加害者に魅せられた者:「フライングモンキー」に気をつけろ
「あの人は本当にすごい方なんです。あなたには、まだわからないだけで」
その言葉を聞いたとき、背筋が冷たくなりました。話していたのは、大手IT企業のプロジェクトマネージャー、田中真由美さん(仮名)です。優秀で、冷静で、ふだんは的確な判断力を持つ人です。ところが山下部長(仮名)の名前が出た瞬間、その表情が変わりました。熱を帯びて、高揚して、そして対話しているあなたを、どこか見下すように。
あなたの職場にも、いませんか。特定の上司の言葉をまるで教義のように繰り返す人が。自分たちこそが「正しい側にいる」という確信を持ち、少し違う意見を口にしただけで冷たい視線を向けてくる人が。何かをするたびに誰かに見られているような感覚があって、でも誰の仕業なのかがはっきりわからない。そういう息苦しさの中にいる方は、今この記事を読んでいるかもしれません。
そこで動いているのが、フライングモンキーと呼ばれる人たちです。
フライングモンキーとはどんな存在か
フライングモンキーとは、支配的な上司やパワハラ加害者に心酔し、その意図を先読みしながら他者への攻撃・排除に加担する人たちのことです。名前の由来は、おとぎ話に登場する魔女の手下として飛び回る猿。自らの頭で考えているようで、実際には誰かの意向によって動かされている。その姿に由来しています。
重要なのは、彼らが最初から悪意を持っているわけではないという点です。むしろ、もともとは真面目で、仕事に誠実で、熱心な側面を持つ人たちであることがほとんどです。だからこそ、被害を受ける側は深く混乱します。
「あなたのことを心配しているから言っている」
「これは職場全体のためになることだから」
そういった言葉を使いながら攻撃してくるため、傷つけられながらも「自分が悪いのかもしれない」「自分の感覚がおかしいのかもしれない」と自分を責めてしまう。
彼らの言動が「好意」や「正義」のような顔をしていること、それ自体がこの問題の核心にあります。
「認められた」体験が罠になるまで
フライングモンキーが生まれる過程には、ほぼ共通した心理のパターンがあります。
その始まりは、支配的な上司から「特別に目をかけてもらう」体験です。仕事で行き詰まっていた時期に、声をかけてもらう。
「あなたの力が必要だ」
「あなたならわかってくれると思っていた」
「あなたは他の人とは違う」
そう言われた瞬間、人は深いところで揺さぶられます。それは単なる業務上の評価ではありません。「人間としての価値を、認めてもらえた」という感覚です。
この体験が生む感情的な絆は、非常に強固です。上司への感謝、忠誠心、「この人のために動きたい」という献身の気持ち。それ自体は、決して異常な感情ではありません。問題は、その絆を意図的に利用する側がいるという現実です。
支配的な上司は、そこに目をつけます。折に触れて「あなたと私は特別な関係だ」「他の人たちとは違う、あなただけは分かってくれる」「あなたは私が見出した存在だ」といったメッセージを送り続けることで、相手の中に「選ばれし者」としての意識を育てていくのです。
こうして育った優越感は、時間をかけて周囲への視線を変えていきます。
「あの人たちには、まだわかっていない」
「私たちの方が本当のことを見ている」
「上司のやり方に疑問を持つ人は、理解が足りないだけだ」
そう思い始めたとき、フライングモンキーとしての役割が静かに始まります。
支配者の意向を先読みして動く。その「邪魔」になりそうな人を排除する。その行動を「組織のため」「相手のためを思って」と正当化しながら。そして当の本人は、自分が誰かを深く傷つけているという自覚をほとんど持っていません。信念と行動が一致しているという感覚があるため、外から止めることも、内側から気づかせることも、非常に難しいのです。
教育現場で起きたこと—「正しい教育」という名の排除
都内の進学校に赴任した佐藤先生(仮名)は、最初、何が起きているのかわかりませんでした。
職員会議で提案をするたびに、同僚たちの表情が微妙に変わる。誰かに直接批判されるわけではありません。ただ、少しずつ、確実に、孤立させられていくのです。進路指導の資料から名前が外される。保護者との連携を取りにくくされる。担任クラスの出来事が、自分の知らないところで語られている。何かをするたびに誰かに見られているような感覚があって、でもその「誰か」の顔が見えない。
その中心にいたのは、15年のキャリアを持つ斉藤先生(仮名)でした。斉藤先生にとって、森田先生(仮名)は単なる先輩教師以上の存在でした。「教師としての在り方そのものを示してくれた方」と表現するほど、その影響は深く、生き方の核にまで及んでいました。
森田先生が作り上げた進路指導の体系は、斉藤先生たちにとって「正しい教育」の体現でした。だから、「生徒一人ひとりの可能性を信じた個別指導を」と説く佐藤先生の提案は、その正しさへの「挑戦」と映ったのです。
行われたことは、組織的な排除でした。意図的な孤立化。情報からの締め出し。陰での嫌がらせ。担任クラスの出来事を逐一報告する非公式なネットワーク。そのすべてが「学校のため」「生徒のため」という言葉で覆われていました。実態は、「森田先生の体制を守るため」でした。
7月、佐藤先生は精神的な限界から休職を余儀なくされます。
転機となったのは、9月に着任した村上教頭(仮名)がとった行動でした。匿名アンケートで実態を丁寧に拾い上げ、外部の専門家を交えた調査と改革を進めます。森田先生は異動となり、彼女の周囲に集まっていた教師たちも、それぞれ分散配置されることになりました。
支配者を失った後、斉藤先生を最も苦しめたのは、喪失感と深い自責でした。「私、何をしていたんでしょう」という言葉を、彼女はカウンセリングの中で何度も口にしたといいます。自分が「教育」という名の下で支配構造に加担していたことを、時間をかけながら少しずつ理解していきました。若手だった村井先生(仮名)は、こう語っています。「森田先生への忠誠を誓うことで、自分の教育観を放棄していた。生徒と向き合うことから逃げていたんだと思います」。
