葉で終わり、Aさんは何も変わらないまま、翌日もまた同じ職場に戻っていきました。帰り道、Aさんは自分を責めました。あれほど苦しかったはずなのに、なぜ何も説明できなかったのだろうと。
「つらい」だけでは、なぜ人事は動けないのか
人事担当者がAさんの訴えを軽く扱ったわけではありません。むしろ、人事という立場だからこそ、感情の言葉だけでは動けないという事情があります。人事は、当事者双方の話を聞き、時には上司側にも事実確認をした上で、会社としての対応を決める役割を担っています。そこで求められるのは、誰が見ても同じように解釈できる材料です。「精神的につらい」という言葉は、Aさんにとっては紛れもない現実ですが、第三者にとっては、いつ、どこで、何が起きたのかが分からなければ、判断のしようがありません。人事の担当者もまた、上層部や法務に説明責任を負っています。感情の訴えだけを根拠に上司を処分すれば、今度は上司側から「一方的な言い分だけで処分された」という反論が返ってくる可能性もあるのです。
さらに厄介なのは、上司側が「そんなつもりはなかった」「指導の範囲内だった」と主張してきた場合です。感情の記録しかなければ、水掛け論になってしまいます。Aさんが本当に守りたかったのは自分自身のはずなのに、記録の曖昧さが、かえってAさんを不利な立場に追い込みかねません。加害者側は、しばしば「言った言わない」の状況に持ち込むことに長けています。曖昧さは、力関係が強い側にとって有利に働くことが多いのです。
つらいと感じた気持ちそのものは、間違っていません。ただ、その気持ちを他者に伝え、会社を動かすためには、気持ちとは別に、事実だけを積み上げた記録が必要になるのです。感情は、あなたが自分自身を保つために大切にしていい。けれど、会社を動かす武器としては、事実の方がはるかに強いということを、Aさんはこの面談で思い知らされました。
記録に残すべきものは、感情ではなく輪郭
面談の帰り道、Aさんは駅のベンチで立ち止まり、これまでの記録の付け方を見直すことにしました。それまでは「今日も理不尽だった」「もう限界」といった言葉をスマートフォンのメモに書き殴っていましたが、代わりに、出来事の輪郭だけを描くように意識するようになったのです。
まず書いたのは、いつ、どこで、誰から言われたかという時と場所です。何月何日の何時ごろ、経理部のフロアで、直属の上司から。この一行があるだけで、出来事は曖昧な記憶ではなく、特定できる事実に変わります。人の記憶は時間が経つほど薄れ、順序も入れ替わってしまいます。だからこそ、できるだけその日のうちに、時刻とともに書き留めることが重要になります。一週間分をまとめて思い出そうとすると、どうしても細部があいまいになり、記憶の中で出来事同士が混ざり合ってしまうことを、Aさんは何度も経験していました。
次に、何を言われ、何を指示されたかを、そのままの言葉で書き留めました。「今日中に終わらせて」という指示だけでなく、それがどんな文脈で発せられたのかも添えました。誰かに相談する余地があったのか、それとも一方的な通告だったのか。言葉の重みは、文脈によって大きく変わります。要約してしまうと、後から見返したときに、ニュアンスが失われてしまうこともあるため、可能な限り、実際に使われた言葉に近い形で残すよう心がけました。
そして、何が不合理だったのかを、具体的な数字で記録しました。本来なら二人日はかかる作業量だったこと、担当者はAさん一人だけだったこと、納期までの残り時間が四時間しかなかったこと。感覚ではなく、業務量や納期、人員配置、前提条件といった、誰が見ても検証できる要素に落とし込んでいったのです。「多すぎる」ではなく「通常の二倍の分量」、「急すぎる」ではなく「指示から四時間後が締切」というように、数字に置き換える作業を、Aさんは一つひとつ丁寧に行いました。
さらに、その結果、業務にどんな支障が生じたかも書き加えました。資料に誤りが生じたこと、翌日の会議で指摘を受けたこと、体調を崩して二日間休んだこと。感情の代わりに、起きた出来事の連鎖を、時系列で並べていきました。この部分は、単なる不満の記録ではなく、会社としての損失や業務上のリスクを示す材料にもなります。人事や上層部が動くのは、多くの場合、個人の苦しみそのものよりも、業務への影響が可視化されたときだということを、Aさんは記録を重ねる中で理解していきました。
