モラハラ加害者の頭の中にある、都合のいい作り話に乗らない方法
会議室で、静かに始まった「物語」
その日の会議室には、いつもと変わらない空気が流れていました。介護施設で働くAさんは、資料を配りながら、いつも通り議事の進行を務めていました。ところが会議の終わり際、上司がふと切り出しました。「最近、Aさんの対応で利用者さんのご家族から不満が出ているみたいでね」
Aさんには、まったく心当たりがありませんでした。誰から、いつ、どんな不満が出たのか、具体的なことは何一つ示されません。それでも上司は、確信に満ちた表情で続けます。「まあ、みんな薄々気づいているとは思うけど」
その場にいた同僚たちは、誰も反論しませんでした。事実確認をする人もいません。数日後には、休憩室で「Aさんって、家族対応が苦手らしいよ」という噂が、まるで既成事実であるかのように広まっていました。Aさんが「そんな苦情、聞いたことがない」と伝えても、上司は表情ひとつ変えずに「そう感じているのは、あなただけかもしれないね」と返してくるだけでした。
さらに数週間が経つと、上司の口ぶりは少しずつ変化していきました。最初は「不満が出ているみたいだ」という伝聞の形だったものが、いつのまにか「Aさんは家族対応に問題がある」という、断定の形に変わっていったのです。根拠は一つも増えていないにもかかわらず、話される回数が増えるごとに、その物語は職場のなかで、まるで検証済みの事実であるかのような重みを帯びていきました。
これは、特別に珍しい出来事ではありません。多くの職場で、形を変えながら、繰り返し起きていることです。モラルハラスメントの加害者の多くは、自分の頭の中に、あらかじめ一つの「物語」を作り上げています。その物語のなかでは、加害者自身は常に正しく、被害者は常に何かしらの欠陥を持つ人物として描かれています。事実が物語と矛盾していても、加害者にとっては物語のほうが優先されます。
今回は、この「物語」の仕組みと、それに巻き込まれずに生き抜くための距離の取り方について、事例を交えながら考えていきたいと思います。根拠のない話で人を追い詰める行為は、単なる人間関係のこじれではなく、モラルハラスメントという、人権にかかわる問題として捉え直す必要があります。
加害者の頭の中にある「物語」とは、どういうものか
モラハラを行う人の内側には、しばしば、自分に都合のよい因果関係で構成された、一つの筋書きが存在しています。「あの人は能力が低いから注意してあげている」「あの人は生意気だから厳しくしている」「自分は悪くない、悪いのは相手だ」といった具合に、自分の加害行為を正当化するための理由づけが、あらかじめ用意されているのです。
厄介なのは、この物語が、加害者自身のなかでは、ほとんど疑いようのない真実として扱われている点です。外から見れば根拠のない決めつけであっても、本人にとっては、長い時間をかけて積み上げてきた確信のようなものになっています。だからこそ、事実を突きつけられても、簡単には揺らぎません。物語を守ることが、加害者自身のなかで、自分を保つための行為になっているからです。
Aさんの上司にとって、「Aさんは家族対応が苦手だ」という物語は、おそらく最初からはっきりした根拠があって生まれたものではありません。何らかの個人的な感情や、過去のささいな行き違いをきっかけに、少しずつ育っていった思い込みが、いつのまにか「事実」として扱われるようになっていったと考えられます。そして一度その物語が固まってしまうと、Aさんが実際にどれほど丁寧に家族対応をしていても、その物語を裏づける材料としてしか受け取られなくなっていきます。
さらに厄介なのは、この物語には、都合よく取捨選択された記憶だけが組み込まれているという点です。Aさんが家族から感謝の言葉をかけられた場面や、丁寧な説明で不安を解消できた場面は、物語のなかには存在しないことにされてしまいます。反対に、たまたま忙しく、返答が一拍遅れてしまった場面や、言葉足らずだった瞬間だけが拾い上げられ、繰り返し反芻され、物語を補強する材料として使われていきます。事実の全体像ではなく、都合のよい断片だけを丁寧に選び集めて組み立てられた物語であるからこそ、それは実際の姿とはかけ離れた、歪んだものになっていくのです。
物語に乗らない者は、静かに排除されていく
こうした物語を持つ加害者にとって、最も都合が悪いのは、物語に疑問を持つ人の存在です。物語に賛同し、うなずいてくれる人は歓迎されますが、「本当にそうなのだろうか」と立ち止まる人、事実確認を求める人は、次第に遠ざけられていきます。
Aさんの職場でも、同じことが起きていました。当初、一人の同僚が「実際にそんな苦情があったんですか」と上司に尋ねたことがありました。すると、その同僚自身が、次第に会議で発言の機会を減らされたり、シフトの相談を後回しにされたりするようになっていきました。直接的な報復とは言い切れない、ごく小さな不利益の積み重ねです。けれども、その変化を見ていた他の同僚たちは、以後、物語に異を唱えることを避けるようになりました。