現在、斉藤先生は若手教師のメンターとして新しい役割を担い、村井先生は教職員組合で教師の権利擁護に取り組んでいます。崩壊の経験が、再生への入口となったのです。
医療現場で起きたこと—「完璧な病棟」という幻想の内側
大学病院の救急病棟でも、同じ構造が機能していました。
山口師長(仮名)が作り上げた病棟は、数字の上では「完璧」でした。患者の死亡率は低く、スタッフの離職率も最小。外から見れば、理想的な職場です。しかしその内側には、師長に忠実な「コア・グループ」による徹底した監視と統制がありました。
中堅看護師の田原さん(仮名)は、そのグループの中心にいた一人です。「山口師長の下なら、患者さんの命は守れる」という強い信念が、彼女の行動の根拠でした。その信念は本物でした。だからこそ、行動が歯止めを失いました。
異変が起きたのは、同僚の木村さん(仮名)が夜間救急の新しい安全プロトコルを提案したときです。データに基づく、合理的な提案でした。しかし、師長が確立した体制への「反逆」と受け取られ、組織的な妨害が始まります。困難な症例を意図的に担当させる。些細なミスを大きく取り上げる。他部署への陰口を広める。そして最も深刻だったのは、重症患者の容態急変時に、情報伝達を意図的に遅らせたことでした。患者の安全よりも、師長への忠誠と体制の維持が優先される状況が、現実に生まれていたのです。
この事態を受け、病院幹部が緊急調査に動きます。師長は配置転換となり、コア・グループも解体されました。
田原さんはその後、新しい部署での長い時間を、戸惑いと自責の中で過ごしたといいます。スーパーバイザーとの対話を重ねながら、「患者中心」という看護の本質を、もう一度自分の内側に取り戻していきました。「師長への忠誠が、患者さんへの責任より優先されていた。それに気づいたとき、本当に怖くなりました」と、若手の中島さん(仮名)は後に語っています。
攻撃を受けているあなたへ—混乱するのは当然のことです
今、フライングモンキーからの攻撃を受けているなら、まずこのことを知っておいてください。
「何かがおかしい」と感じながらも「でも自分の感覚がおかしいのかもしれない」と揺れているとしたら、それはこの攻撃が持つ特性のせいです。フライングモンキーによる攻撃は、加害であることが見えにくい形を取るように設計されています。「あなたのためを思って」「職場全体のことを考えると」という正当化の言葉が常に使われ、攻撃が「善意」に見える。混乱するのは、あなたが弱いからではありません。構造的にそう見えるようにできているのです。
彼らの背景にどんな心理的な事情があるとしても、それはあなたへの攻撃が「やむを得ない」という意味ではありません。加害は加害です。あなたが感じている理不尽さは、本物です。おかしいのは、あなたではありません。
フライングモンキーとの直接対決は、多くの場合、逆効果です。彼らは「自分たちは正しいことをしている」という強固な確信を持っているため、正面からの反論は攻撃をエスカレートさせるだけになりがちです。感情的なやりとりに引き込まれないことが、まず大切です。
最も現実的な対処は、記録を積み重ねることです。いつ、どこで、誰が、何をしたか。具体的な日時・場所・発言の内容を、できるだけ詳しく書き留めておいてください。フライングモンキーによる攻撃は、継続的・組織的なパターンを持つことが多く、記録が積み重なることで、その構造が客観的な形として見えてきます。「気のせいかもしれない」と自分を疑う力に抗うための根拠が、そこに生まれます。
また、信頼できる第三者、例えば職場外のメンター、産業カウンセラー、人事部門などに早めに状況を共有しておくことも重要です。孤立した状態が長く続くと、「自分の感覚がおかしいのかもしれない」という思考がどんどん強くなっていきます。誰かに話すことは、自分の認識を守ることでもあります。
「自分がその側に引き込まれていないか」と問う
もう一つ、大切なことをお伝えします。
フライングモンキー問題は、「被害者対加害者」という単純な図式では捉えられません。カリスマ的な上司に引きつけられる感情は、誰にでも起こりえます。
「認められたい」
「この人の力になりたい」
「選ばれた立場でいたい」
そういった感情は、人として自然なものです。
だからこそ、「自分だけは大丈夫」という思い込みは危ないのです。
気づかないうちに、誰かを孤立させる側に回っていることがあります。上司の機嫌を損ねまいとして、同僚への情報共有を怠ることがあります。「これは組織のためだ」という言葉を自分に言い聞かせながら、実際には誰かを追い詰める動きに加担していることがあります。その自覚がないまま、動いていることがほとんどです。
定期的に自分に問いかけること。
「今の自分の行動は、本当に自分の意志から来ているか」
「この行動は、誰かを傷つけることに加担していないか」
その問いを持ち続けることが、組織の健全さを守る最初の一歩になります。
今日、一行だけ書いてみてください
今日、フライングモンキーの攻撃を受けていると感じているなら、帰宅後に一行だけ書いてください。手帳でも、スマートフォンのメモでも構いません。
日付、場所、誰に、何をされたか。
それだけでいいです。「こんな些細なことを書いていいのだろうか」と思うかもしれませんが、それで構いません。記録は積み重なるほど力を持ちます。「気のせいだ」「自分が過敏なだけだ」と思わせようとする力に抗うための、最も現実的な武器が、その一行です。
あなたが今日感じたことは、消えないうちに形にしてください。
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