最後に欠かせないのが、裏付けとなる証拠です。指示が送られてきたメールのスクリーンショット、チャットのやり取り、体調不良で受診した際の診断書。証言だけでは覆されてしまう記録も、証拠が添えられることで、揺るがない事実になります。録音についても、Aさんは自分の身を守るために使う分には問題がないことを調べて知り、必要な場面では会話を残すようにもなりました。
証拠が手元にない出来事は、どう残すか
すべての出来事に、メールやチャットのような明確な証拠が残っているわけではありません。口頭だけで詰められた場面、廊下ですれ違いざまに投げつけられた一言。Aさんもまた、証拠が何もない出来事の方が多いことに、途中で気づきました。
そこでAさんは、証拠がない出来事についても、記録することをやめませんでした。ただし、扱い方を分けるようにしたのです。証拠のある出来事は「確定した事実」として、証拠のない出来事は「その時点で自分が見聞きしたこと」として、区別して書き残しました。証拠がなくても、日時と場所、居合わせた人の有無を具体的に書いておけば、後から他の記録と突き合わせたときに、全体としての一貫性を示す材料になります。一つひとつは弱くても、同じ時間帯に体調を崩して受診した記録や、同僚に相談したメッセージが重なれば、点は線になっていきます。
また、その場に居合わせた同僚がいる場合は、後日改めて「あの時こう言われていましたよね」と確認し、相手が覚えている範囲で構わないので、日時とともに書き留めておいてもらうことも、有効な手段になります。第三者の記憶は、時間が経つほど失われやすいものです。だからこそ、証拠が乏しい出来事ほど、早い段階で言葉にしておくことが、後の自分を助けてくれます。
証拠がないからといって、その出来事を記録しないでいると、後になって「あの時も何かあった気がするけれど、いつだったか思い出せない」という状態になってしまいます。Aさんは、たとえ証拠が伴わなくても、まずは自分の言葉で残しておくことを優先しました。後から証拠が見つかることもありますし、他の記録と時系列を並べたときに、単発の出来事ではなく、繰り返されるパターンとして浮かび上がってくることもあったからです。一つひとつの記録は小さくても、時間軸に沿って並べたとき、そこには輪郭のはっきりした流れが見えてきます。
感情を消すのではなく、置き場所を分ける
事実だけを記録するようになってから、Aさんは一つの不安を抱えるようになりました。感情を書かなくなったことで、まるで自分の苦しみそのものがなかったことにされているような、そんな感覚に襲われることがあったのです。事実の記録は、あくまで人事や第三者に見せるためのものであり、Aさん自身の心を支えるものではありませんでした。
そこでAさんは、記録を二つに分けることにしました。一つは、これまで積み上げてきた、日時と言葉と証拠だけの事実の記録です。もう一つは、その日感じたことを、誰にも見せない前提で自由に書き留める、もう一冊の記録でした。悔しかったこと、情けなく思えたこと、涙が止まらなかった夜のこと。そうした言葉は、事実の記録からは切り離し、自分だけの場所に置くようにしたのです。
この分離は、思いのほかAさんの心を軽くしました。感情を無理に押し殺して事実だけを書こうとすると、書くこと自体が苦痛になります。けれど、感情の行き場が別に用意されていると分かれば、事実の記録は、淡々と、けれど着実に積み上げていくことができました。事実は人事のために、感情は自分のために。その線引きが、Aさんにとっての支えになっていきました。感情の記録を読み返すこともまた、Aさんにとって意味のある時間でした。事実の記録だけでは見えてこない、自分がどれほど頑張って耐えていたかという歩みが、そこには残されていたからです。
Aさんが書き直した、二つの記録
Aさんの手元には、以前の記録と、書き直した後の記録が残っています。並べてみると、その違いは一目瞭然でした。
以前のものには、こう書かれていました。「また今日も理不尽な指示。もう心が折れそう。誰も助けてくれない」。読み返しても、何があったのかは、Aさん本人にすら正確には分かりませんでした。