これは、物語に乗らない者への、静かな圧力です。大声で叱責されるわけではなく、露骨に攻撃されるわけでもありません。しかし、賛同しないという態度そのものが、少しずつ、居心地の悪さや不利益として跳ね返ってくる。この仕組みがあるからこそ、周囲の人々は、たとえ内心で疑問を感じていても、表立って声を上げにくくなってしまうのです。
こうして、職場のなかには、いつしか二つの陣営が、はっきりと分かれることなく、しかし確実に生まれていきます。一方は、物語にうなずき、時には尾ひれをつけて語ることで、加害者との関係を安定させようとする人たち。もう一方は、物語には賛同しないものの、波風を立てたくないという理由で、沈黙を選ぶ人たちです。声を上げて異を唱える人は、ほとんど残りません。この構図こそが、根拠のない物語を長期にわたって存続させ、職場全体をゆっくりと蝕んでいく、いちばんの土壌になっているのです。
矛盾を指摘されても、引かない心理
物語に矛盾があることを指摘されたとき、多くの人であれば、少なくとも一度は立ち止まり、自分の認識を見直そうとします。しかし、モラハラの加害者は、しばしばそうした振り返りをしません。むしろ、矛盾を指摘されればされるほど、態度を硬化させ、より強い調子で自分の主張を押し通そうとする傾向があります。
これは、単なる頑固さとは少し違います。加害者にとって、物語は自分自身のアイデンティティと深く結びついていることが多いのです。物語が崩れることは、自分が誤っていたことを認めることであり、それは自分の価値そのものが揺らぐことのように感じられてしまいます。そのため、事実よりも、物語を守ることのほうが優先されてしまうのです。Aさんの上司も、Aさんから具体的な反証を示されるたびに、話をすり替えたり、「そんな細かいことはどうでもいい」と話を打ち切ったりして、決して自分の物語を撤回することはありませんでした。
話をすり替えるときの手口にも、ある程度の共通したパターンがあります。ひとつの論点について反証を示されると、「そもそも、あなたは以前もこういうことがあった」と、まったく別の過去の話を持ち出してくる。あるいは、「そんな細かいことにこだわるからダメなんだ」と、指摘そのものを人格の問題にすり替えてしまう。
こうしたやり取りを重ねるうちに、最初にあったはずの論点は、いつのまにかどこかに消えてしまい、被害者のほうだけが、次々と繰り出される新しい非難に、ひとつひとつ対応し続けなければならない、消耗する状況に追い込まれていきます。
なぜ被害者は怯み、飲み込まれてしまうのか
Aさんのように、事実無根の話をぶつけられた側は、多くの場合、まず強い困惑を覚えます。身に覚えのないことで責められると、人は反射的に、自分の記憶や認識を疑い始めてしまうものです。「本当に自分が何か気づかないうちに、そういう態度を取っていたのだろうか」と、必要のない自己点検を始めてしまうのです。
さらに、加害者が確信に満ちた態度で、繰り返し、ブレることなく主張を続けてくると、その揺るぎなさ自体が、一種の説得力を持ってしまいます。人間には、自信を持って断言する相手の言葉を、つい信じてしまいやすい傾向があります。加害者の態度が堂々としていればいるほど、被害者のほうが、逆に自分の立場を弱く感じてしまうのです。
加えて、周囲が誰も加害者の物語に異を唱えない状況は、被害者にとって、さらに追い打ちをかけます。「誰も助けてくれない、もしかしたら本当に自分に問題があるのかもしれない」という感覚が強まり、次第に、加害者の作り話であっても、それに付き合い、弁明し、機嫌を取ろうとするようになってしまいます。これが、多くの被害者が飲み込まれてしまう典型的な流れです。
そして一度、弁明という土俵に足を踏み入れてしまうと、そこから抜け出すことは容易ではありません。弁明すればするほど、加害者は新しい論点を持ち出し、被害者はまた弁明を重ねる。この繰り返しのなかで、被害者のエネルギーは少しずつ消耗し、本来向けるべき仕事や生活への集中力までもが、物語への対応に奪われていってしまいます。気づいたときには、一日の大半を、身に覚えのない話への対処と弁明とに費やしていた、ということも、決して珍しいことではないのです。
嘘つきの土俵には、乗らなくてよい
ここで大切なのは、加害者の作った物語という土俵の上で、真面目に弁明しようとしないことです。相手の物語は、そもそも事実の積み重ねから生まれたものではなく、感情や思い込みから逆算して組み立てられたものです。だからこそ、こちらがどれほど誠実に事実を説明しても、相手の物語そのものが変わることは、ほとんど期待できません。