書き直した後の記録は、こうなっていました。
「6月12日、17時30分ごろ、経理部フロアにて、直属の上司から、通常二人日を要する月次資料の作成を、当日19時までに一人で完成させるよう口頭で指示された。応援要員の配置はなく、前提となる資料も一部未着のままだった。18時45分に提出した資料に数値の誤りが生じ、翌週の部内会議で指摘を受けた。指示内容は同日17時32分のチャット履歴に記録あり」。
同じ出来事でも、書き方によってこれほど姿を変えるのかと、Aさん自身が驚いたそうです。感情を消したわけではありません。ただ、感情は感情として自分の中で抱えながら、記録には出来事の輪郭だけを残す。その分離ができたとき、Aさんの手には、誰かに見せても揺るがない一枚の紙が残りました。
事実の記録が、人事を動かした理由
一か月分の記録を携えて、Aさんは再び人事の元を訪れました。今度は「つらいんです」ではなく、「これがあった事実です」と、日付と時刻の入った記録を差し出しました。
人事担当者の反応は、前回とは明らかに違いました。記録を読み進めながら、何度もメモを取り、「この日のチャットのやり取りは保存されていますか」「この会議で指摘を受けたというのは、どなたが同席していましたか」と、具体的な確認を重ねてきました。感情を訴えられたときには判断できなかった人事が、事実を並べられたときには、次に何を調べればいいのかを自ら考え、動き出せたのです。
その後、上司への聞き取りが行われ、業務量の見直しと、人員配置の変更が決まりました。上司はもちろん自分の指導方法を全面的には認めませんでしたが、日付と時刻、そしてチャット履歴という動かぬ事実の前では、反論の余地は限られていました。Aさんを救ったのは、涙でも、訴えの強さでもなく、積み重ねた事実の記録でした。
記録は、社内での交渉だけに使えるものではありません。もし社内で解決に至らなかった場合には、労働局への相談や、外部の窓口へ持ち込む際にも、同じ記録がそのまま根拠になります。Aさんは結果として社内で対応が進みましたが、その過程で「もし動いてもらえなかったら、次はここに相談しよう」という選択肢を持てたこと自体が、大きな支えになったと振り返っています。事実の記録は、誰かを動かすためだけでなく、自分がいつでも次の一歩を選べるという安心感にもつながっていたのです。
振り返ってみると、Aさんが最初の面談で何も答えられなかったのは、決してAさんの伝え方が下手だったからではありません。感情という形のないものを、そのまま相手に渡そうとしていたからです。形のないものは、渡す側も受け取る側も、扱いに困ります。けれど、日時と言葉と証拠という輪郭を与えられた記録は、誰の手に渡っても、同じ形のまま届きます。Aさんが手に入れたのは、上司に対抗する武器である以前に、自分の経験を他者に伝えるための、確かな言葉だったのかもしれません。
今日、記録できることは一つでいい
Aさんの記録は、最初から完璧だったわけではありません。むしろ、最初の一行は「今日、18時ごろ、〇〇から、△△と言われた」という、たった一文から始まりました。書き方に迷ったときは、五つの要素をすべて埋めようとせず、まずは「いつ、誰から、何を言われたか」の3つだけでも構いません。書き続けるうちに、何が不合理で、何が業務に影響したのかは、後から見えてくることもあります。
もし今、あなたが誰かの言葉に傷つき、それでも何をどう記録すればいいか分からずにいるなら、今日という日から、一つだけでいいので書き留めてみてください。何時に、誰から、何を言われたのか。感情の説明はいりません。ただ、起きたことだけを、そのままの言葉で。
その一行は、今はまだ心もとなく見えるかもしれません。けれど、それが積み重なったとき、あなたの手には、誰も覆すことのできない、あなた自身を守る記録が残ります。感情を訴える言葉が届かなかったとしても、それはあなたの苦しみが本物ではないという意味ではありません。ただ、届け方を変える必要があっただけなのです。今日書き留める一行が、その最初の一歩になります。
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