弁明という行為は、無意識のうちに、相手の物語を「議論する価値のある土俵」として認めてしまう行為でもあります。相手が示してくる筋書きに、いちいち感情的に反応し、涙ながらに否定し、必死に自分の正しさを証明しようとすればするほど、加害者は「やはり何か図星だったのだ」と、むしろ自分の物語への確信を強めてしまうことすらあります。同じ土俵に乗らないというのは、相手を無視することではありません。相手の土俵の外側に、自分の立ち位置を移すということです。
土俵を分けるという発想は、言葉にすると単純に見えますが、実際にそれを日々の場面で貫くには、ある程度の心構えと、繰り返しの練習が必要です。相手が声を荒げれば荒げるほど、こちらもつい感情的に応じたくなってしまうものです。しかし、相手の熱量に合わせて自分の熱量も上げてしまえば、それはすでに相手の土俵の上で戦っていることになります。
声のトーンを変えず、表情を大きく動かさず、あくまで事実の確認だけに徹する。この温度差そのものが、相手の物語が持つ勢いを、時間をかけて少しずつ削いでいくことにつながっていきます。
矛盾点をまとめて、静かに毅然と突きつける
同じ土俵に乗らない代わりに、有効なのが、感情を交えず、事実だけを淡々と積み上げていくという方法です。Aさんであれば、「いつ、誰から、どのような苦情があったのか」を、日付や場面とともに、具体的に尋ね続けることができます。加害者の物語は、多くの場合、細部を詰めていくと、具体性を持たせることができません。「みんな言っている」「薄々気づいている」といった曖昧な言葉で終始し、具体的な日時や発言者を示せないことが少なくないのです。
この問いかけは、相手を論破するために行うものではありません。あくまで、自分自身のなかで、「これは根拠のない話だ」ということを、静かに、しかし確実に確認していくための作業です。可能であれば、やり取りを記録に残し、後から見返せる形にしておくことも助けになります。
声を荒げる必要はありません。淡々と、しかし引かない態度で、事実だけを聞き続ける。この姿勢そのものが、根拠のない物語に対する、もっとも効果的な応答になります。
矛盾点をまとめる際には、日付、発言者、具体的な言葉を、できるだけそのままの形で残しておくことが役に立ちます。記憶だけに頼ると、時間が経つにつれて、こちらの側の記憶も曖昧になり、加害者の主張に押し流されてしまう危険があります。しかし、その場でメモに残した記録が手元にあれば、後になって物語の内容が少しずつ変化していったとしても、「以前はこう言っていましたが」と、静かに、確かな根拠をもって指摘することができます。記録は、感情の代わりに、事実の側に立ち続けてくれる、あなたにとっていちばん頼もしい味方になってくれるのです。
Aさんは、上司から新たな指摘を受けるたびに、「その苦情は、いつ、どなたからいただいたものでしょうか」と、毎回同じように、静かに尋ねるようにしました。上司は次第に、具体的な返答を避けるようになり、以前のように確信を持って物語を語ることが少しずつ難しくなっていきました。物語そのものが消えてなくなったわけではありませんが、少なくとも、Aさんが物語に飲み込まれ、自分を責め続ける状態からは、抜け出すことができました。
今日からできる、小さな一歩
もし今、身に覚えのない話で責められ、心のなかで動揺しているなら、今日は、相手の物語に対する弁明や説明を、一つもしないと決めてみてください。その代わりに、「具体的には、いつ、どのような場面のことでしょうか」という、たった一つの問いだけを、静かに投げかけてみてください。
答えが返ってこなくても構いません。むしろ、答えが返ってこないという事実そのものが、その物語が、事実ではなく作り話であったことを、あなた自身に静かに教えてくれます。弁明する代わりに問いを一つ投げる。それが、嘘にまみれた土俵から、あなたの足を一歩、外へ踏み出すための、いちばん小さな一歩になります。
そして、その問いを投げかけたときの相手の反応を、頭のなかだけでなく、できれば紙の上に、短く書き留めておいてください。「いつのことか聞いたが、具体的な返答はなかった」という一行で十分です。これは、あなたが弱いから記録しておく、という意味ではありません。むしろ逆です。作り話に対して、事実という土台の上から、静かに、しかし確実に対峙し続けている自分自身の姿を、あとから見返せる形で残しておくためのものです。ブレているのは、決してあなたではなく、根拠のない物語を語り続けている相手のほうなのだと、その記録が、これからも繰り返し、静かにあなたに教えてくれるはずです。
❑職場いじめ、パワハラ・モラハラには構造があります。その構造を知り、被害を根本的に終わらせるための内容をまとめました。800人以上の被害者の支援をしてきて導き出した答えです。
